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魔王子  作者: デブ猫
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     第六話  会議(3/3)~わがままと大義名分

 冷たい雨の夜。

 シトシトと降り続く水滴が執務室の窓ガラスを流れ落ちる。

 机の上にはインターラーケンの、そしてその南方をささっと書き足した地図。

 それを眺めながら、パオラを帰す算段を思い浮かべる。


「なんつー、デカイ話になっちまったんだ……」


 確かに、パオラを帰したい、俺が送る、なんて言い出したのは俺だよ。

 でもそれは少人数で歩いて山越えをして、コッソリと村に戻す……というつもりだったんだ。

 村まで一人で行ける距離まで送り、そこでお別れのつもりだった。山脈を挟む以上、二度と会うことも無いだろう。

 本来は出会うはずなかったんだし、パオラの立場上は出会ってはいけなかった。

 だから、それで良かったんだ。


「それが、まったく……。オヤジも甘すぎンだよなぁ」


 なんて言いつつ雨雲に覆われた夜空を見上げる。

 冷たい雨が降りしきるけど、別に寒くはない。

 暖炉には火がともってるけど、それと関係なく、なんだか体が熱いぜ。

 へっ、ここはオヤジの甘さに感謝しなきゃあな!





《人間との交流、ですか》


 ラーグンの声が宝玉から漏れる。


《うん。今まで出来なかったんだけど、機会があれば……と、いつも考えていたんだ》


 オヤジの話に他の連中からも、むぅ~、う~ん……とか、考え込む声が聞こえてくる。

 俺も、果たして出来ンのかなぁ……と考え込んでしまう。



 ゴチャゴチャになったオヤジとパオラの話。

 嬉しさのあまり泣き出してしまった彼女は、リア達侍従に客間へ連れて行かせた。

 ギャーギャーうるさい他の妖精も出て行かせて、クレメンタインだけ残した。

 他の兄姉も腹心の部下だけ残し、魔王一族だけで改めて会議続行。


 魔界を牛耳る魔王の命、というと絶対遵守みたいな感じがする。

 でも別にオヤジの命は絶対じゃない。

 部下からの異論反論に耳を貸すし、結果が上手くいかなきゃ『僕が間違ってたね、ごめんなさい』と、素直に謝る。


 というわけで、兄貴姉貴共から異論反論が相次いだ。

 情報漏洩、費用対効果、対人間戦への士気、実行部隊が冒さねばならない危険性、そもそも何の義理があってンな面倒なマネをするのか……、と。


 これに対するオヤジの答えが、人間との交流。


 いつまでも要塞を挟んで不毛な闘いを続けるわけにはいかない、和解を探るべきだ、ということだ。パオラを足がかりにして、いずれは人間達との和平交渉へ繋げたい、と。

 で、ソファーに足を組んで座るフェティダから疑問が出た。

 それは当然の内容だった。


《人間との和平交渉、その意義は認めまわすよ。

 でも問題は、あのインターラーケン山脈を挟んで、どうやって交流するつもりです?

 現実として困難と思いますわ》

《そうだね、とても大変だよ。

 でも、ルヴァンの研究成果が役に立ちそうなんだ》


 その言葉に全員の視線がルヴァンへ向く。

 ダルリアダ大陸を治める、つーかセント・パンクラスの館長みたいな兄貴は、クイクイと黒メガネを直す。


《……確かに、その方法はあります。幾つか実用段階に入った新技術がありますので、その一つを使えばよいでしょう。多少の時間と費用と協力を頂ければ、ですが。

 詳細については、後日書面にて説明します。

 ですが、果たして本件において適切な選択か否か……疑問があります》

《いつかはやらなきゃいけないこと、とは思わないかな?》


 ルヴァンは何も言わず、眼鏡をなおす。フェティダはアゴに手を当てる。


《それは、確かにそうですけど……。

 ですが、それが今だとおっしゃられますの?》

《うん。この機会を逃したくないんだ》


 オヤジの意見に兄姉全員が様々に意見を言う。

 あのヴォーバン要塞の映像を見た後では困難としか思えないわ、とか。

 面白いからやってみたいニャ、とか。

 わからないからまかせる、とか。

 魔族の力を見せつけた方が早くて確実じゃねえか、とか。

 人間なんぞ総攻撃かけて潰しちまえ、とか。

 父上からの命ならば謹んで拝命致す、とか。

 いつものことだけど、全然まとまらない。


《あの、良いでしょうか?》


 オヤジの後ろから声がする。

 薄暗い中からゆっくりと歩いてきたのは、メイド服のミュウ姉ちゃん。

 いままでずっと何もしゃべらなかったけど、初めて画面の中へ進み出てきた。

 鏡の中がシン……と静まる。


《確かに人間との交流というのは、大変意義のあることだと思います。

 この不毛な争いに終止符を打つ、その第一歩としては良い機会でしょう。

 大きなことは出来なくても、小さな事からコツコツと……。

 ラーグン兄さんの言葉ですよね?》

《……それは父さんの言葉。

 僕は『政とは小さな事の積み重ねだ』って言ったよ。

 まぁ、似たような意味なんだけど》


 ラーグンの細目は相変わらずの作り笑い。

 が、なんか魔王十二子の長兄らしからぬセコいセリフに、僅かに引きつってる。

 言い方変えても言ってることは確かに同じだけどな。それに、なんつーか、本当のコトだと納得してるけど。

 ともかく、小さく頷いたミュウ姉ちゃんが話を続ける。


《だから、今回の件はテストケースとしても有益と思います。

 ただ……一つ疑問があるのです》


 疑問、それを口にした姉ちゃんはオヤジへ向き直った。

 少し息を吸い込み、ハッキリと語る。


《もしかして、お父様は……そんな大義名分は抜きにして、最初からパオラちゃんを帰してあげるつもりではありませんでしたか?》


 その言葉に、オヤジは大きく目を見開いた。

 二の句が継げなくなってる、図星だったのか。


 だが、何故だ?

 人間との交流とか、そんなんを抜きにして、単純にパオラを帰してやりたいだと?

 直接会ったこともない敵種族の人間、しかも権力も何もないタダの小娘を?

 魔王一族の総力を挙げて、無事に故郷へ送り返すだって?

 なんでオヤジは、そんなことをしたいんだ?


 そんな疑問が頭の中を渦巻く間にも、姉ちゃんの話は続いた。


《やはり、そうでしたか……。

 パオラちゃんと話をしている間、お父様は、どこか、そう、懐かしそうでした》

《……やれやれ、ミュウにはかなわないねぇ》


 頭をバリバリ掻くオヤジ。

 顔を少し赤くしてる……ほとんど青黒い塊の姿ばかり見てたから気付かなかったけど、あんな普通な仕草も出来るのか。


《人間達が暮らすアベニン半島の四季や村々の話を聞くお父様、とても嬉しそうでしたわよ。

 もしかして、お父様は昔、アベニン半島に暮らしていたのではありませんか?》

《はは、実はその通りなんだ。

 もう随分前にダルリアダへ移り住んでね、故郷への未練は捨てたつもりだったけど。

 パオラ君の話を聞かされて、子供の頃とか想い出してね》


 これはビックリだ。

 他の兄姉達からも驚きの声が漏れる。

 兄弟の誰もオヤジの故郷を知らなかった、というのも何だけど。


 オヤジの過去は誰も知らない。

 記録上、ダルリアダ大陸にヒョッコリ現れた、ということになってる。それ以前については何も分からない。オヤジは誰に聞かれても、「昔の話だから……」と、教えようとはしなかった。

 そこへ陰気な声が割り込んできた、オグルだ。


《オヤジ……もしかして、オヤジもゴブリン達みたいに、人間に故郷を追われたのか?》


 その質問をするオグルの目、暗がりの中で不気味に青黒く輝いてる。

 普段から不気味なデブの兄、益々薄気味悪い。


 オグルはゴブリン達を束ねるが、そのゴブリン達は昔、アベニン半島を本拠にしていた。だが人間達に追われ、流浪の民になった。

 本来は定住できず、行商しながら放浪するゴブリン族に街を与えたのは、オグル。北の海に面した遠浅の海を埋め立て、海上都市を築き上げたんだ。

 その都市、ブルークゼーレを第二の故郷としたゴブリン達は得意の商業を発展させ、金融業を興し、今では魔王一族の金庫番となっている。


 で、ゴブリン達を束ねるオグルは、当然ながらあの緑の小人達から人間達の話を聞かされているだろう。

 虐殺、略奪、破壊、そして追放。

 それがオヤジにもあった事となれば、いくら根暗でひねくれ者のオグルでも無視できない。

 けどオヤジの方は相変わらずホンワカしてた。


《いやあ、そんなんじゃないよ。

 確かにアベニン半島で暮らしてたんだけどね。僕がいた頃は、人間も魔族も小競り合いが多くてねぇ。

 あまり騒がしいんで、静かで穏やかって噂のダルリアダに移住することにしたんだ》

《ふ……ん》


 オグルの青黒く輝く目は、探るようにオヤジを見続けている。

 俺の魔力ラインが手足に集中しているように、オグルの魔力ラインは目に集中している。

 そして、魔力の集中する場所は強化しやすい。


《ちぃと、嘘混じってるな。

 それに、話してないコトがまだまだあるだろ?》

《オグルよ!父上に対し無礼であろうが!》


 叱りとばしたのはベウル。

 他の兄姉も不愉快そうな顔だ、俺も眉間にシワが寄ってるのが自分で分かる。

 でもオグルは、そしてオヤジも全然気にした様子がないな。


《俺は、以前から気になってたぜ。

 オヤジが本気で魔界統一と完全な平和を望むなら、人間の住むアベニン半島へも一気に侵攻出来たはずだ。

 適当な所で和平交渉も、力ずくでも出来たはず。

 なのに、ヴォーバン要塞とトリグラヴ山に防衛ラインを築いたまま動こうとしない。

 つまり、最初から、人間との和平を望んでいない……違うか?》


 そのセリフに、他の兄弟はどよめく。

 特に上下関係や序列にうるさいベウルは歯ぎしりが聞こえそうな顔だ。

 いや、動揺を示していないヤツが二人、ラーグンとルヴァン。

 オヤジも、二人と同じように困った顔をしている。


《やれやれ、相変わらずオグルは言うことがきついなぁ。

 いやあ、ぶっちゃけ、その通りなんだ》


 溜め息混じりのオヤジは、観念したように話を続ける。


《僕は別に、魔界を支配したいなんて思っていないよ。

 ただ、魔王が各魔族の間に入ることで無駄な争いが減る、と思うから魔王をやってるだけなんだ》


 オグルは口を挟まず、相変わらず青黒く光る眼でオヤジを睨み続けてる。

 他の兄弟姉妹も黙って話を聞く。


《そして各魔族は、僕らを受け入れることで利益があると思うから、受け入れてるだけだよ。

 だから、魔王の支配を受け入れたくない、僕らが手を出すことで余計に無駄な争いが増える、という場合は手を出さない方が良いと思う。

 で、人間達は魔王を受け入れないし、無理に手を出すと無駄な争いが増えると思う。

 だから手を出さないんだ》


 そこでオヤジは息継ぎ。

 ミュウ姉ちゃんがさりげなく差し出したコップ一杯の水を受け取る。

 水を飲んでる間、ラーグンとルヴァンが話をつないだ。


《そういうわけなんだよ。

 なにしろ人間達と来たら、捕虜として捕まるくらいならと、死ぬまで戦うくらいに僕らに偏見を抱き、毛嫌いしてるからね。

 下手にこちらから侵攻しても、死人の山が出来るばかりだと思う》

《また、魔界統治の上でも人間という敵が必要なのです。

 各魔族が人間を共通の敵として認識することは、彼らに一体感と連帯感を与えます。

 もし人間という敵がいなくなれば、次は各魔族間での抗争が激化することでしょう》

《……生々しい、政治のお話ですわね》


 感想を言ったのはフェティダ。

 巨乳を見せつける赤いドレスで豪華なソファーにしなだれ、左手は鳥の羽が組まれた扇子をヒラヒラさせる。


《そんな中、あのパオラという娘を帰してやりたい、というのは何故ですの?

 同情、ですかしら?》

《ははは、そうだね、ただの同情だよ。

 大義名分なんか後付けの言い訳。本当の理由は、郷愁を抱くのは同じだから。

 だから、これは僕のワガママなんだよ。

 面倒で危険だけど、一つ父さんのお願いを聞いてくれないかな?》





 そんなワケで、パオラを帰すべく魔王一族が協力することになった。

 溜め息をついたり呆れたり、だけど反対意見は出なかった。

 オヤジの願いとなれば、兄姉達も断れない。それに後付の大義名分とはいえ、人間との交流の意義は皆が認めるところだ。

 どうなるのか、上手くいくかなんて分からないけど、やる価値はあるってことだ。


 やってやるさ!

これにて第七部終了です。


第八部は一週間くらい後より投稿致します

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