第四話 街の灯
あっと言う間に合流の日、深夜となった。
どうにか他の修道女に見つかることなく、夜は魔界の話をして、昼間は魔力体力回復と順調に過ごせた。
魔力ラインは手足の指が青黒く染まるくらいまで回復。
やったぜ、今なら大魔法を連発できる。
月明かりの下、周囲を気にしつつコッソリと小舟に乗り込む俺とパオラ。
服は念のため修道服のまま。
ついでにクレメンタイン用のでかいヤツとリア用の小さいのももらった。
目立つから見送りはいらない、と言ったんだが、ヴィヴィアナとイラーリアなど数人が桟橋まで来てしまった。
「ほんでは、トゥーン様を送ってくるだよ」
「ありがとうよ。
お前らの恩は忘れねえからな」
手を振る俺達に、修道女達も声を潜めて応える。
「はい、トゥーン様も、お元気で」
「王子様、上手く逃げ切って下さいね」
「さよーならーだべよー、お元気でなー」
「あ、ちょっと待って」
そういってイラーリアがいきなり船に乗り込んできた。
「帰りはパオラ一人、船を漕ぐのは大変でしょう。
私もご一緒しますわ」
「あんら、大丈夫だべよ。
わだす一人でも」
「ゆっくり漕いではいられませんよ。
急ぐ必要があるでしょう?」
確かにパオラ一人じゃ時間がかかりそうだ。
夜中でもグズグズしてるとバレる。
誰かパオラと一緒に漕いでくれた方がいいか。
「わかった、ンじゃ頼む」
「お任せ下さい」
そんなわけで、他の女達の声に送られながら船を出す。
オールでノンビリ漕いでる暇はないので、『念動』で船を走らせ、波を切り目的地へ向かう。
少々の魔力消費くらい、今は構わない。
合流地点はオルタ湖西岸、島へ向けて少し突き出た所だ。
脱いだ服や荷物もそこに隠してある。
見たところ、湖の周囲に灯りはない。
遙か北の方には街があるはずだが、ここからは街灯りはみえない。
月明かりはあるが、暗い湖面だ。
人がいても見つかりはしないだろう。
「凄い魔力ですわねぇ、さすが魔王一族ですわ」
「へへ。
本気になったら、こんなモンじゃねーぞ」
「当然だべよ。
トゥーン様は、とっても強くて賢くてお優しい立派な紳士、いんや、王子様だで!」
そういうパオラの目は、なんだかキラキラと輝いて見える。
なんというか、尊敬とか憧れ、という感じ?
あーもー、照れるぜ。
「と、とにかく、だ。
リア達が上手く逃げ切れていれば、あそこにいるはずだ。
その後のことは頼んだからな」
「はいだす」
「承知いたしました。
教会が隠す真実を追い求め、必ずや白日の下へと晒しましょう」
教会が隠す真実。
その言葉に、一つの疑問が再び思い浮かんだ。
パオラからは以前に聞いたが、他の連中には尋ねたことがないな。
最後の機会になりそうだし、確認しておくか。
「そうだ。
なあ、イラーリア」
「はい、なんでしょうか」
「勇者について、何か知らないか?」
「勇者様、ですか?」
いきなりの質問に、ちょっと小首を傾げる。
「神の加護を受けた、謎の男……我らを影ながら守る戦いの天使……」
「あー、そういう噂話じゃなくて、なにか詳しいことを知らないか?
戦場で何をしたとか、誰と戦ってとか、具体的な所だ」
その質問に、二人は顔を見合わせて、そろって横に振る。
「いえ、そういうのはありませんわね。『鏡』でも伝えられたことはありませんし」
「ンだべな。
噂話ばっかで、眉唾なのがほとんどだべよ」
「鏡って、『マルアハの鏡』か。戦場の様子とかは伝えられないのか?」
「もちろん毎週の戦果は伝えられますわ。
東西の戦線で激しい戦いが続いていると聞き及んでいます。
ですが、勇者は……本当に居るのかどうかも分からないですわねえ」
「戦争に行ってた方々が、『部隊が逃げるとき、勇者に助けられた』『勇者が敵に切り込んでった』なんて話すだ。
だども、直接会ったとか、話をしたとかは、全然ねーべな」
「あー、でも、たまに『俺は勇者と親友なんだぜー!』とか、『勇者って実はあんなでこんなで』なんて言う人はいますわよ。
でも、そんなことを言ってるのは、酔った人か嘘つきで有名な人とかですね」
うーん、やっぱりか。
教会の鏡で伝えられない、ということは教会が隠してるってことだと思うんだが。
魔王軍が恐れる不死身の戦士なんだから、士気向上と戦意高揚のために、その活躍だけでも宣伝しそうなもんなんだけど。
勇者は仲間を盾にして攻撃を避けるとか、同じ人間からも略奪をしてるとか、そういうのを補ってあまりあるんじゃねーの?
おまけに、『定期的な死兵投入以外、本格的戦闘が長く行われていない』ことまで隠されてるんだな。
いったい教会は、人間の国は、どういうつもりなんだろう?
そんな話をしていたら、すぐに合流地点近くの岸に辿り着いた。
岸につけて上陸すると、俺が隠した服も食料も、しっかり口を縛られた袋の中に入ったままになっている。
だが、そこには誰もいなかった。
回りを見渡すが、誰かが来た様子も、隠れている気配もない。
そして遙か彼方、湖の北側の岸辺りだろうか。そこに光が見えた。
炎のような光が何個か見える。
それは街がある辺りだが、今は深夜だ。さっきまで、確かに光らしきものは見えていなかった。
だが、今は見えていた。それも幾つもの光が、次々と増えていく光源が。
俺の胸の中にも広がっていく。
飛びっきりに悪い予感が。
オルタ・サン・ジュリオの街は、三つ湖の間にある平地に広がっている。
湖の北に接していたが、中心部からは離れていたため街の灯りは見えていなかった。
何より普通は、こんな深夜に明々と灯火を掲げる理由は無いはずだ。
光が深夜に突然増えていく理由。
敵襲、火災、大事故、何らかの緊急事態。
現状で考えられるのは、考えられるのは……どう考えても俺にとって最悪の事態!
まさか、リア達がここにいない理由と関係があるのか!?
「トゥーン様……まさか、これって」
「もすかすて、リアさんやクレメンタインさんが、見つかっちもうただか?」
「まさか、そんな、いや……!?」
そんなはずない、信じたくない。
あいつらはここへ向かってるんだ。ちゃんと山の中を通って、苦労してでもみつからないよう進んだはずだ。
ちょっと遅れてるだけだ。絶対に、近くまで来てるはずなんだ!
森の中を、岸辺を見回す。荷物に触れた後がないか探す。
影も形も足跡も、何もない。
「お、おい、リア? クレメンタイン!
答えろ、返事しろよ! いるんだろっ!?」
叫んでも叫んでも、探しても探しても、誰も答えず何もいない。
頭痛がする、息が苦しい、意識が遠くなりそうだ。
くそ、こんなところで、せっかく危険を冒して別行動まで取って、偽装や地図の入手までしたってのに。
俺一人で帰れるもんか。
絶対に、絶対に、あいつらもっ!
「どこだっ! 近くに来てるはずだろうがっ!?
わ、悪い冗談はよせ、早く姿を見せろっ!!」
だが、誰も答えない。
羽虫が飛び、フクロウが鳴いてるだけの、静かな夜の森。
魔族も人間も、何の気配もない。
他の二人にも俺の不安と恐怖が伝染したかのように震えだす。
「そ、そんな、ありえねえべ。まさかお二人とも……?」
「パオラ!
そんな事を言ってはダメよ」
二人が口を塞ぐが、そんなの言われるまでもない。
俺の頭の中は、その最悪の事態が駆けめぐっている。
手がかりは、あの街の灯だ。あそこに行けば何かが掴めるはずだ。
再び船に飛び乗る。
その後ろから二人も船に飛びつくように乗りこんできた。
「お、お供しますだっ!」
「街の案内役が必要でしょう!?」
降りろとか言う暇も何もない。
魔力のセーブも構ってられない。
島を離れたときより遙かに高速で、湖面を二つ裂く波を引き連れて、北へ船を走らせる。
一路、人間の街へ。
敵地であるオルタ・サン・ジュリオの街へ。
これにて第十部終了。第十一部は一週間くらい後に投稿します。
この『魔王子』の小説情報をよく見たら、感想は「ユーザーからのみ受け付ける」に設定されていました。
無制限に変更しました。
……感想欲しいって自分で言ってたたくせに、なんて間抜けな……。