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魔王子  作者: デブ猫
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     第四話  オルタ村

「おお、そうかそうかぁ、そうだかぁ!」

「あんたが娘を、パオラを助けてくれたんだね!?

 ありがとうよ、本当に、本当にありがとうよぉっ!」


 パオラの両親は、今度は俺を抱きしめて、何度も礼を叫びながら泣き続けた。

 こんなに、喜んでくれるなんて、な。

 オヤジと俺の気まぐれとか何とかいっても、まぁ、感謝されるのは悪い気はしない。

 他の村人達も俺を取り囲み、満面の笑みで口々に礼をいう。


「そりゃあ大層なこったなぁ。いやぁ、ありがとうよ」

「ご苦労さんだったねえ。本当に神様の思し召しかねえ」

「にしても、ここより上に村なんてあったか?」

「いや、ねえと思うぞ」

「んじゃ、この御仁は、どこから……?」

「つか、服もボロボロだし、血まみれじゃないかね」


 感謝の言葉が一巡りしたら、次は疑問が生まれる。

 予想していたことだ。ここを上手く言い逃れないと、情報収集も何もありゃしない。

 頭を上げ、事前に皆で口裏を合わせたセリフを並べる。


「俺は、この山の上に家族と住んでる。

 服と血は、ここに来るまでに怪我をしてしまった。怪我は治ったけど寒い。なので、すぐに穴を縫いたい」


 あくまで簡潔なセリフ。

 ヘタに余計なことを言うと突っ込まれる。

 当たり障りのない範囲でだけ話せばいい。あとは勝手に解釈させる。

 ただの人間、敵じゃない、とだけ思いこませるんだ。

 朝に山小屋へ来たガキ共が、その時のことをワイワイとしゃべり出す。


「あのねあのね、山小屋に、大きなお姉ちゃんと小さなお姉ちゃんがいたんだよ!」

「うん、金髪と白髪の、青い目の人だった!」

「ちいちゃいおねえちゃんはぁ、とってもちいちゃかったべよ」

「そうそう! 俺と同じくらいだったもんな!」

「うんにゃ、おめーよか背は高かったべ」

「きれいな……ひとたち、だった……」


 ガキ共があれこれと話し出す。

 大人達はその話をウンウンと聞いている。

 今のところ、魔族云々なんて言葉は出てきていない。上手くいきそうだな。


「皆の衆、ちょいとお待ち」


 村の方から声がした。

 見れば、女の子に手を引かれた老婆が杖をつきながらやってくる。

 相当の年だ。どうやら長老とかそんな感じのヤツだな。村の連中は「おお、おばば様も来ただか」「ほれ、パオラは無事に戻ってきたべよ」と言いながら道を開ける。

 足を引きずるヨボヨボでしわくちゃの婆さんは、覚束ない足取りで俺の前まで来ようとしてる。女の子に手を引かれてはいるが、それでも時間がかかる。

 じれったいので俺の方から行くとする。


「トゥーンだ。パオラを送りに来た」


 ちょっと頭を下げて簡潔に説明。

 老婆は、覗き込むように俺の顔を見る。深くシワが刻み込まれた顔、そのシワの中に埋もれてしまうかのような目を、それでも必死で見開く。

 口が小刻みに震え、何かを呟いている……呪文か。


「……あまつちのみちびきを、われに……てんちのことわりをしめせ……」


 震える手が握る杖、ゆっくりと俺に向ける。

 そして魔法が放たれた。魔力が俺の体を包んでいるのが分かる。

 よく知っている魔法、『魔法探知』。

 これも予想通りだ。こんな田舎の村ともなると、ヨソ者への警戒心も強い。いきなり『魔法探知』くらいは当然だろう。

 俺を調べ終えた老婆は、やっぱり震える杖をヤレヤレという感じで下ろす。


「パオラや」


 次に呼ばれたのはパオラ。トコトコとやってきた彼女にも『魔法探知』をかけた。

 そして、顔のシワがにょいっと曲がった。どうやら笑ったらしい。


「パオラは大丈夫じゃ。この者も邪悪な存在ではないよ。

 失礼したね、若いの」

「構わない」

「改めて名乗るとするよ。わしはこの村で一番の年寄りでの、村長をやっとる。

 ジルダというんじゃ」

「トゥーン」

「おばばさまは村が拓かれた時から生きてて、村一番の魔法使いだでよ。」


 邪悪な存在ではない、その言葉に村人達は胸をなで下ろす。

 そして、俺もな。

 幸か不幸か、魔王一族の証したる魔力ラインが消失してしまっている。そのせいで魔法反応がゼロに近くなってしまった。そして外見は人間と見分けがつかない。

 魔力反応がなく、人間ソックリ。そしてパオラが最初に勘違いしていたように、魔族とは巨人や半獣やドラゴンみたいな連中だと勘違いされてる。そのせいで俺を魔族だとは気づけない。

 作戦前に、あらかじめゴブリンの魔導師とかにも確認してもらっていた。だから大丈夫と予想していたが、やっぱり賭だった。上手くいってよかったぜ。

 安堵した村人達が、再び俺を取り囲む。


「いやぁ、悪かったわねぇ。娘の恩人に失礼なマネをしちまって」

「なにせちょっと前に役人達が来てよ、魔族が近くに潜んでいるかもしれない、なんて言うもんでよぉ」

「まったく、パオラを送ってきてくれるような親切な御仁を魔族だなんて疑うなんて、どうかしてるべな」

「おばあさま、いきなりちょっと失礼だべよ」

「まーまー、んなコトはえーべっ!

 それよりも、今夜は宴じゃあ! パオラが無事に戻った祝いじゃよぉ!」

「え、お、おい、ちょっと待て……」


 待て、という言葉も聞かず、パオラの両親は俺を村の中心へと引っ張っていく。ガキ共も背中を押してくる。

 とまどう俺に、前を行くパオラが微笑んだ。


「来ておくれよぉ、命の恩人のトゥーンさ……んを歓迎しねーとあっては、神様にもご先祖様にも顔向けできねーべよ」

「あ、いや、俺にはそんな暇は」


 情報だけ集めてサッサと去るつもりだっつってんのに。

 オマケに、さっきのセリフ。『役人が来て、魔族が潜入しているかも、と伝えた』という話。やはりクレメンタインの予想通りだったんだ。

 出来るなら、用だけ済ませて早く立ち去りたい。とはいえ、ここで無理に宴を断ればかえって変に思われるかもしれない。

 明日の夜明けには急いで立ち去ろう。それまでは、コイツらに付き合うとしよう。





 日が暮れて、一番星に率いられた星々が天上を覆っていく。

 村の中心には火がたかれ、村人達が集まってきていた。なるほど若い連中が麓へ出稼ぎに出ているようだ。子供と老人と女が多い。

 何人かの老人達が太鼓を叩き、土笛を吹き、リュートをつま弾く。女達が陽気な歌を歌う。炎を中心にして踊りの輪が広がり、狭まり、波打つ。子供と老人が手をつないでクルクル回る。

 その中心にいるのはパオラだ。皆に肩を抱かれ、背中を叩かれ、手をつながれ、少し力持ちな女や老人に抱え上げられてる。音楽に合わせ、涙を流しながら村人達と踊り続けてる。


 俺はチーズをかじりワインをチビチビと飲みながら、ぼんやりと踊りの輪を眺めていた。周りに寄ってくるガキ共が何かを話しかけてくるけど、生返事で答えて演奏を聴き続けてる。

 ちなみに俺の服装は村人と同じ、羊毛の茶色っぽい上着とズボンを着ている。大穴が開いて血だらけの服は直してくれるというので、その間の代わりとして借りた。

 奏でられる音楽は、もちろんル・グラン・トリアノンで演奏していたみたいな大層なもんじゃない。歌は魚人族みたいな脳を揺さぶる声でもないし、楽器だってさして上手くない。そもそも楽器自体が洗練されていない。


 でも、心に響く。

 本当に、なんでこんなに胸が熱くなるんだ。

 どうして目をそらせないんだ。


 これより上手な演奏も舞踏も、いくらでも見てきた。でも俺は芸術とかには全然興味が湧かなかったし、理解も出来ない。なのに、なんでこんなに心地良いんだろう。単純な楽器で、素朴な旋律で、上手くもないダンスなのに。


 何が理由で、こんなに楽しくなる?

 帰還したのは俺じゃないのに、俺が嬉しくなる?


 人間達は楽しそうだ。

 心からパオラの無事と再会を喜んでいる。

 満面の笑みで歌い踊っている。


 ああ、そうか。

 こいつらは本当に楽しいからだ、こいつらは本当に嬉しくて、喜んでいるからだ。

 心の底から笑ってるんだ。


 ル・グラン・トリアノンの演奏や舞踏は、そりゃ上手いに決まってる。洗練されてるのが当然だ。各魔族の仲でも最高のヤツを連れてきてるんだから。

 でも、あいつらは心から楽しんで演奏してるワケじゃないんだ。嬉しくて踊ってるわけじゃないんだ。ただの仕事。魔王たるオヤジに取り入るためにやってるんだ。

 だから、心からは楽しんでやってないんだ。


 クソ、皮肉な話だ。

 冷酷だ残忍だ排他的だ、なんて決めつけてきた人間の、それもド田舎の踊りの方が心に響くなんて。

 つーか俺は何をしてんだ。情報集めたらサッサと去らなきゃならねーのに。

 急いで帰らなきゃいけねーのに。

 帰らなきゃ……。


「……帰りたい……」


 ポツリと漏れた、自分でも信じられない言葉。

 まだ出発して十日もたってないってのに、もう泣き言だなんて。

 信じられねえ。


 けど、今の俺はトゥーン、ただのトゥーンだ。

 魔界の王子トゥーン=インターラーケンじゃない。山の上で人知れずひっそり暮らす人間の少年だ。パオラを届けて休んだら帰るつもりの田舎者。

 だから、言える。そう言うのが自然だから。

 帰りたい。


「トゥーン、さん?」


 パオラの顔が目の前にあった。

 俺としたことが、ボンヤリして気付かなかった。

 彼女が俺の顔を覗き込んでる。


「もしかして……泣いてる、だか?」

「ば、バカ言うんじゃねえっ!

 誰が、泣いてなんかっ!」


 立ち上がろうとした俺の手を握るパオラ。

 そして、グイと引き寄せられた。


「踊るべ」

「え?いや、待て。俺は」

「何を言ってるだよっ!

 トゥーンさんが今夜の主役だべ。主役が隅っこで小さくなっててどうすべよ?」


 強引に引きずられ、炎の近くへ連れてこられてしまった。

 俺の力なら、魔力無しでも楽に抵抗できるし逃げ出せるはず。なのに、そんなことはできなかった。

 まるでそれが当たり前かのように、踊りの輪の中へ溶け込んでしまった。


「よーっ!やっときたかね、坊主」

「な、ぼ、坊主だと?」

「けへへへ!

 いきがるでねえ。おめーなんざワシからみりゃあ、おしめもとれねえ赤子も同然じゃい」

「ま、あの山からパオラを送り届けてくれたんだからさ、相当に見込みのある坊やだわねえ。まるで女の子みたいなめんこさだし!」

「パオラや、いい男を見つけたねっ!」

「や、やんだあ、おばちゃん、何をいうだねえ!?

 わ、わだすは修道女だでよ?

 トゥーンさんも困ってるでねーか」

「照れてねーでよ。こんなめんこくて、頼れる旦那を逃がしちゃだめだよぉ」


 太鼓のリズム、手拍子とステップ、揺れる炎。

 手を取り合い、歌声に合わせ、地面を打ち鳴らす。

 赤々とした光に照らされるパオラの銀髪が流れる。ソバカスの頬に汗が輝く。

 ふいに抱きしめられ、驚く俺の耳に囁かれた。


「必ず、必ず帰してあげるだ。待っててくんろ」


 無理するな、という暇もなく彼女は離れていった。そしてパオラの両親と手をつないで輪を描く。次々と兄妹も輪に入ってきて、クルクル回る。

 踊り、笑い、歌う、人間の家族……。


 ツンツン。

 背中をつつかれ、振り向いたら女の子がいた。ああ、確かおばばさまとやらの手を引いていたヤツだな。


「村長が、話があるって。来て」


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