第七話 帰還不能
ぼろっちい山小屋。
木の板を適当に貼り合わせたような、隙間だらけの壁からは、朝の光と空気が漏れてくる。
目の前にはクレメンタインと服を着たリアと、荷物を横に置くパオラ。
俺も服を着る。出立する時に着ていた青のマントと茶色のズボン、黒の上着に革の長靴。ただ、服は大きな穴が空き、血まみれだ。
「……つまり、俺を肌で暖めていた……というわけか」
説明を受ければ納得だった。
機体からの脱出後、なんとかリアとクレメンタインは大きなケガはせずに済んだ。
だが俺は全魔力体力を失い、しかも地上に激突した時に大怪我をしてしまった。怪我はクレメンタインとリアの魔法で大方治せたが、大量出血で生死の境を彷徨った。
リアとクレメンタインが、その、服を脱いで、二人の体温で、暖め続けていた、というわけで……。
しかも、二人が口移しで水を飲ませてくれてて……。
「あ、うー、その、それは、ありがとう……よ」
「いいのよぉ、礼なんてぇ」
「うむ、これくらいは当然です。
いえ、この程度では足りませぬ。なにしろトゥーン殿は命懸けで我らをお守り下さったのです。
地上に激突する瞬間、トゥーン殿が最後の力を振り絞って我らを守ってくださったのです。
おかげで、我らは助かったのですから」
そ、そんなことを言われても、えと、うー。
くあー、もうまともに二人の顔が見れねえじゃねえかよ。
第一、俺は何をしたのかなんて覚えてねーし。
あー、確かに死ぬ気で魔法を使おうとしたけど、間に合ったのかな?
俺の大怪我がどんなものかは服の破れ方や血糊から分かる。そのわりに二人が無傷だったというなら、間に合ったんだろう。
まぁその、なんだ。無事だったならいーんじゃねーの?
そ、そりゃ、まぁ、あの、クレメンタインと、リアは、別に、その、悪気は無かった、ワケで、俺も、気持ち良かったし、うん、助かったし。
目の前にはリア。ガキの頃は一緒にお風呂も入ったっけ。背中なんかも洗ってもらったり。あの頃からリアは小さかった、でも態度はデカかった。胸なんか無いと思ってたのに、唇だって……。
いやいや違う違う!
頭をブンブン振って視線をずらすと、そこにクレメンタイン。着やせするタイプだったのか、胸は意外にもぼよよんでふわふわ、でもウエストもお尻も足も引き締まってて、頭でっかちの口うるさいヤツかと思ってたけど、抱きしめられてるとき良い臭いが
違う違う違うッてんだー!!
ふ、二人とも、顔を赤らめてうつむくんじゃねえ!
上目遣いに俺を見るなーっ!
パオラも真っ赤になりながら頭をボリボリ。
つか、まさか、えと……。
「あ、あのよ、パオラ……」
「ん、な、なんだすか?」
「まさか、と、思うんだけど、よ……まさか、その、おめーも……?」
「そ、そんなっ!?
ちっちがうっすっ!わだすはそんなっ!
接吻とか、添い寝とか、そんな、恥ずかしーけんど、そりゃ、そおの……でも、命の恩人の、トゥーン様が、死にかけてるとなりゃあ、わだすだって……。
だ、だども、わ、わだすはこーみえても、修道女だすよ? そんな、純潔を男に捧げるだなんて、あの、そっりゃあ、トゥーン様は、恩人で、素敵なお方だどもっ!
や、やんだなー! こっぱずかすぅー!!」
顔を手で隠してるが、真っ赤になってるのは分かる。ブンブンと振られる長い髪からチョロチョロと、赤く染まった耳が見えてる。
じ、純潔を捧げるって、何だよ。
いや、そりゃ、肌を重ねちゃったよ、しかも二人。たぶん、この様子だと、パオラもだから、さ、三人……?
で、でもよ、これって、あれだよな、フカコーリョクってヤツだよな?べ、別に契りを交わしたとかそんなことは、ないぞ。
いや、無い……よ、な?
でも、寝てたから、分からない。
俺、裸で、目の前の三人と、裸で、抱き合ってた……んだ、な。
いやいあいわいえあ、俺は何もしてないぞ、何しろ死にかけてたし意識も無かったんだから。
俺は、何も……?
「あのよ……」
チラッとこちらを見る二人。パオラは真っ赤なままそっぽを向いてる。
その様子は、えと、ダメだ。まともに見れない。
そっぽ向いて、ボソボソと呟くくらいしか、出来ない。
「そ、その……俺が、倒れてる間……」
「な、何ですかな?」
「なぁ、にぃ?」
「へ、ヘンなこと、して……ねーよな?」
二人とも、黙ってる。
黙って、ぎこちなく、横を向く。
何で答えない?
こう、「変態ぃっ!」とか、「そのようなことはございません」とか、そんなセリフは帰ってこないのか?
てことは……
「何を……した?」
問われた二人は同時にブンブンブンブン、汗を飛び散らせて顔を振る。
「なっ!なにもございませんぞっ!」
「そぅ、そーよぉっ! あっためてただけよぉっ!
お、かしなことを言わないでよぉ!? ね、ねえ?クレメンタインさん?」
「そうですぞ!まったく、おかしな事を言われるものでえすな!
つをまらぬことを気にしてはいけませぬぞ」
ものすっげえわざとらしい笑顔で「ねー♪」なんて頷き合う二人。
お前ら仲が悪いんじゃなかったのか?
何か、したのか。
なにを、なにをしたんだ、一体俺が寝ている間に、何をされたんだっ!?
「そ、そのようなことはいいのです!
そんなことを気にしている場合ではありませんぞ!」
「そうそう!
今はぁ、そんなことを言ってる場合じゃないのよぉ!」
強引に話を変えた。
絶対に後で問いつめてやる……とはいったものの、それはかなり後になりそうだ。
何故なら、本当にそんなことを言ってる場合じゃなかったからだ。
驚異的性能のマジックアローにより『ソッピース』は撃墜された。
ネフェルティは消息不明、生死は分からない。
パオラはなんとか無事に着地出来た。草地の中を引きずられて傷を負いはしたが、たいしたものじゃない。むしろ予定通りの偽装が出来てよかったくらいだ。
着地する前、重量オーバーで地上へ落下する俺達の落下傘を眼下に見ていたので、すぐに合流することは出来た。座席から飛び出し星明かりの中を転げながら走って、俺達を見つけた。
リアとクレメンタインは草むらの中に倒れていた。
俺は座席のシートにベルトで固定されたまま、木に引っかかった落下傘の下にぶら下がっていた。血まみれで意識を失い、真下の地面には血だまりが出来ていた。
パオラはすぐにリアとクレメンタインを起こし、三人で俺を木から下ろして治癒魔法をかけ続けた。
「わだすは治癒魔法なんて使い方知らなかっただども、クレメンタインさんに教えてもろて、必死で唱えただよ」
「何しろ状況が状況でしたからな。僅かでも治癒の力を高めたかったのです」
「でぇ、おかげでトゥーン様は助かったんだけどねぇ……」
治癒魔法のおかげで傷は治った。
だが短時間で強度の治癒をかけ、肉体再生を強引に引き出したため、体力消耗が著しい。このままでは低体温による感染症や心停止も考えられる。どうにかして体温を維持しないといけない。
パオラの案内で、この山小屋に来た。羊飼い達が夏の間の放牧で使う小屋が、たまたま今年は使われないまま放置されていた。なのでそれを利用することにした。
枯れ草を集めてきたが、とても俺の体温は維持できない。なので、やむを得ず三人が自分達の体温で暖めることにした。
「……おい、夏の間使うって、今は夏じゃねーのか?」
「あ、大丈夫だでよ。
以前、オルタ村の下にある街でなんかの大きな工事をしてるって言ったべ?」
「あー、首都から道をひいてるとかなんとか」
「そうそう。で、その工事のために、たっくさんの牛や羊が買われてっただよ。しかもわりとえー値段で。
だもんで、わざわざこげな山奥まで草食わせにこねばなんねーほどの家畜がいねーだね。村のみんなは大金が手に入ったってはしゃいでたべな。もちろん子牛とか子ヤギとか、来年からの分は残してるべ。
あ、それと、村の若い衆も工事に出稼ぎで行ってるべ。だから村は人が少ねーで」
「幸運でしたな。
それと、我らとパオラの使用した落下傘と座席などは回収して隠しておきましたぞ。あんな目立つものを放置はできませんからな。
トゥーン殿の流した血だまりも処分しておきました」
「んだべ、よかったべな。
あ、ところでクレメンタイン様、治癒の魔法の使い方は分かっただども、まだわかんねーことがあるだよ」
「ふむ、なんですかな?」
「治癒魔法で傷は治ったのに、なしてトゥーン様は死にかけてただ?体力は回復死ねーだか?」
「あぁ、それはねぇ……」
クレメンタインとリアはパオラに治癒魔法の基本を軽く説明してる。
治癒魔法は魔力で強引に細胞の分裂・再生を促すことで傷を癒す。ただし治癒魔法を受ける者だけでなく、その効果範囲にいる全ての生物に効果が及ぶ。そのため範囲内にいる、目に見えないほど小さな病原菌まで分裂・再生してしまう。
おまけに細胞の分裂と再生に体内の栄養分を消費する。それも大量に、一気に。つまり大怪我なら、傷は治ったけど栄養失調でエネルギー切れ、心臓は止まった……なんてことにもなる。
だから治癒魔法を使った後は低体温や感染症、様態の急変に気をつけなくてはいけない……。
「……て、そんなウンチクはいーんだよ!
現状を教えろよ」
「おっと、失礼しました。では、話を続けます……」
墜落から三日。
三人が交代で俺を暖め、水を飲ませ、体を拭くとかしてくれた。
おかげで今朝になり、ようやく目が覚めた、というわけだ。
だが、とても油断は出来ない。
何しろここは、敵地なんだ。
人間の支配地域に遭難してしまったんだから。
「んだべな……。立場、ひっくり返ってしまっただよ」
「そぅねぇ、今度はあたし達が遭難者になっちゃったわぁ」
「そしてパオラは、トゥーン殿のような王家の者ではありませぬ。我らは、全くの孤立無援な状態なのですぞ……」
そうだ。
俺達は孤立無援なんだ。
インターラーケン山脈は越えられない。俺達だけでは困難極まりない。
いや、しかし、俺の魔力が万全なら、どうにかして装備をかき集めれば、不可能じゃないはず。
俺の、魔力……?
自分の手を見る。
だが、真っ白だった。
足も見るが、同じだ、真っ白だ。
なんてことだ、魔力推進器に全魔力を吸い取られたままだった!
手を見ながら震える俺の姿に、クレメンも事情を察したようだ。
「トゥーン殿、魔力が完全に溜まるまで、いかほどの時間がかかりますかな?」
「わ、わかんねえ……」
そうだ、分からない。
以前ベウルに地獄の特訓を受けたとき、同じように魔力がカラになった。その時は回復まで一週間以上かかった。
あの時に比べると、俺の魔力容量は格段に上がってる。それは同時に、フルチャージにも相応の時間がかかる、ということだ。
もし一ヶ月もかかるなら夏が過ぎかねない、次の春まで山を越えられない。
こんな敵地で、孤立無援で、魔力までゼロ……。
絶望的、だ。
これにて第八部も終了。
予定では、やっと話は折り返し地点に立ったという感じです。
次回、第九部は一週間くらい後に投稿する予定です