第三話 試作型高々度飛翔機ソッピース発進せよ
*注 この回は三人称、第三者視点です
時は既に夕方。
高々とのしかかる山脈に太陽は隠れてしまい、この谷間は既に薄暗い。そして冷たい風が山から吹き下ろしてくる。
だが、城門前は熱気に包まれてる。
多くの飛空挺が停泊した城門前の平地、その中心には試作型飛翔艇『ソッピース』がある。
すでに組み立てを終え、荷物の積み込みも終わり、搭乗員も乗り込んでいる。パオラとトゥーンとネフェルティだ。
そして機体が鎮座する地面には、機体を中心として巨大な陣が描かれている。
大きな何十もの円に囲まれ、四角や三角や沢山の線が入り乱れた陣は、全体としてみると綺麗な模様を描いていた。
陣を取り囲むように立つのはエルフの術者達。既に精神集中を終え魔力をフルチャージしてある。あとは術式詠唱開始を待つばかり。
機体の前には白髪のままのルヴァンが立っている。
そしてそれらを取り囲み作戦開始を見守っているのは、機体を作り出したドワーフや、不測の事態に備える竜騎兵、主の無事を祈る妖精達だ。
カルヴァなどは、さっきから寂しげな声を漏らしている。
狭い機体の内部では、最前席に座るネフェルティが座席周囲の宝玉をチェックしたり鏡面に大量の情報を表示させている。
その後ろの座席では、ベルトで体を固定したパオラが不安げに外を眺めている。
「だ、大丈夫、だなや?ちゃんと飛ぶべな?」
「あ、ああ、大丈夫、だぜ……」
パオラの後ろからトゥーンが答えるが、その声には生気が乏しい。
最後方の席に魔界の王子が座っていた。が、その姿は王子には相応しくない。何しろ席に座っていると言うよりは、くくりつけられていると言うべきだから。
足や腕や体には各所に淡く光るコードが繋げられ、頭にはヘルメットのような形状の薄い陶器かガラスの様なものを被っている。そのヘルメットにも大量のコードが繋げられ、コードもヘルメットも淡く輝いている。
トゥーンの魔力は、ヘルメットとコードから吸い上げられ、機体に供給されていた。
「あうあ……す、吸われる、気色悪いぃ~」
「トゥーン君、頑張るのニャ。この作戦の正否は君の魔力にかかっているのだよ。
だ・か・ら、景気よく吸い取られてねー♪」
「う、うっせー、早く行けー」
「分かってるよー。それじゃ、飛ぶよ!」
ネフェルティは搭乗者全員、トゥーンとパオラと自分の状態を最終チェック。
今回の作戦は必要最小限度の人員で実行されることとなった。そのため、三人だけが乗り込んでいる。
ネコの姉が外へ向けてガラス越しに親指を立てる。
合図を受け、白髪を揺らす兄が手を挙げる。
同時に陣を囲むエルフ達が呪文詠唱開始、魔法陣は魔力を受けて文様を輝かす。
使用魔法は、ごく基本的魔法たる『念動』。
だがエルフの術者達が力を束ねるとき、その力は巨大な機体を易々と中に浮かす。
そして機体後方に取り付けられた魔力推進器も光を放つ。後ろに向けて開けられた穴から青白い輝きを吐き出す。低く唸るような音が、周囲の人々の体を芯から振動させる。
魔力推進器が生み出した力は、未だ機体を空へと駆け上がらせるほどではない。エルフ達の魔法も機体を浮かすだけで、それ以上の動きを見せない。
ただ、機体はゆっくりと上昇し続けるのみ。
窓から外を見下ろすパオラは不安げに運転席のネフェルティへ尋ねる。
「あ、あの、このまま」
「口を開けないで!舌を噛むよ!」
「へ!?は、はいな」
パオラを黙らせる操縦者は、座席の前に並ぶ様々な宝玉を操作し、目の前にニョッキリと飛び出す先端に宝玉が付いた棒のようなモノ――操縦桿を右手で握りしめる。
「それじゃ、行くよ……みんな、しっかりつかまっててねっ!」
「は、はいな」
「早く行けぇ~……」
搭乗者二名の、緊張した声と既に疲れた声を受け、王女は左手付近にあるもう一本の宝玉付き棒の様なモノ――スロットルレバーを倒した。
そして地上ではエルフの術者達が声を揃え、『念動』の力を収束する。機体を前方へ打ち出す力を。
地上からの強力な『念動』、そして魔力推進器が生み出す推進力、二つの力が重なる。
試作型高々度飛翔挺『ソッピース』は、インターラーケン山脈の向こうへ、敵地たる人間の支配地域へ飛び立たんとしていた――
これに先立つこと数刻前。
既に多数のテントが設営された城門前。
あるテントの中では、2名の女エルフがいた。
「……そんな事務的な報告はよいのです。
クレメンタイン、あなたをトゥーン様の下へ派遣した真の任務、その達成度について聞きたいのですよ」
「ですが、お母様、その……」
黒のトンガリ帽子をお腹の前で握りしめ、言い淀むのはクレメンタイン。彼女の前には初老の女性エルフが眉間にシワをよせている。
恥ずかしそうにしながら、ようやく娘は『真の任務』について報告を始めた。
「そ、その……まだ、トゥーン殿は、とても清廉潔白で、純粋なお方で、誰とも良き仲にはなっておらず、だから……」
「年頃の男の子が異性に興味を持たないわけないでしょう?
それは、あなたの魅力が足りないのです!
アピール不足なのですよ!
なんですか、一体。こんな辺境で、他にライバルらしいライバルもいないのに、どういうことですか?
あなたには女としての自覚が無いんですか!?」
「わ、私は、その、学問に身を捧げた身であって……色恋とか家庭の方は、あの」
「今さら何を言ってるんですか。任務の内容を全て知った上で拝命したのでしょうが」
「そ、それは、そうですが……」
「この『任務』が、どれほどあなたにも、我が親族にも、エルフ全体にも、ひいては魔界そのものにも有益で重要なものか、改めて説明してあげましょう」
恐縮して肩をすくめる娘を前に、母親は朗々と語り出した。
クレメンタインが派遣された真の任務、そしてエルフの陰謀を。
「魔王様のダルリアダ降臨で、魔界はエルフの悲願たる平和を手に入れました。しかし、魔王様とて永遠不滅の存在ではありません。必ず後継者が必要なのです。
幸い魔王様は後継者に恵まれ、十二人ものご子息がいます。ですが、実際に継承しうる力を持つのは、長兄のラーグン様か、我らエルフを束ねるルヴァン様くらいです。
ともあれ、誰が魔王を継承するにしても、我らエルフが彼らを支え、我らの理想を実現するということに代わりはないのです」
「も、もちろんしょ承知していますわ。
誰が次の魔王になろうとも、魔界におけるエルフの地位を盤石なものとするため、魔王十二子と親密な関係を築くことが肝要であること。
即ち、トゥーン殿の、その、寝所に、出入りせ、よ……」
「そしてっ!」
母親は真剣な、というより鬼気迫る勢いで娘に迫る。
その剣幕にクレメンタインはタジタジ。
「寵児を宿すのです!ややこを授かるんです!」
子を授かれ。
その言葉にかける母の気合い、どうみても任務とか使命感とかいう種類ではなかった。
「あ、あの、母様は……前から思ってたんですけど、もしかして、孫が欲しいだけではありませんか?」
「当たり前でしょうが!」
堂々と、力を込めて、拳を握りしめて肯定した。
しかも力説が続く。
「一人娘が結婚しないってことが、どれだけ不安なことか分かりますか?
もう、セント・パンクラスが設立されて以来だわ!男女同権だの雇用機会均等だのいって、結婚しないとか行き遅れるとかいう若い女性が、どれだけ増えたか。おかげで、ただでさえ他種族に比べて子供の少ないエルフ族が、戦争もないのに、みるみる数を減らしてるじゃないですか!
ああもう、うちの人が健在だったら、私が率先して頑張るのに……年はとりたくないわ、ホント。
セント・パンクラスにこもりきって行き遅れた娘の、最初で最後の、そして最高のチャンスなんですよ!?この任務を拝命するのに、いかほどの抗争が部族内で繰り広げられたか、教えてあげましょうか?」
「い、いえ、別に聞きたくありません」
「そもそもねぇ、あなたが早く結婚しないから、この作戦の候補者にされてしまったんですよ。
最近の子は自分の事とか、目の前の事ばっかり考えて。家やエルフ族全体の事を、さっぱり考えてないんだから
運良く任務をゲット出来たんですから、エルフの誇りを胸に、しっかり寝込みを襲うのです。
いえ、そんな話はぶっちゃけいーから、私に孫を見せて欲しいわ。他の人達なんか、みんな息子や孫達に囲まれて。幸せそうで、私はいっつも羨ましいし、のけ者だし、ひとりぼっちだし……」
単なる愚痴がダラダラと続く母。遠い目をしているウチに逃げ出そうかと回れ右して抜き足差し足……。
テントを出ようとしたところで、肩をむんずと捕まれた。
「そもそも、あなたに聞きたいのですが、トゥーン様をどう思っているのですか?」
肩を掴まれたまま、振り返ることも出来ず、汗を垂らしつつ必死で答える。
「そ、その、やはりまだ若く、向こう見ずで、情に弱く、思慮が浅いです。
ですけど、その、とっても元気で、部下思いで、荒削りですけど優しい方ですわ」
「……それから?」
「それからって、その……背は低いですけど、力強く、短い黒髪はキュートで、黒い目は神秘的で、腕も胸も引き締まってて、強がってるけど可愛くて……」
「いい男、なんだね?」
「多分、もっといい男に、素敵な紳士になります」
「で……あんたはどんな男が趣味なんだっけ?」
「そ、それは、その……」
右肩でむんずと娘を捕まえたまま、母は上を向いて脳内の記録を探り始める。
「確か……幼年部の少年達を、いっつも眺めていたねぇ」
クレメンタインは、否定しなかった。
脂汗を垂らしながら、顔色を青赤白と高速で瞬かせている。
「年下の可愛い男の子、かい?
そして、この任務は強制じゃないのに、拒否しなかった」
耳を真っ赤にしながら、小さく頷く。
「じゃ……決まりだね。耳を貸して」
「え?」
二人のエルフは、理性的で気高いといわれるエルフとは思えない下品な相談事の後、母は娘に年下の男をゲットする秘策を授けるのだった。
時は進んで『ソッピース』発進直前。
魔力推進器と術式による『念動』が機体を天空へ打ち出すべく、全ての魔力が収束を続けていた。
その最中、機体中央に位置する貨物室では、一悶着が起きていた。
「なぁんであんたがここにいるよぉ!?」
「それはこっちのセリフであろうが!
何故に妖精がこの機に乗り込んでいるのだ?」
ギューギューに荷が詰め込まれた狭い貨物室、その隙間に入り込み隠れていたリアは、荷物の箱の中から出てきたクレメンタインと睨み合っていた。
「あたしはぁ、いつもトゥーン様のおそばにいなきゃいけないのぉ。侍従長として」
「わ、私とてトゥーン殿を支える参謀役として、トゥーン殿を導く役目があるのですぞ」
「……ウソおっしゃぁい」
クレメンタインの大義名分に、荷物からはい出してきたリアは冷たく言い放つ。
「あんたがトゥーン様の体を狙ってるのぉ、気付かないとでも思ってたのぉ?」
クレメンは、凍り付いた。
機密性が保たれ、暖房も効いてる貨物室内で、凍り付いて動けなくなった。
リアの目も冷たい。
「はっ!やっぱりねぇ……なーにが魔界の平和よぉ。
エルフ共の目的はぁ、魔王様を担ぎ上げて魔界を支配することでしょーがぁ」
「な、何を言うか!
魔界に恒久的平和を実現するためには、我らエルフの知恵が欠かせないというだけのことだ!
そういうのは下衆の勘ぐりというのだ、見苦しい」
「よーくいうわねぇ。
魔王十二子に等しくお仕えしてるのはぁ、エルフだけじゃないのよぉ。あたし達妖精族もぉ、魔王様一族全員の下で働いてるのぉ。
その情報網を甘く見ないでねぇ」
「く、妖精共め、盗み聞きだけは得意のようだな」
「そしてエルフはぁ、『パオラと別れて気落ちしたトゥーン様を慰めて、そのまま良い仲に……』なんて陰謀が得意よねぇ」
「なにを……!?というかお前も同じ目的か!」
「同じ目的ぃ、ねぇ?」
「うぬぉ!?」
反論しようとしたクレメンタイン。
だが、出来なかった。
なぜなら、機体が突然急上昇急加速を開始したから。
二人とも荷物と一緒に後方へ押しつけられる、重量物の間で潰されそうになる。
「ぐぅえええっ!」
「さ、さすがエルフの誇る新型ひ、飛翔挺ぃ……ぐはっ!」
もはや二人にいがみ合う余裕はなかった。
黒い機体は風を切り、天空へと駆け上がる。
赤く染まった雲を突き抜け、深い青をたたえる大空へと羽ばたいていく。
それぞれの期待と親切と好意と野望と欲望と好奇心と打算を乗せ、魔法の鳥は大空へと飛翔した。