第二話 長兄
あーだこーだと考えていてもしょうがない。
とにかく、今できることから始めるとしよう。
大きなコトは出来ないけど、小さなコトからコツコツと……。うわー、魔王一族とも思えぬセコイ発想。
とはいえ、政とは小さな事の積み重ねだ……と、ラーグンが偉そうに言ってた。本当にそうだったと実感。
んで、次の日の朝。
その小さな事をしようかと、妖精共をホールに集めてみた。
階段の踊り場に腰掛ける俺の眼下には、沢山の妖精達が飛び回る。
働きに出れる連中は、特に男は魔王城とかへ出稼ぎにいっちまったのが多い。
ヨボヨボの老人は飛ぶのが大変で来れない。子供はお呼びじゃない。
そして、この城の侍従をする妖精に男はいない。
というわけで、ホールは妖精の女ばっか。
キャーキャーとうるさいったらありゃしない。
「おーっし、ちゅうもーく」
立ち上がって声を上げる。
でも、全然静かにならない。おしゃべりに夢中で、好き勝手に飛び回って、こっちを見ない。
これだから妖精は、いや、女は……。
いやいや、妖精で、しかも女。ちょっと怒鳴ったくらいで静かになるハズがない。
ここは王子としての威厳を示すか。
腰の剣を引き抜き、入り口へ投げつける。
ガツンッ!
未だに開きっぱなしの落とし穴、その前の扉に突き立った。
一瞬でホールが静かになる。
剣がビイイィィン……と振動する音が響く。
「静かにしろ。注目だ」
ドスの効いた声を出す。
確かに俺を注目した。全員が黙った。
と同時に、妖精達が肩をすくめて縮こまる。
見る間に全員が怯えてしまった。
なんか、すすりなく声まで聞こえてくる。
こ、これだから妖精は、女は……。ちょっと脅かしたくらいで……。
まるで俺が悪者じゃねえか。
「フェアリーキィーックぅっ!」
ガスッ!
後頭部になんかがぶつかった。
振り向いたら、リアがドロップキックをしてた。
「な、何すんだ!?」
「あんたぁ、みんなを脅かしてどうすんのよぉっ!
力を振りかざして他者を黙らせるなんて、上に立つ者として、最悪よぉ!」
「ま、真面目な話をしようって時にオシャベリばっかして、俺の話を聞かないのは、大人としてどうなんだよ!?」
口論する俺達の間に、ベルンが「まぁまぁ」とか言いながら割って入った。
一つ咳払いをして、話を進めだす。
「実はの、トゥーン様から皆に尋ねたいことがあるのだ」
ようやく怯えるのも無駄話も止めて、妖精達は長老の話を聞く。
「知っての通り、この春からトゥーン王子がインターラーケンの領主として来て下さった。
ワシらは以前より魔王城にて奉公させて頂いており、そのご縁もあってのことじゃ」
あちこちから囁き声が聞こえる。
今までほっとかれてただけよねー、とか。末っ子だからって余り物のド田舎押しつけられて大変でしょうに、とか。
わざとらしくオホンッと咳払いすると、囁き声も消えた。
長老の話は続く。
「魔王様の降臨以来、すっかり魔界は平和になった。
魔族間の争いは減り、各地には一族の方々が拓いた街が栄えておる」
そうよねー、あやかりたいよな、この地も魔王一族のお力でパパーッと大都会にして欲しいわ、なんて声が聞こえてくる。
ついでに、末っ子じゃねえ……、ここは他のご兄弟が開発を諦めた土地だよ、なんてのも聞こえる。
これも本当だ。
今まで魔界は各上位魔族が各地で小競り合いを繰り返す、群雄割拠だった。
それを収め、平和にしたのが魔王、オヤジ。
今まではおとぎ話の悪役でしかなかった魔王の地位に、本当に就いてしまった。
もちろんヤラレキャラの悪役なんかじゃなく、ちゃんとした統治者として、だ。
そしてオヤジは兄姉達に支配者としての知恵と力を叩き込み、各地に派遣した。
魔王の力も背景にして、それぞれ街を作って領地を繁栄させている。
で、妖精達はインターラーケンでも同じように、と期待しているわけだ。
「でじゃ、尋ねたい事というのは、この地には何が必要か、ということじゃ」
とたんに、なんもかんも足りないに決まってるでしょ、金も物も食い物も無いわよ、なんて叫びが飛んでくる。
知ってるってんだよ。
「まぁまぁ、皆の衆、そうトゥーン様を困らせるでない。
最初に何が必要か。何があれば、この地は発展しそうか、という事じゃよ」
妖精共はお互いに顔を合わせる。
で、声を合わせて一言。
「道」
その言葉に、長老は溜め息。
俺も予想していた言葉だ。
「やっぱり、それか……」
「そうですよぉ、やっぱりぃ」
リアの甘ったるい声が上から来る。
上司を見下ろしやがって。こいつに魔界の王子への敬意はないのか?
あるわけ……ないな。ガキの頃からそうだった。
長老も肩を落とす。
「皆の意見は一致しとるのぉ。
だが、それは難しいわい。なにせインターラーケンは山深い。渓谷も険しい。そして羽を持つ妖精族に道は要らん。
おかげで外敵は入って来れないから、ワシらは安全に暮らせたわけじゃが……。
代わりに貧しいわけじゃ」
「トゥーン様が来た以上はぁ、道が拓けても外敵を気にする必要ないけどぉ。
誰が道を拓くのぉ?」
「おめーら、にゃぁ無理だわな」
全員がウンウンと頷いた。
自信を持って情けない事実を認めるなよ。
でもま、そら無理だろ。どう見ても非力な妖精族に、様々な種族が通れるような立派な街道を整備するなんて。
だったらドワーフやら巨人族やら、他種族の力が必要なワケ。
それには金が要る。それもハンパな金額じゃない。
こんな山深い所まで整備するんだから。その後の維持管理もある。
でも道さえ出来ればなぁ。
今までインターラーケンの山々のせいで遠回りしていた旅人や行商人を呼び込めるんだ。街道の街として発展できる。
要は、その資金。
ただ……その資金がスゲー高いから、兄貴達は開発を諦めたんだけどな。
自立したばっかのオレは、自慢じゃないけど金持ちじゃない……兄貴……。
兄貴?
目の前のホールを見る。
正しくはホールを横断した先の、入り口を見る。
剣が突き立ったままの扉の下には、未だにどでかい落とし穴が空きっぱなし。
兄貴が開けた、落とし穴……?
「よしっ!」
いきなり立ち上がったオレに、妖精達が驚く。
リアが目の前に逆さまで降りてきた。
「どうしたのぉ?急にぃ」
「まずは、金だ。何をやるにしても、まず金が要る」
「分かってるわよぉ。だから昨日までぇ、金の作り方を考えてたんでしょぉ?」
「おうっ!
んで、一つ思いついた。モノは試しだ、やってみるぜ!」
回れ右して階段を駆け上がる。
執務室へ向けて。
執務室、デスクの横のカベには大鏡が掛かってる。
鏡の縁には沢山の宝玉。
それらを操作すると、執務室を映していた鏡面に揺らぎが生じる。
水面に広がる波紋の様に波打った後、この執務室以外の映像が映った。
鏡前には妖精の男が映ってる。この城にいるのとは別の、燕尾服を着た出稼ぎ妖精。
それは別の城の執務室。俺が今いる部屋より広くて、家具も豪華だ。
恭しく頭を下げてくる妖精。その姿はリアとは大違い。
そして宝玉の一つから音が生じる。
《ご機嫌麗しゅう御座います、トゥーン様》
「挨拶は無しだ。兄貴を呼べ」
《ラーグン様でしたら、今はホブゴブ商業組合の組合長と面会中です》
「うるせえっ!
すぐに呼べっ。トゥーン様が緊急の用だとなっ!」
《……承知致しました。しばらくお待ち下さい》
慇懃無礼に返答した妖精が画面から消え、映像は『しばらくお待ち下さい』と字幕が書かれた街の絵に変わった。ラーグンが作った街の映像だ。
畜生、認めるのは悔しいけど、すっげえ大都会。
イライラしながら椅子に腰掛けて待ってると、再び映像が切り替わった。
さっきの妖精が、背の高い男を鏡の前に連れてきていた。
長い赤髪を肩まで垂らした、切れ長で細い目の男が椅子に座る。
ゆったりとした白いローブみたいな服を着て、顔や手には各所に青黒い斑点。まるで鱗のように見える。
《久しぶりだね、トゥーン。新しい城と領地はどうだい?》
「おめーの贈り物のおかげで、ますます素敵な城になったぜ」
鏡の向こうの長男は、優しく微笑んでる……つもりらしい。
作り笑いだって見え見えなんだよ。クソ兄貴がっ!