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魔王子  作者: デブ猫
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     第三話  懺悔

 イラーリアは教室に戻った。

 俺は、さすがにバレるので教室には入れない。

 小さな島だが、人間は教室と聖堂に集まってるので、見つからずに移動するのは難しくない。


 建物の屋根に上がり、聖堂二階の応接室を遠くから眺めてみる……いたいた、助祭二人を修道院長が相手していた。

 ということは、今は神父と司教が二人だけだな。


 司教が言ってた、「神に近くて静かな所」か。

 そして、この小さな島でそれらしい場所は多くない。

 修道女しかいないと思われてるのが幸いだ。奴らは大した警戒をしていないはず。


 屋根をつたい、跳び回り、聖堂の屋根へとりつく。

 音をたてないよう慎重に、かつ神学校からは見えないよう身を伏せ死角に回り、聖堂てっぺんの鐘楼へ登る。


 やぐらみたいなのに吊された、でかい鐘。滑車やら紐やらが組まれてる。

 下をのぞけば、聖堂の中だ。

 狭い中に身を潜らせ、鐘を鳴らさないよう紐も滑車も避け、スルスルと降りていく。


 周囲を確かめながら降り立つと、そこは屋根裏みたいな場所だった。

 ホコリっぽくないのは、手入れが行き届いている証。

 室内を見回すと、けっこう隙間だらけの吹きさらし。柱と壁の隙間から覗き込めば、そこは聖堂の内部だった。

 聖堂の天井近くにある部屋から、中の様子が見下ろせる。


 ずらりと並んだベンチのような椅子。

 何かの宗教儀式を描いたらしい絵が天井も壁も埋め尽くしてる。

 それに彫像もあちこちに飾られてる。

 壁には小さな祭壇のようなものも設置されてる。


 見つからないように慎重に覗きこんでみると、神父と司教が立っていた。

 あのアンクと同じデザインの像が飾られた、浮き彫り装飾の見事な正面祭壇、その前で二人が話をしている。


「そ、そのようなことは御座いませんっ!」


 いきなり神父の大声が響き渡った。

 なにか役に立ちそうな話か?

 肉体強化で聴力を増幅、二人の話に耳を澄ます。



「――落ち着かれよ、ブラザー・ドメニコ。神の御前ですぞ」

「し、失礼しました。

 ですが、何故に私が異端の咎を受けねばならぬのですか?」

「別にあなたが異端とは言っておりません。

 ですが、あなたの蔵書には禁書が含まれている、という密告があったのです。

 その真偽について、お答えを願いたい」

「そ、それは……」


 なるほど、その件で司教が来たのか。

 どうやら禁書の件は他の修道女の間に知られていたんだな。

 そうか。足も目も衰えてきたから管理出来なくなってきてる、と言ってたな。それでバレはじめたって。

 つーか、あんな人数が知ってるんだ。他の修道女にも知れ渡っていないわけがない。

 詰問されたドメニコとかいう名の神父は、観念したようにうなだれた。


「それは、事実です。

 ですが! 決して異端の教えに毒されたわけではないのです!」

「ですから、落ち着かれなさい。

 別にあなたを異端審問しに来たわけではないのですから。

 あなたの信仰心については、私も疑いを持ってはいません。教典への理解の深さと解釈の正確さ、理論の緻密さは認めています。

 ですが、何の目的で禁書を収集していたのか、それについては確認せざるを得ないのです」

「は、はぁ。その、実は……」


 神父はかなり落ち着かない様子で、周囲を気にする。

 俺は頭を引っ込める。声は良く聞こえているし、窓は僅かにしか開けていない。気付かれないだろう。

 やはり見つからなかったらしく、神父の告白が続いた。


「この地が神聖フォルノーヴォ皇国に組み入れられて以来、繁栄が続いています。

 ランゴバルド王国時代には単なる辺境に過ぎず、常に魔族とモンスターの襲来に怯えていました。

 ですが、皇帝陛下の統治と教皇猊下の教えにより、我ら人間の世界を脅かす魔族を駆逐することに至りました。

 ピエトロの丘に顕現されし福音のご加護、ゆめゆめ疑うことなどありません」

「それは当然のこと。

 ですが、それとあなたの禁書と、関係はあるのですか?」

「それは、その、つまりですね。

 確かに聖典の教えは素晴らしく、神の御心に沿うことこそが人間のあるべき姿に間違いはありません。

 ですが、その、神学の授業を行うに当たっては、正しいことを教えるのは当然なのですが、同時に『何が間違っているのか、どうして間違っているのか』をも教える必要があるのです。

 また、古き言い伝えや伝承に残る魔族達の姿と、教会の教える、魔族の姿には違いがあります。

 このズレをいかに解釈し、納得のいく教義としうるか。日々、この点に苦心しているのです。

 そのために、魔族に怯えていた時代の書籍が必要なのです」

「なるほど」


 司教が深く頷いたらしい雰囲気だな。

 こっちとしては、パオラから最初に話を聞いたときと同じ気分だ。

 何が間違ってるか、だと?

 俺達を勝手に間違いにするな!

 お前らだけの信仰、お前らだけの正義、そんなチンケなモンが通じるほど、世界は狭くねーんだよ!!


 毎日苦心する、そりゃそうだろうよ。

 明らかに間違った教えを正しいと言い張るんだからな。

 無駄な言い訳に頭を使ってゴクローサンだね。


 怒りが沸騰しそうだが、とにかく今は静かにするしかない。

 神父の話はまだ続くようだし。


「それで、実はビショップ・ルイーニにお尋ねしたきことがあるのです」

「何ですかな?」

「かのメルゴッツォ湖で行われる軍事作戦、聖戦のことです。

 魔族の存在を否定すること、駆逐すること、それは本当に可能なのでしょうか?」

「神の奇跡を疑われますか?」

「いっいえ、まさか、そのようなことはありません。

 ですが、ただ、皇国から魔族を駆逐したといっても、彼の者達が支配する魔界は遙かに広大です。魔族の数は限りがありません。

 神の教え、正しき神の僕に満たされた大地を実現するためには、魔族全てを塵に帰さねばなりません。

 それが出来ない限り、我ら人間こそが唯一の神に認められた正しき御使いであることを示し得ないのです。

 禁書に記される魔族の多さ、魔界の広大さを思うと、果たしてそれは真に可能な話なのか……と」


 ふん、そうだろうよ。

 魔族の種類は限りがない。魔界も果てしなく広い。

 人間の住むアベニン半島なんて、世界のはじっこに過ぎないぜ。


 おまけに世界は魔界だけじゃない。

 南の海の向こうにあるのは『黒の大陸』だが、冒険の地はそれだけじゃない。

 北には凍てついた不毛の氷河、東には大砂漠、西にも大海が広がってる。

 それらを越えれば未発見の大地がみつかるかもしれない。

 世界の広大さなんて、誰にもわからないんだからな。

 つか、俺の領地であるインターラーケン自体、昔は人跡未踏の地だった。


 そんな中で、人間だけが唯一の存在なワケがないだろう。

 福音とやらも、とんでもない無茶を言ったモノだな。


 だが、あの司教については無茶でも何でもないようだ。

 しれっととんでもないセリフを言いやがった。


「もちろん可能ですとも。

 神の威光を前に、いかなる魔族も抗うことはかないません。

 何故なら我らが父たる神こそは、唯一絶対の創造主なのですから。

 そして御心の地上代行者たる皇帝陛下は、そのための軍団をこの地に派遣されたのです。

 もはや、神の光が魔界を照らすことに疑いはありません」

「は、はい……」

「何より、事実として皇国の領土から魔物は駆逐されました。

 これは始まりに過ぎません。

 いずれ、この世の全てが神の土地として、我ら正しき信徒に与えられるでしょう」

「言われてみれば、た、確かに。

 この地から魔族を祓ったことは、神の世界を回復する第一歩と言うべきでしょう」

「左様、ご理解されたようですな。

 どうやらブラザー・ドメニコは禁書を目にしたがため、邪悪なる魂に誘惑されていた様子」

「はい。

 私は自らの信仰に疑いを抱いてしまいました。

 己の罪を懺悔致します」

「よろしい。神はあなたの罪をお許しになられます」


 なにやら祈りの詞かなにかが響いてくる。ザンゲとやらをしているらしいな。

 俺としては、ザンゲされても許す気にはならねえ。

 ふ、ふざけやがって!

 お前らの神が許したって、他の神が許さねえんだよ!

 つーか魔王が、その一族が許すものか!

 しかし、ここは忍の時だ。聖堂に怒鳴り込みたいのを必死に我慢。


 ドアが開閉する音がした。

 再び鐘楼を登って様子を見ていると、しばらくして、さっきのクソ司教が助祭を連れて聖堂を出て行くのが見えた。

 歩く方向にあるのは、奴らが乗ってきた船があるはずの桟橋。


「帰るのか……クソ。

 今度会ったら八つ裂きにしてやるぜ!」


 鐘楼から降りれば、あの神父が聖堂内に残っていた。

 アンクを前に、祈りを捧げているようだ。

 ちっ、あのジジイにも何か言ってやらなきゃ気が済まねえ。

 だが、あークソ。今は身動きがとれねえんだよ!


 見てろよ、人間どもめ。

 俺は必ず魔界に帰ってやるからな。

 そしてインターラーケンを守ってみせる。

 てめえらの神とやらが役立たずの大嘘つきだって、証明してやるぜ!


 今にも爆発しそうな怒りを何とか抑え込み、再び見つからないように聖堂を離れる。

 屋根と壁をつたって部屋に帰ると、パオラはベッドでグーグー寝ていた。

 はぁ、平和なヤツ。

 彼女の寝顔をのぞくと、幸せそうな顔で熟睡していた。ほとんど徹夜だったからな。

 本当に、コイツは他と同じ人間とは思えない。


 うーむ、こうなると、パオラの足止めに口にした『皆に魔界の真実を伝える』というのが、とんでもなく重要になる。

 昨日の修道女達や神父のように、真実に触れて教会へ疑問を持つヤツが増えないと。


「なんて気の長い話だよ。

 インターラーケン侵攻は、すぐにも始まるかもしれねえってのに」


 だが、他に手はない。

 俺は明日の夜、リア達と合流してオルタを去る。その後はパオラが頼りだ。

 長いまつげの、ソバカスの娘。

 魔王一族の天敵である人間の女。

 領地にいる間、いつも元気に妖精達と働いてた。

 再会したときには、涙を流して喜んでくれて……。


 リアの顔が浮かんだ。

 何故かアイツの怒った顔が、いきなり脳裏に現れた。


「な、なんでいきなり変なコト考えてんだよ!?

 えーい、今は作戦行動中だ!

 魔力を回復させて、休息して、明日の夜には逃亡生活かいしだからな!」


 適当な二段ベッド上段に潜り込み、布団をかぶる。

 下からはパオラの寝息が聞こえてくる。

 えーい邪念を持つな精神集中意識統一。

 睡眠だってとらなきゃダメだからな!

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