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魔王子  作者: デブ猫
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第八部  第一話  Sneaking Mission

「ああ、嬉しいだなや、本当に信じられねえべ。

 ホントにあだすはけーれるんだなや?

 ほんとだか?」

「マジだっつーの。つか、ちょっと落ち着けよ」


 短くても、終わり近くても、夏は夏。

 真昼の太陽に照らされる外は暑い。

 窓から差し込む陽光で、城のホールも生命に溢れてるかのようだ。

 インターラーケンに来たとき持っていた荷物を、妖精達が次々と持ってくる。

 そんな中、パオラは荷造りに余念がない。つか、ソワソワして何度も荷物を確かめたり意味もなく立ったり座ったり。

 相変わらず大穴の上に板を敷いただけの入り口、勇者とチャンバラしてボロボロにしちまったままの踊り場。

 城がこんなに騒がしいのは久しぶりだ。


 短い夏を逃さないため、計画は急ピッチで進められた。

 インターラーケン山脈を速やかに越える。

 魔族に助けられたなんてバレないよう、パオラの服装とかも偽装する。

 そして俺を含めた実行部隊全員が無事に帰還する。

 これら全て、人間に見られない気付かれないこと。


 特に気をつけなければいけないのは、『パオラがどうやって帰ってきたか』だ。

 人跡未踏の大山脈で遭難した女の子が、一人でヒョッコリ帰ってくるなんて、不自然極まりない。しかも顔はツヤツヤと血色良くて、服はキレイなまま……なんざ有り得ない。

 バレたらパオラの命は無いだろう。

 だからゲッソリ疲れ果て、服もボロボロになってくれた方がそれっぽい。


「偽装の方は現地でするからな。派手に破いたり汚したりするけど、怒ンなよ」

「はいな、承知しとりますだ。

 ほんに、もう、魔王様始め領主様にもクレメンタイン様にも妖精の皆様にも、どんだけのお礼をしたらえーだか」

「そういうのは後だ。全てが成功したら礼を聞くとするぜ」

「へ、へえ。頑張りますだよっ!

 それで、領主様」

「今からはトゥーンと呼びな。慣れとかないと肝心なときにバレるぞ」

「へ?

 いや、その、ンだったら……トゥーン様。

 山越えをするんでなかっただか?」

「おう、越えるぜ」

「でんもぉ……トゥーン様のお姿は……その……」

「山越えに、見えねえか?」

「……見えねっす」


 そりゃ、見えないだろうな。

 なにしろ俺が着ているのは、普段着の上に少し厚着をしただけのような服だからな。

 青のマントに茶色のズボン、上着は黒。革手袋に、茶色の耳垂れ付き帽子。靴は革の長靴。

 もちろん更に重装備の防寒着も準備してあるが、それは荷物の中。

 パオラから聞いた、人間の服装に近いモノを選んである。人間界への潜入のためだ。

 ちなみに武具や装備品も、幾つかの袋に詰め込んでホールの角に置いてある。


「山へ登ってから着替えるだか?」

「いや、このまま山を越えるぜ」

「へえぇぇえっ!?

 そ、そら無理っすよ!

 いんや、魔界の王子様ともなれば、そら、無理でもねーのかもしんねーけど、やっぱ危険すぎますだよ!」

「ふっふっふ、実は、この服のままでも大丈夫なのさ!」


 そう、大丈夫なのだ。

 正確には、もうすぐ大丈夫になるのだ。

 もっとも、まだパオラには説明していない。魔王一族の力をじっくりと見せつけて仰天させてやるぜ。

 そんなことを考えていると、パオラが手に持っている大きな布が気になった。


「ところで、手に持ってるのって、例の旗じゃねーか?」

「んだす!

 これがわだすたつ人間の国、神聖フォルノーヴォ皇国の旗、『トリニティ』と言いますだよ」


 そういって手に持つ旗を広げて見せた。

 それは上から順に緑・白・赤の横線が入っていて、中央の白線のど真ん中には三つの金色の丸が三角形で結ばれた図柄が入っている。

 金の丸と三角形はパオラのアンクと同じデザインだ。なんでも、ピエトロの丘にいる福音とかいうのをかたどったとか。


 ピエトロの丘というのは地名で、首都だか皇都だかの中心なんだが、肝心の三位一体の福音、というのが良くわからない。

 なんでも、神が地上に降臨した姿そのもの、というんだが……パオラ自身も実物を見たことはないらしい。そしてその説明は、宗教に関してはよくあることなんだが、抽象的・観念的で意味が掴めない。

 とにかく色んな予言をしたり、国の政治を決めたり、犯罪者を裁いたりすることもある存在だそうだ。

 まぁ、オヤジだって魔界の王だが、全魔族が一人残らず全員オヤジの姿を知っているかといえば、そうでもない。実際にはオヤジの声も姿も見たことがないってヤツが大半。

 それと同じだろう。


 そんなコトを考えてる間にもパオラは旗をたたんで荷物に入れたりと忙しい。

 そうこうしていると、入り口からリアが飛んできた。


「トゥーン様ぁ!来ましたよぉ!」

「おう、ほんじゃ行くとするか」

「は、はいだす!」


 青いマントを翻し、颯爽と玄関を出る。

 その後ろからパオラとリアがついてくる。

 輝くほど眩しい緑に満たされた庭の木々を抜けて城門をくぐる。

 そこにはクレメンタインとベルンと、沢山の妖精達が既に集まっている。ついでにカルヴァも興味津々で空を見上げていた。


「トゥーン殿、ようやく準備は整いましたか?」

「おう。んで、どこだ? ラーグンのワイバーン便は」

「あちらに」


 クレメンが指さす先、雲一つ無い空の向こう、西の彼方を見上げると、予定通りのモノが来ていた。

 ラーグンが率いる竜騎兵団とワイバーン便だ。


 インターラーケンでは数少ない平地を見下ろす斜面。そこに建てられた城。それを目指して飛んでくる影の群れ。

 鳥のような翼を広げているが、遠くからでもハッキリ見える。一つ一つが鳥より遙かに巨大だ。

 大半が牙の並ぶ口、爪が伸びる皮膜を持つ飛びトカゲ、ワイバーン。

 その後ろに牽かれているのは、鳥のような羽を広げてはいるが羽ばたかないモノ。荷物運搬用の飛空挺に作り物の翼を付けた、鳥の形を模した凧、かごだ。

 羽ばたく飛竜に曳航されて滑空する篭は、城の前へ次々と高度を下げていく。

 その先頭で羽ばたくのは、ファルコン便の鳥人達。彼らは城の前にある平地へ竜の大群を誘導していた。


 城門の前に広がる平地には沢山の妖精の女達が大きく間を開けて二列に並び、それぞれの両手には旗が握られている。

 妖精達の旗が流れるように一方向へ振られていく。

 その流れに従い、篭を牽くワイバーンの群れが地上へ接近する。篭の下から沢山の車輪を付けたソリが足を伸ばす。


 滑空するワイバーンの巻き起こす風が妖精達の服を、髪を、蝶の羽を揺らす。

 篭が着地、石を取り除いた地面の上をソリが走る。土煙が巻き上がり、大地を削る耳障りな轟音が響く。

 篭は減速しながら長い距離を滑走し、城門のかなり前で停止した。同時にワイバーンに騎乗する大トカゲの姿をした騎士が手綱を操作し、篭を城の横へ牽かせる。

 飛空挺には熱して軽くなった空気を詰めたり、強力な『念動』の魔法を使って浮きやすくしてある。が、それでも巨大な篭ともなれば相当の重量だ。そして飛行中に浮力を得るための翼は、地上に降りると重りに早変わりしてしまう。

 ズルズルと引きずられる篭の後ろ、既に次のワイバーン便が着陸態勢に入っていた。


 荷を牽いていないワイバーンは少しホバリングして、篭の着陸を邪魔しない城の横や庭園に次々と降下する。


 速力で優れたワイバーン便が着陸し終わると、その向こうから楕円や丸の影が見えてきた。次はワイバーンで曳航していない、普通の飛空挺だ。

 飛空挺はゆったりのったりと着陸ポイントまで来ると、地上へ太い紐を垂らす。それを地上側で重りに縛り付け、飛空挺側が巻き取ることで降下していく。


 降下した竜騎兵達と飛空挺乗組員を妖精の男達が定められた場所まで誘導していく。篭を開け、乗り込んでいた客人を出迎える。背が低くて筋肉質なヒゲ面の連中と、背が高く痩せた連中が多い。

 客人達、即ちドワーフの職人やエルフの研究員、その他様々な種族は積載されていた荷物を降ろし、それぞれにチェックしていく。

 ベルンは忙しく飛び回り、妖精達に指示を飛ばし、客人や騎士達を出迎える。


「んむ、ワイバーン達のエサは城の横にある倉庫へ運んで下され。

 テントの設営場所は城の横に用意してありますじゃ。

 は、はい!客間は既に準備済みですじゃよ。ですが、大きくない城ですので、部屋には限りがありまして。

 水のことはご心配めさるな、この地はわき水が豊富でしてな。

 燃料は、森の木々をあまり切られると困るのですが……おお、そちらでも用意して下さいましたか! ご配慮、痛み入りますじゃ。

 飛空挺を固定する重りが足りませぬか? それでしたら…」


 クレメンタインは牽かれてきた篭の間を歩いて回り、荷物の目録と照らし合わせて内容を確かめていく。そしてエルフの研究員、恐らくはクレメンタインの同僚とか先輩とかに頭を下げて回っている。


 そんな中、俺とリアとパオラは城門前で着陸するワイバーンと篭の列を眺めていた。

 目的のモノについては、事前にルヴァンから説明されている。だが今まで運ばれてきた篭の中に、それらしきモノは無かった。

 見たこともないワイバーンの大群と、降り立つ様々な種族に圧倒されているらしいパオラは、うわごとのように口を動かす。


「ふぅわぁ~……す、すげえべぇ。

 わだす一人を、村へ帰してくれるために、こんだけの魔族の方々が手伝って下さるのだかぁ」

「おう、驚いたか?」

「ほ、ほんに驚いただよ!

 インターラーケンへ来るときだって、こんだけのコトはしなかったべ。

 それを、わだす一人のために……信じられねえべ……もったいねえべやぁ」

「気にすんな。これはオヤジのワガママついで、俺達が勝手にやってるだけだからな」

「そんなっ!

 ンなワケにはいかねーだよ。わだす、村に帰ったら、必ず魔族の人達とみんなが仲良くなれるよう頑張るだよ!」

「ンなコトしなくていいぜ。つか、お前が教会に殺されかねねーからやめとけ」

「いんやっ!

 村の人達も、きっと話せば分かってくれるだよ。神父さまだって!」

「だから、やめとけってのっ!」


 まったく、パオラは自分が村に帰る意味がよく分かってない。

 まぁ田舎生まれの田舎育ち、人を疑うことも知らず静かに生きてきたヤツだ。政治とか戦争とかなんて遠い彼方の話だろう。

 そのど真ん中に自分が置かれるなんて想像したことすらないからな、理解できなくても無理はないう。

 俺達もオヤジのワガママだけじゃなく、情報収集という別目的があるとはいえ、せっかく苦労して帰したパオラが殺されたら腹が立つ。


 パオラが殺される……人間に拷問され処刑される……考えただけでムカツク。


 なんとか村に着くまでに、パオラに理解させねーと。

 なんて考えてたら、パオラがキョロキョロとしだした。とくにワイバーンの方を眺めている。


「あの、トゥーン様、もしかして、竜騎兵か飛空挺で山を越えるだか?」

「そりゃ無理だ。

 インターラーケンはワイバーンの飛べる限界高度ギリギリだからな。それより高い山脈は越えられねえ。

 飛空挺だってココより上には浮かないぜ」

「んだば、やっぱり歩いて行くだか?」

「いや……ああ、あれだ。来たな」


 スイッと空を指さす。

 右手で日差しを遮るパオラは青い眼をこらす。

 その先、青空の向こう、ワイバーンの一群が横列編隊で飛んでいる。


 その後ろには篭。

 他の篭とは違う、特大の篭。横から伸びる翼も、ずんぐりむっくりした胴体も特大だ。

 そして機体各所には宝玉が色とりどりに輝いてる。浮力を得たり、機体を強化したりと様々な効果を持つ宝玉を惜しげもなく装備している。

 その篭だけは他の篭と異なり、沢山のワイバーンに牽かれていた。


 高度を下げる特大の篭、それを牽くロープが全て外され、ワイバーンが離れていく。

 同時に篭の持つ翼の一部が形を変え、風を大きく受けて速度も落としていく。

 特大の篭に相応しい特大のソリを篭の底に生やし、今までの篭で削られた大地を、さらに大きく削っていく。

 もうもうと立ち上がる土煙を伸ばしながら、城門めがけて滑走していく。


「……おい、なんか、止まらないぞ?」

「あ、あらぁ?もしかしてぇ、あのままだとぉ……」

「城門に、つか、わだすたつに突っ込む、だ……か!?」


 ワイバーンに曳航された篭達は城門前、上り坂になった城までの平地を利用して止まっていた。

 なので、もし止まりきれなかったら、城門につーか俺達に!?


「う、うわっ!バカっ!止まれっ!!」

「きゃぁーっ!嘘でしょぉーっ!?」

「ひんえーっ!お助けぇー!」


 悲鳴を上げながら、リアとパオラは左右に逃げていった。

 でも俺は逃げ遅れた、いや逃げようとしたんじゃなくて、領主として城の主として逃げれないけど、いや、まて、まてまてまてまてっ!

 ま、真っ直ぐ突っ込んで来るんじゃねーっ!!



 ……と…………止まった。



 城門前、本当に直前で、止まった。

 篭の先端が城門に触れるか触れないかのところで、止まってる。

 俺の眼前に巨大な篭の鼻ツラがのしかかる。


「た……助かった……つか、だ、誰だ!

 こんな無茶な操縦しやがったのはあー!!」


 怒鳴りつけた瞬間、篭の横っ腹がバクンッと開いた。

 開けられた扉がそのまま階段になった。こんなマネをしてくれたふざけたヤツ出てくるか。

 このトゥーン様をビビらせた礼をしてやろうじゃねーか、と四肢の魔力ラインを煮えたぎらせる。


「隙ありっっ!!」

  ドゴォッ!!


 突然、背後から凄まじい衝撃。

 おもっくそ吹っ飛ばされてゴロゴロと転がり、顔面から地面に突っ込んでしまった。

 どつかれる瞬間、聞いた叫び声、あの声は、まさかっ!?

 土まみれの顔を上げて振り向けば、予想通りのヤツがいた。


「ニャハハハハハッ!

 油断大敵なのだよ、トゥーン君。自分の背中には常に敵がいると思い給え」

「こ、こんなコト、するのは……おめーしかいねえーーーっっ!!!」


 男みたいに黒のレザースーツを着込んで、青黒い毛に覆われたネコ耳を頭に生やし、尻にはピコピコ動くシッポを持つ女。

 頬や手には青黒い毛が横に並んで、虎みたいな模様を描いてる。

 昔から、俺を一番オモチャにしてくれやがった、頭までネコ並のバカ姉。


 ネフェルティが。

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