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魔王子  作者: デブ猫
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     第五話  御心はどこに  

 真昼のヴォーバン要塞。

 それはインターラーケン山脈の西端、海岸近くまでせり出した山々の一つを利用したもの。その近辺で一番高い山の山頂に五芒星、というか星形の城壁を被せたような形だ。

 ヴォーバン要塞の下にある谷が、人間の住むアベニン半島と魔族が住む魔界をつなぐ道になっている。

 もし人間達が魔界へ侵攻したいなら、この要塞を無視しては通れない。

 このため、長い間ヴォーバン要塞の城壁を挟んでの攻防が続いている。



 そう聞いていた。

 だが実際には、鏡に映る光景は、全く違っていた。



 城壁にとりつこうと、斜面を人間の兵士達が駆け上ってくる。

 要塞から大砲の弾が、巨大な矢が、岩が飛んでくる。

 斜面を上がってくる人間達は次々と潰され、埋もれ、貫かれ、死んでいく。


 だが、全く怯む様子がない。

 出来上がったばかりの死体を乗り越え、次々と押し寄せてくる。

 まるで恐怖を感じていないとしか思えない。


 上空には多くの影が飛び回ってる。

 牙が並んだ大きな口、鋭い爪が伸びる薄い皮膜。ワイバーンの編隊だ。

 そのうち半分、人間側のワイバーン隊が要塞に接近した……と思ったら、何か後ろに引っ張っていたものを要塞へ向けて離した。そのままワイバーン隊は去っていく。

 それは翼らしきものを広げた、巨大な凧みたいなもの。

 よく見ると、翼の下に人間がぶら下がっていた。


 要塞上空を飛び回る、ベウル指揮下のワイバーン隊が迎撃する。

 凧の編隊から一定距離を保ち、背に乗る弓兵や魔導師が凧を打ち落としていく。

 それでも奴らは怯まない。

 一直線に要塞めがけて滑空してくる。


 凧を壊されて落下していた人間は、背中に背負っていたリュックサックからシーツみたいな、長方形の広い布を広げる……落下傘だ。

 布で風を受け、それを自らとつなぐ紐で操縦し、やっぱり要塞に突っ込んでくる。

 要塞側からも矢が放たれ、凧と落下傘の数を減らしていく。


 大半は要塞にたどり着く前に打ち落とし、もしくは魔導師達が風の魔法で吹き飛ばした。

 だが、それでも凧の幾つかは要塞上空へ到達してしまった。

 とたんに、凧から何かがばらまかれる。


  ドドドドドッッ!!


 要塞上部が爆炎に包まれる。

 全部爆弾だ。

 要塞の上にいた邪魔者を薙ぎ払うためか。


 もうもうと立ちこめる煙の中、とうとう何人かの人間が要塞に降り立った。

 同時に要塞内部で待ちかまえていたオーク達や魔導師が飛び出してくる。

 人間を遠巻きに包囲して、矢と魔法で仕留めようとする。


 だが、人間は兵士達を見ると、笑った。

 そして、そのまま突っ込んでくる!?

 最初に見た、狂った人間と同じだ。

 こいつら全員、自爆兵だ!


「ピエトロの丘にまします三位一体の顕現よぉっ!

 願わくば御名を崇めさせたまえぇ!」


 矢で腹を貫かれ、氷で足を止められ、口から血を噴き出しながら、それでもコイツは祈りの詞を叫んだ。

  カッ!

 そして光る。

 自爆。

 前方にいたオークが何人か爆風で飛ばされるが、どうやらケガは無いようだ。

 他にも何人かの人間が降り立ち、叫び、自爆する。


「お、おおおでみたいなろくでなしの悪党も、神様の所へ行けるんだなぁーーっ!」

「おかぁーちゃぁーんんっっ!!」

「見敵必殺!一人一殺!」

「神よ!いまこそ、その御許に許されざる悪鬼共の首を並べて栄光を讃えん!」


 叫びの内容は様々。

 共通するのは一つ。


 狂ってる。


 飛来する凧の自爆兵は片づいた。

 残るは地上から来る連中。

 ん……?

 よく聞くと、後方で怒鳴ってるヤツの声が聞こえる。


 死を恐れず突っ込んでくる連中の遙か後ろ。

 山の麓辺りには、別な一団が控えていた。

 拡大して見ると、やはり人間の大群だ。

 ただ、突っ込んでくる連中とは、どこか……いや、全く違う。

 装備が上物だし、隊列も整然としてる。

 突っ込んでくる連中は使い捨ての下っ端、後ろに控える連中が本隊ってわけだ。

 で、怒鳴ってる声は本隊の最前列だ。


「……試練に耐える人は幸いものです。

 これを耐え抜いて良しと認められた人は、神を愛する者に約束された、命の冠を受けることができるのです。

 誘惑に会ったとき、神によって誘惑された、と言ってはなりません。

 ピエトロの丘におわす三位一体の顕現は、悪に誘惑されることのなき存在。ゆえに、ご自分で誰を誘惑なさることもありません……」


 神への祈りかよ。

 てめえらでぶっ殺されに行かせといて、よく言うぜ。

 死んでこいって命じたのは神様じゃなくて、オメーらだろうが!


 そんな俺の怒りに油を注ぐかのように、祈りの詞は続く。

 叫んでる連中の後ろに、白い服を着た少年少女がズラリと並ぶ。

 そして、歌い出しやがった。


 戦場全体に響く、耳に心地よい高音で清らかな合唱。

 魔王が魔族の力を束ねて築き上げた難攻不落の要塞に、爆弾抱えて突っ込まされて無駄に死んでいく連中を讃える歌。

 見ているだけで、胸クソ悪くなるぜっ!


 死兵共が大方倒された。もう空にも地上にも動くものはいない。

 そろそろ本隊が動くか……?


 と思ったら、本隊は動かなかった。

 いや、動いたことは動いた。

 ただ、前にじゃなく、後ろに、だ。


「か、か……帰って、行く……?」


 やつらは、闘いもせずに背を向けて、ゾロゾロと去っていった。

 あとに残っているのは、要塞周辺の死体と肉片。

 おい、ちょっと待てよ。

 ンじゃお前ら、何しに来たんだよ!?



 ここで映像が終わった。

 最初の、俺達家族が映る映像に戻る。

 全員が、呆然としていた。

 そりゃそうだろう。これだけワケの分からないものを見せつけられたら。


 あれ?人数が足らない。

 何人か減ってる……ミュウ姉ちゃんと、フェティダと、リバスと、リトンだ。


「やはり、刺激が強すぎましたな。何人か、急に体調を崩してしまいましたぞ」


 ベウルがヤレヤレって感じで言う。

 そりゃそーだろ、俺だって気分が悪くなった。

 ふと横を見れば、リアもいなかった。ドアが細く開けられたまま……気分が悪くなったんだな。

 あまりにあまりな内容の映像に、誰も言葉が出てこない。

 重苦しい沈黙が漂う。


《く……くくく……》


 鏡の一つから不気味な笑い声が漏れてくる。

 オグルだ。


《くくく、くひゃひゃひゃひゃ!

 こいつぁいいや!ベウルの兄貴も大変だねぇ。

 ヴォーバン要塞防衛だの、対人間戦最前線指揮だの、ご大層な御題目を並べるから、さぞや立派なお仕事かと思いきや!

 あんなゴキブリ共の始末が、その中身だったとはねぇ!

 くひゃひゃひゃ!》

《我を愚弄するか?》

《ひゃひゃひゃ!

 だって、あいつらのやってること、見せてもらったぜ。あいつら、間違いなくヴォーバン要塞を落とす気がねえぜ。

 単に、戦争にかこつけて人間の中の厄介者や役立たずを始末してるだけだろ?

 体よく利用されてるだけじゃねえかよ!》

《よさないか、オグル》


 黙るよう命じたのはラーグン。

 だがオグルの耳障りな馬鹿笑いは収まらない。

 それを静めたのは、オヤジの一言。


《オグル……無理はしないでいいから》


 陰湿な笑い声が止まった。

 確かにオグルの顔色は悪かった。

 元々が青っちろいデブなのに、今は更に青ざめて、顔一面に汗が流れていた。


《……ケッ!》


 強がって毒づいたが、今にも倒れそうだぜ。

 そして、重苦しい空気の中、兄貴達が頭をひねる。


《東の、僕の方の戦線も似たようなものだよ。

 もう長い間、定期的に死兵の一団を突撃させるだけで、本格的な戦闘を行っていないんだ。勇者すら出てきていない》

《死者を検死した結果、不治の病に冒された者・危険な伝染病・老人・重度の麻薬患者が多いことが分かりました。

 残りは恐らく死刑囚か、殉死により神の世界へと旅立つことを望んだ狂信者》

《苦々しいことながら、人間共の厄介払いに我らは利用されていますな》

《けっ!

 むかつくぜ。奴らはヌケヌケと、こうほざいてるだろうよ。

『邪悪なる魔族との闘いに赴くことで汝らの罪は清められ、神の御許へと旅立つことが出来る』……てな!

 騙されたマヌケな役立たずや死に損ないを始末して、人間共は大掃除完了。

 治療費や処刑の手間も省けて、一挙両得。あースッキリした♪……てか?

 ど、どっちが邪悪だっ!》

《そうだね、酷い話さ。

 そして僕達魔族への威嚇と警告でもあるかな。

『もしアベニン半島に侵入したら、最後の一人まで抵抗して、お前達をあの世への道連れにする』

 全く効果的だよ。おかげで魔族達の誰もアベニン半島へ侵攻しようとは主張しないのだから》

《なれど、やつらはいつまでかような愚行を繰り返すのであろうか……?

 これが他の作戦の一環では無いと言えるか、我には分からぬ》



 そんな兄貴達の話を、右から左へ聞き流していた。

 俺の頭に浮かんでいたのは、パオラ。

 あいつの笑顔と、死兵共の高笑いが、どうしても重ならない。

 でもパオラは人間の神に仕える修道女。


 あのパオラが、魔族の命を狙うんだろうか?

 人間の神へ祈りを捧げながら、この城で自爆するのか?

 俺を殺すのか?





 夕方。

 太陽はインターラーケン山脈の向こうに沈んでしまうので、夕日があたるのは東の山頂だけ。

 執務室の窓から外を眺めてると、薄暗くなった平地の向こうから、クレメンタイン達が帰ってきたのが見えた。

 ベルンとクレメンタインの二人だけに案内役を頼んだんだが、何故か他の妖精達も大勢ついてきてる。


 耳を澄ませば、女達がベチャクチャと楽しそうにおしゃべりしてる。

 あのエルフの学芸員まで、ツンと澄ましちゃいるが、やっぱり楽しそうだ。

 パオラもすっかり溶け込んでる。


 痩せぽっちで、長い銀髪が輝いてて、ソバカスの頬は赤い。すっかり血色がよくなってる。皆と一緒になってコロコロと笑ってる。


 あんな悪気もなんにもなさそうな娘が、俺を殺そうとするのか……?

 一体、人間の世界はどうなってるんだ。

第六部も終了です。


すこし間を空けてから第七部を開始します。


次回は一週間ほど後の予定です

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