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魔王子  作者: デブ猫
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     第三話  侵攻作戦

 最悪だ、なんてことだ、こんなバカげた発想を本当に実行しちまうだなんて。

 あの大山脈を貫くトンネルを掘る!?

 どれだけの技術と人員と資金があったら、そんなふざけたマネが出来るッてんだ!??

 だけど、こいつらはやっちまったんだ。

 間違いない、こいつらにはそれが出来るんだ。

 あの魔道車、あれだけのパワーが魔導師数人だけでできるというなら、人間が総力を挙げれば山脈だって堀り抜けるだろう。

 行き先は、間違いなく俺の城の近くだ。インターラーケン城だ。勇者はトンネルの出口になる予定のポイントを調べていたんだ。それが俺の領地だったんだ。


 それも当然だ。

 インターラーケンの中でも、俺の城は数少ない平地に建っている。

 山に囲まれた広めの盆地で、万年雪から流れ出す地下水が常に湧き出している。

 なにより山脈のほぼ中央に位置してる。


 つまり、あの地を拠点にする気なんだ。

 水は豊富で大山脈に囲まれた天然の要塞。とんでもない高地で、魔族側からは簡単には攻めあがれない。

 一度奪われたら、どうやったって取り戻せない!

 そして、あの地を奪われたら、そして、こんなトンネルを四方八方へ掘られたら……それだっ!


 こいつら、ヴォーバン要塞もトリグラブ山も無視する気だっ!!


 人間達は自由に魔界の中央へでも侵攻出来る!?

 軍事物資はアベニン半島から、魔道車で流れるように運び込まれるぞ。つまり、あそこを足がかりにして、魔界全土へ自由に攻め入る、てことかっ!!

 マズイ、マズイぞ……魔王軍全軍は東西の戦線に集結してるんだ。他は完全に空っぽなんだ。

 オヤジの城まで、ル・グラン・トリアノンまで堂々と行進されちまう!?

 おまけに、これほどの技術と魔力を持つ人間のことだ。その軍勢が持つ兵器は、いったいどんな凄まじいものか、想像もつかない。


 なんて、なんてこった!

 このままじゃ……。


「魔界が、魔族が、滅びる……?」

「おうよっ!」


 俺の恐怖と戦慄などお構いなし。周りの人足達は高らかに人間の輝ける勝利と魔族の終焉、そして人間だけの未来像を語りあう。雄々しく拳を振り上げながら。


「こいつでツェルマット山脈をぶち抜いて、魔界のど真ん中へ一気に攻め入るって寸法なんだぜ!」

「もうすぐトンネルは掘り抜けるからな。

 そしたら、この街に駐屯してる兵隊さん達が、魔道車の牽く貨物車で送り込まれるわけよ」

「へへ!

 あの気持ち悪いトカゲ共も下等な犬頭も、まさかオラ達がぜーんぜん違うトコから現れるとはおもってねーべよ」

「おう!

 そしたら、呪われた魔族共を神の威光の下になぎ倒し、穢れた魔界を浄化し、唯一の神に認められし神聖フォルノーヴォ皇国の領土とするべよ!」

「なーに、悪鬼共の腐臭が満ちる地獄でも、『トリニティ』の旗がひるがえれば、一発で清浄なる聖地へ早変わりさ」

「魔王だって、もはや恐るるに足らず!

 神の祝福を受けた皇軍の前に、地獄の底へと堕とされるだろうよ!」

「それもこれも、ピエトロの丘にまします福音様の奇跡あればこそ。

 さあ、終課の鐘には少し早いが、神への祈りを捧げるしようぜ」


 誰かが祈りの詞を口にする。それに合わせて男達が手を組み祈りを捧げ出す。

 それはパオラがやっていたのと同じ祈りの所作。

 同じ動作で、同じ祈りの詞。


 なのに、寒気がする。

 全身に悪寒が走る。


 神への祈りはパオラも同じ。だがあいつは、俺や魔族への感謝と幸福を祈ってた。

 こいつらは、目の前の祈りは、俺達魔族の破滅と死滅を祈ってる。

 俺を取り囲み、俺達をぶっ殺す気で、しかもそれが正義で当然だと信じてやがる。

 どうする、こんなもの、見逃せないぞ。

 なんとしても、こいつらの作戦を止めないと!


 だが……どうやって?


 今の俺には、ほとん魔力がないんだ。リアとクレメンタインと合流したって、たかが知れてる。

 やっぱり、急いで魔界に戻るしかない。このことを伝えるんだ。

 インターラーケン城に防衛拠点を築け。人間達の新兵器に対抗する武器を急いで開発しないと。いやいや妖精達を逃がすのが先だ。オヤジに報告し、魔王一族を集結させ、総力を挙げて迎撃するんだ。

 なんとしても、こいつらが穴を掘り抜く前に、魔界へ戻るんだ。

 必ず、急いで帰るんだ、それしかない!



「お~い、ジャンカルロってやつ、呼んで来たぞぉ~」


 気の抜けた声がする。

 我に返って振り向けば、人間の男が二人こっちへ走ってきていた。

 後ろを走ってくる男は、かなり若い。短い銀髪に青い眼、頬にソバカス。どうやらそいつがパオラの兄か。


 そうだ、今は潜入作戦中だ、動揺してはダメだ。

 革手袋の中は冷や汗でじっとり濡れて気持ち悪いが、そんなことを気付かれてはならない。あくまで冷静に、平然と、周囲の人間へ溶け込め。

 走ってくる男達へ手を振り、取り囲む人足達を抜け出して、自分からも駆け寄る。そして俺を見てキョトンとする若い男へ礼をした。


「あ、あんらぁ?

 おめ、誰だ?弟が来たって聞いただども」

「初めまして、トゥーンです」


 どうやらパオラの弟とか、兄弟の誰かが来たと思っていたらしい。

 そしつは小脇に箱を抱え、ジャラジャラと音が鳴ってる。汚らしい服はあちこち破れ、腰にトンカチを差し込んでる。どうやら大工か。

 なるほど、街で大工として働いてて、この陣地の建築を請け負ってたわけだ。


「伝言に来た」

「へ?伝言、だべか?誰からだべ?」

「……おばばさま。村長のジルダから」


 口からデマカセだけど、とにかく不審に思われたら終わりだ。

 えーっと、えーっと、この場合、何を伝言に来たと言えばいいんだ?

 やっぱりパオラの件を……ああ、ダメだ。パオラのことは秘密にしないと。でもそれ以外に伝えるようなコトは。

 くそ、間が持たない。

 とにかく誤魔化しついでにジャンカルロの袖を引っ張り、少し離れた所へ連れてく。引っ張りながら何を伝えようかと頭を捻り……そうだ!


「おばばさまからの伝言。急いで村へ戻れって」

「へ?なんでだべ?

 つか、お前さん、誰だべな?」

「詳しいことは知らない。おばばさまから聞いて」


 そいつは首を捻りつつ、「そっか……まぁ、あんがとよ」といって立ち去っていく。

 パオラのコトは言えないが、村へ戻ってくれれば村長から事情は聞かされるだろう。これでなんとか『村から伝言のため人を探しに来た少年』として誤魔化せたな。


 得るべき情報は得た。もう用は無い。

 急いで魔界へ戻る算段をつけないと。


 なんだどうしたとコッチを見てる人足達へ向き直り、ペコリと頭を下げる。

 人足達は軽く手を振り、帰り支度をしながら陣地入り口へ足を進める。

 俺もそそくさと陣地を出ようと足を向けた。


「ちょっと待ちな」


 背中から声が飛んで来た。

 さっきの兵士の声だ。さっきと違うのは、どこか冷たい、低いトーンが混じってる。

 出来る限り自然に、心の中からしみ出しそうな焦りを押し隠して振り向く。

 名簿を片手にした兵士は、スタスタと俺の方へ歩いてくる。その他にも何人かの兵士が後に続いてくる。


「オルタ村のアルフォンソってヤツ、名簿をよく調べたんだけどな、やっぱりここにはいないみたいだなぁ」


 その話かよ、そりゃもういいって。

 早いトコ立ち去ろう。軽く礼をして再び陣地入り口へ……と思ったら、肩を掴まれた。


「ああ待て待て。それより、聞きたいことがあるんだけどよ」

「聞きたい、こと?」


 人足達から解放されたと思ったら、今度は数人の兵士に囲まれた。

 若い兵士二人に、中年二人、ニヤニヤしたりむすっとしたり。

 土色と黒の模様が入った服で、腰にナイフ、妙に分厚いベスト……皮鎧みたいな物か?

 かなり鍛えた体だ、魔導師系ではなさそうだが、魔法を使わないという保障はない。

 名簿をもっていた若い兵士が腰を下ろし、俺と目線を合わせた。


「お前、この山の奥から来たって、いってたか」

「うん」


 簡単に、最小限に、そして間をおかず答える。

 迷いや恐れや焦りを見せるわけにはいかない。可能な限り平静を装う。

 だが子供が大人の兵士に囲まれて冷静すぎるのも変だ、少し周りを探るような、怖がるような演技も加える。


「で、山の奥で、何か見なかったか?」

「何かって、何を?」

「何日か前の夜、空を大きな、流れ星みたいな物が通り過ぎたと思うんだけど、な」

「……知らない。寝てたと思う」


 なるほど、そっちの話か。

 撃墜された俺達の機体について、情報を集めるつもりなのか。

 くそ、気をつけて答えないと。


「そっか、見てないか……。

 それで、なんかその後、変わったことはなかったか?」


 軽く頭を捻って考える仕草をしてから、首を横に振る。

 口を開けばボロが出そうだ。

 他の兵士達は後ろで雑談してる……いや、中年の男だけはこっちをじっと睨んでる。風格からすると、部隊長か何かか?


「ん~、ならいいや。呼び止めて悪かったな。気をつけて帰れよ」

「うん、さよなら」


 何度目か知らないが、とにかく頭を下げる。

 やれやれ、ようやく立ち去れる……と思ったら、今度は部隊長らしき男が大声を上げてきた。


「待て!」


 俺の肩がビクンと跳ねる。

 頭を上げると、その男はツカツカと俺の正面に立った。

 その両腕はダラリと垂れている、ように見えるが、いつでも腰のナイフに手がかかるようにしてるのが分かる。

 なんだ、何がまずかった?

 疑われるようなことはしていないはずだ。


「お前、その黒い髪と目、パラティーノの出だろう。なぜこの地に住んでいる?」


 く!

 くそ、そこから突っ込まれたか。

 パオラは不思議に思ってなかったけど、それは『皇国の民としては珍しい髪と目じゃない』という意味か。

 こことは別の土地に多い種族で、この土地の民としては珍しかったんだ。

 ええい、パラティーノなんか知らないよ。同じ黒い髪と目だから変だなんて、ただの偶然なんだよ!

 全然関係ないんだってば。

 どうやって誤魔化すか、誤魔化しきれるか……。


「……知らない」

「知らない?自分のことだろうが」

「昔から山に住んでる。どこから来たのか、どうして山に住んでるのか、知らない」


 我ながら苦しい言い訳だ。

 住んでる理由が分からない。それは魔族じゃないとはいえるかもしれないが、流れ者か逃亡者だといってるようなモンだ。結局は怪しいのに変わりない。

 深く突っ込まないコトを祈るしかない。


「ふ~ん……」

「隊長、こんな子供を問いつめるなんて、可愛そうですよ」

「そろそろ帰りましょうや」


 後ろで雑談してた兵士達が声をかけてくる。そーそーそー、俺なんかほっといて帰ってくれ!

 が、隊長は両手を組み、何か祈るような仕草をし始めた。


「まぁ待て、一応は調べてからだ」


 マズイッ!

 こいつ魔法が使えたんだ。『魔法探知』か何かを使う気だ。

 やばすぎる!

 今、俺の体には結構な量の魔力が溜まってる。普段の俺からすれば微々たるモンだが、並の人間からすれば有り得ない量だぞ。んなモン「人間じゃないです」と言ってるようなモンだっ!


 た、倒すか!?

 でもその後はどうするんだ?こいつら倒したって、周囲から仲間が押し寄せてくるんだぞ。勝ち目は無い!

 なら逃げるしか、だがどうやって!?

 今ヘタに逃げれば、この地にいる人間の全軍が追ってくる。今の魔力量じゃ逃げれるとは思えない。周囲の街々にも情報が送られ、警戒される。もうインターラーケンへ戻るどころの話じゃない!


 どうすりゃいいんだ!??  


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