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魔王子  作者: デブ猫
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第九部  第一話  遭難者達

一週間くらい経ちましたので、第九部開始です。


ようやく物語は大きく場面転換しました。


それではお暇がありましたら、後半も気長にお付き合い下さいまし

「絶望的、だ……」

「い、いえ、確かに困難な状況ですが、決して助からないわけではありませんぞ!」

「というとぉ、クレメンには良い案があるのぉ?」


 聞かれた彼女の目は、ゆっくりと上を向く。口からは「え~っと……」という声。いつまで経っても答えは出ない。

 当然だ、状況は最悪なんだ。

 重苦しい空気を振り払おうとするかのように、パオラが頭を巡らせる。


「ほ、ほなら、ヴォーバン要塞とかトリグラヴ山まで、行けばいいんでねーか?」

「そこまで、どんだけの決死行よぉ……というか、そこって人間の軍隊がウジャウジャいるじゃないのぉ」


 リアの反論は容赦ない。

 そうだ、そこはベウルもラーグンも密偵を放つことに成功していない、強固な防衛戦が築かれた地だ。それにあのマジックアローといい、人間達は強力な兵器を隠し持っている。

 やはり定期的な死兵の投入は、単なる警告と威嚇だったんだ。その背後では大量の秘密兵器を着々と準備し、魔界への侵攻準備をしていたのか。もしや勇者がインターラーケンに送り込まれたのは、その一環か?

 いやそれより、今はとにかく帰還方法だ。どうやって帰る?

 果たして人間共の戦線を突破出来るか?


「ん、んだば、ちょっとずつでもツェルマット山を登って行くだよ!」

「トゥーン殿は魔力も体力も回復しておりませぬ。そして私は女の身、リアは非力な妖精。冬が来る前に三人だけで山を越えるのは、困難を極めますぞ」


 それも真実だ。

 俺がパオラの帰還をインターラーケン越えに限定し、しかも夏の間にと急いだのと同じだ。そして山越えするための体力魔力装備人員、何もない。

 どうあっても、この敵地で冬を三人で越さなければならないのか?

 三人……ネフェルティはどうしたろう、生きてるだろうか?


「よお、ネフェルティの落下傘がどこに落ちたか分かんねーか?」


 この問いにも全員が首を横に振る。


「あんお方の椅子がどこに落ちたかは、わだすにもわかんねーだよ……」

「ちょっと空に上がって見回してみたんだけどぉ、どこにも見あたらなかったわぁ」

「どうやら、ネフェルティ殿の落下傘は、相当遠くへ流されてしまったようです。今の我らには探すこともできませぬ

 生死など、とても……」


 ネコ姉貴まで遭難しちまったのか。

 あいつは未開の地を探索するのに慣れてる。魔力だって大量に残してる。生きてるなら、合流できれば、まぁ気にくわない所はあるけど、今は心強かったんだが。

 俺達には探しに行く事は出来ない。

 ガキの頃から俺に噛みついたり、引っ掻いたり、振り回したりしてくれた姉貴……思い出すとムカツクからおいとこう。

 ともかく今は生きていて欲しい、合流したかった。

 もはや、死んだものと諦めるしか、ない。


 三人そろって肩を落とし溜め息をつく。

 それでもパオラは元気を出させようと頑張ってくれた。横に置いていた荷物の封を解いて腕を突っ込む。


「ま、まぁ、今はとにかく体力をつけなきゃダメだべ。

 ほんれぇ、メシを持ってきただよ」


 荷物から取り出したのは食料。固そうなパン、干し肉、チーズ、木の実、野菜の酢漬けとかだ。

 即座に俺の胃が特大の音を立てた。



 味なんか分からない。今まで生きてきて、味も気にならないほどにメシを真剣に食えたことはなかっただろう。ようやく腹はふくれた。

 なにはともあれ、落ち着けたって感じだ。他の連中もくつろいでる。

 俺のベッドがわりに積み上げられた枯れ草の中に大の字で寝っ転がる。

 ごわごわしてるし、あちこちチクチクする。城のベッドとは比べようもない。だが文句は言えない。


「はぁ~、まぁとにかく、魔力をチャージしてみるか」


 意識集中、精神統一。

 精神集中、意識とういつ……。

 せ、精神、いしき、いしきが、遠のく……。


 ダメだ、眠い。





「……ふぅあ~ぁあ……」


 目覚めれば、薄暗い小屋の中。

 枯れ草の中に寝っ転がったままだった。

 左右からは寝息が聞こえる……右にリア、左にクレメンタインが寄り添っていた。

 こ、今度はちゃんと服を着ている、う、うむ。

 でもちょっと、本当にちょっとだけ残念だ、ホントに。


 二人とも静かな寝息をたてながら、俺の腕に寄り添っている。

 こうやって、ずっと俺を暖めてくれたのか。

 敵地の中、こんな山奥で、とんでもなく心細かったろう。


 今、俺が心細いんだから。


 こんな感覚は初めてだ。

 王子として、魔王継承権者として鍛えられてきたが、こんな孤独や不安は無かった。

 結局、いつも誰かが最後に必ず助けてくれるからだ。

 初陣の儀や独立祝いの『贈り物』なんて、今の状況に比べればタダのお遊びでしかないんだ。


 この二人には、俺とパオラしか頼れるヤツはいない。

 俺にはこの二人と、パオラしか頼れるヤツがいない。


「魔力無し、領地も金も部下も地位も家族も、何もなし……か」


 全部、俺のせいか。

 俺がパオラを帰したいなんて、ワガママを言い出したせいだ。

 情に流され、無駄な危険を生じさせた結果、この二人を巻き込んでしまったんだ。

 上に立つ者として最低だ。無能を極めてる。

 それでも、この二人は、俺に付いてきてくれた。俺を必死で助けてくれた。


「すまねえ……」


 二人の髪をそっと撫でる。

 必ず、お前らは助けるからな。


 あれ?

 でも待てよ。

 大怪我をしたのは、この二人を助けるためだよな。そして二人を助けなきゃならなくなったのは、こいつらが密航したからで。

 いやしかし撃墜されたのは二人のせいじゃないな。一人でこんなところに放り出されるよりはマシかも。

 うーん、大怪我して魔力ゼロなのと、ひとりぼっちなのと、どっちがマシだろう?


 えーい、考えるのもめんどくせえ。

 こうなったものはなったんだ。いまさらどうこう言ってもしょうがない。

 責任を他人になすりつけても意味がない。

 これからどうするかを考えた方が役に立つ。


 なあに、俺はこうみえても魔界の王子。魔力無しでも、体力だけでも自信ありだ。

 魔力をチャージすれば魔法だって使えるようになる。なにもフルチャージする必要はないんだから。

 命を懸ければ、この二人を守ることも帰ることも出来なくないさ。


「何はともあれ、まずは体力だ……もうすぐ回復するからな。そしたら……」


 そうだ、体力はもうすぐ回復する。

 そしたら、すぐに魔力チャージ開始だ。

 へへ、人間共がどれほどの新兵器をもってこようが、構やしねえ。

 グッスリ眠って、次の朝日を拝むときには、人間共をビックリさせてやるぜ!

 見てろよ、人間共め。





 そして次の朝。


「どぉあーーーっっ!!」


 俺がビックリさせられてどーするどーするよコラっ!

 つったって、そりゃビックリするだろーがコレはよぉ?

 どーゆーこったよいきなりっ!?


「あーっ! 目が覚めたぞ」

「へぇ~、黒い髪に黒い目だぁ。この辺じゃ見ないべ~」

「あーん、見えないよ見えないよ~見せてよぉ~」


 朝、目が覚めたら、目の前に。

 目の前に、何人もの人間がいた。人間のガキ共だ。全員パオラより年下の子供だ。

 そしてそのパオラはといえば、ガキ共の後ろで頭をポリポリ掻いている。


「ほら、おめーら、トゥーン様が驚いてるべな。下がるべ下がるべ」


 そう言われて、ガキ共は渋々さがっていく。どいつもこいつも貧しそうなボロボロの汚い服を着てる。髪は銀や赤、やせっぽっちで、青い眼。

 全員、似た顔……パオラに似た顔に、パオラと同じ色の目や髪の色のヤツが多い。

 と、いうことは、もしかして、全員、こいつの弟と妹かよ!?


「な、何だこりゃ!?

 どーゆーこった、おい! パオラ!?」

「ほんに、ほんにすまねっす……。うちのチビ達に後をつけられたっすよ」

「なんだとーっ!?」


 頭を下げながら、パオラは事情を話した。

 彼女は墜落以来、何度も実家に行って食料や衣服を盗んできていた。実家は山小屋から往復で丸一日、危険な闇の中、苦労して何度も往復してくれたそうだ。

 コッソリ盗んでいたのは、無事に帰宅できた事情を説明できないから。さすがに『魔族に助けられた』とうい事実がバレるのはヤバイと、こいつも理解していた。それに、誰に食べ物を運んでいるのかは話せない。

 でも当然ながら、盗まれてる方が気付かないわけない。番犬は吠えないが、物は減っている。食べ物はガキ共の誰かが盗み食いしたたとしても、服が減るのはおかしい。

 一体どこのコソ泥だと、家族がが隠れて様子を見ていれば、ツェルマット山へ登って遭難したはずの娘が自宅に忍び込んでいた。どういうワケかと後を尾行すると、この山小屋に辿り着いた。


「つーわけで、家のモンにばれちまっただぁ」


 てへ、と舌を出しながら自分で自分の頭をコツン。

 んな可愛げなしぐさをされても、どうにもならんわーっ!

 あ! リアとクレメンはどーしたっ!?


 慌てて周囲を見てみれば、小屋の中にはいない。

 パオラとガキ共を押し退けて小屋から飛び出してみると、そこは森の入り口だ。

 眼前には斜面を下る草原、それに囲まれた幾つかの泉。草原と森がまだら模様を描くような場所だ。

 南に向くインターラーケン、人間の言葉でツェルマット山の斜面は朝の光を受け、生き生きとした緑の世界を形作ってる。貧相な俺の領地と比べたら、まるで天国かと言いたくなるような、豊かな土地だ。

 だが、今はそんなことを気にしてはいられない。

 二人は、リアとクレメンタインは、どこだっ!?


 山の斜面を見下ろすが、見つからない。

 振り返って見上げる、小屋の方を……いた!

 小屋の後ろ側にいたのか。そして、二人も子供にまとわりつかれていた。


「おねーちゃん達、どこから来たのー?」

「うわあ、おばちゃんは背が高いべー! でもこっちの子はチビだべー」

「だ、誰が、誰がおばちゃんか! 失礼にもほどがあろう!」

「ち、チビってぇ……うう、そりゃ、あんた達よりチビだけどぉ……」

「ちっちゃーい! ヘンなのー、あははー!」


 どうやら変装が上手くいったようだ。見知らぬ人間が来た、と思っているらしい。怖がる様子とかはない。二人とも無事だ、取り敢えず安心か。

 いや、全然安心じゃない!

 このガキ共に姿を見られた、ここまで尾行された。

 いや、ガキだけで動いていたとは思えない。恐らく大人がいるはずだ。少なくともパオラが盗みをしていたのを、コイツの親には知られている。

 小さな村じゃ隠し事なんて不可能だ、あっと言う間に俺達の存在は村中の噂になっちまう。

 どーすりゃいーんだよ!??

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