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魔王子  作者: デブ猫
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     第四話  追跡者

 ドゥンッ!


 突然、何かの衝突音が響き渡った。

 兵士達も俺も、魔法を使おうとしていた部隊長も轟音の発生源へ目を向ける。するとそこには、貨物車の列へ突っ込んだ魔道車の一つがあった。


 黒光りする鉄の巨大な車体、というかなんというか、でけえ丸太かミミズみたいなシロモノ。

 全面に書き込まれた術式。

 そして車の前方には、なにやら歯かトゲのような物が大量に生えた巨大な円盤が付けられている。

 その魔道車は線路上に乗っておらず、地面の上に直接車輪を置いていた。


 そしてそれは全ての宝玉を輝かせ、貨物車の列に車体後部を突っ込ませている。

 突っ込まれた貨物車が横倒しになり、土埃を巻き上げている。どうやら後ろに下がり過ぎて貨物車を押し倒したらしい。


「な、なんだぁっ!?」「なんで魔道車が動いてるんだ!??」「お、おい……まだ動いてるぞ……」「どこ行ってやがるっ!!」


 兵士達が騒ぎ、他の場所にいた人足や兵士も慌てて駆け寄ろうとする。

 だが貨物車に突っ込んだ魔道車は、今度は前へ急発進しだす。進路上にいた兵士達が飛び退く。

 操縦席らしき場所にはガラスがはめ込まれている……む!?

 中には誰かいるように見えないぞ!?

 俺を囲んでいた兵士達も魔道車の方へ目が釘付けだ。


「運転者が、いない……暴走してるっ!?」「お、おい!何をボサッとしてる!?魔道車を止めるんだ!!」「は、はいッ!」「了解ですっ!」


 俺の周りの兵士達は大急ぎで車両に駆け寄る。

 チャンスッ!

 何がなんだか分からねーけど、とにかく逃げるのは今しかない!

 俺は逃げる子供よろしく「うわーたいへんだーたすけてー」なんて棒読みゼリフで回れ右。

 人波と反対方向へ走り出す。


 そこらじゅうから、「な、なんでコッチに来るっ!?」「避けろぉ!」「早く、誰か扉に取り付けぇっ!!」「ぎゃあー!どうして俺達の方に向かって来るーっ!!」なんて悲鳴が上がってる。

 どうやらメチャクチャに走り回って兵士達に突っ込んでるらしい。


  ズ……ズズン……ズガガガガガッ!


 さらに轟音。

 肩越しに振り返れば、さっきの車両が斜面に頭から突っ込んでいた。

 円盤が高速回転して、補強された壁面を凄まじい勢いで削ってる。周囲に大量の岩石や破片をまき散らし、兵士達は魔道車に近寄れない。

 そうこうしているうちに斜面に大穴が開けられ、車が斜面にめり込んでいく。


「そうか、あれが山に大穴を開けた道具か。

 すげえ……あっと言う間に斜面が削られていくじゃねえか」


 そんな独り言を呟きつつも、俺は足を止めない。

 多くの建物やテントから人間達が飛び出し、鐘や笛が狂ったように鳴り響き、斜面の方へと走り出す。おかげで陣地外側の、多くのテントや建物が空だ……?

 さらにチャーンスッ!

 来るときに観察した記憶を頼りに建物へ飛び込む。





 陣地を離れ、山を駆け上る。

 背中には手当たり次第にかき集めた食料だのなんだのを詰め込んだ麻袋。

 ふはははははは、なんて素敵な戦利品。

 十分に陣地から離れた高台に到着、ようやく後ろを振り向けば、例の斜面からもの凄い粉塵が巻き上がるのが見える。

 かがり火とライトがなぎ倒され、大穴の補強が崩れ、入り口の天井が一部崩落していく。


 しばらくして、ようやく粉塵が風に流されて消えた。

 暗い中、ライトで照らし出された所へ目をこらしてみる……と、どうやら魔道車の暴走でトンネルの入り口が崩され、土砂で塞がれたらしい。

 大勢の人間が何か叫びながら慌てふためいているのが見える。


「やったぜっ!

 なんだかわかんねーけど、あいつらの計画は遅れるぞ。

 すぐに修理とか始めるだろうが、それでも簡単には元通りになんねーだろうな。

 どのくらいかはわかんねーけど、これで魔界に戻るまで時間が稼げるぜ!

 ラッキー♪」


 本当にラッキーだ!

 情報は手に入れた。さぁ、あとはリア達と合流して、急いで魔界へ戻るんだ。

 ぐずぐずしている暇はないが、合流まではあと三日。それまでにやるべきことを出来るだけやっておこう。

 食料はタップリある、しばらくはもつ。予定通り、帰還のために地図を手に入れるとするか。

 さて、そのためには休息して体力回復だ。そして魔力のチャージを継続、出来るだけ溜めるんだ。


 麻袋を開けて、中のソーセージを取り出す。他にも保存が効かなそうなものを選んで手にする。

 クソ、あいつら美味そうなモン食ってンじゃねーか。食い物囲んで魔族を滅ぼす相談とは許し難し。

 罰としてお前らメシ抜き。





 次の日、朝。

 木の上でパンパンに膨れた腹を抱えてグースカ寝てたら、俺の大事な戦利品をちょろまかそうとするリスの鳴き声に起こされた。コレはわたさねー。

 例の陣地を遠くに見れば、なにやら動き回ってるのが見える。

 大急ぎで修復工事を始めたらしいな。ゆっくりやっててくれや。


 さてさて、合流は二日後の夜だ。

 今夜には修道院に忍び込むが、それまでは何をしようかな~♪

 街に行って情報収集もいいし、もう一度陣地に忍び込んで使えそうな物を頂くのもいいな。


 なにはともあれ、まずは魔力チャージか。

 別に動きながらでもできるけど、やっぱ瞑想しながら溜めるのが一番早い。

 枝の上であぐらを組み、大きくゆっくり息を吸い、さらにゆっくりと吐く。ゆるゆるとまぶたを閉じて……ん?

 何だ?陣地で少し動きが見える……うーん、遠くてよくわからない。


「魔力も結構溜まってきたし、そろそろ軽く使ってみるか……よし、『鷹の目』だ」


 パンッと景気よく両手を合わせ、意識集中。

 次に両手を前方へ突きだし、風を操作。周囲の空気を眼前へ集める。

 風が巻き起こり、木の葉が舞い上がる。眼前で高圧の空気が皿の形に固まっていく。

 砂や葉っぱが混じらないよう、透明度を保ったまま空気圧を高めて、厚さと形を調節していけば……出来た。

 目の前に出来上がった空気のレンズで光が曲がり、遙か彼方の映像が大きく映し出される。


「よし、『鷹の目』出来上がり。さてさて、どうしてるかな~?」


 陣内では既に復旧工事が始まっているようだ。

 何人もの男が鉄の道に棒を差し込み、必死に歪みを直している。崩れた瓦礫を取り除いたり、倒れた車両を戻してる真っ最中だ。

 陣の入り口では、どうやら騎馬隊が土煙を上げながら陣地を出立するところだ。その後を歩きの連中が隊列を組んで続いていく。

 ふん、魔族による破壊工作を疑って、周囲を調べに行くわけだ。わりーけど、俺は何にもやってないぜ。だからありゃホントにタダの事故だろうよ。


 さて、捜索隊が四方に飛ばされたと分かってて、わざわざ人里に降りるのもバカみたいだ。やはり昼間はこのまま森に隠れているのがベストだが、それじゃ情報収集にならない。

 それに気になるのは、あの捜索隊……山へ向かう部隊を……。

 なんとか隊を観察しようと『鷹の目』をずらし、焦点を調節するが、うーん、よく見えない。

 森の小道を通っていくせいで、森に隠れてしまう。


「……ダメか。近くへ行くしかないな」


 山へ向かう小隊が気になって山を少し下り、陣地から続く道の分かれ道を見下ろせる場所に来てみた。

 陣から出たの連中は分かれ道で小隊ごとに別れ、街や山に向かっていく。


 気になるのは、山に向かった連中がリア達を発見したりしないか、だ。

 恐らくリア達は偽装を終え、山中を合流地点に向けて迂回しながら進んでいる頃だろう。

 街道も使わないし、見つかることも無いだろうけど、一応は奴らの規模や装備を確認しておきたい。

 相当の手練れがいるのも当然だ。よほど注意して接近しないとな。


 梢を跳ね回り谷を飛び越え、オルタ村へ向かう山道の近くへ出た。

 山奥へ行く小隊を先回りした。おそらくこの道を通るだろうと踏んだが……お、来た来た。

 慎重に茂みの中へ身を隠し、気配を殺しながら山道を見下ろす。間をおかず人間10人ほどが山を登ってきた。

 ふむ……馬に乗ってるやつが一人、歩きが9人か。

 装備は……リュックサックに紐だの鍋だのがジャラジャラ付いてる。その上には二つ折りにされたスコップが上に乗ってる。

 チェインメイルに腰にはナイフや剣……。

 見たところ、騎乗しているヤツは厳めしい面構えで、かなり鍛えてはいるらしい。

 だが、残りは若くて普通のの連中だ。新兵かな?別におかしなところはない。

 新兵達はオシャベリしながら山奥へ、オルタ村へ向かってる。


 あ……え?

 えと、一番後ろの男、フードで顔を隠してるが……どこかで……?


 いや、間違いない……あいつ、あいつの顔は、どこか……?

 その時、フードが少しめくれ、顔が上を見上げた。

 俺の方を。


「っ!?!」


 まさかっ!?

 そんな、よりにもよってっ!

 だが、間違いない!!



 勇者っ!!



 全身に脂汗が流れる。

 手が震える。

 漏れそうになる声を、必死で押し殺す。


 いや、ヤツと目があったんだぞ、バレたんだ!

 逃げろ、俺は丸腰だ、魔力も少ない、勝ち目はない!

 ダメだ、追いつかれる、ヤツの足の速さは尋常じゃないんだ。

 ならば、もはや、死を覚悟して、一戦やらかすか……?


 待て!慌てるな!

 戦ったとき、俺は顔半分を覆う兜を被ったままだった。

 ヤツは俺の顔を知らないはずだ。

 今なら別人だ知らぬ存ぜぬと言い張れる!?



 だが、勇者のヤツは、すぐに俺の方から目を逸らした。

 フードで顔を隠し直し、黙ったまま前方を見つめて歩き去る。

 小隊の他の連中も俺に気付くことなく山を登っていった。

 茂みの中、青ざめた顔でガタガタ震える俺だけが残っていた。


「た……助かった……」


 ヤツとは目があった、ハズ。

 だが勇者は通り過ぎていった。。

 こっちを見ただけで、茂みの中に居る俺には気付かなかったのか。それとも誰なのか分からなかったか。目があった気がしただけで、実際には俺を見てなかったのか。それとも無視されたのか。なにかの偶然か。

 でも、とにかく、助かった。

 全身から力が抜ける。顔全体を濡らす冷や汗を袖で拭く。


 違うっ!

 このまま行ったらリア達がっ!?

 パオラだって危ないんじゃねーのかっ!? 勇者のヤツ、パオラの顔は確実に覚えているはずだぞ!!


 つったって、今はどうしようもない。

 リア達が今どこを歩いているかなんて、俺にも分からない。

 相当な山中を慎重に進んでることだけは間違いない。奴らも発見できないはずだ。


 パオラは……オルタ村の連中に任すしかない。

 村長のばあさんはパオラを隠すと言ってたし、他の村人が口を滑らせない限り大丈夫だろう……そこが怖いんだが、俺にはどうしようもない。

 結局、俺は俺の出来ることをやっておくしかない。今はそれしかない。


 もう一度オルタ村への道を見れば、既に勇者とその小隊は姿が見えない。

 そのまま山を登っていったか。念のため周囲の様子を探ってみるが、人間の気配は無い。


「どうやら、もう大丈夫か……」


 大きく息を吐き、再び梢の間を跳び回る。

 奴は新兵達に混じって行動していた。他の連中は勇者の存在に気を払う様子もなかった。

 やはり『勇者は大方の人間にすら謎の存在』というのは本当らしいな。

 ともかく、こんな場所に長居は無用だ。はやいところオルタ湖へ向かおう。

 夜まで身を隠して魔力を溜め、地図とか使えそうなモノをゲットだ。





 夜のオルタ湖。

 月と星は輝いてるが、たまに大きな雲がゆったりと流れてきて月を覆い、闇が濃さを増す。

 風はそよ風程度、聞こえてくるのは虫の音とフクロウの鳴き声くらい。

 目の前には目的地、サン・ジューリオ島のマテル・エクレジェ女子修道院の影が見える。

 反対側の対岸には小さな村があるが、今は光が全く見えない。

 例の修道院や教会にも灯りはない。どうやら寝静まったか。


 さて、どうやって島へ行くか。


 魔法を使えば簡単だし速い。

 ド田舎の、しかも元々が湖のど真ん中にある小島。そもそも今までに忍び込もうとしたヤツがいたとも思えない。

 だったら、対魔法結界とか警報装置とかは全くないと見ていいはずだ。


 とはいえ、陣地での騒ぎが伝わったなら少しくらい警戒しているとも考えられる。

 それと確か、教会は一日に8回くらい一定時間ごとに鐘を鳴らすとのことだ。夜中でも鳴らすから、起きてるヤツはいる。


 念には念を。

 泳いで行くのが一番か。


 水に手を突っ込み水温を確かめる……わりと冷たいな。とはいえ、せいぜい風邪をひく程度だろう。

 たいした距離じゃないし、泳ぐのに問題はない。

 余計な荷物は麻袋にまとめて突っ込み茂みに隠す。食べ物は、干し肉とかチーズとか日持ちするものばかりだから大丈夫だろう。

 肌着とズボンだけ身につけておく。

 湖水に足先からゆっくり入れると、おー冷てっ、夏だっていうのに厳しいなぁ。


「愚痴は終わりだ、行くとするか」


 気合いを入れて泳ぎ出す。

 サン・ジューリオ島へ向けて、静かに、確実に。


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