第三話 魔王十二子
「ち、ちくしょう……あいつ、俺の城を無茶苦茶にしやがって……」
落とし穴の横を通り抜け、ホール正面の階段前へ歩いた。
すると階段の一段目すぐ前の足元に、ピンと白い糸が張られてた。
分かりやすいトラップだぜ、と思って糸をまたいだら、またいだ足を下した床すれすれに黒い糸がもう一本張られてた。
白い糸の影を偽装した二重トラップ。
シュンッ!
カツッ
瞬時に身をかがめたら、さっきまで頭があった場所を矢が飛んで行った。
手すりに刺さった矢には、ヤバ気な色の液体が塗られた矢じりが鈍く光ってる。
そして手紙が結ばれていた。
《領地拝領と入城、及び初陣の儀。滞りなき完了を祝福する。
第二子 ルヴァン》
「うるせえっ!
てめえのしかめっツラなんざ二度と見たくねえ!」
矢を力任せに引き抜き、手紙と一緒に『炎』を付与。
一瞬で消し炭にする。
「くっそぉ~。
でも、トラップを始末しねーと俺が生活できないし、妖精共は役立たずだし……。
自分でやるしかねーのか……」
階段を慎重に、ゆっくりと上がる。
入口からはリアの「頑張ってねー」という無責任な応援が来る。
俺と一緒に城へ入ろうとは考えないらしい。
踊り場の壁には大きな絵がかかってる。フクロウが木にとまってる絵。
その目は正面ホールを睨みつける。額縁には宝玉がいくつか付いている。
念のため、ここでも『魔法探知』を使ってみる……問題ない。
異常な魔力は感じない。いつも通りだ。
絵の額縁についた宝玉を押す。するとフクロウの目が光り、絵が薄くなる。
代わりに踊り場から撮影した映像を投影する。正面ホールでの映像だ。
宝玉を操作して早送り……やってるやってる。
俺が初陣の儀に出発してすぐ、ハルピュイが手下を引き連れて来たのか。
入るなり書面を突きつけて、城の妖精共を追い出していく。
トカゲの大群が入口で穴を掘ったり、耳の長いエルフが設計図を片手に二重トラップを仕掛けたり。
あ、ハルピュイがこっちに来た。なにやら、ニヤニヤしながら踊り場に立っている。
手に持っているのは、宝玉。
その宝玉を、フクロウの絵の額縁へ……。
瞬間、宝玉が輝きを増す。
「ぬおをっ!?」
階段から身を躍らせる。
宙に舞う俺の背中で、額縁が火を噴いた。
俺が立っていた場所もろとも黒コゲにする。
階段上へ転げるように着地し、燃え盛る額を睨みつける。
するとそれは、最後の映像を投影していた。
巨乳を強調した黒ドレスの金髪女。ウチのクソ姉。
魔王の血筋を表す青黒いラインが首から頬にかけて模様を描いてる。
ド派手な羽飾りやレースが、これでもかと全身を飾る。スカートのスリットからは長い脚が白い肌を覗かせる。
宝玉は炎に包まれながら、音声を再生させる。
《うふふふふ。
トゥーン、初陣の儀を済ませたからって天狗になってちゃだめですよ。
油断大敵、そのことを魔王第三子たるフェティダが、長女として教えてあげますわ》
「監視装置を細工……宝玉内の術式を僅かに書き換えたのか。
一瞬で宝玉の全魔力を暴走させて自爆。なぁるほど、こんな微弱なら『探知魔法』も誤魔化せる。
さすがフェティダ姉ちゃん、すっごいなぁ……なんて、言うかアホーッ!!」
腰の剣を引き抜き、黒コゲのままで映像を映し続ける絵を切り刻んだ。
まったくウチの兄弟は、すっげー仲が悪いクセに、こんな時だけ仲良く協力しやがって。
しかもご丁寧に、まったく魔力を使わないとか、他の魔力の中に紛れ込ませるとか、微弱すぎて感知できないとか。『魔法探知』で見破れない罠ばっかり仕掛けやがった。
そんなにライバルが増えるのが気に入らないのかよっ!
やり方がセコイんだよ!
階段を登ったと思ったら、床に油が塗られててひっくり返り、階段を転げ落ちた。
体中の痛みに耐えながら階段を這い上がる。
油が塗られた床近くのカベに張り紙があった。
《可愛いお城を貰ったね。でも初の実戦で疲れてるから、浮かれて走ったらダメ。
今日はグッスリ休みなよ。
魔王第五子で、あなたの大好きなお姉さん。ネフェルティ》
「お前が一番俺をオモチャにしてたじゃねーか」
ビリビリに破る。
明るくすれば罠を見つけれるかと、廊下の壁にあるランプ制御の宝玉を操作した。
もちろん直接触らず、剣を抜き、腕を伸ばして剣先でつっついた。
確かにランプに灯がともり、明るくはなった。
同時に天井板を突き破って岩が落ちてきた。
俺の目の前、普通に操作したらそこに立っていただろう床にめりこむ。
岩には下手な字が書き殴られていた。
《ばかでも やれば できる
だいるくし てぃーたん》
「字もロクに書けない奴に言われたくねえ!」
岩をホールへぶん投げる。
左右にドアが並ぶ廊下を進む。廊下奥の窓から外の光が見える。
あの一番奥が俺の部屋。執務室と私室が繋がってる。
俺への贈り物と言う以上は、俺の部屋へ行く道筋に全て設置されているはずだ。
あと4個。兄弟は残り5人だけど、恐らく4個。命に関わるのは4個だ。
残り一つは無い、少なくとも大したものじゃないはず。
うん、ミュウ姉ちゃんはンなことしない。あのフェティダの双子の妹だけど、全然似てない姉ちゃん。
魔王十二子の中で、ただ一人まともなミュウ姉ちゃん……大丈夫かな、俺がいなくて泣いてないかな。
そんな事を考えつつも、油断なく周囲を警戒しながら進む。
残りの『贈り物』はすぐに見つかった。予想通り4個だった。
執務室の中には、馬みたいに巨大な白い犬がいた。
扉を開けた瞬間に飛びかかってきたけど、鼻っ面を思いっきりぶん殴ってやった。
気絶した犬の首輪にはタグが付いている。
《この程度の試練も打ち勝てぬなど魔王の名を汚すのみ。
慢心せず、精進せよ。
第七子 ベウル》
「おめーのシゴキにゃ殺意がこもってんだよ」
窓を開け放ち、犬を放り出す。
隣の私室に入ると、ほとんど裸のネーチャン達が俺のベッドで寝ていた。
きわどい下着みたいな服の、もの凄い美女が何人も、俺に向かって手招きしてる。
けど俺は騙されない。
伸びそうになった鼻の下を、力ずくで元に戻す。
唇から覗く牙が俺を狙ってるんだから。
剣を引き抜き、無言で窓を指し示す。もちろん剣には『炎』を付与済み。
女達はクスクス笑いながら、背中に隠していたコウモリの翼を広げる。
黒い翼を羽ばたかせながら、全員窓から飛び去った。伝言を残して。
「我らが主、魔王第八子リバス様から祝いの言葉を承っております。
かぁわいいかわいいトゥーンちゃん♪ 外の世界は誘惑が一杯よ。綺麗なお姉さんに誘われても、ついて行っちゃダメだからねー♪
以上です。お美しい姉上からのお言葉、確かにお伝えしました」
「うるせーっ!
とっとと帰れっ、吸血鬼どもが!」
男を騙して餌食にするサキュバスなんか送りやがって。
あいつにゃピッタリな部下共だぜ、全く。
浴室には誰もいない。風呂には水が張ってある。
剣をフロの水面にピタッと触れさせる。『炎』で高熱を帯びたままの剣を。
瞬時に沸騰した水が湯気を、泡を、悪臭を、そして悲鳴らしき音を上げた。
風呂の栓を引き抜き、慌てて下水へ流れて逃げていった。
スライムの中で最も液体に近い種。水と見分けが付かないから、うっかり水と思って近づくと殺られる。
湯船の中にはずぶ濡れの手紙。
《おめーが家を出て行くのは寂しいやな。もし生きてたら、また一緒に泳ごうぜ。
第九子、リトン》
「もう溺れさせられるのはゴメンだっつーの」
トイレに流す。
執務室の暖炉横、横に積み上げられた薪の中に爆弾が混じってた。
室内で使った『魔法探知』に反応、結構大きな反応だった。
薪の山の一番上。見た目は丁寧に薪を偽装してあるけど、割れ目から宝玉が覗いている。
だがこれだけとは思えない。もう一度『魔法探知』で念入りに調べる……あった。
薪の山の中央、外見は完璧に偽装してるけど、内部から僅かに反応があった。
そして、念には念を入れて暖炉の炭の中も調べてみる……案の定だ。
バレバレのヤツと、『魔法探知』でみつかるギリギリの魔力を付与された宝玉を囮にして、メインの爆弾から目を逸らす。三重のトラップ。
それは火薬。暖炉の灰の下には火薬が敷き詰められてあった。うっかり火を入れたら屋敷が吹っ飛びそうだぜ。
残るは一番大嫌いな兄一人。暗くて不気味なデブ。
そいつの性格からいって、まともな罠じゃないのは百も承知。
何のひねりもなく、陰湿でしつこい性格がモロに出てる。
火薬の黒い粉の中に、手紙が入っていた。
《ち、見つけやがって。
第十子 オグル》
「テメーは口先だけの祝福すらできねーのか」
手紙は丸めて薪型爆弾と一緒に暖炉にポイ。
全て『念動』で、煙突から火薬ごと外へ吹き飛ばす。
城の上空から爆発音、振動が伝わってくる。
「これで全部、か……ふぅ」
屋敷中歩き回ったが、他には何もなかった。
ホールに帰ってきた俺は、空きっぱなしの落とし穴を睨みつつ、どっかとあぐらをかく。
開きっぱなしのドアから見える外の風景は、既に赤く染まってた。
予想通り10個。ミュウ姉ちゃんは俺を殺そうなんて考えない。
あの姉ちゃんに限って、そんなことはない。
そんなことを考えてたら、外からキャイキャイと楽しげな笑い声が聞こえた。
女の子二人の笑い声が近づいてくる。
一つはリアだ。そしてもう一つは……え?
聞き違い、じゃない。間違いない!
あの声は!
「トゥーン様ぁー。魔王第四子のぉ、ミュウ様が参られましたよぉー」
ひょこっと扉から顔を出したリアの後ろ、控えめに覗き込む目があった。
間違えようがない、ミュウ姉ちゃんのタレ目。
フェティダ姉とそっくりの金髪だけど、体格は全然似てない。
俺よりちょっと背が高いだけで、兄弟では二番目に小柄な可愛い姉ちゃん。
魔王十二子の一人なのに、魔力がほとんど無い。魔力の証である青黒い模様もほとんど無い。ホクロみたいなのが額にあるだけだ。
身体も弱くて外にもロクに出れない。だから肌なんか真っ白。
大好きなミュウ姉ちゃんだ。