第二話 メルゴッツォ駐屯地
かがり火が照らす陣地近くの茂み。
慎重に、本当に慎重に気配を殺しながら接近してきた。
どうやら魔法による監視装置はなかった。結界の類もない。さしたる警備もしていない。陣地外側には柵も堀も何もなかった。完全に油断している。
やはり、ここは基本的にド田舎ってことだ。敵も強力なモンスターもいないから、さしたる警戒をしていない。俺達の機体の報告は入ってるだろうが、乗組員は墜落で死亡した、とでも思ってるだろう。
そしてもう一つ、非常に多くの人間が常に忙しく出入りしている。湖の向こう側、オルタ・サン・ジュリオの街と物資・人員を激しくやりとりしているからだ。夜だというのにひっきりなしに馬車や荷を積んだロバの群れ、働きに来たらしい農民や市民が陣地を出入りしている。
そういや、パオラの上の兄弟が街へ出稼ぎに出てるっていってたな。そして牛や羊も買われたって。
「こんだけ人の出入りが激しけりゃ、いちいち不審者や不審物をチェックするなんて面倒だもんな。
ということは、この中に紛れれば陣地内を見れるか……」
自分の装備を確かめる。
青のマントに茶色のズボン、黒い上着、革の長靴。上着の内ポケットには革手袋。
マントは……騎士しか着ていないようなので脱いで隠しておく。ポケットから革手袋を取り出し、両手にはめる。魔力が溜まり始めた指先に青黒いラインが戻り始めてる、見られるとやっかいだ。
改めて自分の装備と、出入りしている下働きの連中の姿とを見比べる……いけそうだ。俺の服は墜落の時にボロボロになったり、一日中山を走り回ったりで、相当に薄汚れてる。連中の汗と泥にまみれた姿にもとけ込めそうだ。
「道へ戻って、人の流れに紛れて……と、くそ、手が……」
手が震えてやがる。
なんてこった、こんなとこでビビッちまうなんて。情けない。
パシパシッ!
両頬を叩いて気合いを入れる。
しっかりしろ、インターラーケンの命運がかかってるんだ。失敗は許されねえ。
必ず情報を手に入れろ、そして速やかに持ち帰れ。やつらの進軍より早く、だ。
「おし、いくか!」
一旦陣地を離れ、森の中を街へ向かう。
陣と街の中間辺りで人の列が途切れた。人間が周囲にいないのをしっかり確認し、森から出て、何食わぬ顔で道を歩く。
道は整備が行き届き、隙間無く石畳が敷かれ、とても歩きやすい。一定間隔でかがり火がたかれてるから見通しも良い。
後ろからは荷物を満載した荷車や馬車が陣地へ向かい、前からは空になった荷車が街へ戻っていく。
そして、布で額の汗を拭きながら街へ戻っていく、薄汚れた男達とすれ違う。陣地で働いてる連中だな。……全身が土で汚れてる、髪なんて泥で茶色くなってる。
その内の一人が俺に目を向けた。
「よぉ、坊主。どうしたい、こんな夜中に」
その言葉に他の連中も俺を見る。ガヤガヤと下品な男達に取り囲まれてしまう。
さて、これくらいは上手く切り抜けないと、陣地に入ることもできやしないぞ……。
緊張するな、あくまで自然に、オルタ村でやってたように。
軽く会釈し、陣地へ指さす。
「用がある」
「用? なんだい、父ちゃんの迎えにでも来たんけ?」
「うん。急ぐから」
それだけ答えて一礼、そして歩き出す。
後ろからは「気ぃつけてなぁ~」「神様のご加護をよ~」なんて声がかけられる。振り返って軽く手を振り、もう一度歩き出す。男達もガハハと笑い声を飛ばしながら街へ歩き出した。
どうやら成功。
余計なことは言わず、あくまで自然に、そして愛想良く礼儀正しく。
これだな、うん、コツを掴んだってヤツ?
背が低いおかげで人間の子供に見えるらしい。……き、気にくわないが、ともかくコレは便利だ。利用しない手はない。
途中、例の鉄の道と人の道が交差する場所があった。人間達は特に気にすることもなく鉄の棒を渡っていく。俺もそれにならって通り過ぎる。
さっきの長く巨大な荷台は見えず、それが起こす音も聞こえない。それほど頻繁に通っているわけではないようだ。
そんな感じで、多くの人間とすれ違ったが、特に不審がられることもなく陣地前に到着した。
陣地の入り口には何人かの騎士が剣を腰に下げて立ってる。が、まともに出入りをチェックしているように見えない。つか仲間と無駄話してる。運ばれてくる荷物の山にもチラリと目をやるだけ。出て行く男達なんか気にもしない。
完全に油断してる。
というか、そもそも敵がいない場所で警戒なんかするはずない。俺だってインターラーケンに人間が攻め入るとか想像もしなかったんだから。せいぜい泥棒くらいだ、忍び込むヤツなんて。
「くくく……まさか、魔界の王子が忍び込むなんて思うまい」
呟きつつも、一応は警戒。
荷馬車の陰に入って入り口を通過……やっぱり全く気付かれなかった。俺って間者の才能ありかも。
いや調子に乗ってる場合じゃない。働いてた連中は陣内にまだ沢山残ってるが、きっとすぐに全員が帰ってしまう。そうなったら人混みに紛れるのは無理だ。
時間は短い、急いで確認するんだ。
あの鉄の道、それが向かう斜面、あそこにいったい何があるのか。
自然に、あくまで自然に歩き回る。
父親を捜す息子のフリをしながら……いや、もしかして親切なヤツが「ああ、偉いな坊主。一緒に探してやるから父ちゃんの名前を教えな」なんて言われたら困る。それなら父親の名前も考えておかなきゃ。それか、もっと何か上手い言い訳を、他にも考えておかないと。
ふーむ、他の言い訳か……。
そんなことを考えつつも、俺は陣地内を観察し続ける。
陣地は山の上から見たとおりの二重構造。
一般の連中が自由に出入り出来るのは外側だけ。内側の陣は塀と柵が囲っていて、数カ所の入り口は番兵が出入りをチェックしてる。
内側の陣を守る柵の上に一定間隔で宝玉が白く光ってる。魔法のライトか……と思ってよく見てみれば、宝玉と宝玉の間に淡い光の線が伸びている。警報装置か、それとも迎撃用か、少なくとも侵入者を警戒するための結界には違いない。
沢山の天幕や掘っ立て小屋が並び、兵士や人足の男達がたむろしたり訓練をしたり。どこからか大荷物を抱えてきて陣地の端に積み上げてる列もある。
宿舎、食堂、倉庫、訓練施設、その他色々な目的の施設があるらしい。大きめの建物とか、広場らしき場所とか、要所要所に皇国の旗が掲げられている。
ふと遠くを見れば、街で見えていた尖塔に似た形の建物もある。恐らくは兵士達が祈りを捧げるための教会だな。
「内側はきつい、な。まずは外側から見て回るか」
一番気になるのは、例の鉄の道だ。
あれは遠目には、山を削った斜面へ向かっていた。大量の荷物を高速で運搬できるのは分かったが、さて、その後はどうするのか。
あくまで人を探している風を装いつつ、陣地の西へトコトコ歩いていく。
さっきの荷物を運ぶ人足の列も、西から続いてる。
人足の列は、さっきの長い荷台から続いていた。他にも鉄の棒の上に乗った荷台の列とか、何に使うのか分からないものが地面の上に直接置かれていたりもしてる。今、人間が作業をしているのは、その荷台の列だけだ。
大きな荷台の扉が開かれ、兵士らしい連中が人足に指示をだしてる。沢山の男達がエッホラヨイサーとかけ声をかけ、木箱や布袋を運び出し、手渡していく。相当の量だ。
こんな大量の物資を高速で輸送できるとなると、数万の軍も長期間運用できそうだ。
山脈を登ってインターラーケンへ奇襲をかける人間の軍団……冗談じゃないぞ、まったく。
で、どうやってインターラーケン山脈を越える気だ?
先頭を見ると、荷台を牽く黒い鉄の塊の先、さらにまだ鉄の道が続いていた。かがり火に照らされたそれは、土が剥き出しになった山の斜面へと続いている。その斜面には一際沢山のかがり火が、そして魔法のライトが点灯していた。
だが斜面には、沢山の光源でも照らせない、丸い穴のようなものが、ぽっかり空いている。それは大きな穴で、極太の丸太や石のブロックで補強している最中のようだ。警備の緩い陣地外側にあって、その穴の周囲だけ警備の人数が多い。
鉄の棒が二本、その穴の方へと続いていた。
「あれは……?」
もっと近くで確かめようと斜面へ歩き出したとき、荷物を下ろす人足の方から一際大きな声が上がった。
「おいっ!そこの坊主っ!」
坊主。
この場にいる人間の子供らしき存在は、俺だけ。
くそ、とうとう見咎められたか!
慌てて逃げ出すとか、ビクビクするとか、不審な行動は厳禁。つとめて冷静に、そして平然と、でも子供らしく少し怖がった様子も混ぜて……難しいが、とにかくヒョイと声の方へ振り向いた。
見れば、そこで作業をしていた兵士も人足達も、俺の方へ振り向いていた。兵士は人足達に指示を出し、うち3人が列を離れ、コッチへ歩いてくる。残りはすぐに作業を再開する
俺も人足達へ小走りで駆け寄り、ペコリと礼をした。
逃げたい本心を隠すため、あえて近寄り積極的に挨拶をする。
汗だくでホコリまみれな3人の男。首にかけた布で汗を拭きつつ、ヒゲで覆われた口から下品なダミ声を出す。
「なにやってんだ、坊主。ここはガキが来る場所じゃねえぞ」
「アブねえぞ。もう暗いし、早く家に帰りな」
「ここに用でもあんのか?」
さて、ちゃんとした用を言わないと……捕まるとかの雰囲気は無さそうだが、つまみ出されそうだ。荒事とかは論外。魔力もロクに溜まってないのに、敵地ど真ん中でチャンバラなんか出来るか。
ここは舌先三寸。
「探してる」
非常に簡潔な一言。
男達が俺を見下ろし、顔を覗き込んでくる。
「探してるって、何をだ?」
「アルフォンソ兄ちゃん、ジャンカルロ兄ちゃん」
「誰だ?そりゃ」
アルフォンソとジャンカルロ。
山小屋で聞いた、パオラの兄貴達の名前だ。
ここで働いているかどうかは知らない。だが、適当な口実になればそれでいい。
すい、と山の方を指さした。
「あの山の、オルタ村から来た。
アルフォンソ兄ちゃんとジャンカルロ兄ちゃんに急いで伝えたいことがある。
ここで働いてるって聞いた」
この適当な作り話に、男達は首をひねりだす。
「はぁ~ん?
あの山から、降りてきたって」
「オルタ村のアルフォンソと、ジャンカルロねぇ……」
「悪いが知らねえな。
この現場じゃ、あちこちから出稼ぎ来たヤツが多くてよ。
街にいるかもしれねえし」
そりゃそうだろう。俺だって会ったこともないし、ここにいるとも思ってない。
ここで「自分で探す。気にしないで」とでも言って立ち去れればそれでいい、と思ってた。
が、どうやらそうも上手くいかなかったらしい。荷物の運び出しを終えた兵士がコッチへ歩いてくる。
「お前ら!
何を遊んでる。早くそいつをつまみ出せ!」
「ああ、兵隊さん、すいやせん」
「実は、この坊主、人を探してるそうでして」
「え~と、確かオルタって村の、アルフォンソと、ジャンカルロ……だったか?」
む、まずい。
予想外に親切な連中だった。現場指揮してる兵士にかけあってくれるつもりらしいぞ。いや、余計なことしてくれなくてもいいのに。
本当に探されでもしたら、話が大きくなって目立っちまう。えーい、余計なことを言ってしまった。
「べ、別に、いい。みんな忙しそうだから、自分で探す」
慌てて後ずさりをして立ち去ろうとするが、他の人足までやってきた。オタオタしているうちに、すっかり取り囲まれてしまう。
背が高くがっしりした男達、髪は白黒金赤茶と色々。瞳の色も様々で、それが全部俺の方を見ている。
うぬぬ、コレはまずいぞ。
そして名前を聞いた兵士は、なにやら肩から提げる鞄から名簿を取り出した。ペラペラめくりながら人足の名前を確認してくれてる……いや、いらないから。止めてお願いだから。
「オルタ、オルタ村の、アルフォンソと、ジャンカルロ……ああ、いたいた。聞いたことがあると思った。
おい、坊主。アルフォンソは知らないけど、ジャンカルロならいたぞ」
って、マジでいたのかよ!?
見つけるが早いか、その兵士は人足の一人に指示を出し、陣地の奥の方へ走らせた。
俺の方はといえば、人足に取り囲まれて動けない。
ううう、一体どうしよう。
「あの、忙しいのに迷惑をかけちゃ」
必死で、この場を去りたい一心で、遠慮がちに親切を断ろうと申し出る。
でも、こいつらは非常に人情味のある連中だったらしい。全然聞き入れてくれない。
むしろ一仕事を終えた開放感からか、満面の笑みで世話を焼こうとしてくれる。
「あー、気にすんな。今日の仕事はこれで終わりだからな」
「オルタ村って、あの山の上か?こりゃ遠い所をご苦労さんだなぁ」
「おめえ、黒髪に黒い瞳か。でもそれって、パラティーノの出身じゃねえんかい?」
「この辺じゃ珍しいわな」
まずいまずいまずいって。
俺の出身なんか気にしないでくれ。
何か、気を逸らせるようなモノ、話を変えれるような……あれだ!
「あの!ところで、聞きたいんですけど、あれって何ですか?」
指さしたのは例の鉄の道とクソ長い荷台の列。
パオラからはンな話を聞いたことない。ということは、パオラが修道院に入った後に作られた、最近の物のハズ。山奥の田舎者なら尋ねてもおかしくないだろう、と期待して。
どうやら、期待以上に上手くいってくれたようだ。男達は口々に親切に、そして得意げに話し出してくれた。
「おーっ!
そうかそうか、あれが何か知らないのか」
「山の上に暮らしてたんじゃ、しょうがあるめえよ。どうでい、ビックリしたか?」
「こんなデカブツが馬より速く走るッてんだぜ!」
素直にコクリと頷く。
これは本当に驚いたからな。どういう物か、是非とも知りたい。
「こいつはな、魔道車っていうんだぜ!この地面に敷かれた鉄道を、後ろの車両を引っ張って走るんだ」
「ピエトロの丘にまします三位一体の福音様が授けて下さった、ありがたい神の奇跡のひとつじゃ」
「こいつはマジにすっげえんだ!
この線路の上を大量の人や家畜や荷物を載せて、国を上から下まで走り抜けることができるんだぜ」
「しかも、こんなとんでもないパワーなのに、魔導師数人だけで動かせるッてんだ!
いやー、魔法の進歩はすげえやな!」
「へえ~!すっごいなぁ!!」
真面目に凄いぞ、それは。
こんな高速大量輸送手段が、魔導師数人だけで動かせるだと?
どんだけ魔力変換効率が優れてるんだ!?
しかも国を上から下まで走り抜けるって? アベニン半島は南北に細長い土地だ。それじゃ、全土を自在にあっという間に軍が動き回れるってことだ。なんて機動力だよ!?
一体、その『三位一体の福音』って何なんだ?
予言はする、裁判もする、政治もするし、魔法や技術の開発までやってるって?
まさか、本当に神が顕現した姿だってのか??
いや、それより、もしかして、この鉄の道って……斜面の穴って……。向かう方向にあるものって……!?
「本当に凄いなぁ……。でも、もしかして、あの穴は……?」
僅かに震える指で示した先にあるのは、斜面に空いた穴。よくみると大穴の他にも小さな穴が幾つか空いているし、沢山の管が伸びている。線路とやらは穴の奥へと続いていた。
おれの言葉に、男達は胸を張り、誇らしげに語り出す。
「おうよ!魔界へと続く穴さっ!」
やっぱりかっ!
まさか、こんな無茶苦茶な手段が、本当に実行できるだなんてっ!!
この穴も線路も北へ向かっている。インターラーケン山脈の中へと続いているんだ。
つまり、人間は、信じられないが……。
山脈を貫く穴を堀やがったんだっ!!