第四話 自爆
ズダンッ!
修道服を剣が貫く。
その切っ先に血が塗られている。
同時に、勇者の右腕にも矢が突き立っている。
ヤツの剣が逸れた。
修道服の中、俺の脇の下、皮膚を剣がかすめた。
俺の剣でそらされたんじゃない。突き立った矢の勢いでずれたんだ。
ガッ!
続けざまに矢が飛来する。それらは屋根から放たれていた。
だが残りの矢は全て避けられた。
後退した勇者に、再び周囲から剣と槍が殺到する。
右腕から矢を生やしたままで、それでも全てを紙一重で避け続けている。
「ええいっ! 手負い相手に何を手間取ってるっ!?」「くそ、当たらん!」「貴様ら、基本を忘れたか!?」「全魔力で『肉体強化』だっ!」「やってますよ、やってますって!」「どうなってんだ、畜生!」「バケモノめぇっ!」
各自がそれぞれに肉体強化をしているであろう兵士達の、相当の速度で撃ち込まれる刃が、それでも当たらない。
全て紙一重で、華麗に、易々と逃げられる。
空しく怒号ばかりが広がる。
当然だ、だからこそ魔王軍でも恐れられるんだ。
「下がれっ!」「こっちだ、こいっ!」
数人の兵士が俺の腕や肩をつかみ、後ろへ引き下げる。
素直に従って勇者から離れつつ、屋根の方を見る。
さっき屋根の上で最初に全滅した小隊が居た場所、そこに人影が見える。
薄暗くてよく見えないが、弓を構える人影だ。
どうやら全滅したわけではなかったらしい。運良く弓兵が生き残ってたんだ。
さあ、改めて、どうする!?
ヤツは必ず俺を追ってくる。逃げても無駄だ。
いや、もしヤツから無事に逃げても、魔界の王子が街にいるという情報が漏れる。即座に俺への包囲網が敷かれてしまう。
だがヤツは殺せない。勇者は不死、どこかへ消えるだけで再び現れる。
いや、まてよ……?
たとえ一時期だけでも、この地から勇者が消えれば、逃げる時間が稼げるかもしれないぞ。
それに奴は魔族のフリをして同じ人間を虐殺したばかりだ。正体を現すことが出来ないから、他の人間に『魔界の王子を殺せ』なんて言えない。
街にいる人間の軍団は、今は俺の味方だ。
この援護を利用しない手はない!
一瞬だ、一瞬だけでもヤツの動きを止めるんだ。そうすれば……。
「今だで、逃げてくんろっ!」
背後から、突然誰かの声がした。
声の方を振り向けば、俺と同じく修道服のヤツが教会めがけて走っていく。
しかも手を振りながら、目立つように。
今の声は、て、まさか!?
パオラぁっ!
止める間もなく俺とは広場の反対側、教会前まで走っていきやがる。
あ、あのバカっ!
逃げなかったのか!
ヤツの注意を引いて、俺の身代わりになる気かよっ!?
瞬間、脳裏にリアの姿が蘇る。
城で俺を庇い、勇者に背を刺されたリアが。
させるか、させるかよっ!
死なせるもんかっ!!
山羊頭が包囲を突破した。
さすがに無傷ではいられれなかったらしい勇者は、全身に切り傷を負いつつ、それでも致命傷を回避したらしい。
ヤツは兵士達の間を縫い、剣と槍をかわし、確実にパオラへ接近していく。
くそ!
間に合うかっ!?
俺を安全な場所へ下げようとする兵士達の手を振りほどこうと――ん?
こいつ、あのジュウってヤツを持ってる!
「よせっ! 女が戦場に立つなど!」
「そ、それ、そのジュウっての!」
背中に担ぐ銃を必死で指さす俺に、兵士達が怒鳴りつけてくる。
だがコッチも命懸けだ。
逆に兵士達の首根っこをつかんで引き寄せる。
「ま、まだ撃てるか? 魔力はあるか!?」
「何っ? 今はそんなことを言ってる場合では」「一発くらいは撃てるが、ヤツには当てられんぞ、速すぎる!」
「た、頼むっ! ヤツの動きを一瞬だけ止める、止めるから、当ててくれっ!!」
それだけ叫んで手を振りほどく。
剣を修道服の下に着ている下着の紐に差しこみ、唖然とする兵士達を尻目に、俺も教会前へ疾走する。
魔力で肉体を強化しつつ、さらにもう一つ術式をくみ上げる。
失敗は許されない。
精度を上げるため走りながらも印を次々と組み、高速で呪文を唱える。
「暗き空に浮かぶ雲よ!
憤怒に逆巻く髪を振り乱す旧き風の神よ!
その仇は我が眼前にあり!
白く輝ける美しき髪を垂らし、灼熱の荒野へと変じたもう!!」
この呪文を使うのは、最後の手段だ。
ほとんど自爆に等しい魔法だからだ。
慎重に使わないと、敵味方関係なく、自分まで死ぬ。
くっそー、だから放出系は苦手だってんだよ。
おまけに、溜め込んだ全魔力を出し尽くさないと発動できない大魔法だ。
だが、これしかないっ!!
刃の嵐をすり抜けた勇者が風を切って走る。
扉が崩れ落ちた教会へと走るパオラの後ろ姿を、俺と勘違いして殺そうとしてる。
俺はヤツの背を追うが、間に合わない。間に合うはずがない。
だが、この魔法は絶対に間に合う。
効果範囲内に居る存在は、この魔法を避ける方法がない。絶対に喰らう。
走りながら、左手を高く突き上げた。
手の平の上で網膜を焼くほどの光が生まれる。
「『雷撃』ッ!!!」
広場が白く輝く。
耳障りな甲高い雑音ががなりたてられる。
左手を中心に、クモの巣のように光の糸が張り巡らされる。
雷の嵐が巻き起こる。
周囲にいた兵士達が、両手を振り回しながら逃げていたパオラが、パオラを背後から刺そうとしていた勇者も、全て雷に貫かれる。
そうだ、この魔法は発動と目標への着弾が同時だ。球形を描く効果範囲にある以上は避けられない。それが誰であろうとも。
何より、俺自身が。
「ぁがッ……!」
左腕を伝った電撃が、俺の体を焼いていく。
もちろん電撃が術者に戻ってこないよう、術式は組まれている。
だが電撃放出箇所に触れた場所から、術式を無視して電流が流れてくる。術式よりも雷の性質の方が強いんだ。
電撃対策で腰に差した剣へ電流を少しでも流し、肉体へのダメージを減らしている。それでも体の自由は効かなくなる。
全身が痙攣し、全力疾走していた体が、慣性の法則に従い吹っ飛んでいく。
そのまま広場の地面を無様に転がっていく。
自分が無事でいられるギリギリのパワーで『雷撃』を放った。
周囲の兵士、走っていた勇者、そしてパオラも雷を喰らった。
当然、俺から離れるほどに雷撃のパワーは落ちていく。そのため勇者に、そしてパオラにも死ぬほどのダメージは無い。
だが、一瞬だけでも確実に、動けなくなる。
電撃を喰らった兵士達は痺れて動けず倒れていく。
走っていたパオラは、体が痺れて転んだ。
そして勇者は、それでも倒れなかった。信じられないことに、未だに立っている。
立っているだけだ。
しかも周囲の連中が全員倒れた中で、ただ一人。
それでもヤツは動こうとした。僅かずつ、前へ足を出そうとする。
だが、再び勇者の動きが止まった。
一筋の光がヤツの腹を貫く。
さっきの兵士がジュウを向けていた。
魔力で生み出された光が命中したんだ。
ズダンッ!
屋根からの矢が奴の左肩に突き立つ。さっきの弓兵が放った矢だ。
「う、撃てぇっ!」
その言葉を合図に、電撃を受けなかった周囲の兵士が矢を構える。魔導師達が印を組んで呪文を唱える。
あ――射線上にパオラが倒れてる!?
まずいっ!
興奮した兵士達が、構わずに一斉攻撃をかけようとしてる。これじゃパオラまで!
くそ、電撃で痺れてる場合じゃねえっ!
立て、立つんだ。
動け、この足、動いてくれっ!
「ぅうぁああっ!」
歯を食いしばり立ち上がる。
残った魔力を全てつぎ込み、ただ前へ出る。
命懸けだってのに、周りはまるでスローモーションだ。
空気がねっとりとまとわりつくように感じられる。
まどろっこしい、気ばかり焦る。
右腕と左肩に矢が刺さり、土手っ腹から血を噴き出す勇者の横を通り過ぎる。
「な、し、シスター!?」「待て! 攻撃待てぇっ!」
そんな叫びが後ろから聞こえた気がする。
妙に間延びした変な声だったような。
ンなこたどうでもいい、地面に横たわるパオラまで、あと少し。
もう少し、手を伸ばせば……。
届いたっ!
彼女の腹に腕を回し腰に担ぐ。
一気に駆け抜ける。瓦礫と化した教会の扉を飛び越え、中に飛び込む。
そのまま突っ走り、適当な壁の影に隠れた。
「やったぞっ!」「今だ、撃てぇっ!!」
光。
轟音。
地響き。
広場の方から閃光が、矢が、炎の欠片が、純粋な熱が飛んでくる。
扉を失った入り口から飛び込む流れ矢だの破片だので、頭を出すことも出来ない。
「は、はれ!? と、トゥーン様、ご無事だか?」
脇の下から気の抜けた声がした。
パオラの青い眼が、キョトンとしながら俺を見上げてくる。
全く、見つかるだけでもヤバイのに、無茶しやがって。
ぽん、と軽く頭の上に手を乗せた。
「大丈夫、片づいたぜ」
そんな事を言ってると、横を何かが飛んでいった。
石の床に落ちたそれは、真っ黒になった山羊の角だ。根本に何か黒コゲのモノがこびりついている。
光も音も収まった。地響きも止まる。
ようやく攻撃が収まったらしい。もうもうと煙が立ちこめている。
広場から土埃が流れ込んでくる。
静かになった外をそぉ~っとのぞいてみるが、何も見えない。
恐らくは兵士達の包囲が続いているだろう。
勇者が居た場所を確認することは出来ないが、また死体は消えたろうな。
今はもう俺を追ってくるヤツもいない。
終わった、か。
「ふぅ~……」
大きな溜め息をつき、全身の力を抜く。
視線を前に戻せば、薄暗い中に聖堂の祭壇があった。
大きな聖堂の中、長椅子がズラリと並ぶ。左右の壁には小部屋が幾つか並び、一つ一つが小さな礼拝堂になってる。
そして正面には一段高くなった場所に、上等な布で飾られた演壇のようなもの。その上には例の三位一体をかたどった金色の彫像。
そして真正面の壁面には、見上げる位置に大きな鏡が飾られている。周囲をツタと花の彫刻で縁取られた、見事に磨き上げられた綺麗な鏡。
「これが『マルアハの鏡』ってヤツか……」
「んだべ」
パオラが頷く。
島では聖堂をのぞき見た場所が悪くて、聖堂正面にあるはずの鏡を見れなかった。
なるほど、『無限の窓』に似てる。機能も同じようなもののはずだ。ただ『無限の窓』と違うのは、通信が一方通行ということか。
こんなものが全ての教会に置かれてるのか。
なんて技術力と工業力だ。
外の煙の中から人間の声と足音がする。
――気をつけろ。
――油断するな、何が起きるか分からんぞ。
――総員、第二射用意。全周警戒を怠るな。
どうやら何人かが勇者の死体を確かめに来たらしい。
何も残っていないのは知っている。肉体は消え、装備は灰になっただろうよ。
もう、ここに用はない。
「おい、逃げるぞ」
「ンだ!」
元気よく立ち上がるパオラ。
だが俺は無理。全身を電撃で焼かれ、倒れ込んで広場をゴロゴロ転がった。全身が痛む。
さっきの『雷撃』で魔力も大半を失った。久々の大技だった。
パオラの小さな手が俺に差し伸べられる。
「大丈夫だか?」
「ち、ちとヤベエ、な」
それでも必死に立ち上がり、彼女に肩を支えられ、煙に隠れて聖堂の奥へ進む。
俺達は兵士達の叫び声を背に、痛む足を引きずりながら、こっそりと聖堂の裏口から出て行った。
第十二部、これにて終了
ですが戦いはまだ続きます
それではいつものように、第十三部投稿まで一週間ほど間を挟みます




