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魔王子  作者: デブ猫
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     第二話  贈り物

 森の中の曲がりくねった道を抜け、斜面を上がる。

 木々が開けた先には城の正門、城壁の重厚な大門。

 その前で呼吸を整え、気合いを入れる。

 自分の家に入るため、最大限の警戒が必要だ。

 今までは気合いなんて必要ないけど、今日は必要だ。

 俺を運んできた妖精達は、リアを残してさっさと逃げていく。


「開門!」


 命じると共に、重低音が響き渡る。

 大扉が主を受け入れるべく左右に開く。

 完全に開ききるまで足を進めない。油断無く城内を確認する。


 正門から、奥にある城まで、長い石畳といくつかの階段が続く。

 その左右には庭木が並んで植えられてる。

 この季節には新緑が眩しい、緑の回廊。

 城を囲むのは小鳥がさえずるのどかな庭園だ……見た目は。


 俺は油断無く周囲を伺い、木陰に目をこらす。

 もちろん上も見る。

  シュパパパッ!

 上を見ようとした瞬間、何かが風を切る音がした。


「おわっアブね!」


 間一髪っ!

 白い羽が何本も足下に突き刺さる。

 同時に、クスクスという笑い声が庭園の奥へと消えていった。

 リアが門の陰から恐る恐る覗き込む。


「相変わらず、悪ふざけが好きねぇ」

「わ、悪ふざけで済むか! 当たったら死ぬじゃねえか」


 まったく、あいつのイビリは年々悪質になる。

 つか今のは殺す気だとしか思えない。

 まぁ、死んでくれれば嬉しいと思ってるだろうけど。


 とにかく、俺は足を進める。

 魔界の王族が住む、俺の城へ。




「ハァイ♪トゥーンちゃん。

 スライムに負けるなんて、記念すべき初陣だったわねぇ」


 白亜の城に戻っていきなり、俺をバカにするセリフが飛んできた。

 誰の声か、見るまでもない。

 俺のすぐ上の姉、俺を殺す気マンマンな魔界の王女。


「な、何で知ってるんだよ、ハルピュイ!」


 城の二階、テラスいる姉を睨む。

 黒のチューブブラに黒のパンツを着て、ピンクの長い髪を緩やかにカールさせてる。

 背中に広げる白地に青黒い模様が広がる翼をパタパタと羽ばたかせる。


「あんたの遙か上空を飛んでいたのよ。

 まさか、戦うという思考もない下等生物に負ける奴がいるなんて、初の実戦というのを差し引いても、酷すぎるわ。

 キャハハハハ! チビのクセに無理するからよ」


 心から楽しそうに笑いやがる。

 本当にムカツク。

 べ、別に俺がチビなんじゃない。兄貴達や姉貴達の背が、ちょ、ちょっとだけ、俺より高いだけだ。


「ぐ…つか、何の用だよ。

 ここは俺の城だぞ。勝手に入るな」

「何の用か、ですって?

 キャハハハハハハハハッ! 決まってるじゃないの、『お届け物』よ」


 やっぱりか。

 本当に、陰険な腹黒さが滲み出るようなニヤニヤ笑いをしやがって。

 今日という日を楽しみにしてやがったんだろうな。

 俺の『記念すべき初陣』の日を。


「あんたが城から出て、外の世界で実戦訓練を始める、記念すべき日じゃないの!

 他の兄弟姉妹も、みぃんな! この日を心待ちにしてたんだから。

 あんたが本格的に次期魔王候補として認められる日、なんだからね♪」


 そう、今日は記念日だ。

 俺は今まで、城の中で魔王としての訓練と勉強をしていた。

 当然だ。外の世界は危険が一杯なんだから。


 魔王を快く思わない奴なんて、いくらでもいる。

 モンスター達も、下手な魔族より強いのは珍しくない。

 そして何より、本格的な魔王継承者としての訓練に入るということは、魔王継承権を正式に認められたということ。

 つまり他の兄弟達から、ライバルと見なされるという意味。


 だから今日からは、兄弟達に殺されても不思議はないわけだ。


「そんなわけで……」


 ハルピュイのやつ、高い所から思いっきり見下してきやがる。

 いつもそうだ。俺は末っ子で、兄弟の中で一番背が低い。そのせいで見下されっぱなしだ。

 けど、今に見てろ!

 俺はもっとビッグになる。魔王になって、他の兄弟を逆に見下してやるんだ!

 だが今はまだ、テラスのハルピュイから見下される身だ。


「恒例の、みんなからのお祝いの品を持ってきたの。

 あたしの分は、さっきの羽よ。このハルピュイ様の、透き通るような白い羽。

 他のも既に城の中へ運び込んでおいたから、楽しみにしててね。

 キャハハハッ!」


 最後に耳障りな笑い声を残す。

 姉は羽を広げて、テラスから空中に身を躍らせる。

 そしてバシィッと一発、翼を大きく羽ばたかせて飛び去った。


「何が恒例だ……ただの弟イジメじゃねえか。

 年が下になればなるほど、『お祝いの品』が増えるんだから」

「まぁ、実質はそうよねぇ」


 俺の後から城に入ってきたリアがウンウン頷く。


「長男のラーグン様は当然、兄弟からの『お祝い』がないわねぇ。

 下の兄弟達になるほど増えてってぇ、末っ子のトゥーン様は計11個もらうわけぇ。

 つまりぃ、今、城の中は、残り10個……」


 俺とリアは城を見上げる。

 外で実戦を積みはじめる『初陣の儀』を前に、オヤジから与えられた石造りの城。

 城の名はインターラーケン城であり、この城を中心に領地インターラーケンが広がっている。


 夏でも溶けない雪を頭に被る、険しい山々に囲まれた狭い平地。

 見た目は良い場所なんだけど、何しろ山に囲まれてて交通の便が悪い。そのせいで全然ド田舎だ。

 この地に暮らしている魔族は、道が無くても土地が狭くてもお構いなしの妖精族くらい。


 ここで俺、トゥーン様はトゥーン=インターラーケンと名乗ることになった。

 魔王候補として、この地で修行、ということだ。

 お目付役のリアは余計だったけど。


「開けよ!」


 城の入り口、重い扉が開くのを待つ。

 扉は動かない。


「おい、開けろっつってんだ!」


 やっぱり開かない。

 試しに木製の扉を押してみると、ギギギ……と鈍い音を立てて開いた。開けっ放しだ。

 中を見ると、薄暗いし静まりかえってる。


 城の中には何の気配もない。

 意識を集中、魔力をチャージ。周囲に『魔法探知』をしてみる。

 でも目立った魔力反応はない。


「おーい、誰かいないのか!?」


 返事はない。

 もう一度、もっと大声で呼ぶけど、誰も出てこない。

 どうやら、城の中は無人らしい。


「おい、リア。

 城にいた妖精族を呼び集めて『祝いの品』がどこにあるか……」

「あ、それダメぇ。

 ちゃんと自分で受け取らせよって、ラーグン様達から言われてるのぉ」

「お前、主の命令が聞けねぇってのか?」

「魔王様一族の恒例行事でしょぉ?

 他人の下っ端が口出しできないわよぉ」

「だから、他の妖精共は逃げたってのか?」

「その様ねぇ」


 さらりと言いやがった。

 こいつら、魔界の王子たる俺を何だと思ってるんだ。

 忠誠とか、敬意とか、全くない。


「わーったわーったよ!

 お前らに期待した俺がバカだったぜ。俺は勝手に探すから、お前も勝手に……」


 そう言いながら扉を開け、一歩踏み出した。城の中へ。

  ボコン

 とたんに足下で音がする。

 床石がいきなりへこんで落ちていった。

 俺の足と一緒に。


「ぬぅおぁあ!?」


 あっぶねぇ!

 押し開けた扉につかまって、どうにか落下を回避したぜ。

 扉を開けてすぐの床が、でっかい落とし穴になってやがるじゃねーか。

 しかも、薄暗い穴の底には先のとがった鉄の棒が何本も。


「い、いきなりコレかよ!?」

「うわぁ、危ないわねぇ」


 リアの他人事っぽい感想は無視。

 大きな落とし穴の真上、ギィギィと音をたてて揺れる扉に爪を立ててしがみつく。

 穴の縁に足をかけて、必死に身体を床へ引き寄せる。

 ようやく床に立ち、呼吸を整えて後ろを振り返った。すると、扉の城内側に張り紙がしてあった。

 そこには、こう書いてる。


《トゥーンよ。これを読んでいるなら『初陣の儀』を無事に済ませたのだろう。

 これでお前も晴れて魔王候補だ。弟の健やかな成長を嬉しく思う。

 私からの試練も与えよう。これを乗り越えて、魔王の名に相応しい大人になることを心から願う。

  第一子 ラーグンより》


「大人になる前に死んでまうわー!」


 紙をひっぺがし、丸めて床に叩きつけてガシガシ踏みつける。

 こんなものが、他の兄弟分。

 あと9個かよ……。


 ま、負ける、もんかー!

 俺は魔王に、魔王になるんだー!


 そのために、まずは生き延びよう。


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