表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王子  作者: デブ猫
53/120

     第三話  殺陣

 間違いない、あれは勇者だ。

 勇者が、魔族の変装をして、人間の街を焼き、人間を殺して回ってたんだ!

 なんでだ、どういうことだ!?

 ヤツは人間の戦士じゃなかったのか!??

 山に登ってたはずなのに!!?


 いや、それどころじゃない、そんなことはどうでもいい!

 ヤツは俺に気付いた。

 俺を、見てる。声を聞いている。

 しまった、俺の声はインターラーケンで聞かれてるんだぞ。今ので正体がバレちまった!

 くそ、カッコつけて名乗りなんか上げるんじゃなかった。

 何の感情もない虚ろな目で、俺の目を見返している。


 来るッ!


 全魔力で肉体強化!

 全身の筋肉をフル稼働!!

 全力で横っ飛びっ!!


  ズバッ!


 一瞬前まで俺が立っていた場所を、何かが高速で通り過ぎた。

 勇者が剣を投げつけたんだ。

 そして斬り捨てた兵士の弓を取り、死体の背中に担がれたままの矢筒から、三本まとめて矢をつがえる。


「うぉあっ!」


 疾走。

 背中は見せられない。ヤツから目を離せば攻撃をかわせない。飛来する矢を避けれない。

 そもそもヤツの方が俊足だ。建物の影に隠れようものなら、一気に間合いを詰められる。

 ひたすらに横へ横へと走り続ける、屋根の間を跳ね回る。

 俺が一瞬前に立っていた場所を、正確に矢が貫き続けてる。背に担いだ矢筒から矢を取りだし、俺を追いながらも矢を放ち続けてる。


 最悪だ、畜生っ!

 領地で戦ったときは、『吸収』の宝玉を装着した鎧を着ていた。

 ドワーフが鍛えた剣を持ってた。

 カルヴァに乗り、クレメンタインの援護もあった。

 魔力だって満タンだった。

 今は何もない!

 一撃でも食らえば終わりだ!!


 そして、足場すらも無くなった。

 目の前には屋根の端、下は人間の兵士で埋め尽くされた広場。

 勇者は空になった矢筒と弓を捨て、懐からナイフを取り出した。

 前は人間の軍、後ろは勇者。

 終わりだよ、クソッタレ!

 ヤツが、ナイフを構えて突っ込んでくる――



  カッ!



 何かが、光った。

 俺の目の前を一筋の光が通った。

 突っ込んできたはずの勇者が、被っている山羊の角を切り裂かれている。


  カカッ!


 さらに二筋の光。

 間一髪で光をかわした勇者が後ろへ飛び退く。


 振り返ると、そこには人間の部隊が居た。

 屋根の上に立ち、宝玉が先に付いた長い棒のようなものを握る男。

 そして、その後ろで弓を構える連中と、一番後ろで妙な丸太を肩に担いだ男……さっきの連中だ!


「シスタァッ! 逃げろと言ったはずだっ!」


 その言葉が終わる前に、構えられた矢が山羊頭の勇者めがけて放たれた。

 無論それらも全て避けられるが、屋根の端に追いつめられて足場が無くなる。


「食らえっ!」


 長い棒の先端に装着された宝玉から、さっきの光が伸びた。

 まさに一瞬。目に止まらない速さで放たれた、光の矢。

 だが、それすらも避けられた。

 勇者は跳躍し、道路を飛び越え、反対側の屋根へ着地した。

 再び広場から大量の矢が放たれる。しかし全く当たらず、スイスイと軽やかに避けられるばかり。


「クソ、魔力切れだ!」


 毒づいた男、恐らくは小隊長が宝玉付きの長い棒を背中に担ぎ直す。

 魔力で生み出した光を武器にするアイテムか。どうやらエネルギーを食うらしいが、とんでもない速さの攻撃だ。すげえ兵器だぜ。

 ふと部隊の一番後ろを見れば、さっきの丸太を担いだヤツが宝玉を勇者に向け続けている。あれも武器か!?

 なんて考えてたら、さっき俺に話しかけてきた男がやってきた。


「何を考えてるっ、なんで逃げなかったっ!?」

「いや、その、ってぇ――来たっ!」


 話をする暇も何もなく、再び勇者が突っ込んできた。

 倒れていた兵士のものか、血に濡れた剣を手にして。

 真っ直ぐに、俺へ向けて。


 いや、違う。

 俺を庇って勇者との間に入った、あの男へ。


 そいつは急いで腰の小剣を抜こうとする。

 バカな、間に合わない。

 そんなのでヤツを止められない、剣をかわせない。

 どうすれば!?


 横を見れば、屋根の端。

 三階下に広場。

 人間の軍団。

 やるしかないっ!


「うぉおりゃあぁっ!!」

「わあっ!?」


 宙へ身を躍らせた。

 仰天して声を上げる男の服を、腰のベルトをひっつかみ、広場へ跳躍。

 術式を脳内で構築し、見る見る接近する地面に焦りながらも精神集中。

 文字通り死ぬ気で、一瞬で『浮遊』を発動!

 地面へ落下するエネルギーを相殺ぃ!


  シュタッ


 せ、成功した。

 なんとか男のベルトを掴んだまま、怪我をしない速度で着地。

 地上の兵士達は、慌てて降りる場所を開けてくれた。

 広場のど真ん中、噴水近くの石畳に降り立った。

 つり下げてた男も下ろす。と同時に、立ち上がった男が俺の胸ぐらを掴んできた。


「き、貴様ぁ、何をするかっ!?」

「いや、あの、だって」

「こ、こんなマネをして、し、修道女といえど、容赦は」


  ズダンッ!

 そのセリフも、最後まで言う暇はなかった。

 なぜなら、勇者が追ってきたからだ。

 屋根から飛び降りた山羊頭の勇者が、派手な着地音と共に広場に立つ。


 取り囲んでいるはずの兵士達。弓を構え、俺の知らない強力な兵器を持っているはずの人間達が、完全に怯えている。

 勇者が一歩進むごとに、全員が二歩下がっていく。

 ヤツは、確実に近づいてくる――俺の方へ。


 慌てて周囲を見る。

 回りには人間達の兵士。だがすっかり怖じ気づき、戦える状態じゃない。

 それは俺の胸ぐらを掴んでいたヤツも同じだ。俺の胸ぐらからも、抜こうとしていた小剣からも、手を離す。じわじわと後退していく。

 抜きかけの、小剣?


「借りるっ!」

「え!?」


 男の小剣を引き抜いた。お、なかなか良い剣だぜ。

 それと同時に勇者がダッシュ、俺めがけて風を貫いてくる。

 再び全魔力を肉体強化へ!


  ガキィンッ!


 勇者の剣と俺の小剣が切り結ばれた。

 火花が生じ、衝撃で欠けた刃の破片が飛び散る。

  ガガガッ、キィン!

 立て続けで剣が交差する。

 刃と刃がぶつかるたびに、火花と細かな鉄片がまき散らされる。

 ヤツの剣を食い止めてはいる。だが一合ごとに俺は押されている。後ろに下がらされている。

 くそ、スピードもパワーも桁外れだ!

 俺が小柄だとか、持ってるのが小剣とか、そんな問題じゃない。

 俺は限界まで肉体を強化してるんだぞ、体格差なんて無視できるほどの魔力を消費してるんだ!

 なのに、完全に圧倒されてるなんてっ!!


  パキャンッ!


 手元から異音が生じた。

 小剣が根本からポッキリ折れていた。

 しまった、これはドワーフが鍛えた剣じゃない。何度も切り結べば、それも、こんな剣劇をしてれば、剣が保たないに決まってる。

 勇者は、人間の血で赤く染まった剣を、俺の頭上で、大きく振りかぶる――


  シュガッ!


 剣は空を切った。

 いや、振り下ろされていない。

 勇者の剣は、どこからか飛来した矢を弾き返した。角度からいって、恐らくは屋根から放たれたものだ。


「うらあっ!」


 さっきの男が勇者の背後から飛びかかる。

 それも軽く避けられてしまった。そして今度は男の方へ向けて剣を構える。

 だが、またしても突然方向を変え、あらぬ方向へ振り下ろされていた。

 別の兵士が構える、突き出された三つ叉槍の切っ先を受け止めている。


「うぉおおっ!!」


 さらにもう一人の兵士が斬りかかったが、その刃も易々とかわされる。

  カシュンッ

 小気味よい音が鳴り、勇者の手から剣が消えた。

 三つ叉槍の穂先が回転し、剣を絡め取っている。


 今や勇者は素手、しかも完全に包囲されていた。剣や槍を抜き、さっきまでの恐怖を拭い去った人間の兵達に。

 兵士達の中、どうやら部隊長か指揮官らしき何人かが声を張り上げる。


「貴様らぁ! 女子供に後れを取るなど、皇国兵士の恥であるぞっ!」

「神は我らと共にある! その、剣を握る生足シスターこそが、我らの勝利の女神!」

「可愛い女の子の前でカッコつけねえと、男がすたるってモンだ!」

「その魔族を殺したヤツにゃ、きっとその足が綺麗な嬢ちゃんがご褒美のキスをくれるぜ!」


 いやいや、あげないから。キスなんかしないから。

 生足とか、足がどうとかって、あ、服の裾から足が見えてたのかよ。

 だが士気を上げる効果は抜群だった……釈然としないが。

 喚声がわき起こり、ガシャンと音を立てて槍ぶすまが組まれる。切っ先を並べた剣が炎に輝く。

 後方では魔導師系らしき者達が印を組み、まるで合唱でもするように呪文を唱えている。


 やった、人間達が味方に付いてくれた。

 それもこれも修道服のおかげだ。

 ありがとうよ、パオラ、イラーリア、感謝するぜっ!

 俺は慌てて人垣を離れる。


「ぃけえっ!」


 号令、取り囲む槍ぶすまが勇者へ襲いかかる。

 だが軽やかに跳躍、身をひねりつつ懐から何かのアイテムをばらまいた。

  バオッ!

 突然、昼間のような光に包まれる。閃光弾だ。

 槍を構えていた人間達が目を押さえてうずくまる。その隙をついて山羊頭が包囲を飛び越えた。


 後ろにいた連中は、俺も含めて、人垣に光を阻まれて視力を失わなかった。弓を構えた連中が着地する勇者めがけて矢を撃つ。

 やはり避けられた。しかも今度は避けられただけでなく、外れた矢が包囲していた兵士達に向かっていく。

  カカカッ!

 運良く仲間に当たらず、何本かが教会の扉に突き立った。

  バォッ!!

 さらに幾筋もの光が周囲から伸びる。

 勇者の動きを追って光が軌跡を描く。線から面へと変じる残像を残したそれは、背後にあった教会のドアを切り裂き、彫像をバラバラにしてしまった。

 だが面の攻撃すらも勇者はかわした。踊るように身をよじり、舞うように跳び、見事に回避してしまう。

 信じられない。あんな山羊頭を被って、視界はほとんどないはずなのに。

 背後で細切れになった彫像や扉がガラガラと崩れ落ちる。

 そして、やはり魔力切れになったのか、すぐに光は消えてしまった。


「バカ野郎ッ! 矢を使うな、同士討ちになるぞっ!」

「銃の使用を禁じるっ! 総員、抜刀っ!」


 ジュウ、とやらが背中に仕舞われる。弓兵も弓を投げ捨て抜刀。全員が勇者を取り囲み、一気に襲いかかる。

 二重三重に取り囲まれたヤツは俺に接近できない。

 よし、逃げるなら今だ。

 騒乱に背を向けて路地に逃げ込もうと走り出す。


「シスタァーッ! 逃げろぉっ!」


 叫び声。

 肩越しに振り返れば、人間の包囲を軽々と突破した勇者が、俺へめがけて駆けだしてきていた。

 その手には、誰かから奪ったであろう剣が握られている。


「ちぃっ!」


 他は無視か、完全に俺だけが狙いかよ!

 ダメだ、ヤツの足からは逃げられない。ここで迎え撃つしかない!

 武器、どこかに武器は……あった!

 さっき屋根から落下した兵士達がもっていた剣だ。動かない兵士達の横に数本転がってる。

 間に合えっ!


 建物の近くに倒れている兵士へ駆け出す。

 後ろから山羊頭の勇者、恐るべき速さで接近してくる。

 あと少し、もうちょっと!


 柄に手がかかった。

 拾い上げ、握りしめながらも疾走し続ける。

 そのままの速度で建物の壁に突っ込む。


 跳躍。


 走ってきた勢いをそのままに、建物の壁を斜めに駆け上がる。

 クソ、勇者もしっかり俺の後ろについてきやがる!

 さらに跳躍、広場に向けて飛び降りる。勇者も俺と同じく跳躍する。

 そして剣を構えて振り返り――速すぎる!?

 既に目の前に、剣を腰にためた勇者がいた。

 疾走した勢いをも乗せ、腰に溜められた剣が突き出される。

 切っ先を逸らそうと拾った剣を――弾かれた、パワーと勢いが違いすぎる!?


  ズダンッ!


 剣が修道服を貫く。

 俺の背中側から飛び出した、その切っ先に、血が――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ