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魔王子  作者: デブ猫
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     第三話  神罰は下る

 オルタ湖の岸辺で肩を叩いたのは、剣の切っ先を向けていたのは、ニンマリと笑うネフェルティだった。

 しかも素っ裸で、全身を覆う虎模様の青黒いラインを堂々とさらしてる。


「あー! ね、ネフェルティいっ!」

「ね、ネフェルティ様でねーだかっ!?」

「にゃっはっは、お久しぶりなのだー」


 常に危険な冒険をしてるため、体は相当に鍛え上げてる。足はカモシカのように引き締まり、ウエストはキュッとくびれ、胸も見事な張りだ。

 いや姉貴の裸なんてどうでもいいけど。

 昔は一緒に風呂に入ってるから見慣れてるし、湯船に投げ込まれたり冷水をぶっかけられたり……ムカツクし。

 陽気にケラケラ笑う姉貴の姿は、昔とちっとも変わらない。

 俺を楽しげに振り回してボロボロにしてくれた、あの頃と……ああムカツク。

 いやいや今は昔の恨みを思い出してる場合じゃない。


「お。オメーは一体、こんな大事なときに、どこでなにしてたんだ!?

 剣を向けてのご挨拶たぁ、冗談が過ぎんぞ!?」

「お体は大丈夫だか、ご無事だっただか!?」

「もっちろん無事だよー。

 実は、トゥーン君と同じく、人間の世界を調べて回っていたのだニャ」


 得意満面で胸を張る姉貴は、これまでのことを簡単に話した。



――墜落後、俺達とはぐれた姉は、なんとか無傷で魔力も十分に残していた。

 ポケットには幾つか探検用の宝玉も入れていたので、問題もなかった。

 人間の世界はどんなのか、俺達はどこかと、単独で人間の街や村を調べ回ってた。

 あちこちをコッソリ回っていると、巨大な魔列車が走る鉄の道を発見。

 その先に何があるのかと北上すれば、例の陣地とトンネル工事現場に行き着いた。

 何日かかけて陣地の中を調べて回っていた時、俺が人間のフリをして工事現場をトコトコ歩いているのを見かけた。

 場所が場所だったので声をかけるわけにいかず、遠くから様子を見ていた。

 すると、人間の兵士に捕まりそうになってる。これは大変と魔道車をデタラメに動かし暴走させ、逃げる隙を作ってくれた――。


「――て、あれは姉貴の仕業かよっ!」

「おうよっ!」

「あれ、待てよ、すると……もしかして、さっき屋根から勇者を弓で」

「そのとーり!」


 なんとまあ、出来すぎてると思った。

 影ながら俺を助けてくれてたわけか。

 むむ、感謝の言葉を、礼を言わなくては……ぐぐぐ、昔の恨みもあるし、素直に言う気になれないぞ。

 しかし言わないわけには……ええい、顔をまともに見れん。


「あ……」

「あ、とは何だニャ?

 ほれほれ、ハッキリ言ってみるがよいぞ」

「あ、あり、ありがとう、よ」

「よろしい、よく言えた!」


 ネコ姉の右手が俺の頭の上に置かれる。

 そして、力任せにグリグリとなでる、というか押さえつけられる。

 痛てえウゼエ。

 そんな話をしている間にも修道院の火は広がっている。

 そしてパオラは船を水面に浮かべ乗り込んでいた。


「とにかく、積もる話は後だべ!

 今は修道院へ急ぐだよ!」


 お前はここで待て、と言おうかと思ったが、やめた。

 今ここに置いていっても、コイツは他の船を使ってでも来るだろう。俺達が修道院に行かなくても、一人ででも行くだろう。

 大人しく隠れて待ってるということは、パオラにゃ無理。

 だったらもう、開き直って連れて行った方がまだマシか。





 というわけで、俺達は修道院の惨状を目の当たりにしてしまった。

 最も籠城に適した頑丈な建物、かつ唯一無事だった聖堂へ来てみれば、修道院長が殺されるところだった。

 せめてイラーリアだけでも救おうと、飛び込んだわけだ。


「イラーリアぁっ!」


 パオラの叫びが聖堂にこだまする。

 後ろに隠れていたパオラが飛び込んできて、イラーリアに抱きつく。


「ぶ、無事だっただかぁ!?」

「あ、、ああ、パオラ……パオラぁっ!!」


 パオラに抱きついて泣きじゃくるイラーリア。

 俺とネフェルティは二人の横を通り過ぎる。

 周囲を旋回する短剣の速度が上がり、切り裂く風が唸りを上げる。。

 助祭二人を失った司教は、初めて焦りの表情を浮かべた。

 歯ぎしりしながら俺達を睨んでるぜ。


「そ、その姿、ワーキャット!?

 まさか、例の、捜索中の魔族か!」

「ようやく気付いたか、脳みそまで腐れてると思考もトロいな」

「にゃっはっはっは、聞いて驚け!

 我こそは魔王第五子、あなたの心に癒しをお届けする、ネフェルティ王女だぞー!

 控えおろー」


 おかしな売り文句が余計だが、しかも素っ裸だが、姉貴は高らかに名乗る。

 そして司教は気持ちいいほどにたじろいだ。

 ふん、魔族侵入は知っていても、まさか魔王一族が直々に来ていたとは思うまい。

 負けじと俺も一歩前に出る。


「俺は、トゥーン。

 魔王第十二子、トゥーン=インターラーケンだ」

「な、なんだと!?

 魔界の、魔王の血族が……そんなバカな!?

 何故にこんな片田舎の、しかも修道院で匿われているというのだ!」

「ちょいとヤボ用で通りがかっただけだ。

 ついでに、おめえをぶっ殺していくとしようか」


 面白いほど無様にうろたえる司教。

 視線が高速で俺と姉貴の間を往復してやがる。


「完全に姿を消せるとは、『穏行』か!?

 これだけの長時間、しかも足音すら完全に消すとは、なんたる魔力、なんたる暗殺術か……。

 おのれ、本当に魔王の血族が直々に来たというのか!?」

「んにゃははははっ!

 あたしってば、すっごいだろー!」


 裸のままで仁王立ち、胸を張るネフェルティ……こいつに恥じらいはない。

 司教は慌てて左手で印を組み始める。


「呪われ穢れた魔族め、神罰に討たれて地獄へ帰るがいいっ!」

「はっ!

 神罰ときたか、くだらねえな。てめえが切れただけだろうがよ!

 未熟者め」


 俺の悪態に、司教は錫杖の一振りで応える。


「聖なる刃に切り刻まれよ!!」 


 風をまとった短剣が聖堂内を滑空する。

 一本はデタラメな軌道を描き、もう一本は高速回転を続け、そして最後の一本は長椅子の下に潜った。

 三本は全く異なる方向から同時に俺達の命を狙ってくる。

 小さく、速く、予測不能な軌道を描き、障害物に隠れて飛来する刃が。

 ちなみに俺はさっきのチャンバラで、大半の魔力を失った。もはや爪すら青みを失って、人間のようにピンク色になっている。

 だが、全身を青黒い模様で覆われたままのネフェルティは、その魔力ラインを激しく輝かせながら、思いっきり床を踏みならした。

 踏みつけられた所を中心に、一気に亀裂が広がる。


  ズガガガガガッ!!!


 周囲の床が跳ね上がった。

 並んでいた長椅子も吹き飛んで宙を舞う。

 柱にぶつかる床の石が、窓ガラスを割る木片が、全てが巻き込まれて爆散していく。

 細かな破片と巻き上がる粉塵で視界が閉ざされる。

 当然、飛来してきていた短剣三本は、大量の破片に巻き込まれた。確認は出来ないが、粉々に砕けて破片の一つになったことだろう。


「お、おのれっ、くそっ!」


 神に仕える司祭らしからぬ暴言が聞こえる。

 宙に巻き上げられた大量の石と木片が、引力に逆らって落下速度を落とす。

 代わりに俺達の周囲を回転し始める。

 初めはゆっくりと、だんだんと速く。

 その様子に、後ろで抱き合いながら腰を抜かしてるパオラもイラーリアも、唖然としている。


「す、すごいべぇ……これが魔王様たつの、お力だかあ……」

「信じられない、なんて、なんて魔力なの!?」

「そうさ、これが俺達魔王一族の力さ。

 俺だって魔力がフルなら、この程度は軽いぜ」

「無駄話はそこまで。……さ、行くニャっ!」


 姉貴が聖堂正面へ拳を突き出す。

 瞬間、宙に舞う全ての瓦礫が飛ぶ。

 聖堂正面にいる司教へ向けて殺到する。

 同時に俺も剣を手にして駆け出す、あのデブめがけて!

 粉塵に視界を閉ざされながらも、さっき声が聞こえた方向へ切っ先を向ける――


  キュウゥゥゥン……


 飛来する瓦礫がぶつかり合う轟音の中、何かが回転するような音が響いている。

 聞き覚えがある、俺の鎧に付けられた宝玉が稼働している音と同じだ。

 あの宝玉には『吸収』の術式が付与されていた。

 そして今、目の前の司祭が握る錫杖に装着された黒い宝玉も稼働している。


 光の波が広がる球形の空間、その中心には錫杖を握る司教。ついでに足下には倒れて動かない神父もいる。

 防護フィールドが展開され、飛来した全ての瓦礫が運動エネルギーを吸い取られ、空中に静止していた。

 そして、俺が突きだした剣の切っ先も防護フィールドにエネルギーを吸収され、動かない。

 押しても引いてもびくともしない。


「ちっ、これほど完璧な『吸収』を展開するとはな。

 大した魔力だ、ただのデブじゃなかったわけか」

「このオルタを任されし司教が、神の確かな加護を得ているのは当然であろう!?

 さぁ、神の剣に引き裂かれよっ!」


 司教が、瓦礫の中で剣を向ける俺を睨んだ。

 錫杖に装着された二つの宝玉、その白い方が光を増す――あれは、あの光は!?

 まずいッ!


  ピゥッ


 剣から手を離し、慌てて飛び離れた俺の脇を、細い光が貫いた。

 それは瓦礫の壁も、視界を遮る粉塵も通り抜け、俺が居た場所を中心に走り回る。

 次の瞬間、光の軌跡をそのままに、全ての石と木片が見事に切り裂かれた。

 バラバラと落ちる破片が異音を奏で、焦げ臭さが漂う。


「あっぶねえっ!

 広場で見てなかったら殺られてたぜ――うをぉっ!?」


  ピイィイイイインッ


 さっきの光がメチャクチャに聖堂内を走り回る。

 ヤツを取り囲む瓦礫を粉々に切り裂いていく。

 視界が粉塵に遮られてるから、当てずっぽうで放ってるのか。

 って、パオラ達はっ!?


「こっちニャっ!!」


 見れば、床石やら瓦礫やらの山が出来ていた。

 そのバリケードの裏に姉貴の耳がのぞいてる。

 デタラメに走り回る光を、身を伏せ飛び跳ねながら避ける。

 必死の思いで小山の裏に飛び込めば、全員が身を伏せて隠れてた。


「信じられねえ、なんだよありゃっ!?」

「わかんニャいけど、多分、魔力を圧縮して撃ち出すとか、強力な光を生むとか、そんなんじゃないかにゃ?」

「あんな大魔法を二つ同時に使うなんて、信じられねえ!

 人間の魔法技術は、どんだけ進んでんだよっ!?」


 言ってる間にも光線が走り回る。

 パオラとイラーリアは声を上げることも出来ず、必死に抱き合っている。

 俺と姉貴も顔を出すことが出来ない。

 バリケード代わりに築かれた小山にも当たるが、さすがに分厚くて光は貫通できないようだ。


 静寂が戻った。

 光も消える。


 瓦礫の山が魔力の操作を失って、全て床に落ちていた。

 割れた窓から吹き込む火災の熱風で粉塵が飛ばされる。

 クリアになった聖堂内、バリケードの向こうに、肩を激しく上下させ全身から汗を流す司教が立っていた。


 さすがに魔力が尽きたか……?

 ボロボロの修道服を脱ぎ、『念動』で操作。瓦礫から飛び出させてみた。

 瞬時に光で貫かれ、切り裂かれた。

 本当にボロ布となって床に落ちる。


「下等なゴミ虫共め……これで終わりですっ!!」


 司教の叫びと共に、錫杖の白い宝玉が輝きを増す。

 窓から差し込む火事の光を上回る光度だ。

 まさか、最大出力でバリケードごと焼き付くす気かっ!?


「くそっ! 突っ込む、援護してくれっ!」

「ダメ! あぶにゃいよ! あたしが『穏行』で」



  バヂィッ!



 突然、何かが弾けるような音がした。

 反射的に全員が首をすくめ、バリケードの中に縮こまる。

 だが、何も起きない。

 いくら待っても最大出力の光線は来ないし、デブ司教の声も足音も聞こえない。


「……なんだ?」

「なんだニャ?」


 手近にあった石を司教へ向けて放り投げてみる。

 少し待ったが、やはり何も起きない。

 外の火災の音が響き、炎が揺れるばかり。

 首を傾げたネコ姉が印を組む。

 だんだんと体が色を失い、透き通り、背後の風景に溶け込んでいく。


 ネフェルティの得意技、『穏行』。

 体を完全に透明にし、姿を隠す技。

 まだ俺の技量では不可能な、最高難度の魔術の一つ、

 服は消せないので全ての装備を外して裸にならないといけないが、代わりに目で捉えられなくなる。

 その上、ネコ姉の足の裏にはネコみたいな肉球が付いてる。おかげで足音も無い。

 目にも耳にも捉えられない、見つからない。

 そして姉貴は魔力ラインのおかげで、普通なら一瞬しか消せない程度の『穏行』を、信じがたいほど長時間維持できる。

 だから姉貴はどんな探検からも無事に帰る事が出来る。

 今回の任務に最も適していた。


「ふわぁ~、すんげえだなやぁ~」

「本当に、こんな高度な魔法戦が見れるなんて……」


 目を丸くする二人に、うっすらと分かる程度の姿でウインクした姉は、足音を殺してバリケードを出る。

 光は来ない。

 ホコリと瓦礫が積もった聖堂の中、よく見れば足跡が点々と残されていく。

 もちろん、それらは司教の位置からは見えない場所を選んで残される。

 しばらくすると、祭壇の方から姉貴の声が聞こえてきた。


「もう大丈夫だよー。

 みんな、こっちに来てー」


 その言葉に俺はバリケードから飛び出す。

 修道女の二人も身を屈めながら、瓦礫の間を歩いてくる。





「ね、大丈夫でしょ?」

「ああ。

 ふん、神罰が下ったのはお前だったな」


 ネフェルティの足下、床に転がる錫杖を蹴り飛ばす。

 主を失ったそれは、瓦礫のそばへ転がっていく。


「神父様ぁ、しっかりすんべよっ!」

「パオラ、早く『治癒』をっ!」


 床に俯せで倒れる神父を二人は介抱し、必死で拙い『治癒』をかける。

 ネコ姉も神父の側にくる。


「あたしもやるよ」

「お願いしますだっ!」

「どうか、どうか神父様を助けて下さい!」


 既に息も絶え絶えの神父だ。ネフェルティの魔力でも助けられるかどうかは分からない。

 だが、このまま死なせるわけにもいかない。

 聞きたいことも言いたいことも山ほどあるんだから。


 俺の方は、もう魔力が完全に無くなった。

 今の状態じゃ『治癒』なんか無理。

 肉体強化だけは消費魔力が極小だし、俺はチャージしながら同時に使うことが出来るのだけど。


 だから、ただ眺めていた。見下ろしていた。

 焼け焦げた二人を。

 電撃に焼かれた司教と神父を。

 足下で無様に転がり、動かないクソ坊主を。


 司教は、瀕死の神父が最後の力を振り絞って放った『雷撃』に貫かれ、息も絶え絶えで倒れていた。


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