第五話 会議(2/3)~独断
話の内容は、俺の予想を大きく外れた。
人間達の政治とか、宗教の教義とか、軍事力とか、そういうのを聞くかと思ってた。
田舎者の一般人だから大したコトは聞けないとしても、せめてオルタ村を支配する領主の名前とか、食料生産力とか、何か聞くと想像してた。
でも、オヤジはンな話は全然しなかった。
オヤジは話を静かに聞いていただけだ。
パオラの生い立ち。
オルタ村の生活。
インターラーケン南側、人間の呼び名ではツェルマットの自然。
四季の移ろい。
豊作の祭り。
洗礼とかいう、生まれた子供に祝福を与える儀式。
修道院での厳しいが静かで穏やかな生活、に飽きてきてたパオラ…おいおい。
騎士達の道案内を買って出たのは退屈しのぎだったのかよ。
「……いんやぁ~、やっぱ久々に山さ登っとダメっすねぇ。
足腰にゃあ自信あったども、カンが鈍っちまってただよ。それに薄い空気にオツムもやられてたかもしんね。
飛ばされた旗さとりに行くためとはいえ、あんな場所で一人で動くなんて、自分でも信じられねっす」
《はは、うっかりさんなんだね》
「おかげで領主様はじめ魔王様の御一族にも迷惑をおかけしてもうて、ほんに面目ねっす」
恥ずかしげに頭を下げるコイツは、最初の緊張はすっかりほぐれた。今は楽しそうにオヤジとおしゃべりしてる。
パオラの話、以前より詳しく聴けた。
羊飼いだった実家は、絵に描いたような貧乏人の子だくさん。
羊だけじゃなく牛や山羊も飼ってたが、家族の方がもっと多くて生活は厳しかった。
多すぎて世話しきれず奉公に出された兄弟も多いが、パオラは一家の信仰のため教会に預けられた。
狭い土地の中なので、家族に会えなくなるわけでもなかったし、教会の生活は質素だが貧乏に慣れていたので別に困らなかった。
それに、教会にいると定期的に行われる礼拝儀式を特等席で見れるし、割と気に入ってたらしい。
で、その縁で、村の南にいくつかある湖の一つ、その小島に建てられたマテル・エクレジェ女子修道院に入ったそうだ。
う~む、すぐ役に立ちそうな話はここまでになかった。
ずっと田舎暮らしで、最近は修道院にこもって外界との接触をほとんど断っていた。そのせいで、こう、政治や軍事に直接影響があるような情報がない。
せいぜい、麓の街で行われている大工事ってのは、首都から街までを直結する新しい街道敷設……というくらいだ。それも断片的な噂話程度ときてる。
んで、今は教会での生活の話に入った。
それはそれで重要情報なんだろうけど……あんまり興味ねえなぁ。
「……儀式では神父様を聖歌で出迎えてだなや、神父様が聖典を読み上げて、ありがてえ説教をして下さるだよ。
ンでその後、え~と、簡単に言うと、だなや……大聖堂におわす福音様からの神託が下されるだ」
《大聖堂?》
「ンだす。ピエトロの丘におわす、三位一体の顕現せし福音様の、ありがてえご神託だなや。
それを神祇官様から拝聴したら、今度はその週の色んな発表がなされるだよ」
《へぇ~、それって大聖堂から直接、かい?》
「もちろんだなや。
わだすは他の村に行ったことはねーんで、よく知らねーだども、それぞれの村の教会にも、こういう『マルアハの鏡』があるそうだべ」
《『マルアハの鏡』?僕らが今使ってるような通信装置かな?》
「ん~、まぁ似たようなもんだべ。
その神託が、またすげえんだ! 来週の天気とか、どこそこで地震が起きそうだから避難せよ、とか。
全然ハズレねーべよ、さすがはご神託だべ。やっぱ神様の力はすげーんだなやぁ」
《なるほどねぇ、色んな預言をしてくれるんだね。凄いなぁ》
「でもま、当然だべ。
神様が地上に顕現したお姿が、ピエトロの丘におわします三位一体の福音様だで。
教会におると、一番近いところで『マルアハの鏡』を見れるで、嬉しかっただよ」
ここでパオラが咳をした。どうやら喋りすぎたらしいな。
リアが差し出した水を一杯飲み干して、プハッと一呼吸。
さらに話を続けようとしたところで、ようやくオヤジの方から話しかけた。
やっと雑談が終わって本題に入るのか。
《ところで、パオラ君》
「ん、なんだべよ」
《君の方も、僕に聞きたいこととかあるんじゃないかな?》
ちょっとカクッときた。
まだ本題に入らないのか、つか、まだ雑談する気かよ。
あーもーオヤジもパオラもいい加減にしてくれよ。
そんなイライラは気づかず、彼女はちょっと頭を捻った。
「ん~っと……、そらー、聞きたいことは山ほどあるだよ。
でんも、聞いていいだすか?」
《もちろん》
「そったらぁ~……」
うつむき加減で、チラチラと鏡を見る。
そして、小声で遠慮しながら質問をした。
「魔王様は……わだすたつと同じ人間では、ねーんだか?」
《うん、だいぶ違うね》
カクッ。
室内を、そんな謎の音が響いた気がする。
俺だけじゃなく、リアもベルンもクレメンタインも、見事に首が斜めになった。
見りゃわかんだろが!
「だども……そのお顔とか、人間ソックリだでよ」
《ああ、そういう意味か……》
そう言ってオヤジは下を見る。自分の体や足や腕を。
その表情は、穏やかに笑ってるのは相変わらずだ。
でも、何か複雑そうだな。
《この体はね、仮のものなんだ。
余りに魔力が強すぎて、本当の体には入り切らなくなってしまってね。
元の体は随分前に無くしてしまったんだよ》
「あら、そうですだか。知らぬ事とはいえ、失礼しますただ」
《いやいや、何でも聞いてくれと言ったのは僕の方だよ。気にしないで欲しいな。
でも、気をつかってくれてありがとうね》
深々と頭を下げる彼女に向かって、オヤジもペコリと頭を下げる。
おいおい、随分な極秘情報をサラリと喋ってくれるなぁ。
しかも魔王ともあろうものが、人間の娘一人に簡単に頭を下げるってのも……。
オヤジらしいけど、威厳がねえぞ。
《それでね、パオラ君》
「はい、なんだすか?」
《帰りたい?》
「へ?へぇ、そらもう」
《いいよ、帰すね》
静寂。
そして、ガクドタゴワシャビキボコポテッ!という大音響。
室内の全員が、見事にコケた。
部屋の外、廊下や窓の外からも音がする。聞き耳を立てていた連中だろう。
おまけに鏡の向こうからも宝玉経由で音がする。どうやら謁見室内で控えていた妖精とかの部下達、そして他の鏡で見ていた兄姉達、ついでにその部下達だな。
魔王十二子と、その腹心たる部下達が、全員見事にズッコケたのか。
そりゃコケるわい!
いきなり何をいってんだよ!?
《な……何を言われるのですかっ!?
父上、冗談はおよし下さい?!!》
《ははは、まさか。本気だよ》
叫んだのはルヴァン。
オヤジはサラリとマジと答える。
だからって他の兄姉も納得しない。
《父さん、ちょっとそれはいきなりすぎるよ》
《その娘を帰せば、我ら魔族と魔界の情報が漏れるではありませんか!》
《現地諜報員にでもする気なの? 田舎娘じゃ役に立たないわ》
《ニャアァ~、どういうことなのかニャ?》
《むずかしくて、はなし、わからない》
《父上の命となれば是非も無し。なれど、その真意をお聞かせは願えぬか?》
《まぁ別にいいけどぉ……すぐに帰しちゃうのももったいなくない?あたしの街に連れてきてくれたら、楽しませてあげるわよ》
《なんともオヤジらしいけどよぉ……》
《なんでンな小娘のために、そこまでしなきゃならないんだよ》
《てゆっか、どうやって無事に帰すつもりなの? まともな方法じゃダメよね》
鏡の端に次々と兄姉達の小さな映像が並んでいく。
全員そろって呆れた顔。
そりゃそうだ、俺も開いた口が塞がらない。未だにアゥアゥと声が漏れるだけ。
何より、パオラ自身が一番仰天してる。目も口もまん丸に開いたまま硬直してるぞ。
そんな空気を見事に読まず、オヤジは勝手に話を進めやがった。
《山越えで村に直接送ってあげるね。
伴にはトゥーンをつけるよ。ちょっと時間がかかるけど、安心して欲しい》
その言葉に、ようやくパオラも我に返った。
思わず鏡に詰め寄り、額にしがみついてしまってる。
「ほ、本当だか?本当に帰してくれるだか!?
わだすなんぞのために、魔王様が力を貸してくれるだかっ!??」
《うん。子供達には僕から手伝ってくれるようお願いするよ。
だから期待してね》
「は、はぃいっ!期待するだすっ!!
ありがとうごぜえますだ、あんがとごぜーますだっ!
わだす、わだすは、なんて言ったらいいだか……もう、ほんに、魔族の方々が、こんなにお優しい方々だっただなんて、知らぬこととはいえ、失礼の限りを尽くしたわだすなんぞのために……」
パオラは感激の余り、涙を流してうずくまる。
手にはアンクを握りしめ、人間の神と魔界の王に感謝の言葉を呟き続ける。
オヤジは黙って微笑み続けている。
俺は、他の兄弟も、部下達だって言葉が出ない。
いや、そりゃ、パオラを村に帰してやりたいって言ったのは、俺なんだけど……。
この展開は、何だ?
どこからンな話になった?