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魔王子  作者: デブ猫
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     第二話  まもの

 屋根の上に立つ人間の弓兵。

 栗色の髪を後ろに束ねた若い男が構える矢は、真っ直ぐに俺の体を狙っている。

 だが、その赤い目には動揺が見て取れた。


「お前、まさか、修道士……女か!?」


 なにやら面食らったらしい若い男。

 聞かれて自分の姿を見直してみれば、なるほど確かに修道女の服を着たままだった。化粧もしてる。

 イラーリアは、変装は完璧とかバレないとかいってたっけ。

 なら、このまま誤魔化しきれるかも。

 慌てて構えを解き、この数日で見慣れた祈りの所作を真似る。


「はい、私はオルタ湖に浮かぶマテル・エクレジェ女子修道院の者です」

「なぜに修道女がここへ!?」


 ちょっと高めな声で、背中に寒気が走りそうな口調を吐く。ガマン我慢。

 どうやら上手くいったのか、男は弓を下ろす。

 俺と同じような祈りの所作を簡単にしてから、ツカツカと近寄ってきた。

 頭の中で記憶を探り、島に居た間の情報をピックアップ。適当なストーリーをでっち上げる。


「街から火が上がったのが修道院からも見えたのです。

 ビショップからの指示もあり、マザーは皆を止めました。

 ですが、街の大事にいても立ってもいられず、密かに街へ様子を見に来たのです」

「なるほど。しかし、あなた一人で!?」

「いえ、他のシスターと共に。

 既に避難する人々を船に乗せて、修道院へ運んでいます」

「そうか。だが、あなたのような年若きシスターが居るべき場所ではないぞ」

「大丈夫です。私の先ほどの体術を見られたでしょう?

 修道院で一番腕が立つので、ここへ参ったのです」

「確かに、体術はあるようだが……女の身で戦場に立つなど危険だ。すぐ避難を!」

「おいっ! 何を遊んでるんだ!?」


 離れた場所から、さらに男達の怒声が聞こえた。

 向こうの建物の屋根に、同じく弓を背負った男達がいた。どうやら俺と同じく屋根を渡ってきたらしい。

 いや、その中に一人、弓ではない何かを肩に背負った者がいる。それは術式が書き込まれた丸太のようなもので、あちこち取っ手が付き、先端には白く光る宝玉がはまってる。

 目の前の若い男が手を振って答えた。


「近くの修道院の者だそうです!」

「危険だぞ!」

「分かってます! 安全な場所へ送る許可を! その後、撮影任務に戻ります!」

「許可するっ!」


 それだけ叫ぶと男達は街の中心へと駆けていった。

 丸太のようなものを抱えた男を中心に円陣を組み、決して足場の良くない屋根の上を軽々と渡っていく。相当の腕利きが揃ってるな。

 周囲を見れば、同じように屋根を渡っていく連中が居る。軍が本格的に動き出したんだ。

 許可を得た男は俺へ向き直った。


「自分はペーサロ将軍旗下、第二撮影班所属、タルクィーニョ=テルニ。

 さぁっ、急いでくれ、安全な場所へ送るぞ!」


 送られても困る。

 慌ててもう一度、祈りの所作。修道女達のセリフを必死に思い出し、適当な言い訳に並べ替える。


「ご心配には及びません。

 私は神の加護の下、無事に一人で修道院へ戻ることが出来ます。

 また、街で炎と魔族に怯える信徒達を、一人でも多く救わねばなりません。

 それより、街を襲いし魔族を野放しには出来ません。

 どうか、勇敢なる神の戦士としての職務にお戻り下さい」


 俺のデタラメな言葉に、男は深い祈りで答えた。

 そしてビシッとした敬礼、先に行った仲間の後を追っていった。

 後に残った俺は、油断無く周囲を見渡す……よし、部隊はいない。

 屋根を渡っていった連中は全員、現場へ向かっていったようだ。


「よし、いくか。……にしても、サツエイ? なんの事だろうな。

 ま、ンなコト気にしてる暇はねーがな」


 先に行った人間の部隊に見つからないよう、今度は慎重に進んでいく。

 が、そうもいってられなくなったようだ。

 前方で派手な爆発が起きたからだ。

  ズンッ

 まず白い光が天を突き、一瞬遅れて振動。

 町の中心部から、何かが崩れていく音がする。

 そして叫び声……いや、断末魔。


「いる……。

 何かが、暴れ回ってる真っ最中だ!」


 中心部へ向かうに連れて高さを増す建造物、その屋根の上を渡っていく。

 ほどなくして、中心部らしき場所を見下ろせる場所に出た。

 身を隠しながら、慎重に様子を探る。


 そこには、炎に照らされた広場があった。

 広場の中心に泉、正面にデカい教会。

 その右には何かの大きな建物。一階が四角い柱とアーチだけで構成され、通り抜けになってる。あれが市庁舎か。

 他にも幾つか建物があり、何本もの通りが放射状に広がっている。


 広場に面した建物の屋根には、さっきの小隊。

 他にも幾つかの部隊が、屋根の上から広場を囲むように展開している。

 もちろん広場にも大人数の兵隊が、武器を手にして集結している。


 建物の幾つかは炎をまとい、崩落寸前だ。

 いや、既に崩れ去った建物もある。

 そして崩落した瓦礫の周囲には、人間の兵士達が倒れていた。

 崩落に巻き込まれたな。


 広場に展開する兵士達、建物の上に陣取る兵士達、全ての視線と殺意と矢が一点へ向けられている。

 そしてさっきの小隊の中にいた妙な丸太も、肩に担がれた状態で宝玉を同じ方向へ向けている。

 広場につながる路地の中にも部隊が潜んでる。その中には、さっきの連中と同じアイテムを肩に担いでるヤツもいた。さっきのが第二のナントカと言ってたから、あれは第一か。


 向けられているのは、教会。

 沢山の彫像と手の込んだ装飾が積み上がった、石造りの巨大な入り口。

 その真上、屋根の上に、全てが向けられていた。

 そこに立つ、存在に。


「なんだ、あいつは……?」


 それは、獣の頭を持っていた。

 だが、ネフェルティじゃない。ベウルでもない。

 ねじくれた角を生やし、黒い目を持ち、短い茶色の毛に覆われた頭。

 それは大きな山羊の頭。

 毛皮の服を着込み、腰には剣を下げ、手には棒状のモノを握っている。


「なん、なんだ、誰なんだ、あいつは……」


 俺はあんな容姿の魔族を見たことはない。

 何を持っているのか、何が目的なのか知らない。

 魔王軍の、魔界の者じゃない?


「誰だ、ありゃ?」


 俺の疑問に答える者はいない。

 代わりに、大量の矢が放たれた。

 屋根に陣取る弓兵から、地上にいる兵士からも、雨のように矢が放たれる。

 色とりどりの窓ガラスをブチ割り、石のブロックに鉄の矢が金属音をあげて弾かれ、木で出来た部分には剣山のように突き立っていく。


 だが、当たらない。


 山羊頭のヤツは、全ての矢をかわした。

 炎に照らされた姿は残像を僅かに残し、教会の屋根から瞬時に移動していた。

 足場の悪い屋根を、いつ崩れるかわからないような崩落寸前の建物を、炎で焼けたタイルの上を。

 頑丈そうなブーツで、着込んだ毛皮の裾を疾風でなびかせて、一気に駆け抜ける。


 ヤツの手に握られていたモノが幾つか、広場の上をクルクルと舞う。

  ゴゥッ!

 それらは地上に落ちる直前、轟音と共に炎を吹き上げた。

 広場の中空から天へ登る、赤い竜巻。

 だが兵士達の体は焼かれなかった。何人かが印を組み、頭上にかざしている。

 魔法で障壁を展開したんだ。奴らの頭の上で光に炎が食い止められている。


 だが兵士達の矢も当たらない。

 次々と矢が放たれるが、全く間に合わない。ヤツが一瞬前に居た場所に、空しく突き立つばかりだ。

 ヤツの進行ルート上に重なる何本かの矢も、僅かに身を逸らすだけで簡単に避けられてしまう。

 あっと言う間に、一番近くの屋根に立っていた小隊まで、間合いを詰められてしまった。


 血飛沫。


 接近された兵士達は、慌てて弓を捨てて抜刀しようとした。

 だが、間に合わなかった。

 目に見えないほどの速さで抜刀した山羊頭に、見る間に斬り捨てられていく。

 悲鳴を上げて逃げ出した兵士もいた。だが、後ろから足を斬られ、屋根の上を転げ落ちていく。

 ヤツの剣をかわそうとした兵士も、バランスを崩して数階下の地面へと落下した。


 隣の建物に陣取っていた兵士達の一人が、赤く光る何かをヤツへ投げつけた。

 それは山羊頭がいる建物の屋根に当たる。

 同時に白く輝いた。

  ドゥンッ!

 閃光、そして爆発。

 建物が煙を上げて崩れ落ちる。


――やったか!?

――確かめろ!

――油断するな、追撃用意っ!


 そんな叫び声が聞こえてきた。

 だが直後、悲鳴が広がる。

 立ちこめる煙の中から、ヤツが飛び出してきた。

 抜刀する前に喉を裂かれる。

 剣を抜いていたヤツの横を山羊頭がすり抜ける、脇腹を切り裂きながら。

 その背後で魔法を唱えようとしていたヤツは、手首から鮮血を吹き上げている。

 全く太刀打ちできない。さっきと同じように、次々と斬り捨てられ、屋根から落ちていく。


――ダメだ、速すぎる!

――魔法が間に合わない、誰か、足止めだけでも!

――くっそぉ……魔族めえっ!!


 そんな叫びが地上から聞こえてくる。

 見れば、地上から屋根の上を見上げる連中が、何か印を組んだりアイテムを向けたりしている。弓も構えている。

 だがヤツのスピードについていけず、矢も魔法も放てないんだな。


 どうする?

 俺は、どう動くべきだ?


 あいつの正体は分からない。

 だが、確かめるなんて危険すぎる。

 魔族の、俺達の味方かどうかは分からない。

 少なくとも人間と敵対してるのは間違いない。

 リアとクレメンの行方を知っているかは気になる。だが、聞いたら答えてくれる、という状況じゃ無さそうだ。

 というか、アイツは話を聞かなそうだ……ん?


 話を、聞かない?


 まてよ、そんなヤツが以前いたぞ。

 それに、さっきのヤツの動き、どこかで……。

 あの素早さ、太刀筋、恐怖を知らない闘いぶり、って、え!?


「あっ!!」


 声をあげてしまった。

 体を起こしてしまった。

 隠れなければいけないのを忘れるほどに、仰天してしまった。


 そして俺の声は、ヤツに届いてしまった。

 返り血で全身を赤く染めた、山羊頭に。

 ヤツの頭が、こちらを向く。


 目が、合った。


 だが、山羊の目があったわけじゃない。その黒い目は光を宿していない。おそらくガラス玉、ただの飾りだ。

 本当のヤツの目は、口の中にあった。半ば開いた山羊の口から僅かに両目が見える。

 あれは、山羊の剥製の頭だ。被り物だ。

 そして暗い口の中に潜む目は、その目も、光がない。


 知ってる、知ってるぞ。

 あれは、人形の目だ。

 魂のない木偶人形。



 勇者。


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