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魔王子  作者: デブ猫
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     第三話  信じるものは

「なぁんとまぁ!これが魔族の方々だかぁ……教会の教えとエライ違いだなや」

「なるほど、一般人への情報統制が行われているようですな」

「つか、インターラーケン東西の戦線で見かけるのは兵士ばっかだからな。

 オーク、巨人族、リザードマン、ドラゴン、ベウル兄貴みたいな半獣がほとんどだ」


 山頂に太陽が隠れる夕方。

 場所は相変わらず俺の私室。

 窓の横に立つ俺の目の前には、クレメンタインとパオラ。

 侍従の妖精達はお茶を入れ直し、夕食を並べ、パオラの荷物を運んできたり。

 で、リアはと言えば。


「ちょっとぉ、離しなさいよぉ!」

「ま、まつべっ、もう少しだけ、少しだけだべ!

 はぅあ~……ちっちゃくて可愛いだなや、めんこいだなぁ。

 お人形さんみたいだべ」


 そんな感じでリアは、パオラに抱きしめられ頬ずりされたまま動けない。

 さっきから褒められまくりのリアは、ウザそうにしつつも悪い気はしてないらしい。無理矢理に逃げようとまではしない。

 釣り目にかかった眼鏡をクイッと直しながら、興奮した様子で話を続ける。


「それでですな、パオラ、と申されたか?」

「へ、へぇ」

「もぅ!いい加減にしてよぉ!」


 さすがに怒ったリアは飛んで逃げ、俺がもたれる窓の枠に腰掛けた。

 パオラは未練タラタラって感じだな。

 俺は黙って話を聞くとする。


「お前は人間の教会に属す司祭と聞いたが、相違無いか?」

「し、司祭だなんて、とんでもないだ!わだすはただの修道女だべ」

「そうか、司祭より下位の地位、恐らくは最下位にあるか。

 では、分かる範囲のことでよいので教えて欲しい。教会では、我ら魔族について、どう教えているのだ?」

「はぁ、魔族といえばだなや……」


 以下、パオラから語られた魔族像。

 全くもって聞いてるだけで腹が立つような、トンデモナイ内容だ。


 地獄からの使い。

 血と破壊を望む邪悪な存在。

 触れるだけで呪われる穢れた種族。

 常に人を堕落させるべく策謀を巡らす。

 醜く、光を恐れ、悪臭を放ち、闇を這いずり回る。

 人間の血をすすり、肉を喰らい、骨までしゃぶり尽くす。

 この世を闇に堕とすため、全てを殺し、汚し、破壊するため闇から生まれる。


「……と、教えられただ、なやぁ」


 だんだん声が小さくなる。最後のセリフはかなり自信なさげ。

 そりゃそうだろ。

 そんなバケモノに遭難していた所を助けられ、お茶をすすめられ、普通におしゃべりしてるんだから。

 クレメンタインも、食事の準備をしている妖精達も、冷たい目でパオラを睨んでる。


「そうか……んで、よ。パオラ」

「な、なんだべな?」

「今、自分の目で見て、どう思うよ?」

「ど、どうって、言われてもだな……」


 チラリ、と青い眼が周囲を見渡す。

 地獄、というわりにはインターラーケン山脈と夕日は綺麗。

 血と破壊を好むはずの魔族の城は、小さくても清潔で住みやすい新築。

 触れられたから呪われたはずなのに、体調には何の変化もない。

 パオラを堕落させるため、質素だけど美味しそうな香りが漂う夕食を持ってくる?

 醜く、光を恐れ、悪臭を放ち、闇を這いずり回る魔族を見て、若くて美しい領主様と呼んだ。

 人間を骨までしゃぶるはずが、逆に遭難していたところを助けてくれた。

 この世を闇に堕とす、闇から生まれた、とかいう連中が真っ昼間から普通に動き回ってる。


「もすかすて、わだすが田舎モンだおもうて、だまくらかそうとか、ねーだか?」

「ウソだと思うんなら、好きなだけ調べていーぞ」

「い、いや、そういわれてもだなや……」


 縮こまって動かない。

 そりゃそうだろな。この状況でンな度胸はないだろ。

 不愉快な顔を並べる妖精達のなか、エルフはコホンと咳払い。


「な、なるほど。

 それで、ですな……。もしかして、こうして魔族と会話することはおろか、接触することすら禁じられているわけですな?」

「へぇ、ンだす。

 魔族と口を聞けば口が腐る、目が合えば奴隷にされる、触れれば七代まで祟られる、そんな風に言われてますた」

「そのわりには、普通に我々と語らっておられるな」

「は、はぁ。……だども、おめ様方は魔族と思えねーだ。

 普通の人間が、魔法とかでチコッと姿を細工して、オラを騙してるとしか……」

「ふむ、だが、妖精共はどうなのだ?

 お前は妖精共を知っていて、恐れもしなかったが」

「あ、それはだなや……」


 山の麓のオルタ村で、教会が教えを広める前から伝えられる伝説。

 教会が悪鬼や邪教の教えとして語ることを禁じた、様々なおとぎ話。

 緑色の小人が商売を助けてくれる、背の低いヒゲ面の老人が信じがたいような宝石を授けてくれた、背が高く耳の長い女性との恋物語、巨人が旅人を助けてくれた……。

 その中でも数が多くて人気があるのは、イタズラ好きな妖精達のお話。


「……でんもぉ、わだすは妖精を見たことはねっすよ。

 それに、教会は魑魅魍魎のお話は人を惑わせ堕落させるっつって、広めるのを禁じてるべ。

 だから昔からの、村の祭りも随分と前に禁じられじまっただそうだ。

 そんでも、子供の頃には子守歌代わりに枕元で聞くんだぁ」


 その話にクレメンタインはしきりに頷く。


「なるほど、そういうことですか。

 人間達の国では、かなり以前から魔族への侵攻、追放、虐殺が行われていました。

 ゴブリン達などは、そのせいで故郷を追われ、流浪の民となってしまいましたぞ」

「そ、そんな事しらねっす!

 オラ達、ンなひでーことしてねーだよ。

 オルタ村だって、ちゃーんと神様から拓いてええって、教会がお許しして下さったから拓かれたんだべ」

「そのように、教会の者達が教えたのですな?」

「へぇ、で、でんもぉ、それじゃ神父様や司教様が、ウソツキっつーことになるべ。

 ンなはずねーっぺや!

 神様を朝な夕なに拝み続けた、まっこと信心深い方々だなや」

「でしょうな。まことに、信心深いのでしょうな。

 嘘など言ってはいないのでしょう」

「そりゃそーだで……。あの、何がいいたいんだべ?」

「いや、よい。しょせんお前は組織の末端だからな」

「へえ……?」


 パオラは何を言われているのか分からないらしい。

 だが、周囲で聞いてる妖精達は、クレメンタインが睨み付けてるから何も言わないものの、頬を膨らませて怒ってる。

 そして俺はといえば、何度か口を挟もうとしたが、やはりクレメンに手で制された。

 クレメンタインはもう一度咳払いをして、周りに目配せする。


「ともかく、パオラとやらもお疲れでしょう。

 いかがです?とにかく、夕食でもとってもらって、今夜は一休みしていただいては?

 ここは侍従共に任せて、我らは出ましょう」


 その言葉に、皆は渋々納得する。

 身の回りの世話をする数名の妖精を残し、他の者は俺の私室を後にした。

 さて、パオラは明日にでも客間に移って寝てもらうか、と考えてながら廊下を歩いていたら、クレメンタインが側に寄ってきた。


「トゥーン殿、先ほどの人間の話なのですが」


 思い出さすなよ。

 聞いてるだけでケッタクソ悪くなる。


「……なーにが魑魅魍魎だ、神の授けた土地だよ、勝手な事ばかりいいやがって!

 お前らの神なんかしらねーよ!」


 思わず肩で風を切りガツガツ床を蹴ってしまう。

 その後ろを早足でエルフがついてくる。


「ですな。おかげでアベニン半島の人間以外の種族は滅ぼされ、富は奪い尽くされ、残りは追放されてしまいましたぞ。

 しかも、それが奴らの神が認める正義というのは……。

 どの魔族も歴史の歪曲は行われるものですが、こうもあからさまに見せつけられては、たまりませんな。

 ですが、だからといって、あの小娘を責めてもしょうがありませんぞ」

「わ、わーってるよ……」


 まぁ、パオラを怒鳴ってもしょうがないことだとは分かってる。

 教会とやらは、全ての人間を信者としている、おそらくは人間を支配する組織。

 魔族の存在を否定する情報統制により、全信者に対し魔族との接触を禁じた。

 こいつらにとっては、魔族は人間の敵で、魔族を殺すことは正義で、魔族を追い払って人間の土地とすることが神のご意志、というわけだ。

 これをパオラみたいな田舎モノにまで徹底しているとなったら、そりゃメッセンジャーを送ろうと文を投げ入れようと無駄なワケだ。


 そしてパオラは、ただ上の言うことを素直に聞いていただけだ。

 人間が魔族に非道の限りをつくしたことなんて、見たことも聞いたこともない。

 あいつはタダの、田舎者の下っ端なんだ。

 ホールの階段を下りながら話を続ける。


「問題は、教会ってわけか」

「ですな。ことが信仰に関わると難しいですぞ。

 各魔族でもそれぞれに神を抱いていますが、お互いに『不干渉』を徹しているから大きな争いは起きないのです。

 ですが、あの人間の話では、人間の神は他種族の存在を認めていないと思われます。

 世界は人間の神が造り、人間だけが神の子で、大地は人間だけに与えられた…そんな風に教えられていては」

「おめーは話がなげーよ」

「おっと、失礼しました。

 結論を言いますと、教会の態度を変えさせないと、人間は魔王様の話を聞かない、ということですな」

「こっちは、誰が何を信じていようが、どーでもいいのになぁ」


 魔王一族は各魔族の信仰に関わらない。

 これはオヤジの方針。

 それまでは、やれ海神様のお告げだ、古代教典のお教えだ、隣の種族は邪悪だと昔から言われてる、とかいって魔族同士も殺し合っていた。

 オヤジは魔界を統一するとき、これらの宗教を否定せず、争わずに信仰するだけなら関わらない、とした。

 で、兄貴達も各都市では自由な信仰を認めてる。

 最近では、鳥人達が崇める風の神の神殿と、ドワーフが崇める大地の神の祭壇が隣同士、というのも珍しくなくなった。

 そして魔王一族の誰も特定の神を信仰していない。


 厨房の隣にある食堂に入る。

 さして広いワケじゃないけど、天井から二つ下がったシャンデリアが照らす食卓。

 普通の魔族なら上座に祭壇があるんだろう。けど魔王一族は特に信仰している神がいない。なので俺達一族全員を描いた大きな絵画がかかってる。


「それはともかく、あのパオラってのはどーすっかな?」

「帰せば、こちらの情報が漏れます」

「殺せ……てか?」


 眉の間にシワができちまう。

 こっちも魔王継承権者だ。時には冷酷に徹しないといけない、とは分かってる。

 とはいえ、悪気も何にもない純朴な田舎娘を手にかけろ、つーのはなあ。

 さすがに良心が痛む。

 どうやら、それはクレメンタインも同じらしい。答えに困ってる。


「い、いえ、すぐというわけでは、ありません。

 コホン。かの娘は教会とやらの末端構成員ではありますが、人間の文化習俗、なにより信仰の内容について情報は得られます。

 いかがでしょう、しばらく話を続けてみては」

「だな」


 そんな話をしてたら、厨房からエプロンを着けたリアが飛んできた。

 手にはスープの雫が垂れるオタマを持ってる。


「あらぁー? トゥーン様がコッチ来るなんて珍しいわねぇ」

「おう、俺の部屋は貸してるんでな。

 ところで、体の具合はどーだ?」

「もうバッチシぃ!」


 羽を一杯に広げてガッツポーズ。

 ホントに大丈夫そうだ。


「んじゃ、今日はコッチで晩飯を食うぜ。

 これからの事は、ゆっくり話すとしようや」

「はぁ~い」

「あ、あの、それと、よ……」


 助けてくれた礼をしようかとシドロモドロしていたら、リアはさっさと厨房へ飛んでってた。もう一度出てきた時には、沢山の妖精も一緒。むぅ、礼を言える雰囲気じゃない。言いそびれた。

 まぁいいや、後で落ち着いてから言うか、とか考えながらテキトーな場所に座る。

 すぐに目の前に、パオラに出されたのと同じく質素だけど、美味そうな香りの食事が並べられた。

 そして、侍従の妖精達も次々に、チビな妖精達用の尻に敷く台を持ってきて、当たり前のように着席していく。

 しまった……ここは妖精達が食堂にしていたのか。


「あらー? 今日はトゥーン様もご一緒して下さいますの?」

「寝床を人間に盗られちゃったからよ」

「たまにはいーじゃない。みんなで食べれば楽しいわよー!」

「ちょっとエルフの旦那様、もっと詰めて下さいな」

「な、何をするか!

 トゥーン殿、この者達に礼儀というものを」

「まぁ、成り行きだ。気にすんな」


 今さら移動するのも面倒だし、なんか逃げ出したみたいでシャクだ。 

というわけで、妖精達と一緒に食事をすることにした。

 だが、全員食事なんかそっちのけでオシャベリばっかしてやがる。


「そこのお塩とってよー」

「あー!それ、大事にとっておいてたのにー!」

「へへーん、早い者勝ち」

「ちょっとリア、聞いてよぉ。さっき、あのパオラって娘ンとこ行ったらね、アタシの羽をジロジロ見つめてンのよ!

 気持ち悪いったらありゃしないよ」

「アンタなんかいいぜ、アタイなんか、手を握られちまったぜ」

「あらあ、エルフの旦那はお上品に黙って食事かい?さっすが気取っておいでだねえ」

「お、お前達は少しは品というものを!

 そもそも城勤めの妖精というのはな……」


 あーうるせー。

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