表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王子  作者: デブ猫
39/120

     第六話  あばよ

 石と丸太を組んだ家の片隅、何かを感じて目を開けた。

 頬の上に何かいる……パチンと叩けば、蚊だった。

 む、あちこちかゆい。寝てる間にかまれまくったな。でもま、別に気にするほどじゃない。

 ベウルの特訓では、何度も野宿をさせられたモンだ。「戦場にベッドを持ち込めるとでもおもってるのかっ!」なんてどやされて、甲冑を着たまま寒い夜に湿地帯で野営させられた。

 金属の甲冑って寒さがこたえるんだよな。『炎』を鎧に付与して何度も暖めたけど、すぐに冷たくなっちまう。ほとんど寝れやしなかった。


「ふぅあ~……」


 あくびと共に体を起こす。

 木の床の上で毛布にくるまっただけなので、あちこち痛いな。ここは……ああ、パオラの家だった。

 周りをみれば、ベッドで横になったり、俺と同じように毛布にくるまっただけで雑魚寝しているパオラの家族がいる。窓の隙間から差し込む光を見ると、どうやら夜明けが近いらしい。

 奥の方には丸い車輪のようなモノが木製の台に乗って……羊毛を紡ぐ糸車か。その向こうには階段、二階か屋根裏部屋があるんだな。

 他のヤツは起きていない。昨夜は遅くまで楽しんでいたからな。このままなら、誰にも気付かれずに出て行けそうだ。

 キョロキョロ見まわしてみる。パオラは……どこで寝てるのか分からないが、声をかける必要はない。


 自分の足下を見ると、俺の服が畳まれて置かれていた。広げてみれば、穴が縫われている。急いで直してくれたのか。青のマントに茶色のズボン、黒い上着。帽子は脱出時に無くしたけど、まあそれくらいいいか。


 なるべく音を立てないように着替え、抜き足差し足でドアに近寄り、きしむ音に神経を尖らせながら外へ出る。

 まだ薄暗い夜明け前、木のボロい家が並び、柵に囲まれた家畜小屋には羊や牛や山羊が寝そべっていた。

 家の前に寝ていた茶色い犬が、耳をピンと立てて起き出す。確かコラードとかいう、パオラの家の番犬だったか。不思議そうにこっちを見てる。まずいな、吠えられたら村人が起き出しちまう。


「し~! 出て行くだけだからな。怒るなよ」


 頼みを聞いてくれたかどうかは知らないが、とにかく吠えたりはしなかった。むしろ鼻を近づけてくる。どうやら怪しいヤツとは思われなかったか。

 同じく音を立てないようにドアを閉め、早足で家から離れる。チラリと振り返れば、ホントにボロい家。こんなところに大家族が一緒に住んでいたワケか。そして、パオラも、あの中に……。


「……あばよ」


 軽く手を振り、早足で立ち去る。

 これでよかったんだ。

 人間の娘と魔界の王子、敵対する種族、出会っちゃいけなかったんだ。

 何も言わず別れれば、もう二度と会うこともない。


 ふん、そうだ、あいつはただの人間なんだ。

 俺は魔界の王子だ、魔王を目指すんだ。

 人間の小娘なんかに構ってる暇はない。

 しょせん、敵なんだ。人間の情報が欲しいから、付き合ってやってただけだ。

 聞くことは聞いた。地形、オルタ・サン・ジュリオの位置、教会、目立たずにリア達と合流できる湖畔の森、付近のおおまかな街と街道の配置……。

 もう用はない。


 あいつを村へ送り返したのは、ただの気まぐれだ。

 オヤジのわがままを聞いてやっただけだ。

 そうだ、情報を手に入れたから、その礼みたいなモンだ。魔王一族は礼儀正しく義理堅いからな。人間みたいに、敵だからって不公平な扱いはしない。ちゃんと筋は通す。


 だから、これでいいんだ。

 ここでお別れだ。

 さよならだ。


「……くっ!!」


 俺は走り出す。

 後ろを見ずに、全力で村から離れる。

 あっと言う間に村は背後の彼方へ小さくなる。昨夜、夜更けまで一緒に踊った村人達が暮らす、しけた村だ。

 ふん、俺を人間だと騙されたバカ共が!

 お前らなんかしるかよっ!

 俺が魔族だって分かったら殺しに来るくせによっ!

 お、お前らの仲間を送り返したのはな、お前らと、一緒に踊ったりしたのはな、さ、作戦だったんだっ!

 利用するためだってんだっ!!

 お前らみたいな田舎者の人間共なんか、なんとも思ってないんだよっ!

 なんとも……。


 足が止まる。

 前に広がるのは、朝日に照らされたオルタ湖。

 後ろを振り返ればインターラーケン山脈、人間の名前ではツェルマット山。

 村は、もう見えない。

 けど目の前には、パオラの笑顔が浮かぶ。

 俺の頭に小さな赤の花輪を載せ、ニカッと笑うソバカスの娘……。

 大きく息を吸い、力一杯叫んだ。



「あばよおっ!元気でなあーっ!楽しかったぜえっ!!」



 そして、今度こそ湖へ向けて全力で駆け下りる。

 血糊で汚れてはいるけど、まだ青いマントが風にひるがえる。

 走りながらも精神集中、意識統一。

 魔力チャージ開始!


 余計なことを考えるな、作戦は続行中だ。

 アベニン半島の最新の地図や人間の軍事作戦について情報を集めろ。リアとクレメンタインと湖の畔で合流だ。三人で無事にインターラーケンへ帰還するんだ!

 成功の可能性がどれだけ低くても、どれほどの困難があろうとも、そんなことは関係ない。

 絶対に成功させてみせる、必ず生きて帰ってみせる!



 街まで続く道はあるが、俺はそこを通れない。人間と鉢合わせするとやっかいだ。

 オルタ湖へと注ぐ川を確認しながら山の斜面を、森と岩の間を走り抜ける。

 木の根・藪・ツタ・泥沼なんか一切無視。猿のように枝から枝へ飛びつき、鹿のように岩から岩へ跳び回り、一気に山を駆け下りる。

 チャージした魔力を肉体強化魔法に変換し続ける。

 肉体強化魔法は魔力を放出しないため、消費効率が良い。それに、着地や跳躍に限定して、一瞬だけ筋力を増幅させる。それに下り坂を飛び降りていくのがほとんど。

 どんどん魔力が体内に蓄積されていくのが分かる。この調子なら、街に着くころには多少の相手と渡り合えるくらいにはなるぜ。


 通常、魔力のチャージと消費は同時には出来ない。どちらも意識の集中が必要だからだ。二つのことを同時にしてたら、意識を集中できない。そして、どんな魔法であろうとも、チャージした以上の量が消費される。

 だが、俺にはそれが出来る。肉体強化と魔力チャージが同時に出来る。だから極端な話、永遠に肉体強化をしたまま動き続けることが出来る。これが、兄弟で肉体強化術に一番優れると呼ばれる理由だ。

 そんなわけで、魔力の蓄積に合わせ、爪が青黒く染まっていく。魔力ラインが回復しつつある。



 川沿いには村と街をつなぐ道があるが、見たところ通る者は少ない。せいぜいクワと篭を背負った農民や、荷を満載したロバを引く行商人らしき連中くらい。どうやらオルタ村までは捜索隊とか派遣されていないらしい。

 リアとクレメンは、山への逃走を装う偽装を済ませたら、村を大きく迂回して湖の畔で落ち合う予定だ。期日は3日後の夜…何の問題もなければ、だが。

 リアは空を飛べるから移動に問題はない。問題はクレメンだ。あいつは基本的に歩きでの移動になる。肉体強化も使えるだろうが、一気に山を下りれるほどかどうかは分からない。

 なにしろ肉体強化は魔力より運動神経の問題だからな。足が速くなりました、全力で駆け出しました、曲がりきれなくて木にぶつかりました、なんてオチの魔導師が多い。

 肉体強化は消費魔力が少ないので、魔導師より戦士系のヤツが使う魔法だ。

 それはともかく、今は三日後の合流を目指して動くとする。


 すっかり明るくなる頃には、三つの湖と街を見下ろす山の中腹に出た。

 渓流が平地に広がり、左の小さめの湖と、真ん中の大きな湖と、右の中くらいの湖に分かれる。各湖の間には小高い丘がこんもり盛り上がってる。名前は確か左から、メルゴッツォ湖・マッジョーレ湖・オルタ湖だ。

 見たところマッジョーレ湖が一番デカイが、あの村はなんでオルタ村って呼ばれてたんだろ……?

 まぁ郷土史なんて興味ないし、今はどうでもいい。知ったところで「へー」と呟いて終わりだし。


 問題は、街だ。

 人間の街、オルタ・サン・ジュリオは三つの湖と、いくつかの丘の間にある平地に広がっていた。一本の川が三つに分かれ、三つの湖へ注ぎ込む。街はその川に沿って建設されている。

 田舎町かと思いきや、結構大きな街だ。赤茶けた屋根を被った石造りの建物が並び、街の各所に塔が立っている。どうやら鐘楼のようだな。街中の道は石畳が敷き詰められ、多くの人間達と馬車が行き交っているようだ。

 山の中腹を森の中に隠れつつ移動する。南下しつつ、街の作りと街道の配置、そして目的の場所を確認する。


 目的は三つ。

 地図を手に入れる、合流地点を確認する、そして新しい街道敷設とかいう工事の確認だ。


 地図は、聞いた所では市庁舎か教会にある。他にも商人とかが持っているかもしれないが、場所が分からない。インターラーケンへ帰還するとなると、アベニン半島北側を全て網羅するような、しっかりした地図が欲しい。一般人が持つような、この周辺を簡単に描いただけの地図では足りない。

 市庁舎は街の中心、一番大きな教会の隣にあるらしいが……おそらくアレだな。一番高い鐘楼を持つ建物がその教会だろう。となると、街のど真ん中か。やはり市庁舎への潜入はリスクが高いな。

 なら、教会か。


 合流地点はオルタ湖の西岸。

 マテル・エクレジェ女子修道院があるサン・ジューリオ島、その西側に森があるはず……あった。

 森を進むと、南北に細長い湖の中に、ポツンと小島が浮かんでいるのが見えた。眼下に見えるのがオルタ湖だから、あれがサン・ジューリオ島だろう。

 島の東側には半島みたいのが突き出ていて、小さな村がある。恐らく島へ行くための船も出るだろう。

 反対側の岸も少し突き出ているが、そこは森に覆われてる。なるほど、合流地点としてはわかりやすそうだ。街より南だから、山への捜索隊の裏をかける。


 そして反対側を見れば、最後の目的が見えた……大規模な街道敷設、とやらだ。

 メルゴッツォ湖の北側に、なにやら斜面を抉って土を剥き出しにしたような場所が見える。そしてその周辺も木々や草がなく、茶色い土が剥き出しだ。あちこちに天幕のようなモノもみえる。

 そしてそこから南へ、森も草原も街までも切り裂くような空間が南下している……道が伸びているんだろう。それは街の東側を通り、マッジョーレ湖の方へ伸びている。


「丘の向こうで見えねーけど、多分マッジョーレ湖の岸を南下してるな。

 そのまま首都まで続いているワケか」


 周囲は森が多い。遠目に街を確認している分には、見つかる恐れはないだろう。

 せせらぎが横を流れる木陰に腰を下ろし、懐から昨夜食べずに残しておいたパンを取り出してガジガジかじる……。

 うーん、固くてマズイ。

 山小屋で食ったときは、もっと美味いと思ったんだけど。やっぱあれか、空腹は最高の調味料ってヤツか。

 口に含んだせせらぎの水は、澄み渡ってて冷たい。朝から走り続けた体に染み渡る。


「さて、まずは何をするかな」


 やはり気になるのは、例の工事だ。こんな東西の戦線から遠く離れた田舎に、首都と直結する街道を敷設するなんて。そして勇者侵入……偶然とは思えない。確認しないわけにはいかない。


 そーいや、結局勇者って何者なんだろうな?

 城でパオラに聞いが、あいつは何も知らなかった。なんと勇者の顔も名も知らず、そいつが登山隊の一員だと気付いていなかった。驚いたことに、人間達の間ですら勇者の存在は噂話程度でしかなかったんだ。

――危機に陥ったとき、どこからか風のように駆けつける謎の戦士。

――神の加護を受けし正義の使者。

――悪鬼を葬る闘いの天使。

 とまあ、そんな感じで知られている。

 だがその姿も、本当の名も誰も知らない。

 勇者に助けられた奴が似顔絵を描いたりもした。けど、色んな似顔絵が出回ってて、どれが正しいのか分からないんだそうだ。

 そして、国も教会も勇者に関して何の発表もしないという。

 一体、どういう事だろう?

 やっぱり心を持たない人形だとばれるのはまずいのか?


 まぁ、勇者のことはおいといて、目の前のことをやるか。

 地図は、やはりサン・ジューリオ島の教会だな。狭いから探すのは難しくない。

 夏とはいえ湖の水は冷たい。けど距離はないから渡るのは簡単だ。小舟をかすめ取るなり魔法で渡るなり、方法はいくらでもある。

 教会だけに魔法を使えるヤツは多いだろうが、こんなド田舎だ。油断もしているだろう。忍び込むのは難しくないな。とはいえ結界とか探知系の魔法は注意だ。

 確か島には女子修道院と神学校、いくつかの教会関連の邸宅があるってことだ。島の構造と建物の配置は聞いてある。


 この二つを三日で済ませ、その夜には合流だ。


「さーて、腹も膨れたし、何はともあれまずは……魔力だ」


 あぐらをかいて腹の前に手を組む。

 目を閉じ、心を静める。

 大きく息を吸い、ゆっくりと吐く。


 体内に魔力が溜まっていく。

 フルチャージまではほど遠いが、それでも夜までに相当の量が溜まるだろう。

 精神集中、意識統一。


 日が暮れたら行動開始だ。


これにて第九部も終了です。


続きは一週間後くらいに……。


ps.読者様もポイントも順調に増えて、感想も頂けて、非常に嬉しいデブ猫です。

 これらを励みに頑張っていこうと思います

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ