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魔王子  作者: デブ猫
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     第三話  潜入

 草原と森が入り交じる緑の大地。

 真夏の太陽を一杯に受けた南向きの斜面は、もうすぐ日が暮れるというのに、草も虫も鳥もイキイキしてる。

 見下ろせば小さな家が集まる集落で、その周囲には畑や羊や牛が見える。

 標高を下がるごとに草原から森へと風景が塗り変わっていく。


 本当にのどかな、平和そうな村。


 その遙か彼方、山の間を流れる川の向こう、森に囲まれた湖面がキラキラ輝いてるのがのぞいてる。

 山の向こうには大きく三つに分かれた湖があるそうだ。そのうちの一つがオルタ湖。

 畔にはオルタ・サン・ジュリオとかいう街があるはずだが、遠くてよくわからない。

 俺とパオラは村を一望できる所まで降りてきた。


「あれがオルタ村だす。お役人は見なかっただよ」

「勇者と共に登山していた騎士とやらは?」

「とっくに下山して帰ったそうだで。

 ンで、ウチにはその方々から『パオラは山で遭難した』て伝えられてただよ。

 父ちゃん達は盗みに来たわだすをみっけて、『他人のそら似か、化けて出たか』とおでれーたそうだ。

 一体どうすべ、お役人や教会に相談すっか、それともとっ捕まえるか、なんて、ウチで話してるそうだべよ」

「感動のご対面……とかはねーのか?

 冷てーな」

「うー、まー、しゃーねーべ。

 ツェルマット山で遭難して、助かるはずがねーから。絶対死んだと思われたべよ。

 チビ達は父ちゃんに内緒で、わだすをコッソリつけてただなや」


 実際、死にかけてたからな。

 さて、ここから見える風景からすると、村を迂回して湖へ行くのは簡単そうだ。

 湖までは森の中だ、見つからずにいけるだろう。

 恐らく街に接近することも難しくない。


 だが、その先が困難だ。

 修道院は湖の上。湖を渡るのは、夜中に魔法か船でも使えば難しくはないだろう。だが発見されれば逃げるのが難しい。何もない湖面、目立ちすぎる。

 市庁舎は街中。完全に人間への偽装が出来れば潜入できる。障害物が多いから隠れる場所もことかかない。だが警備は厳しいはずだ。発見される可能性は高い。


「わだすが修道院へ行くだ。神父様の部屋から、地図をとってくるだよ」

「だから、そっからはもういいって!

 オメーは村に帰って隠れてろよ」

「そうはいかねっす!

 トゥーン様は、魔王様たつは、わだすを命懸けでオルタ村へ帰してくれただ。

 今度はわだすの番だす!」


 顔を引き締めて言う。

 コイツが修道院へ行く。それが一番目立たないし、騒ぎも少なそうだ。

 だが、果たしてコイツに出来るだろうか?

 ただでさえ、街では『魔族襲来!』とかいって騒ぎが起きてるはずだから。

 パオラ自身が疑われかねない状況だってのに。

 つか、もうお前には関係ない話だってのに。全然聞いてくれねえ。





 皆で相談した結果、街へ行くことにした。


 確かに人間の世界へ侵入することは危険だ。

 既に兵士達がオルタ村へも向かってきてると見るべきだろう。普通に考えればさっさと山奥へ逃げ出すべきだ。


 だが、その後が続かない。


 俺達は魔界へ戻らなくてはならない。

 そのためには相応の準備が要る。防寒服や食料や靴、それらはかなりのモノだ。山で隠れ住んでいても手に入らない。

 例え地図が手に入らなくても、それ以外のモノも人間の街へ行って手に入れなくてはならない。人間の世界の情報が必要だ。

 もしインターラーケンを越えず東西へ迂回するとすれば、長い旅になる。絶対に地図が必須。


 そして最も重要な点。これに関して、僅かでも情報が欲しい。

 これを手に入れないと今後、魔界全体を脅かす災いへ発展しかねない……そう主張したのはクレメンタイン。

 俺も危険性を無視できなかった。




「それは、『勇者とマジックアロー』ですぞ」


 ガキ共がようやく帰った後、クレメンは俺とリアを森の中へコッソリ呼んだ。

 この後どうするかを相談するのか、と思ったら、小屋で所在なげにしているパオラを気にしながら、一際真剣な顔で話し始めた。

 早く逃げ出したいらしいリアが、ソワソワしながら聞き返す。


「勇者ぁ?

 それって、今の状況と関係あるのぉ?」

「恐らく、いえ、確実にあるでしょう」

「マッジクアローを仕掛けたのは、勇者と共に登山した連中、てことか?」

「いいえ、そのようなことではありませぬ。

 このような状況とはいえ、話は少々長くなります。よろしいか?」


 俺とリアはチラリと視線を交わし、小さく頷く。

 おクレは大きく咳払い、そしてエルフの学芸員らしく、本当に長々と説明し始めた。

 ホントにエルフは話がなげーなオイ。

 小屋で待ってるパオラも暇そうにあちこち眺めてる。


「疑問なのは、なぜ勇者はインターラーケン山脈を越えたのか、そして、どうしてあんな強力な兵器を配置していたのか? という点ですぞ。

 それも、魔王一族すら簡単に立ち入れないような、事実として過去に両勢力とも越えたことのない、誰もいない山奥に、です。

 考えられるのは、人間達はインターラーケンに対して、なんらかの作戦を実行中、ということですな。

 おまけに、勇者を強行偵察に使用するほどの。

 勇者侵入を不審に感じた我ら魔族が偵察を、それも高々度の上空から放つ可能性すらも考慮し、それを絶対に許さないというほどの、ですぞ」


 なるほど、確かにそうだ。

 敵が来ない場所に兵器を置いても意味がない。敵が来ると思っていたから迎撃兵器を置いていたんだ。

 そして絶対にそれを許さない、もし空から来たら確実に撃ち落としたい、そう考えたから、あんな新兵器を大量に設置したんだ。

 つまり、このオルタ周辺には、それだけの意味と価値がある、と人間は考えた。


 パオラの話では、全くのド田舎だったはず。少なくとも東西の戦線とは遠く離れていて、軍や兵器とは縁がないのが普通だ。

 これはおかしい。


「もしかして、パオラが言ってた工事か。

 首都から麓の街まで道をひくとかいってたけど、それと関係あるんじゃねーか?」

「恐らくは、そうでしょうな。

 また、そもそも既に私達の存在は人間達に知られていると見るべきですな。機体は撃墜され破壊されましたが、破片をかき集めて調べれば、搭乗者の死体がないのを不審に思うでしょうな。

 なら、遠からず山狩りをされます。そうと分かってて山に行くのは得策ではありませぬ。

 いっそ裏をかいて一旦山を降り、情報を集めましょう」


 思い切った案だ。

 まったく、意外に度胸のあるヤツだな。時々腰を抜かしたり気絶したりするクセに、大胆なコトを考える。

 危険性は高い。だがやってみる価値はある。


「なぁによぉ、それぇ!?

 危険と分かってて飛び込むなんて、バカじゃないぃっ!?」


 リアは怒り出した。

 まぁそりゃそうだろう。非力な妖精、しかも人間と姿がかなり違うから危険も大きい。

 いや、俺やクレメンタインでも危険極まりない作戦だ。

 果たして成功するか、全く分からないからな。


「人間がロクに来れないような高地まで逃げちゃえばぁ、そもそも山狩りの連中だって来れないんじゃなぁい?

 来た所で、クレメンタインさんとトゥーン様もいるし、返り討ちに出来るでしょ?」

「確かに、捜索隊には勝てるだろうよ。だが、山は降りれない。食料も集めれないぞ。これから冬山で生き残れるか?」

「うむぅ~」

「そしてインターラーケンに戻ることも出来ないですぞ。

 餓死か、凍死か……先はありませぬ」

「ぐぐぅ……」


 返答に詰まるリア。

 こうして、俺達は山を降りることにした。

 素直に小屋で待っていたパオラには、この目的は言ってない。アイツは村に帰したら別れる予定だったからな。そこから先は関係ない。

 あいつは村へ帰って、目立たないように暮らせばいいことだ。





 クレメンタインとリアは、山の上へ向かって逃げたかのように足跡や焚き火の痕跡を偽装しにいってる。

 その間、俺はパオラと共にオルタ村へ向かうことにした。俺は変装も何も無しで人間ソックリだから、魔族とはバレない可能性が高いから。

 そして、勇者でもなんでもない村人なら、俺一人なら楽に逃げ切れる。

 パオラの親から現在の街の情報を得て、市庁舎と教会のどちらへ忍び込むか考えるために、俺は敵種族たる人間の村へ来たワケだ。


 で、関係ないし危ないから村にいとけって何度も言ってるのに、パオラは聞き入れてくれない。

 えーい、ともかくコイツを村に帰したら目的の半分は終わりだ。

 さっさと済ませるとしよう。


「トゥーン様ぁ、やっぱ危険だべよ。

 ここはわだす一人で行くべ」

「お前一人じゃ心配過ぎる。

 つか、お前、嘘を付くのがヘタだろ」

「そ、そんなことは、ねー……てことも、ねーかも、しんねっす」


 かなり申し訳なさそうにシュンと肩を落としてる。

 いやオメーはどうみても、嘘が上手そうには絶対に見えないから気にすんなよ。

 こっからは俺の仕事だ。もともと人間界への潜入だって前提に作戦は立てていた。

 パシパシッ、と両頬を自分で平手打ち。気合いを入れる。


「おし、行くかっ!」

「んだっ!」


 勇気と力と決意を込めて、俺は右足を前に出す。

 足下の草むらから、踏まれそうになった羽虫が慌てて飛び出していく。





「ぱ、パオラぁっ!」

「ぶ、無事だか!? ほんに、ほんにウチのパオラだか?」

「んだべなっ! 父ちゃん、母ちゃん、わだす、無事に帰って来れたべなぁっ!」


 夕日に照らされた村の近くに来てすぐ、村人達と鉢合わせした。

 先頭にいたのは人間の中年男女、パオラの両親だったようだ。その後ろをさっきのガキ共がついてきていた。

 そしてその後ろにも人間達がついてきている。

 皆、みすぼらしい格好だ。元々は青や白や赤色の羊毛の服だったもの、という感じか。

 どうやらガキ共から話を聞いて、慌てて皆で山小屋へ向かうところだったようだ。


「よう、帰ってきただぁ、ほんに、よう帰ってきただぁ、神様のお導きだぁよ!!」

「パオラや、よう顔を見せておくれっ!

 ああ、本当にパオラだぁ、オラの娘だぁ。

 信じられねえ、まさか、生きてまた会えるなんてやぁ……」

「父ちゃん、母ちゃん、帰ってきただよぉ、生きてるよぉ。

 心配かけてすまねっす!」


 両親に抱きしめられるパオラ。三人とも滝のように涙を流し、パオラの無事と再会を喜んでる。

 周りのガキ共も村人達も、ポロポロと涙をこぼしてる。

 彼らの周囲を犬たちが吠えながら走り回る。


「信じられねえべ、ツェルマット山で迷って、無事に帰って来れるだなんてやぁ」

「ンだよぉ。まさに神様のご加護だべ。さすがは三位一体の顕現たる福音様だでや」

「よかっただ、よかっただぁ」

「こげにボロボロになって、傷だらけになって、それでも帰ってくるだなんてやぁ、奇跡だぁなぁ」


 ズタズタの泥だらけになった姿を見て、さぞや苦難に満ちた帰還の旅だったろうと、村人達がパオラの苦労を労う。

 いや、すまん。それほとんどウチのバカ姉がやったんだ。

 あいつの悪ふざけも、たまには役に立つなぁ。

 本当に、たまに。


 ひとしきり再会を喜び合った村人達。

 そして、一人二人と俺の方を見始める。

 村人達は、銀や金や赤い髪、目は青や茶だ。対する俺は黒目黒髪。見たこともないヤツが現れれば、不審に思うのは当然だ。

 父親がパオラに、涙を拭きながら尋ねる。


「ところで、こちらの御仁はどなたかの?」

「遭難していたわだすを助けて、ここまで送り届けて下さっただよ。トゥーンさ……んだで」


 さすがに、様なんてつけなかった。少しは考えてるな、よしよし。

 さて、ここからが正念場だ。上手く人間の振りを出来るかが勝負所。

 ペコリと頭を下げて、偉そうな態度も口調も隠す。

 俺は人間の少年、山に隠れるように住む、ただの少年だ。


「俺はトゥーン。

 山の上の方で暮らしてる。

 家の近くで迷ってたパオラを見つけたので、送りに来た。

 すぐに山へ戻るけど、歩いてきて疲れてる。もうすぐ日も暮れる。

 よければ休ませて欲しい」


 のどかで平和な夕方の村。

 死んだと思った娘と再会するという、感動の場面。

 そんな所で、魔界の王子が一人で、命懸けの潜入作戦……か。


 へっ、場違いだろうが何だろうが、なりふり構ってられるかよ。

 やってやるさ!

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