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魔王子  作者: デブ猫
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第十一部 第一話  司教来訪

 修道院の朝は早い。

 早いというか、日の出の前から祈りに行くってどうよ?

 ちょっと真面目すぎね?


 鐘楼の鐘が鳴る。

 1時課の鐘とかいう、朝の祈りの時間を告げるものらしい。

 ほとんど寝てない修道女達だけど、それでも眠い目をこすりながら聖堂へ向かっていった。


 俺は修道院の屋根に登り、礼拝堂へ入っていく修道服の黒い列を眺めている。

 みたところ百人ほど、少女から老婆までの女達が暮らしていた。

 部屋に集まっていたのは、その中でも若い連中だな。


 ほどなくして、歌うような美しい声が耳に届いてきた。

 ああ、聞いたことがある旋律だと思ったら、ベウルの記録映像にあった賛美歌と似てるんだ。

 あんときは反吐が出るかと思ったけど、今は心地よく髪を揺らすそよ風のよう。

 同じ賛美歌なのに違うモンだな。


「生で聞くと、すげえなぁ……。

 なんか、心が澄み渡るっつーか、晴れ晴れするっつーか、ハートに響くぜ。

 こう、穏やかで素直な気分になるんだなぁ~」


 清らかな高音が紡ぐハーモニーに心を委ねていたら、遠い東の山から太陽が昇ってきた。

 うーん、徹夜だっていうのに爽やかな朝だぜ。

 リア達との合流は明日の夜だ。地図も手に入れたし、今日は何をしようかな~♪



 とりあえず、この島の周囲を観察。

 ふむ、日当たりのいい南向きの斜面だ。うらやましい。

 豊かな森と草原と、ブドウ畑らしきものも広がっている。

 おや、東の小さな村から小舟がこちらへ向かってる。『鷹の目』で調べてみると……なんだか修道服を着た男達が乗ってるな。

 うち一人は、パオラ達が着ていた服より飾りが多い気がする。体もたるんでいるようだな……幹部クラスか。



  パタン

 屋根の下、部屋の中から扉が開く音がした。


 トゥーン様~、朝ご飯もってきてくれただよ~。


 下の部屋からパオラの声がする。

 屋根の端に手をかけ、スルリと屋根から窓へ滑り込む。すると目の前のパオラが驚いていた。


「ひゃー、すっげえ身軽さだなやぁ。さすがトゥーン様だあ」

「このくらい、軽いもんだ」


 ツンと澄ますけど、目はチラリと彼女が手に持つパンと水へ目がいく。

 さすが清貧をモットーにする修道院、質素な朝食だが文句はいえない。

 パオラと二人でガジガジと固いパンをかじりつつ、今後のことを相談する。


「さて、それじゃ俺はすぐにここを去るが、お前はどうするよ」


 当然のように出立を告げたわけだが、パオラの顔は見る見るうちに曇っていく。今にも大泣きしそうだ。

 き、気持ちは嬉しいが、俺は帰らなきゃいけねーんだよ。


「や、やっぱり、すぐに去って、しまうだか?」

「しょーがねーだろ。

 急いで帰らねーと、魔界が危険なんだ」

「魔界が危険?

 どういうことだべ?」


 先日見た陣地でのことを簡単に説明する。

 やっぱりコイツは鉄道やトンネルのことは詳しく知らなかったらしい。

 さっきよりさらに仰天していた。


「そそ、そげなおっとろしーことが起きてただか!」

「ああ。

 このままじゃ俺の領地だけじゃなく、魔界全土が火の海になる。

 俺は大急ぎで伝えに戻らないとな」

「たたた大変だべ!

 ただでさえ、わだすのためにネフェルティ様が犠牲になったっつーのに、このうえベルンさんはじめ妖精の方々や、魔王様にまで!

 あああ大変だなやどうすべどうすべ」

「いや、オメーが気にすることはねーから」


 うーむ、気が緩んで口が軽くなってしまったか。余計なことまで教えてしまったようだ。

 この慌てふためきよう、また何かしでかしそうな勢いだ。

 何もしないようクギを刺し……ても、無駄なんだろうなあ。

 ンじゃ、何か別のことをさせて気を逸らさせないと。

 オホンッ!と特大の咳払い。


「帰還はこちらでなんとかする。

 それより、お前は村に戻らないといけないだろうが」

「え?

 あ、あう、そうだども……」

「こんな小島にいつまでも隠れれるモンじゃねーだろ。

 どうやって帰るんだ?」

「桟橋に小舟がいつもつないであるで、夜中にそれをコッソリ借りるだよ。

 あとは歩いてでも村に戻るべ」

「そうか……それじゃ、俺もその船を使おうか」

「それがいいべ。

 それと、リアさんとクレメンタインさんと落ち合うなら、わだすも最後のご挨拶させて欲しいだよ」


 その言葉に、二人の顔がまぶたに浮かぶ。

 あの二人、上手く見つからずにやってるかな。

 リアは自由に飛べるし、クレメンタインは魔法の腕は確かだ。並の相手なら見つからないだろう。


 問題は、勇者だ。


 昨日のことを考えてみると、変なことだらけだ。

 なんで勇者がコソコソと山へ行くんだ?


 俺の存在に気付いて、魔王一族を討伐出来る手練れを呼んだ……それはないよな。

 気付いてたら、大部隊を引き連れて来るか、少人数でコッソリと来るだろう。

 あれじゃ逃げて下さいと言わんばかりだ。

 じゃあ、何をしに山へ行ったんだろう?


 どっちにしろ、ヤツはパオラの顔を知っている。

 奴らが山を降りるまで、村へ戻らせるわけにもいかないか。

 ここで時間を潰してもらうとしよう。


「うーん、俺は……いつまでもここにはいられないし……けど、明日の夜までここに隠れることにするか」

「そ、そうだべよ!

 一緒に夜まで隠れるべよ!

 この部屋にいれば見つかることはありゃせんだ!」

「明日の夜まで、か。

 それくらいなら隠れれるだろう。

 で、ものは頼みなんだが、お前はその後、修道院に戻ってくれないか?」

「村に戻らずに、だか?」

「ああ。

 しばらくここで魔界の話を皆に、さらに詳しく伝えてくれないか。

 もし出来れば、本にしてほしい。

 ここの連中なら、もしお前を見つけてもかくまってくれるだろ?」

「う~ん、中には院長様みたいに厳しいお方もいるべ……。

 でも、神父様は話の分かる方だで、禁書にも興味ある方だし、大丈夫と思うだよ」

「そうか、それなら頼む。

 村に戻るのはその後でもいいだろ?」

「わかっただよ、まかしておくれよお!」


 そんな話をしていたら、外から足音が聞こえてきた。

 パオラはベッドの下に、俺は窓の外に出て壁に張り付き身を隠す。

 バタッ!と扉を弾き飛ばすような勢いで開けたのは、昨日の修道女の一人だ。

 栗毛に琥珀色の瞳が魅力的だが、気の強そうな釣り目。背も年もパオラより少し上だな。


「あ、あら?

 お二人とも、どこへ消えてしまわれたの?」

「なんだべな?」


 ヒョコッと顔を出したパオラ、その修道女の方は安堵の溜め息だ。


「あー、良かったわ。

 またどこかへ消えてしまうのではないかと、気が気ではありませんでしたから。

 トゥーン様はどちらへ?」


 単に心配で様子を見に来ただけらしい。窓からヒョコッと顔をだしてウィンク。

 そしたらその女は一瞬で顔が真っ赤になった。おまけに恥ずかしそうに目を逸らす。

 そ、そんなうつむきながらモジモジするな、こっちまで恥ずかしいじゃねーか。

 ともかく安全なようなので室内へ戻る。


「俺は無事だぜ。ところで、何かあったのか?」

「いえ、無事かどうか心配になっただけですの。

 あ、でも、大したことかどうか分からないのですが、先ほどサクロ・モンテの教会から司教様が参られたのです」

「司教?

 ああ、さっきの小舟か」

「あら、見られましたか。

 向こうの丘の上にサクロ・モンテが、ええと、至聖所というか聖地とも言うべき場所があるのですが、そこの司教様が突然来訪されたのです。

 神父様に急ぎの用があるとのことで、それで午前の授業が無くなってしまいました」

「急ぎの、用……か」


 想像はつく、二日前の陣地での大騒ぎだな。

 こんな離れ小島にある修道院だから、今頃になって連絡と指示に来たわけだ。

 ふん、ちょっと気になる。


「なぁ、どこで会ってるか、分かるか?」

「ええ、聖堂ですわよ……。

 もしかして、行くつもりですか?」

「ああ。恐らく俺に関係する話をしてると思うぜ」


 答えつつ窓から身を躍らせようとしたら、二人がガシッと俺の体や肩を掴んで引き留める。


「危ないだよ!

 司教様も、お付きの助祭様方も、素晴らしい法力をお持ちですだ。

 見つかったらタダでは済まないだ!」

「そうですわよ!

 それに、長き修道の果てに篤き信仰心を身に宿された方々。それ故に、トゥーン様のお話を聞いては下さいませんでしょう。

 どうか無茶をなさらないで」


 二人とも俺に抱きついて離してくれない。

 気持ちはありがたいが、だからって逃走と帰還のための情報を逃す手もない。


「いや、俺の仲間の情報も得られるかもしれねーんだ。

 お前らの世話になりっぱなしにもなれねえ。

 大丈夫、俺の技量なら見つからずに行けるぜ」

「だ、だども……!」


 それでもパオラは手を離そうとしない。

 もう一人の方は、視線が宙を彷徨ってる……いや、何か思案してる。そして、手をポンと叩いた。


「そうですわっ!

 パオラ、あのね……」

「ん?

 なんだべ……あ!

 それは良い案だなや!」


 ヒソヒソ話を終えた二人。

 なにやらニヤニヤしつつ俺の体を上からしたまで舐め回すように品定めし始めた。

 そして顔を向けあい、含み笑い……嫌な予感がする。

 様子を見に来た娘の方が、「ちょっと待ってて下さいな~」という言葉を残して部屋を後にした。

 残ったパオラはニマニマと気持ち悪い笑いを浮かべたままだ。


「……何をする気だよ」

「確かにトゥーン様のお力なら見つからないと思うだども、念には念だべ。

 見つかっても大丈夫なようにするだよ」


 何をする気だ、と尋ねる前に再びドアが開いて、さっきの娘が入ってきた。

 その手には、二人が着ている服と同じ物が抱えられていた。





 聖堂へ向かう石畳の道。

 その上を歩く修道女の服を着た2人。

 右のは、えっと、名前はなんだったかな?


「なあ、お前の名前は?」

「トゥーン様、その様な言葉遣いでは正体を見破られますわよ。修道女らしい振る舞いをお願い致しますわ」

「ふ、振る舞い、つってもよぉ……」


 右の女と自分の動きを見比べる。

 うーむ、明らかに俺の動きはおかしい。だぶだぶの黒服の上からでも、ズカズカと歩いてるのが分かる。

 といって、しとやかに歩くのも難しい。動きがぎこちなくなる。


「私の名前はイラーリア。今はシスター・イラーリアとお呼び下さい」

「あ、う、わ、分かったよ、し、しす」

「シスター・イラーリアですわ。

 ほら、ヴェールが歪んでますわよ。あんまり顔を隠そうとすると、かえって不自然ですわ」


 そういいながらイラーリアは、俺の頭をすっぽり覆う黒のヴェールを直す。


「あ、あんまり触んなよ!

 自分で出来るって」

「出来てませんよ、これって慣れないと難しいんですから。

 それより、口調を気をつけて」


 ああ、屈辱。

 変装とはいえ女装させられるとは。

 確かに修道服を着ていないと、この島では不自然だ。でもだからって、女の服を着るだなんて……。

 しかも化粧までされてしまった。

 清貧がモットーの修道女のクセに化粧道具を隠し持ってるだなんて、真面目に修行する気あんのかよ?


「な、なあ……やっぱ、すぐバレんじゃね?」

「大丈夫ですわよ♪

 とってもよくお似合いですわ」

「いや、まあ、だぶだぶだから体格は分かりにくいだろうが、顔が丸出し……。

 余所者がいたら、すぐバレるだろ」

「それも大丈夫ですわ!

 背格好は私達と同じくらいですし、お顔もとっても綺麗ですから。遠目なら分かりませんよ。

 口紅もよく似合ってますわ。声だって少し高めですし」


 そ、それは男として、喜ぶべきか悲しむべきか、わかんねー。

 とにかく変装は上手くいってるから、今は納得するしかない。それに、美形だという意味なんだから。

 お、女顔でも、背が低くても、声が高くても、とにかく今は……。


 そんな俺の傷ついたプライドとは関係なく、見上げるような鐘楼を持つ聖堂は、権威と畏怖をまきちらすべく厳めしい姿をさらしていた。


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