第三話 殺陣
間違いない、あれは勇者だ。
勇者が、魔族の変装をして、人間の街を焼き、人間を殺して回ってたんだ!
なんでだ、どういうことだ!?
ヤツは人間の戦士じゃなかったのか!??
山に登ってたはずなのに!!?
いや、それどころじゃない、そんなことはどうでもいい!
ヤツは俺に気付いた。
俺を、見てる。声を聞いている。
しまった、俺の声はインターラーケンで聞かれてるんだぞ。今ので正体がバレちまった!
くそ、カッコつけて名乗りなんか上げるんじゃなかった。
何の感情もない虚ろな目で、俺の目を見返している。
来るッ!
全魔力で肉体強化!
全身の筋肉をフル稼働!!
全力で横っ飛びっ!!
ズバッ!
一瞬前まで俺が立っていた場所を、何かが高速で通り過ぎた。
勇者が剣を投げつけたんだ。
そして斬り捨てた兵士の弓を取り、死体の背中に担がれたままの矢筒から、三本まとめて矢をつがえる。
「うぉあっ!」
疾走。
背中は見せられない。ヤツから目を離せば攻撃をかわせない。飛来する矢を避けれない。
そもそもヤツの方が俊足だ。建物の影に隠れようものなら、一気に間合いを詰められる。
ひたすらに横へ横へと走り続ける、屋根の間を跳ね回る。
俺が一瞬前に立っていた場所を、正確に矢が貫き続けてる。背に担いだ矢筒から矢を取りだし、俺を追いながらも矢を放ち続けてる。
最悪だ、畜生っ!
領地で戦ったときは、『吸収』の宝玉を装着した鎧を着ていた。
ドワーフが鍛えた剣を持ってた。
カルヴァに乗り、クレメンタインの援護もあった。
魔力だって満タンだった。
今は何もない!
一撃でも食らえば終わりだ!!
そして、足場すらも無くなった。
目の前には屋根の端、下は人間の兵士で埋め尽くされた広場。
勇者は空になった矢筒と弓を捨て、懐からナイフを取り出した。
前は人間の軍、後ろは勇者。
終わりだよ、クソッタレ!
ヤツが、ナイフを構えて突っ込んでくる――
カッ!
何かが、光った。
俺の目の前を一筋の光が通った。
突っ込んできたはずの勇者が、被っている山羊の角を切り裂かれている。
カカッ!
さらに二筋の光。
間一髪で光をかわした勇者が後ろへ飛び退く。
振り返ると、そこには人間の部隊が居た。
屋根の上に立ち、宝玉が先に付いた長い棒のようなものを握る男。
そして、その後ろで弓を構える連中と、一番後ろで妙な丸太を肩に担いだ男……さっきの連中だ!
「シスタァッ! 逃げろと言ったはずだっ!」
その言葉が終わる前に、構えられた矢が山羊頭の勇者めがけて放たれた。
無論それらも全て避けられるが、屋根の端に追いつめられて足場が無くなる。
「食らえっ!」
長い棒の先端に装着された宝玉から、さっきの光が伸びた。
まさに一瞬。目に止まらない速さで放たれた、光の矢。
だが、それすらも避けられた。
勇者は跳躍し、道路を飛び越え、反対側の屋根へ着地した。
再び広場から大量の矢が放たれる。しかし全く当たらず、スイスイと軽やかに避けられるばかり。
「クソ、魔力切れだ!」
毒づいた男、恐らくは小隊長が宝玉付きの長い棒を背中に担ぎ直す。
魔力で生み出した光を武器にするアイテムか。どうやらエネルギーを食うらしいが、とんでもない速さの攻撃だ。すげえ兵器だぜ。
ふと部隊の一番後ろを見れば、さっきの丸太を担いだヤツが宝玉を勇者に向け続けている。あれも武器か!?
なんて考えてたら、さっき俺に話しかけてきた男がやってきた。
「何を考えてるっ、なんで逃げなかったっ!?」
「いや、その、ってぇ――来たっ!」
話をする暇も何もなく、再び勇者が突っ込んできた。
倒れていた兵士のものか、血に濡れた剣を手にして。
真っ直ぐに、俺へ向けて。
いや、違う。
俺を庇って勇者との間に入った、あの男へ。
そいつは急いで腰の小剣を抜こうとする。
バカな、間に合わない。
そんなのでヤツを止められない、剣をかわせない。
どうすれば!?
横を見れば、屋根の端。
三階下に広場。
人間の軍団。
やるしかないっ!
「うぉおりゃあぁっ!!」
「わあっ!?」
宙へ身を躍らせた。
仰天して声を上げる男の服を、腰のベルトをひっつかみ、広場へ跳躍。
術式を脳内で構築し、見る見る接近する地面に焦りながらも精神集中。
文字通り死ぬ気で、一瞬で『浮遊』を発動!
地面へ落下するエネルギーを相殺ぃ!
シュタッ
せ、成功した。
なんとか男のベルトを掴んだまま、怪我をしない速度で着地。
地上の兵士達は、慌てて降りる場所を開けてくれた。
広場のど真ん中、噴水近くの石畳に降り立った。
つり下げてた男も下ろす。と同時に、立ち上がった男が俺の胸ぐらを掴んできた。
「き、貴様ぁ、何をするかっ!?」
「いや、あの、だって」
「こ、こんなマネをして、し、修道女といえど、容赦は」
ズダンッ!
そのセリフも、最後まで言う暇はなかった。
なぜなら、勇者が追ってきたからだ。
屋根から飛び降りた山羊頭の勇者が、派手な着地音と共に広場に立つ。
取り囲んでいるはずの兵士達。弓を構え、俺の知らない強力な兵器を持っているはずの人間達が、完全に怯えている。
勇者が一歩進むごとに、全員が二歩下がっていく。
ヤツは、確実に近づいてくる――俺の方へ。
慌てて周囲を見る。
回りには人間達の兵士。だがすっかり怖じ気づき、戦える状態じゃない。
それは俺の胸ぐらを掴んでいたヤツも同じだ。俺の胸ぐらからも、抜こうとしていた小剣からも、手を離す。じわじわと後退していく。
抜きかけの、小剣?
「借りるっ!」
「え!?」
男の小剣を引き抜いた。お、なかなか良い剣だぜ。
それと同時に勇者がダッシュ、俺めがけて風を貫いてくる。
再び全魔力を肉体強化へ!
ガキィンッ!
勇者の剣と俺の小剣が切り結ばれた。
火花が生じ、衝撃で欠けた刃の破片が飛び散る。
ガガガッ、キィン!
立て続けで剣が交差する。
刃と刃がぶつかるたびに、火花と細かな鉄片がまき散らされる。
ヤツの剣を食い止めてはいる。だが一合ごとに俺は押されている。後ろに下がらされている。
くそ、スピードもパワーも桁外れだ!
俺が小柄だとか、持ってるのが小剣とか、そんな問題じゃない。
俺は限界まで肉体を強化してるんだぞ、体格差なんて無視できるほどの魔力を消費してるんだ!
なのに、完全に圧倒されてるなんてっ!!
パキャンッ!
手元から異音が生じた。
小剣が根本からポッキリ折れていた。
しまった、これはドワーフが鍛えた剣じゃない。何度も切り結べば、それも、こんな剣劇をしてれば、剣が保たないに決まってる。
勇者は、人間の血で赤く染まった剣を、俺の頭上で、大きく振りかぶる――
シュガッ!
剣は空を切った。
いや、振り下ろされていない。
勇者の剣は、どこからか飛来した矢を弾き返した。角度からいって、恐らくは屋根から放たれたものだ。
「うらあっ!」
さっきの男が勇者の背後から飛びかかる。
それも軽く避けられてしまった。そして今度は男の方へ向けて剣を構える。
だが、またしても突然方向を変え、あらぬ方向へ振り下ろされていた。
別の兵士が構える、突き出された三つ叉槍の切っ先を受け止めている。
「うぉおおっ!!」
さらにもう一人の兵士が斬りかかったが、その刃も易々とかわされる。
カシュンッ
小気味よい音が鳴り、勇者の手から剣が消えた。
三つ叉槍の穂先が回転し、剣を絡め取っている。
今や勇者は素手、しかも完全に包囲されていた。剣や槍を抜き、さっきまでの恐怖を拭い去った人間の兵達に。
兵士達の中、どうやら部隊長か指揮官らしき何人かが声を張り上げる。
「貴様らぁ! 女子供に後れを取るなど、皇国兵士の恥であるぞっ!」
「神は我らと共にある! その、剣を握る生足シスターこそが、我らの勝利の女神!」
「可愛い女の子の前でカッコつけねえと、男がすたるってモンだ!」
「その魔族を殺したヤツにゃ、きっとその足が綺麗な嬢ちゃんがご褒美のキスをくれるぜ!」
いやいや、あげないから。キスなんかしないから。
生足とか、足がどうとかって、あ、服の裾から足が見えてたのかよ。
だが士気を上げる効果は抜群だった……釈然としないが。
喚声がわき起こり、ガシャンと音を立てて槍ぶすまが組まれる。切っ先を並べた剣が炎に輝く。
後方では魔導師系らしき者達が印を組み、まるで合唱でもするように呪文を唱えている。
やった、人間達が味方に付いてくれた。
それもこれも修道服のおかげだ。
ありがとうよ、パオラ、イラーリア、感謝するぜっ!
俺は慌てて人垣を離れる。
「ぃけえっ!」
号令、取り囲む槍ぶすまが勇者へ襲いかかる。
だが軽やかに跳躍、身をひねりつつ懐から何かのアイテムをばらまいた。
バオッ!
突然、昼間のような光に包まれる。閃光弾だ。
槍を構えていた人間達が目を押さえてうずくまる。その隙をついて山羊頭が包囲を飛び越えた。
後ろにいた連中は、俺も含めて、人垣に光を阻まれて視力を失わなかった。弓を構えた連中が着地する勇者めがけて矢を撃つ。
やはり避けられた。しかも今度は避けられただけでなく、外れた矢が包囲していた兵士達に向かっていく。
カカカッ!
運良く仲間に当たらず、何本かが教会の扉に突き立った。
バォッ!!
さらに幾筋もの光が周囲から伸びる。
勇者の動きを追って光が軌跡を描く。線から面へと変じる残像を残したそれは、背後にあった教会のドアを切り裂き、彫像をバラバラにしてしまった。
だが面の攻撃すらも勇者はかわした。踊るように身をよじり、舞うように跳び、見事に回避してしまう。
信じられない。あんな山羊頭を被って、視界はほとんどないはずなのに。
背後で細切れになった彫像や扉がガラガラと崩れ落ちる。
そして、やはり魔力切れになったのか、すぐに光は消えてしまった。
「バカ野郎ッ! 矢を使うな、同士討ちになるぞっ!」
「銃の使用を禁じるっ! 総員、抜刀っ!」
ジュウ、とやらが背中に仕舞われる。弓兵も弓を投げ捨て抜刀。全員が勇者を取り囲み、一気に襲いかかる。
二重三重に取り囲まれたヤツは俺に接近できない。
よし、逃げるなら今だ。
騒乱に背を向けて路地に逃げ込もうと走り出す。
「シスタァーッ! 逃げろぉっ!」
叫び声。
肩越しに振り返れば、人間の包囲を軽々と突破した勇者が、俺へめがけて駆けだしてきていた。
その手には、誰かから奪ったであろう剣が握られている。
「ちぃっ!」
他は無視か、完全に俺だけが狙いかよ!
ダメだ、ヤツの足からは逃げられない。ここで迎え撃つしかない!
武器、どこかに武器は……あった!
さっき屋根から落下した兵士達がもっていた剣だ。動かない兵士達の横に数本転がってる。
間に合えっ!
建物の近くに倒れている兵士へ駆け出す。
後ろから山羊頭の勇者、恐るべき速さで接近してくる。
あと少し、もうちょっと!
柄に手がかかった。
拾い上げ、握りしめながらも疾走し続ける。
そのままの速度で建物の壁に突っ込む。
跳躍。
走ってきた勢いをそのままに、建物の壁を斜めに駆け上がる。
クソ、勇者もしっかり俺の後ろについてきやがる!
さらに跳躍、広場に向けて飛び降りる。勇者も俺と同じく跳躍する。
そして剣を構えて振り返り――速すぎる!?
既に目の前に、剣を腰にためた勇者がいた。
疾走した勢いをも乗せ、腰に溜められた剣が突き出される。
切っ先を逸らそうと拾った剣を――弾かれた、パワーと勢いが違いすぎる!?
ズダンッ!
剣が修道服を貫く。
俺の背中側から飛び出した、その切っ先に、血が――。




