第四話 救われる?
「帰るためには、もっぺんあの山を越えねばなんねーか……」
「難しい、だろうな」
次の日の朝、執務室。
窓から眺めるインターラーケン山、人間達の側ではツェルマット山と呼ばれる山。
初夏といえど雪深い。そして空気は変わらず薄い。
これを一度超えたパオラには、その苦労が痛いほどよくわかるだろう。肩がガックリと落ちてしまった。
パオラには俺の服を貸した。分厚い毛皮の山越え用防寒服では、インターラーケンの平地を歩き回るのは大変だし、暑い。
薄茶色のセーターとズボンは、相変わらず袖が余ってる。
リア達は食べ終わった朝食を片付けて、お茶を入れる。
クレメンタインは俺の隣で黙ってる
「お前も昨日の今日ので体力は回復してねーだろ。
しばらく城で休んだらどうだ?」
「はぁ……すまんこってす。
せめてもの礼に、領主様のために祈らせてくんろ」
そういって首飾りを引っ張り出し、それを握りしめて俺の額にかざす。
周りの妖精達が何事かと少し緊張したけど、手で制する。
俺も魔法でも使うのか、と思ったが、何の魔力も感じなかったから。
本当に祈ってるだけらしい。
「天にまします我らが主よ、その慈しみが生みしピエトロの丘に顕現したる三位一体にして同一たる祝福を……」
口からは祈りの詞が漏れてくる。
その手に握られているのは、首飾りに下げられていた、アンクとかいうシロモノ。白くて丸いものを三角形に組み合わせたような形だ。
何を意味してるとかは知らねーが、すぐに祈りは終わった。
人間の神は知らないから、御利益があるかは疑わしいな。
「はい、終わりましただ」
「あんがとよ。ンで、これからの事だけどな……。リアよ」
「なぁにぃ~」
紅茶の香り立つカップを持ってきたリアに声をかける。
「一階の客間、こいつの部屋として準備してくれや」
「えぇ~?あれ、貴賓室よぉ?」
「どーせ他に客なんかいねーだろ」
「そ、そんな!?
わだすなんぞのために、もったいねーっす!」
銀髪も両手もブンブン振り回して遠慮してる。
とはいえ、こっちも情報は頂きたいからな。少々の投資はケチれない。
「ま、長い期間じゃねーし。
都合が悪くなったら移ってもらうから、その間だけだ。
気にせず使えよ」
「いぃえぇ!
わだすは馬小屋でけっこーですだ。ワラの中で寝るのも慣れてますで」
「馬小屋って……」
この城の馬小屋に何がいたか、頭に浮かべる。
同時にリア達妖精はニヤ~っと意地悪に口の端を歪めた。
城の中を軽く案内してから、パオラを馬小屋へ案内した。
でもインターラーケンに馬はいない。なので馬小屋にも馬はいない。
代わりにいるのは巨大な白犬、カルヴァ。
敷き詰められたワラの上で、ノンビリ寝てた。
寝ぼけた目がうっすらと開き、黒い鼻はフンフンと空気を吸い込む。
鼻を寄せられ髪に生暖かい息がかかっただけで、パオラは逃げ出しそうになった。
「す、すんませんですっ!堪忍してつかぁさいっ!
どこでもいっすから、エサにするのだけは勘弁してくだせぇっ!」
「んじゃ、客間な」
ブンブンと頭を上下に振る。
その様に妖精達も、様子を見に来た鳥人達も爆笑。
クレメンタインまでスカしたツラを崩してクスクス笑ってる。
その後、インターラーケンの森や平地を見回ってもらうことにした。
案内役はベルンとクレメンタイン。
クレメンは少しイヤそうな顔だった。が、まだまだ教会や人間について聞きたいことはあったんだろう。断りはしなかった。
俺はリアを連れて執務室に戻り、『無限の窓』を起動。
ワクワクしながらデスクに座る。
《……なんとまぁ、面白いお客様がやってきたものだね》
オヤジが驚いてる。
隣のミュウ姉ちゃんもビックリだぜ。
他の兄姉も驚嘆の顔で、あちこちから驚きの声が漏れる。
鏡の中にはオヤジの青黒い姿、そして他ティータンとネフェルティ以外の兄弟が映る鏡の列。居ない二人は出張中で応答出来なかった。
オヤジの魔力は凄まじすぎて、常に体から溢れだしている。そのせいで見た目は青黒い塊だ。
中身は全魔族中トップクラスの、ホンワカしたオッサンなんだけど。
で、その感情の変化は表面の魔力ラインの動きで分かる。
今は割と驚いているな。
他の兄弟達の映像は、鏡の端に小窓となって並んでいる。そろって驚いた顔。
ふっふっふ、期待通りのリアクションだぜ。
「おう、どーだよ。勇者撃退に続いて高得点だろうが」
エッヘンとふんぞり返るオレ。
隣の鏡辺りから、うぬぬ~おのれぇ~トゥーンのクセにぃ~、という声が聞こえてくる。
ハルピュイめ、悔しがれ悔しがれ。
黒眼鏡を激しくクイクイ直す次兄が、珍しく焦ってる。
《それで、その人間ですが、当然映像には収めているでしょう?》
「とーぜんだ。これだぜ」
宝玉を操作し、ホールの監視装置からの映像に切り替える。そこにはパオラが珍しげにホールを見回ってる姿が映っていた。
城を案内したとき、ホールで撮影した映像だ。
キョロキョロと落ち着き無く、でも興味津々であちこち歩き回ってる。
絵に偽装した監視装置にもググッと顔を近づけて覗き込んでくれた。
《なんと……わが要塞に取り付く人間共とは、全く異なるではないか》
《うん、驚きだね。同じ人間で、こうも違うとはね》
声を出したのはルヴァンじゃなく、ベウルとラーグン。
この二人は西のヴォーバン要塞と東のトリグラヴ山で、人間と睨み合っている。
両戦線では小競り合いがしょっちゅうだ。
なら人間の姿も、魔王一族ではこの二人が一番知ってるはず。
なのに、前線にいる人間と違いすぎる、だと?
「あ~、一体、前線の人間共って、どんなんだ?」
オレは本での記述と噂話しか知らない。それも過去のデータだ。
今の人間って、それも前線の連中って、どんな奴らだ?
少なくとも、パオラみたいなのが来たら、なんか戦争そっちのけで茶飲み話でもしてそうだ。
この質問に、兄二人は困った視線を向け合った。
ルヴァンは何も言わず、クイと黒メガネを直しただけ。
オヤジの魔力ラインの動き、やっぱり困ってるらしい。
他の兄弟姉妹は何人かが、不思議そうに周りを見てる。
「あのよぉ、勇者のこととか、情報を隠されるとうっとーしいんだよ。
おれも晴れて魔王継承権者なんだぜ。
つか、こんな重要情報を魔王一族内でまで隠されると、各地各魔族の統治にも問題が出るぞ」
少しの沈黙。
ラーグンが、ふぅ、と小さく溜め息をついた。
《うん、そうだね、その通りだ。
しょうがない、あまり精神衛生上良くないので、特に妹達には見せたくなかったんだけど。
その人間の娘が訪れたのも、何かの縁だろう。
ベウル、この前に見せてくれた、最新の映像を》
《は……?しかし、あれは少々、婦女子には……》
「ガキ扱いも無しだ。オレももう城を出た、いっぱしの領主だぜ」
ベウルも牙がのぞく口から小さな息を吐く。
そして、画面外に隠れた腕が宝玉を操作したようだ。
すぐに新たな映像が再生された。
ヴォーバン要塞で撮影されたらしい、人間達との戦争が。
《ぐひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっっ!》
「どぉわっ!」
いきなり画面がイカれた男のドアップで埋め尽くされた。
ヨダレと鼻水と涙を滝のように流しながら狂ったように爆笑してる。
いや、狂ってる。
コイツ、目がイッちまってるぞ。
カッ!
とか言ってる間もなく、そいつは凄まじい光に包まれた。
違う。光はそいつの体から生じた。
自爆しやがったんだっ!
画面が爆風により生じた嵐で色を失う。
《失礼致した。
先ほど最大拡大したままであった。しばし待たれよ》
白地に青黒い魔力ラインが走るベウルの顔に切り替わった。
画面外に伸ばした手が宝玉を操作してる。
「な、なんだ今のは!?」
《我が要塞に強攻降下した、死兵だ。
文字通りに命懸けで要塞内部へ入り込み、自らの体に仕込んだ爆弾で、内側から要塞を破壊することを目的とする》
「ンなバカな!?怖くねーのかよ」
《恐怖を打ち消すための薬品を投与されている。
正気を失うほどの量、だ》
「な……」
《うむ、これでよい。
では改めて見て欲しい》
再び映像が切り替わった。
それは、戦争だ。
いや、違う。
戦争っていうのは、もっと理性的にやるモノだと思ってた。
部族間の打算とか、支配者の欲望とか、種族間の生存競争とか、あるんじゃねーの?
だが、これは違う。
絶対に、戦争とは呼べない!