第五話 マジックアロー
突然、操縦桿を握りしめていたネフェルティの顔から笑みが消えた。
操縦席前のパネルに並ぶ宝玉を忙しく操作し、表示される文字を読み取る。
「全員、席について!」
「え、な、なん」
「シートベルト!急いでっ!!」
全員慌てて席に着く、と思ったらクレメンタインとリアの席は無い。
どうすればいいのかと二人がアタフタしだす。
「こっちだっ!」
席についた俺の声に弾かれ、二人とも俺に抱きつく。俺の体は魔力供給のため、座席にしっかり固定されている。その両腕の固定具を外して二人を力任せに抱きしめた。
二人を抱きしめるのと、飛翔機が急加速かつ急旋回をしたのは、ほぼ同時だった。
狭い室内を文房具とか、固定してない小物が飛びまわる。
後ろの貨物室からは、固定されているはずの荷物がガタガタと揺れたりぶつかったりの凄い音が聞こえる。
シートに体が押しつけられ、上下左右に振り回される。
く、くそ!腕がもげそうだ!
さすがに魔力をほとんど失った身で、二人を支えるのはキツイ!
特にクレメンタイン!お前は背が高い分、重いんだよ!
ぎえええっ!
しかも、三人分の重みがベルトや固定具に食い込むーっ!体が千切れる!
二人が首に頭にしがみついて、痛いいーーっっ!!
俺もリアもクレメンタインも、余りに必死で声が出ない。…つか苦しいぃーっ!!
「はんぎゃーっ!!な、なんだべなー!」
「敵襲ニャっ!」
まさか、こんな上空で敵襲だと!?
痛みと苦しさに耐えながら、それでも必死で顔を横に向ける。窓の外を見る。
すると、外に赤く光る何かが一瞬見えた。
「な、何だ!?」
今度は急降下!
ぎゃー!落ちる落ちる気持ち悪い!
「きゃああぁーーーっ!!」「ぎゃーーーーーっっ!!」
二人とも耳元で左右から悲鳴を上げるから、耳も痛えっ!
くそおっ!手を離したら二人とも狭い機体内でシェイクされちまう!そうなったら全員お陀仏!?
バシュッ!
天井を何かがかすった音がした!?
音が飛び去った方向を見れば、さっきの赤い光が飛び去っていくのが見える。…って、方向を変えてる?こっちへまた飛んでくるぞ!!
え、な!遙か遠くから別の光も向かってきてる!?
それは、例えるなら巨大な矢。
先端には赤く光る尖ったモノ、恐らくは鏃を兼ねる宝玉だ。
細長い矢の本体にも何かの文様が描かれている。
マジックアローだ。魔力を込めた矢を地上から撃ったんだ…おい、なんでこの機体と並んで飛んでるんだよ!?
「ゆ、誘導式のマジックアローだっ!」
「ま、魔法の矢だべか!?そ、そんなの、聞いたことねーだよ!わだすの村では見たことねーべよっ!!」
「でもニャ、来てるよっ!2、4……、そんにゃ、ど、どんどん増えてくるぅーっ!」
機体は急旋回を繰り返し、飛来する魔法の矢を避け続ける。そのたびに中の連中、特に俺が体を千切られそうになってる。
窓から見える赤い光は、確認できるだけで5つ。恐らく地上から次々と発射されてるんだ。そしてこの機体を自動で追尾するよう、宝玉には術式を組み込まれてる。速度はこの機体を超えてる。
ちょ、ちょっと待て。
そんな高性能のマジックアロー、聞いたことがねーぞ。
人間共が作ったってのか?これだけ大量に!?
そんなのヴォーバン要塞で使われたなんて話もない!
んなバカなっ!?
姉貴は魔力推進器を全開で逃げようとするが、どう考えてもデカイ飛翔機よりマジックアローの方が速いし小回りがきく。にも関わらず回避し続けているのは、姉貴が操縦者だからだ。
くそ、それにしたって限界だ。
俺の魔力が限界なんだよっ!
もう尽きちまうってんだぁ!!
「ダメだぁっ!俺の魔力がもたねえっ!撃ち落とせねえのかよ!?」
「この機は試作機なんだよ!武装も何もニャいよっ!」
「なら魔法!」
「魔法を使う余裕もニャいってばっ!」
その通りだ、反撃出来ない。
こんな急旋回を続ける機内で、どうやって意識を集中して魔法を使えと言うんだ。使った所で機体には攻撃をするための穴がない。自分の攻撃で機体に穴を開けたら、結局機体がぶっ壊れる。
「脱出っ!全員体を丸めてぇ!!」
反射的にパオラも俺も体を小さく丸める。リアとクレメンタインはさらに強くしがみついてくる。
姉貴が操縦席横のレバーを力一杯引いた。
天井が消えた。
機体の上半分が爆発し、吹き飛んだ。
同時に座席が火を噴く。
火薬だ。座席下に仕込まれた火薬の爆発力で、座席ごと機体から吹っ飛ばされたんだ。
「どぉにゃーー……」「お助けぇえ~……」
前の席にいた姉貴とパオラの悲鳴も吹っ飛んでいく。
尻の下に見える機体が、一瞬で遠くなる。
そして、機体周囲に飛来していたマジックアローが、一斉に殺到する。
機体に、何本もの巨大な矢が突き立った。
白い光に包まれる。
ゴオッッ!!!
轟音。
閃光。
網膜を焼き、鼓膜を破るかと思えた爆発。だがそれらも一瞬で遠くへ飛び去り、闇の中へ消えていった。
バシュッ
座席の背中から何かが破裂するような音がした。
同時に座席の飛行、つか落下速度がガクンと落ちる。姿勢も安定する。
落下傘だ。座席の背もたれに組み込まれていた落下傘が開いたんだ。
周囲に、さっきのマジックアローは見えない。赤い矢は全て機体に命中したらしい。
見える光は地上へと落下する機体の残骸……あ、さらに大爆発した。粉々に砕けた破片も一つ残らず炎をまとって、遙か彼方へ落ちていく。
残された光は空の星と、地上に落ちた破片の炎。
聞こえる音は風と、呼吸音。俺と、左右にいるリアとクレメンタインの荒い息。
他には、何もない。
「た……たす、助かった……」
「はぅあぁ~……」
「と、トゥーン殿、かたじけ、ない」
とたんに二人の力が抜けた。
見れば、二人とも気絶していた。無理もない。
とはいえ、俺ももう限界近い。どうにか休まないと……あれ?
落下傘はちゃんと開いてる。
だが、なんか、落下速度が速い。冷たい風が体を叩く。
もしこのまま地上へ……うぉあ!三人も乗ってるからだ、重量オーバーだ!!
「お!おい、起きろ!二人とも、起きろってんだぁ!!」
ダメだ、起きない!?
揺すっても大声出しても起きない!
リア、お前は飛べるだろうが!お前だけでも飛んでくれぇ!
うあぁぁあ、白目のままだよオイ。
くそ、皮肉にも闇になれてきたせいで、地上の様子が見えてきた。風に吹かれながら流されている、というか落ちている。
下は森、渓谷、崖、野原へと流され……そして岩場!?
待てぇ!どこだろうと、こんな速度で突っ込んだら、三人ともタダじゃ済まねえ!?
魔力は、体力もほぼゼロ!
両手は塞がってる!体は座席に縛られてるっ!!
地面に突っ込むまで、ほとんど時間がないぃっ!!!
「くっそぉーーっ!!」
死にものぐるいで意識を集中!魔力をチャージ!
間に合え、間に合ってくれ!!
なんとかして魔法を、落下速度をっ!!……ダメだ!重すぎる!魔力量が足りない!
ええい『風』だ!空気の壁でクッションを作るんだ!!
ほんの少しで良い!せめて、この二人だけでも!
目の前に、葉っぱが生い茂る梢。
いや、それとも岩だったか。
分からない。
意識は、途切れた。