第四話 会議(1/3)~謁見
《トゥーン、本気で言ってるのかい?》
執務室、鏡の向こうにはオヤジとルヴァンとベウル。
いきなりの通信に答えれたのはこれだけだった。
そしてオヤジは俺の決断に、思わず聞き返してきた。
なんでもサラリと流せるオヤジとしては珍しい反応。それだけ意外な話ってこった。
「おう。俺も勉強を兼ねて、人間の世界を見てこようと思ってよ」
《自制せよ。慢心は身を滅ぼす種となる》
《反対です。人間の支配地域に君が自らが潜入するなど、危険過ぎます》
「つっても、いつまでもあんな無駄な争いを続けるワケにもいかねーだろ?
人間の情報やコネクションは貴重だろうが」
《それは認めるところだ。情報は政戦両略の礎となる。敵地に張りし人脈は貴重だ。
なれど、そのような任務は我が配下に命じればよい。
お前が、わざわざ己の領地を空にしてインターラーケンを越えるような愚行をおかすことを看過できぬ》
「ヴォーバン要塞から秘密裏に魔族を放つ、てか?
人間の防衛ラインを突破出来る……わきゃねーよな。
出来ないから人間の情報が全然無いんだろ」
《な、何を言うか!?
我が配下には勇猛果敢なる戦士と高位魔導師が列をなしている。
彼の者達に不可能な任務などありはしない!》
《静かに、ベウル》
スカして黒メガネをクイと直すルヴァンに言われて、即座に黙った。
ベウル兄貴は狼の性が強いせいか、上の連中には逆らわない。で、代わりに下の連中にはシゴキがきつい。
あー思い出す地獄の訓練……なんか腹が立ってくる。
ベウルより下の弟妹は、オオカミ頭の兄貴が嫌いだ。上の兄姉に文字通りシッポ振りやがって。
で、今度はルヴァン兄貴のお説教か。
《あなたが、人間の娘を自ら帰してやりたい、と思うのは慈悲深く立派です。
それに、インターラーケン東西へ迂回して秘密裏に身柄を戻す、というのは事実上困難ですので、山越えしかないでしょう》
「なぬ?」
《何故か、分かりませんか?》
その質問に、俺は首を傾げてしまう。
山越えは無理でも、多少の手間はあるが、ワイバーンにでも乗せて大回りすればいいだけだと思う。
あとは前線近くで離してやれば、勝手に帰れるんじゃねーの?
「え?あ、いや……?
魔界を通る間、魔族が敵だと思って襲ってくる、からか?」
この回答に、ルヴァンは首を横に振った。
そして正解を口にした。
とんでもない内容の正解を。
《確かに彼女は襲われ、殺されるでしょう。
ただし魔族に、ではなく、人間に殺されるのです》
「なっ!?な、なんでだよ!?」
人間が、同じ人間のパオラを殺す?
そんなバカな。
何でそんなことをしなきゃなんねーんだ?
《何故なら、魔族と接触してしまったから、です。
インターラーケンの山頂から魔界側へ遭難したはずの娘が、何故か遠く離れた東西の戦線から無事に戻ってきた。
これは即ち、魔族の力を借りたということです》
「あ、いや、だからコッソリ戻せば……」
《それが出来ないから……と、先ほど自分で言いませんでしたか?
魔族との最前線、強固な防衛ライン。
ただの娘が一人で誰にも見つからず通過できはしませんよ》
「だ、だからって、見つかったから殺される、なんて……」
同じ人間だろうが。
事情は話せば分かるだろ?
疑いなんて、すぐに晴れる。むしろ魔界の王子と魔王に関する情報を手にしてきた。逆に褒められるほどの事じゃねーのか?
そんな俺の考えを、ルヴァンは軽く斜め上に行ってくれた。
《戻ってきた彼女は魔族のスパイと疑われます。拷問を伴う激しい尋問が行われるでしょう。あのようなひ弱な娘が、激しい拷問と尋問に耐えれるとは考えにくい。
いえ、それ以前に、人間の修道女が、彼らの言う『呪われた地獄の使い』たる魔族に触れたのです。彼らの厳格な教義上、生かしておくとは思えません》
「う、あ……」
言われてみれば、そうかもしれない。
いや、ルヴァンの言う予想こそが正しそうだ。
つまりパオラを村に帰すには、インターラーケンを秘密裏に越えるしかないんだ。
でも、パオラの喜びよう……「やっぱ無理だった」とも言いにくい。
う~ん、人間の世界も見てみてえ。
ここは、なんとしても兄貴とオヤジを説得してやるぜ!
オホン、と咳払い。軽く気合いを入れる。
「あ~、つってもよ、やっぱ情報は大事だろ。
確実にオルタ村行って帰って来るには、相当の実力がいるわけだし。
俺も修行がてら、人間の世界に行ってみてーわ」
《だからとて、お前自身が向かうなど軽率過ぎる。
お前の下に派遣する予定だった部下は、幸い未だ出立前。
どうしてもというのであれば、諜報に長けた者を加える。その者達に行わせよう》
「待った。
人間の世界を調べるにゃあ、人間ソックリなヤツを選んだ方がいいよな?
魔法とかで変装、つーのはリスクが高いぜ」
《案ずるな。
我が配下にはドワーフやエルフもいる。
その中から人間に似た者を選りすぐろう》
「おっと、その点、俺なら適任だぜ。
なにせ人間のパオラが『人間にしか見えない』と言ったくらいだ」
《だからあなたは軽率だというのです》
「んだとぉ?」
バカにしてくるルヴァンを睨み付ける。
だがこのスカした次兄はどこ吹く風で、相変わらずスカしてやがる。
《万が一、あなたが捕らえられた場合を考えるのです。
徹底的に解剖・分析され、人間側に魔王一族への対抗策を与えることになります》
「けっ!俺がンな簡単に捕まるかよ」
《勇者の一件を忘れましたか?》
「ぐ……」
確かに。
勇者と遭遇したら、俺一人じゃ厳しい。
しかも人間の土地だから、勇者には援軍が続々と来る。
少なくとも勇者を山越えさせるため、オルタ村に騎士の一団が来ていたはずだ。
確かその麓では大規模な工事をしてるとかなんとか言ってたから、人間の大群がいるだろう。
第一、勇者の謎は解けていない。人間が魔王一族より優位に立つ点は確実にある。
山奥の田舎へちょっと寄るだけ、と侮るワケにはいかない……。
《私としては、ただの人間一人を送り返すためだけに、魔族の精鋭を危地へ送ることは賛成できません。
また、魔界と魔王一族の情報が漏洩することも避ける必要があります》
「んじゃ、どーすんだ?パオラには帰るのを諦めさせろってのか?」
《そうです。
キュリア・レジスへ身柄を送って下されば、客員として歓迎しましょう。
彼女の教会に関する情報は欲しいのですよ》
「むぐぐ……」
確かに、普通に考えればその通りだ。
情報収集は部下がやればいいし、インターラーケンを空にするのは無責任だし、万一にも捕まったら助からない。人間の娘一人にかけるリスクとコストとしては、高すぎる。
けどよ、こっちもそのくらいは承知の上で言ってるっつの。
《トゥーン》
今まで黙ってたオヤジが口を開いた……口は見えないけど。
魔力ライン、かなり複雑な動きをしてる。
オヤジはかなり迷ってるらしいな。
《そのパオラという娘と、話をさせてくれないかな?》
「パオラと直接か?」
《うん。子供達みんなが揃えるときに、みんなの前で話がしたいんだ》
「ま、そりゃいーけど……」
《それじゃ、ベウルとルヴァンも、いいかな?》
《……分かりました》《承知》
これで話は一旦終了。
あとはオヤジとパオラの話しだい、か。
オヤジはあいつに聞きたいことでもあるのか……?
次の日の朝、パオラは俺と一緒に執務室に来た。
他にもリアにベルンにクレメンタインも部屋の隅で待機してる。
執務机の上に、パオラの荷物も全て持ってきてある。
鏡の中には青黒い塊の、オヤジ。
他の兄弟もそれぞれ鏡の前にいるだろうけど、今は表示していない。
鏡を挟んでオヤジと、すげえ緊張しているパオラが椅子に座ってる。
まぁ、そりゃそうだろう。中身はとぼけたオッサンだけど、見た目はワケの分からない青黒い塊なんだから。
で、そのオヤジはといえば、黙ったままだ。
所在なげにソワソワしてるパオラをじっくりと観察している。
おずおずと「あんのぉ……」と口を開いた所で、ようやくオヤジが話をし出した。
《えっと……パオラさん、だったかな?》
「ひっ!?へ、へぇ……」
小さく悲鳴を上げた。
まぁ、世界滅亡を企む極悪非道なバケモノと教えられた魔族、その長だもんな。
見た目も、息子の俺から言うのもなんだけど、アレだし。
ビビるのもしょうがないか。
《ああ、ゴメン。この姿のままだと気持ち悪いよね》
「へ?え、あの、いや……その、き、わだすのコトは、気にしないでくんろ」
そうは言っても目は泳いでるし『気持ち悪い』を否定しない。
逃げ出さないだけでもマシ、というとこか。
カベの方からコホン、という咳払いが聞こえた。クレメンタインだ。
「陛下の御前である。不敬は許されませぬぞ」
「ひへっ!?へ、へい、すんませんだす」
ますますかしこまり縮こまったパオラ。
これにはオヤジの方が少し困ってる。
魔力ラインがウネウネ動いてる。
《まぁまぁ、そう言わないで。
僕の見た目がコレだからね。初めて見る人はビックリするのも当然だよ。
そうだね、ちょっと疲れるけど、久々にやってみようかな》
そういうと、オヤジの体が大きく揺らめく。
青黒いラインがうねり、あちこちから割れ目のように白い光が放たれ、部屋が明るく照らされる。
溢れだした魔力の塊が渦を描き、高速で流れ、光に呑まれ、幾筋もの細い糸となって束ねられ、巻き上げられていく。
光が消えたとき、青黒い塊も消えていた。
代わりに現れたのは、人間の男のような姿。
体のラインが浮き出るような青黒いスーツ状のもので覆われ、顔は青黒いアゴ髭を生やし、目は青黒い。
籐の肘掛け椅子に足を組んで座るオヤジの姿は、相変わらずスーツ状の魔力ラインが動いていたりするけど、大体は人間のように見える。
パオラは……青黒い塊から人間ぽいものが現れて、ビックリしている。
口がぽかんと開きっぱなし。
《これでいいかな?》
頭がカクカク上下する。
その様子にオヤジも安心したようだ。
《安心してくれて良かったよ。
僕は魔力が強すぎてね。体だけに収めると苦しくて、普段は外にまとってるんだ。
今はこう、なんていうかな、小さくまとめてるんだよ。
それじゃ、話を続けていいかな?》
「へ……へえ」
どうにかパオラも落ち着いたようだ。
やっと話が進むか。
魔界を支配する魔王と、それに真っ向から抵抗する人間の娘か。
どんな話になるんだ?