表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王子  作者: デブ猫
45/120

     第六話  マテル・エクレジェ女子修道院

 つまり、この島に侵入した時点で見つかってたのかよ。

 岸に上がったときに感じた視線はコイツらのだったのか。

 それに『魔法探知』じゃ、起きてるか寝てるかまで分からないもんな。

 なんつーマヌケな……。


 いやもうホント、マジどうにでもしてくれ。

 そんな感じで二段ベッドが並ぶ狭い部屋にどっかとあぐらをかいて座り込む。

 そして女の子達は、俺の顔を覗き込み髪をひっぱり指先に戻った魔力ラインを珍しげにながめまくってる。

 狭い室内に十人以上の若い女がいるもんだから、暑苦しいって。しかもベタベタ触ってきやがる。あーうざい。

 人間の世界に来て間もないが、オルタ村の連中とは訛りが違うようなヤツも多い。あちこちから集まってきた連中なのかな。


 それはいいとして、つかお前ら、信仰に身を捧げたとか貞潔の誓いとかしたんじゃなかったのかよ?

 この有様の、どこが貞潔だってんだ?

 お前らにとって魔族は地獄の使者じゃなかったのかよ!?

 触れたら呪われるんじゃなかったのかっ!


「おいっ!いい加減にしろよお前ら」

「きゃー!怒ったわっ!」「や~ん、可愛いだよぉ~女の子みたいだべぇ」「怒っても火を噴いたりしないんだねぇ」「角も牙も無いし、人間にしかみえないべ?」「ねぇねぇ代わってよ、次あたしよ」「だーめ!もう少し」


 脅しても睨んでも効果無し。

 次から次へと入れ替わり立ち替わり、撫でるわ触るわ掴むわ引っ張るわ。

 しまいにゃ俺の頭を胸に抱えての取り合いだ……胸が胸が胸が。

 胸の谷間に俺の顔が、あああ~ちょっといいかも。


「ちょっとー、そんなに引っ張ったら可愛そうでしょー」「あ、そんなこと言って独り占めしてるじゃないのっ」「ずりーべよ早く代わるべよ」「ちょっと!殿方の肌に夜着のままで触れるなんて!修道女としての自覚は」「大丈夫だよぉ、トゥーンさは魔族だで、殿方でねーべな」「なるほど!それなら神の御心にも背かぬわね」

「だーっ!うっせうっせうっせーっ!」


 女達を振り払って二段ベッドの上へ逃げる。

 でも驚くとか怖がるとか離れるとか一切無し。むしろさらに興奮して、ベッドのハシゴを登ってくる!?

 別のベッドへ飛んで逃げても、キャーキャー騒ぎながら追いかけてくる!

 んぎゃーっ!いい加減にしてくれっ!


「もうっ!みんなえー加減にすんべなっ!」


 ようやくパオラがコイツらを止めに入った。

 おせーよ早くしてくれよまったく。


「あんま騒ぐとシスター達にばれるべ、もっと静かにしてくんろ」


 その言葉に、ようやく騒ぎは収まる。渋々という感じではあるけど、とにかく全員腰掛けたり壁にもたれたり。

 やっと静けさが戻ってきた。これで落ち着いて話ができる。ベッド上段に腰掛けたままで話を再開する。


「と、ともかく、おめーらはパオラの話を聞いたわけだな?」

「んだべよ。時間はかかっただども、みんな分かってくれただなや」

「そうなのですよ」


 立ち上がったのは、ちょっと年上っぽい女。目は細くて、常に笑ってるかのよう。赤く長い髪を腰まで垂らしている。

 振る舞いも落ち着いていて、両手を胸の前に組んで礼儀正しく礼をしてくる。


「初めまして、トゥーン殿。

 私はマテル・エクレジェ女子修道院の修道女、ヴィヴィアナと申します」

「……トゥーンだ、よろしくな」

「トゥーン=インターラーケン殿でしたね。お話はパオラから伺いました。

 我らの姉妹をお救い下さったとのこと。

 神のご加護と閣下のご厚意に感謝致します」

「本当にありがとうございました」

「魔王様御一族の広き心には、神も福音様も、必ずや慈悲をお示しくださるでしょう」


 ヴィヴィアナの言葉と同時に全員が祈りを捧げだす。

 俺にはこいつらの神への祈りはしらないが、邪魔する気まではない。感謝の言葉は素直に受け入れる。

 黙って祈りが終わるのを待つ。

 ようやく祈りが終わったようなので、とにかく話を続ける。


「お前らは、俺を怖がらないのか?」

「恐れる必要が無いこと、むしろ友愛を結ぶべき兄弟姉妹であること、パオラから聞かされました」

「だが、お前らの神の教えでは、俺達は世界を滅ぼす悪鬼だろうが」

「同時に、子供の頃に聞かされた楽しいおとぎ話の役者達ですわ」

「ふ……ん」


 本当に恐れている様子はない。敵意も無い。

 一体どうなってんだ?


「何より、パオラを助けて下さった恩人です。

 いかな魔族でも、魔界の王子であろうとも、その恩に報いることは神の教えに沿う行いです」

「そして、私達に真実を教えて下さる御使いですだよ。

 教会の偉い人達が隠し、神父様も教えて下さんねえ過去の真実を教えて下さる方なのですべや」


 そういうヴィヴィアナの細い目は、そして他の連中の目はキラキラと輝いてる。

 ただしそれは好奇心で、という感じだ。いかにも興味津々といったところだな。

 つか、さっきの有様は真実を求めて、じゃないだろ。


 あー、そうだ。パオラが勇者達斥候隊の案内役を買って出たのは、修道院の生活に飽きてたからだっけ。

 ということは、こいつらもか。


 まぁ、無理もないわな。

 こんな田舎の、しかも街から離れた湖の小島だ。若く元気な娘がこんなトコに閉じこめられて、堅苦しい神への祈りを延々とやらされたら、あっと言う間に飽きちまう。

 神への信仰つっても限度があるだろうさ。


 やれやれ、修道女といっても城の侍女やってる妖精達と同じなわけだな。

 退屈しのぎの噂話に飛びついたってわけね。

 しかも敵地で遭難し、魔王一族に助けられ、奇跡の生還という一大事だ。興奮しないワケがない。

 とにもかくにも、「敵だー!」と大騒ぎされないだけマシだろう。


「敵じゃないと分かってくれるンならいい。

 それより、こんな大騒ぎをしていて大丈夫なのか?」

「あ、それは大丈夫だべ。周りの部屋のコも、今夜の当番役もここに来てるべよ」

「私です」


 ヴィヴィアナが微笑んだ。

 うーむ、良い度胸だ。けど大丈夫ならそれでいいや。

 軽く咳払いして、話を続ける。


「真実を教える御使い……ということは、お前らも教会の教えがおかしいと気付いているってこったな?」


 この言葉に、女達は気まずそうな視線を向け合う。

 そして、誰ともなく話し始めた。

 うーん、さすがに長い話だが、黙って聞き続けることにする。


「私達は修道女ですので、聖典が読めねばなりません。

 ですから隣に建てられた神学校で文字を習っています」

「そーなの。で、もちろん教会の書庫に収められた本も読む機会があるわけです」

「ぶっちゃけいうと、ここは狭い小島だし、規範と規則ばかりが多くて退屈だから。

 本を読むくらいしか娯楽が無いワケなの」

「そーそー!

 んでさ、その中にはオルタに教会が建てられる前の物もあるわけでさ。

 その中に描かれた内容と、教会の内容に、かなりの差があるの!」

「もちろん、そういうのは禁書として封印されたり焼かれるのが常なんだけどねー。

 実は、神父様はそーゆーのを隠し持ってるの!」

「とーぜん神父様は隠してるつもりだべ。

 でも、わだすたつにはバレてるべよ」

「ほんでもって、最近は神父様もお年だなや。

 足腰は弱ってるし目も霞んでおられるんだぁ」

「というわけでして、神父様は書庫の在庫をしっかり確認できません。

 私達が書庫から勝手に本を持ち出しても、分からないのです」

「それに、子供の頃に爺様婆様から聞かされた昔話と『マルアハの鏡』が伝える教会の教えは、ちと違いすぎるだよ。

 変に思わねーわけねーべ」


 誰ともなくヒソヒソ話し始めたはずが、既に大声でのオシャベリになってるって。

 その内容も、『神への信仰に身を捧げた修道女』とやらとは遠い。

 ん?……変だな。

 パオラからは隠し書庫とか、過去の書籍の話は聞いていないが。

 その点を尋ねてみると、極めてもっともな話だった。


「いんやぁ~、実は禁書の話は、わだす知らなかっただよ。

 なんせわだすは誓願したばっかのぺーぺーだで、文字もようやく読めるようになったばっかだべよ。

 んなわけでぇ、わだすはまだ本の話を知らなかっただぁ」

「当然ですわ。

 禁書の存在が知られれば、神父様のみならず我ら全員が異端審問を受けるでしょう」

「だから修道女の中でも、信用おける者にしか教えられないわ。

 知っているのは、この部屋にいる者だけよ」


 うーむ、言われてみれば当然のような、呆れたような。

 教会が情報操作を行う以上、都合の悪い内容が書かれた本は処分する必要がある。

 だが、誰だって「見るな」と言われたモノは見たくなる。知識階級に属する者ならなおさらだ。

 教会に都合の良い情報を広めるためには、何が都合の悪い情報なのかを予め知っている必要もある。

 ならば神父が禁書を集めていた理由は理解できる。

 人間界では辺境のオルタでは古い書物も沢山手に入ったろう。


 そして、悪事は千里を走る。

 噂話は大概が悪口だ。

 他人の不幸は蜜の味。


 女子修道院の者達が、神父や教会の醜聞に耳を澄まさないわけがない。

 そしてこいつらは真実に触れたワケだ。ならば魔族を恐れない理由も然り。

 もしかして、パオラがインターラーケンで魔族を恐れなかったのは、こういう連中に囲まれていたからかもな。


 こりゃあいい!

 まさか、教会内部に魔族への理解者がみつかるだなんて。

 これを利用しない手はないぜ!

 ベッドの上にどっしりと座り、余裕シャクシャクで腕組みだ。


「ということは、だ。

 魔界と魔族についての話を聞きたい……というわけだな?」


 即座に全員がウンウンと頷く。


「もちろんですわ!

 そのために、今宵この部屋に姉妹達は集ったのです」

「魔界の愛らしい王子様が、あのツェルマット山脈を越えて来訪なさったのよ?

 これは絶対に奇跡です!

 ピエトロの丘にまします福音様のお導きです!」

「あの堅苦しい神学校での形式張った授業じゃなくてえ、本当の魔界の姿を教えて欲しいの」

「こんな珍しくて面白いお話、逃す手はありゃせんよ!」


 再び女達に取り囲まれて話をせがまれる。

 孫におとぎ話をせがまれる爺の気分?

 む……む、むむ、結構スタイルのいい女も可愛い子もいるなぁ。

 しかも薄手の白い夜着だから、月明かりにうっすらと体のラインが……。


 おほんっ!

 誤魔化しの咳払い。だ、大事な協力者だ、邪念を払わねば。

 ここは真面目に、魔界の素晴らしさを伝えねばなるまい。


「そ、それじゃ、魔界の話をしてやろう。

 かなり長い話になるんだが、構わないか?」

「もっちろんっ!」「夜は長いですわ」「楽しいお話を期待してるだよ♪」


 ベッドを降りて窓の横に立つ。

 月の光に照らされながら、風の音と湖のささやかな波音に乗せて話はじめる。


 俺が生まれ育ったル・グラン・トリアノンの生活。

 拝領したインターラーケンでの話。

 沢山の魔族が織りなす、騒がしくて物騒で、でも刺激的で楽しい祭り。

 いがみあい、でもたまには仲直りしたり仲良くもした俺の兄弟姉妹。

 有り得ない魔力を身にまとう、ホンワカ親父の魔王……。


 長い夜、俺は語り続けた。

 教会がひた隠しにする魔界の本当の姿を。

 沢山の種族が魔王の下に集結して力を合わせる、今の魔界を。

 女達は一晩中、楽しそうに聞いてくれた。



これにて第十部も終了。


再び一週間ほど後に第十一部を投稿致します。


それでは皆様、また来週。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ