第四話 ミュウ
城勤めの妖精達が戻ってきて、ボロボロになった城内を片付けていく。
でも、妖精達に大した力はない。だから入り口前の大穴は直せない。
黒こげになったホールの監視装置も、修理には強い魔力と高度な技術が必要。
いきなり、なんて出費だよ。金無いのに……。
でも、今はそんなことはどうでもいい。なにしろミュウ姉ちゃんが来てくれたんだから!
「姉ちゃん! 来てくれたんだ、嬉しいぜ!
ほら、入って入って!」
と言ったものの、入り口には大穴が空いている。すぐに駆け寄って、落とし穴の端から手を伸ばして、姉ちゃんの手を取る。
「うんしょっと」
「大丈夫、ちゃんと支えてるから安心して」
「ん、しっかり支えてね」
姉ちゃんの後ろからリアが背中を支える。
「私が支えてますからぁ、安心して下さいねぇ」
俺の手を握りしめ、リアに背中を支えられ、必死に穴の縁を進む。
ちょこ、ちょこ……と足を進める。下を見ないよう、必死に前を見続けてる。
俺達上位魔族には本来、ヒョイと跳び越えられる程度のもの。だけどミュウ姉ちゃんには無理。
なにしろ力も魔力もほとんど無いから、最初から魔王継承権を与えられなかった。
城も領地ももらえず、当然『初陣の儀』なんて無理。だから今でもオヤジの城で暮らしてる。
魔王城に勤める侍従達の長みたいな仕事を続けてる。
他の兄弟からいじめられる俺を、ずっと庇ってくれた。
俺も他の魔族からいじめられる姉ちゃんを何度も助けた。
よいしょっと、と言いながら、ようやく落とし穴を越えた。
「いやー、ゴメンな姉ちゃん。
ちょっとバカ兄やクソ姉のせいで、城の中が滅茶苦茶になってしまっててよ」
「うん、分かってるから、気にしないで。
ケガとか無くてよかったわ。トゥーンの身に何かあったら、と思ったら、もう心配で心配で……。
それで、ハルに頼んで一緒に連れてきてもらったの」
そんな言葉と共に胸に手を当て、ホッと息を吐く。
なるほど、ハルピュイについてきたのか。それなら納得で一安心だ。
気に入らない奴だけど、ミュウ姉ちゃんは守るだろう。
「まぁともかく、こんな騒がしい所で立ち話もなんだからさ。俺の部屋に来てくれよ」
姉ちゃんの手を引っ張って執務室へ向かう。
「みゅ、ミュウ様ぁ、そのような雑務は、私達がやりますからぁ」
「ううん、やらせてね。お願い」
リアが困って部屋の上をウロウロ飛び回る。
妖精達が持ってきたポットと茶葉で、自分で紅茶を入れ始めてしまったから。
力が無いといっても魔王の娘。しかも侍従長みたいな立場なので、リアを始め城勤めの妖精達のボスだ。
そのボスに働かせてはリア達の立場がない。机を挟んでソファーに座る俺達の周りで妖精達がとまどってる。
シッシッと手を払い、リア達を部屋から追い出す。
ようやく姉ちゃんと二人っきりだ。
「ところでトゥーン、窓の下なんだけど……」
「窓?」
外を見る。さっき犬を放り出したときに開けたままだった。
「ベウルの犬が倒れてたわよ。
妖精達に治療してもらったけど、あの子どうする?」
「いらね」
「よければ、飼ってみない? 贈り物なんだから、もらっても良いわよ。
役に立つと思うわ」
「んー、考えとく」
「うん、せっかくの贈り物だしね。……はい、お茶が入ったわ」
視線を窓から戻せば、目の前には紅茶と茶菓子。
ヒョイッと一口で茶菓子を口に放り込み、紅茶も一気に飲み干す。
「あ」
一瞬で飲み干した瞬間、今度は姉ちゃんがとまどった。止めようと手を伸ばした所で固まってる。
こんな所まできて作法なんか気にしなくていいのにな。
「んだよ、せっかく俺の領地に来たんだぜ。もうオヤジの城じゃねえんだ。お茶くらい好きにさせてくれよ」
「あ、うんと、その」
「まったく、ようやくあのけったくそ悪い城を出れたんだ。もっと楽にしてくれよ」
「えと、えとね、そうじゃ、なくて」
「だー!
この城じゃぁ他の魔族達にバカにされることもないし。
インターラーケンには凶暴なモンスターもいないから、以前みたいにドラゴンに食われそうになることもないんだぜ。
俺がしっかり守るからさ、好きなだけいてくれよ!」
「う、うん、ありがと」
上目遣いにチラチラと、こちらを見てくる。
何か、大事なことを言いにくそうな様子だ。
まぁ、予想は付くけどな。
「あのよ、オヤジの城に帰ってこい、ていうなら断るぜ」
「……やっぱり、帰る気は、無いの?」
姉ちゃんのタレ目は悲しそうに俺を見つめる。
うう、この視線には弱い。
そっぽを向かないと気が変わりそうだ。壁に掛かる大鏡の方を見ると、姉ちゃんのうつむく横顔が映ってる。
「ね、ねえよ。
上の連中にいびられるのは、もうマッピラなんだ。
それに、ド田舎で狭くて貧相なトコだけど、このインターラーケンを俺様の手で、立派な街にしてみせる!
力を付けて、ラーグンもルヴァンもフェティダも見返してやるぜ!」
拳を振り上げ、力をこめて宣言する。
当然、腹にも力が入る。
ピポ
すると、何かこう、下っ腹から変な音が聞こえたような……?
ピルル、ゴロゴロ……
おまけに、何か、腹が痛くなってきたような?
腹を押さえて身をかがめると、姉ちゃんが慌てて駆け寄ってきた。
「ご、ごめんなさい!
早く、早くトイレに行って!」
「え……?」
浴室はユニットバス。
トイレの住人と化した俺に、扉の向こうから姉ちゃんの申し訳なさそうな声がする。
「ごめんなさい。本当にゴメン……。さっき、窓に目が逸れたときに……」
「いいよ、大したコト無いから」
そういいつつも、腹は大したコトになってる。
魔力の証したる青黒いラインまでしなびてきた。
「これは弟の自立を促すために必要な儀式だって、みんなから言われて、断り切れなくて……」
「分かってるって。他の連中に比べれば、こんなのどうってことねえよ」
く、クソ!
ミュウ姉ちゃんまで巻き込むなんて、なんて奴らだ。
便座に腰掛けながら心の中で毒づく。
そんなコトを考えてると、ドアからリアの声も聞こえてきた。
「だぁい丈夫ですよ、ミュウ様ぁ!
トゥーン様はぁ、確かに末っ子ですけどぉ、身体は魔王十二子の中でも丈夫な方ですものぉ。
この程度、どうってことありませんわぁ」
「お、おうよ! その通りだぜ」
必死に元気を振り絞る。
俺が言いたいことと同じなんだけど、なんか、リアの甘ったるい口調でに言われると妙にムカツク。
「キャハハハハ!
その通りよお、ミュウ姉様♪
こいつの身体なんて、気にすることないって!」
「なっ!? ハルピュイ、何を戻って来てやがんだ!」
外からいきなり耳障りな高笑いが飛んできやがった。
ハルピュイめ、勝手に俺の城に入りやがって。
「お前にゃ関係ねえ!
用は済んだだろうが、さっさと出てけ!」
「だ・め・よ!
まだお仕事残ってるの。ミュウ姉様を魔王城まで送らないとね」
「よ、余計なコトすんな!
ミュウ姉ちゃんは俺の城でしばらく」
「何を言ってるのよ。姉様には魔王城侍従長っていう、立派な仕事があるんだからね。
こんな辺境で野垂れ死に決定のアンタとは違うのよ」
「だ、誰が野垂れ死にだ!
みてろよ、俺の力でこの地を……」
力を込めて叫んだ拍子に、次の大波がきやがった。
茶色い悪魔が俺を苦しめる。
ほ、ホントに、み、見てろよ!
俺は、俺は魔王になる!
オヤジを越える魔王になってみせるんだ!
「でも今はぁ、トイレの王ですわねぇ」
ハルピュイとリアのケラケラという笑い声が、俺の神経を逆撫でる。
畜生、今に見てろ!
第1部、ここで終了です。
続きは早いうちに投稿したいです