第二話 どうする?
狭い小屋の中、九人もいるとさらに狭い。子供が六人だとしても狭い。
パオラの家族が貧乏人の子だくさん、とは聞いてたけど、どんだけいるんだよ?
いやウチは十二子だから、人のことは言えねーのか。
で、ガキンチョ共はさっきから、俺達の周りを走り回ってはしゃいでる。さすがに田舎の子供だけあって、コ汚い格好で礼儀知らず。だが怒るワケにもいかない、こんなところで余計なトラブルは起こせない。
「えー?
どうみてもおねーちゃんじゃねーよ。妹よりチッコイじゃねーか」
「ちょ、ちょっと背が低いだけなのぉ。い、家がぁ、その、貧乏だったのぉ、だから、ご飯が食べれなくてぇ」
「あー、ウチと同じビンボーなんだ!」
ううう、やっぱりそこに突っ込まれた。
ガキ共の視線はリアに集中してる。そりゃそうだろう、どうみてもガキ共と同じくか、ちょっと上らいの身長しかないんだから。なのに顔は大人。妖精としては普通だが、人間としてはおかしすぎるかも。
「ねーねー、どういう関係だべ?親子か?」
「い、いや、そういうわけではないぞ。う、うむ、そこは説明すると長くなるので、また今度にして頂きたい」
「えー?ケチんぼ」
うぐぐ、そこもツライ、イタイ。
魔界の王子とその侍従長と参謀役の学芸員。言えるわけがない。
親子兄妹……無理、全然似てない。夫婦……誰と誰がだ? 俺とクレメンタインでもリアでも不自然過ぎる。
旅芸人とか、旅人とか……旅の荷物もなんにもねーよ。
そもそもどこから来たんだよ。
そんな事を考えてる俺の横にもガキ共が来る。
来なくていいのに、つか来ないでくれ頼むから。
「ねーねー、お兄ちゃんって、パオラねーちゃんとどーゆー関係?」
「もしかして、良い仲なの? 祝言あげんだか?」
「や、やぁんだーっ!
このこたつったら、何をいっとるべな!?
そんな、トゥーン様とわだすがだなんて、もう!」
俺が誤魔化す方法を必死で考える前に、パオラがガキ共をバンバン叩いて照れまくってる。
だがガキ共は誤魔化されなかった、というか俺とパオラの関係に興味が集中したようだ。俺達から離れて姉のパオラに群がった。
「えー! 何を照れてるだ? もしかして、このおにーちゃんのコトが好きだべか!?」
「やだー! パオラねーちゃん、結婚すんのか!?」
「うわ、ねーちゃん修道女になったのに、バチがあたるべな」
「な、何を言ってるだよ!?
わだすはちゃーんと誓願で、「貞潔」「清貧」「従順」の誓いを立てたべ!」
「うっそだー、ねーちゃんが一番の大食らいのクセにー」
あーうるさいうるさい!
一体どうすりゃいーんだよ!?
いっそ口封じ……無駄だ。俺達のことを知ってるのはガキ共だけじゃない。それなら村ごと……不可能だ、んな魔力無い。
だったら逃げるか……今のところはいいだろう。だが後が続かない、いやそれはここにいても同じか、むしろここにいる方がヤバイ。
そもそも、俺達の目的はパオラを無事に帰すこと。その目的は既に達したな。人間達との交流ってのは、単なる大義名分だ。別にこだわることはない。
だったら、もう用はない。
よし、逃げよう。
ただ、そのためには人間とアベニン半島の情報が欲しい。
特に必要なのは土地の情報だ。
作戦に当たりゴブリン達から半島の地図は受け取ってたが、撃墜されて失った。
うろ覚えの地図じゃ帰れない。
くそ、インターラーケンへ直行出来れば地図なんていらないのに。
一旦どこかへ逃げるとなれば、そんなものまで必要になっちまう。
春まで逃げ切れるか分かんねえが、やるしかない。
そしてゴブリン達の地図情報は古い。魔界がオヤジの力で大きく変わったように、人間の世界も大きく変わったろう。
やはり最新の地図が欲しい。それだけ急いで手に入れてトンズラするとしよう。
そのためには、まだ少しパオラの協力が必要だな。
オホン、とわざとらしい咳払い。
「ごまかすなよー、いったいどこで見つけたんだよーこんなにーちゃん」
「だから、ンなもんじゃねーべよっ!ほんにおませさんだなーおめーは」
「ねーねー、好きなの?好きなんでしょ!」
「やーいやーい! おねーちゃんったらいけないんだー」
全然こっちに気付いてない。
オホンオホンッ! と、今度はクレメンタインとリアも一緒になって咳払い。
ようやくこっちを向いた。
三人で視線を交わし合う、微妙で重苦しい空気が流れる。
俺はもう一度オッホンと咳払いして、可能な限り落ち着いて話し出す。
「あー、ともかく、色々話はあるだろうが、まずは名乗ろう。
俺の名はトゥーン。こちらにいるのが連れのクレメンタインと、リアだ」
二人が小さく礼をする。
トゥーン=インターラーケンとは名乗らない。家名を持ってるなんて余計な情報を与える必要はない。詮索されるとボロが出るばかりだからな。
パオラは「ほれ、おめーらもちゃーんとご挨拶するべ」と促す。するとガキ共はパオラの左に一列で並んで礼をした。パオラを先頭にして年上の順に並んだのか。
「エミリアだべ」「ロレダーナだよ」「アブラーモってんだ!よろしくな!」「マルコですじゃー」「ソニアでしゅ」「……バジー……リオ」
上から順に妹妹弟弟妹弟、と思う。子供は性別がよく分からない。
そしてそんなことはどーでもいい、今はとにかく帰ってくれ頼むから。
俺の必死の祈りも空しく、ガキ共は勝手にしゃべり出す。
「あのねあのね! 他にもたーくさんにーちゃんとねーちゃんがいるんだべよ!」
「うんそーだなや。上から順にフェリーチェ姉ちゃん、アルフォンソ兄ちゃん、ガブリエッラ姉ちゃんに、ジャンカルロ兄ちゃんにー!」
「たーくさん、ウチの兄弟、たーっくさん、いるんだよ!」
いや、聞いてないから。そんなのどうでもいいから。
早く帰って、お願いだから。
「実は、俺達はパオラが遭難しているのを見つけて、ここまで送り届けに来たんだ。
無事に実家に帰れたようだから、俺達はすぐに戻る」
とたんに、わーありがとー、神様のおみちびきだねー、えーすぐ帰っちゃうだか、うちに遊びにきなよー、そーなんってなに? なんて無邪気な声が返ってくる。
おめーらはノンキでいーよなちきしょーめ。
「で、山を下りてきて疲れてるんだ。いずれパオラの家にはちゃんと挨拶に行くから、今は帰ってくれないか?」
即座に、えーなんでー、もっとお話してーべ、すぐウチにきなよー、とーちゃん達も喜ぶべな、なんて不満が飛んで来る。
大人の事情ってヤツなんだよ、といっても分からないからガキなんだが。
こっちは命がかかってるんだ、つべこべ言わないで帰っれってんだよホント。
「ほれほれ、トゥーン様達を困らすでねーべ!
わだすも後からちゃんとウチにいくからな。
そんときに事情は話すからだなや、今はとーちゃん達にわだすは無事だってだけ伝えてけれ」
パオラの言葉に、ようやくガキ共は納得してくれた。
かなり渋々っつー感じで、それでもコクリとうなづく。
こうしてパオラを小屋に残し、ガキ共は去っていった。元気に手を振りながら、さっきまでと同じかそれ以上の騒がしさのままで。
残された俺達は、小屋の前で手を振り返し必死に作り笑い。そして奴らの姿が見えなくなると、とたんに崩れ落ちるようにへたり込んだ。
が、ガキ相手に、ここまで緊張するなんて、情けない。
へたり込んだままのパオラが、俺達に向かって地面に頭を擦り付けるほど深々と勢いよく下げた。
「すまんっすっ!」
「なぁにを考えてるのよぉっ!
パオラぁ、ちゃんとやってよぉっ!」
リアの怒声が飛ぶ。パオラはひたすら平謝りだ。
クレメンタインは怒鳴らない、笑顔だ。ただ、こめかみに血管が浮き出てるが。
「それで、ですな。我らのことを知る者は、あの童達だけでは、ありますまい?」
「そんのぉ……、わだすをコソ泥と思って、父ちゃん張り込んでたそうだよ。
ンで、こりゃどーゆーこったと思うて、こんコたつは後をコッソリつけたそうだす。
あん子たつが帰れば村中の噂になるべぇ、だから、もうすぐ全員知ってまうだぁ」
「知ってしまう、ではなかろうがっ! 何故に秘密にさせぬのだっ!?」
「よせよ、クレメン」
未だに怒りが収まらない様子で、腕組みしてフンッ、とそっぽを向く。
「あんなガキに、秘密を守れ、なんて言って守れるわけがねーだろ。
もう秘密とか隠密行動とかは諦めろ。
それより、騒ぎが大きくなる前に、必要なコトだけして、とっとと逃げるとするぞ」
「そうねぇ、それが良さそうねぇ」
リアも賛成。俺は簡単に地図や情報の入手だけして立ち去る、という案を説明。これにはクレメンタインは、かなり不安げだ。
そしてその不安は、実にもっともなモノだ。俺が考えているよりも、遙かに深刻なモノだった。
「あのマジックアローを放ったのは、間違いなく人間です。つまり、我らの侵入は察知されてしまったのですぞ。
魔力推進器はほぼ止めて滑空していただけの、真っ黒な機体を、遙か下の地上から発見し、撃墜するマジックアロー……。恐らくは『魔法探知』『暗視』『念動』等の術式を組み合わせたのでしょうが、恐るべき技ですな。あれだけの速度を維持する魔力、遙か上空の僅かな魔力発生源も見逃さない索敵範囲、的確な追跡を可能とする旋回性能、信じられませぬ。
なるほど人間は侮れませぬ。我らエルフでも、果たしてあれだけの兵器を生み出しうるのか、疑問ですぞ。
機体は撃墜され大破しましたが、必ず破片を一つ残らず、そして搭乗者の死体を探すでしょう。大方は遙か彼方へ落下したとのことですが、この周辺にも調査隊が派遣されると見るべきです。
そして機体の墜落に合わせるかのように帰還したパオラ、それを送り届けた正体不明の三人組。
不審に思わぬはずがありますまい」
言われてみればもっともだ。
確かに地図は欲しいが、とてもそんな余裕があるとは思えない。
つか、こんなド田舎に地図なんかあるのか?
この地の領主とか、商人とか、街まで行かないと無いと思う。
ということは、地図の線も無理だ。
危険だがしょうがない、山狩りをされる前に北へ行こう。
山の上へ行けば、そう簡単には見つからない。
あ、待てよ?
俺達を不審に思うなら、パオラもヤバイのか。
「パオラぁ、あんたはどうするぅ?」
「ど、どうするってぇ、言われてもぉ、だなやぁ~」
リアの甘ったるい口調が移ってきたな。いやそんなことを考えてる暇はない。
パオラも困り顔だ、そりゃそうだ、厳しい尋問を受けると理解はしているだろう。
これを上手くしのいで村に帰る……うーむ、厳しいな。
「と、ともかく、地図のある所なら幾つか知ってるだよ」
「お、どこだ?」
「街の市庁舎だべ。
修道院はオルタ湖の小島に建ってるだが、その湖畔のオルタ・サン・ジュリオの街にお役所があるだよ。
そこなら地図もきっとあるだなや」
「あらぁ?
オルタって村の名前じゃなかったっけぇ?」
「うんにゃ、元々はいくつかある湖をまとめて呼ぶ名前だべ。わだすの村は小さくて、本当の名前も覚えてもらえなくって、街の皆がオルタ村オルタ村と呼んでただよ。そしたら、そのまま村の名前になっちまっただ」
「そんなローカルな情報はよいのです。
他に地図のある場所はどこですかな?」
「もう一つは、教会だべ」
人間の街のど真ん中にあるだろう、市庁舎。
魔族を悪鬼と宣伝して回る教会。
どちらも見つかれば命はないだろう。簡単に入り込める場所とも思えない。
「教会は丘の上とか、オルタ湖の小島、サン・ジュリオ島にある修道院とか、あちこちあるだよ。
で、神父様の部屋に一枚あるのを見たことあるべ」
どうする。
地図と情報を手に入れるため、危険を冒すか。
諦めて山奥を逃げ回るか。
そしてもう一つ、どうしても気になることがある。
魔界の将来を左右しかねない極めて重要な点だ。それに関する調査をしたいが……困難も大きい。
時間はない。遠からず人間の兵士がオルタ村にも調査に来るだろう。
急いで決めないと。
どうする?