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魔王子  作者: デブ猫
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第五部  第一話  魔王、その一族

第五部、開始です。


この部は少し短め、二話で終わります。


その後、第六部投稿まではしばらく間が開きますが、ご容赦を

「……そうか、お手柄だったね。トゥーン」


 真っ暗な、何もない、だだっ広いだけの部屋。

 闇の中に大きな鏡が並んでいる。

 11枚の大鏡『無限の窓』、それらは弧を描くように置かれていた。

 中心には素っ気ない、飾りも何もない椅子。

 その椅子には、影が座っていた。

 確かに存在している。あまりにも真っ黒な、影のような塊が。

 暗い部屋の中、闇の中に溶け込んでしまって、影と闇の境界が判然としない。

 だが、確かに分かる。影がいる。

 なぜなら、その影は青黒く光っていたから。

 青黒い光を放つ大きな影の塊が、椅子に座っている。

 そしてその横には影よりずっと小さな、メイド姿の魔族が立っていた。

 ミュウだ。


 脈打つように動く、青黒い影。

 それが僅かに形を変える。足を組み替えるかのように。

 そして、声を発した。

 どこから出ているかも分からない、まるで全身から発生しているかのようだが、それは確かに低い声。


「リアも無事か、幸いだ。やはりリアをお前に付けてよかったよ」


 鏡の一番右端には、インターラーケン城の執務室で椅子に座るトゥーンがが映っている。

 ふん、と軽く鼻で笑う。


《当然だぜ。あんな人間一人に手こずるような俺様じゃねえ。

 それより、勇者に関する情報を隠してたせいで、いい迷惑だったぜ》

《それは僕の指示だよ。すまなかったね。

 あんな不気味な存在が知れ渡ると、全軍の士気に関わるからさ》


 一番反対側の鏡からの声が答える。

 それは長兄ラーグン。同じく執務室で椅子に腰掛けている。

 右から五番目の鏡からも声が生じる。


《ヴォーバン要塞を預かる身として言わせて頂く》


 それは、狼の頭を持つ毛むくじゃらの男。

 白い毛に覆われているが、鼻から耳にかけてが青黒い毛に覆われている。

 狼頭の第7子、ベウル。


《これ以上の箝口令、益無きものと断じざるを得ない。

 既に前線の兵達には、勇者の存在が知れ渡っているのだ。正体不明でおぞましい不死身の化け物として。

 いや、むしろ、情報を制限されるが故に恐怖が増幅された怪談話へ変じてしまった。

 このままでは、勇者が出現するたびに指揮が混乱する。

 いかがであろう、いっそ、彼の存在につき、公式発表を行っては》

《時期尚早です》


 極めて簡潔な返答が飛ぶ。

 反論の余地を許さないかのような、冷静かつ高圧的な一言。

 声の主は、ラーグンの隣の鏡に映っている。面長で、黒眼鏡をかけ、青黒い髪を長く垂らした男。

 エルフの住む北の大陸ダルリアダ。そこにキュリア・レジスという名の都市を築いた次兄、ルヴァン。


《例の人間、通称『勇者』と呼ばれる存在について、私達は何の真実も掴めていないに等しいのですよ。

 そのため、公式発表すべき内容もないのです。

 よって、これまで通り情報操作にて対応して頂きたい》


 黒メガネをクイクイと右手で直しながら淡々と語る。

 だが、右から三番目の鏡から、押し殺した笑い声が漂ってきた。

 その鏡に映るのは、醜く太った猫背の男。


《くっくっく……。

 ルヴァン兄貴ともあろうものが、未だに勇者の謎を解けないっていうのかよ。

 せっかくセント・パンクラスなんてご大層なシロモノまで建てたっていうのに、無駄金だった、てぇのか?

 情けないね》


 兄への敬意など欠片もないかのように、陰湿かつ粘着質な口調で語る。

 第十子、オグルだ。

 その性格を表すかのように、背景となる彼の部屋は薄暗い。

 だが眼だけは青黒く光っている。


《真理とは、長い探求と深い思索の末に辿り着くものです》


 弟の辛らつな批評に、兄は黒メガネをクイと直しながら冷静に答える。


《それは遠い道のり。

 果て無き荒野をあてもなく彷徨うに等しい行為なのですよ。

 金を右から左に動かすだけで短期的利益を追い求める高利貸しとは違うのです》

《ケッ、よく言うぜ。

 俺が稼いだ金がなきゃ、セント・パンクラスもヴォーバン要塞も一日で潰れちまうクセによ》

《勘違いしてはいけません。

 あなたのお金はゴブリン達の勤労の賜物。決してあなた個人の金ではありませんよ》

《そうだな。

 エルフの研究を自分の成果のように自慢して回るヤツと同じ事をしてちゃあ、いけねえよな》

《いい加減にしなさいっ!

 あなた達は、まったく!》


 陰湿な兄弟の陰湿な口喧嘩に割って入ったのは、豊満な胸が生み出す豊かな谷間を見せつける女。

 豪華な椅子にゆったりと腰掛け、スカートのスリットから覗く長く白い足を組み替える、フェティダ。

 左から三番目の鏡の中、ヤダヤダという感じに左手を眼前でヒラヒラさせる。


《今はそんなことを言ってる場合じゃないでしょう?

 勇者が単独でインターラーケン山脈を越えた。この事実をどう捉えるか、いかに対応するか、でしょうに》


 とたんにあちこちの鏡から無秩序に声が上がる。


《奴らは山脈を越えて侵攻する気であろうか?》

《単なる斥候じゃないの?》

《戦力を分散させる陽動かもしれないね》

《勇者が不死身なのを利用しての強行偵察だ、無視すればいい》

《もうこっちから討ってでると良いニャ》

《いんたーらーけんの、みち、まち、つくっていい、か?》

《困るわねえ、次のパーティで色々聞かれちゃうわ》

 etc……。


「静かに」


 それらの言葉は、父たる魔王の言葉によって断ち切られた。

 青黒い影の上部、おそらくは首に当たる部分が隣のミュウへ向く。


「ミュウ、お前の意見は?」

「え!? わ、私?」


 いきなり話を振られたミュウは、ちょっとビックリ。

 せわしなく兄弟達が映る鏡を見渡す。

 そのタレ目は、一番右にいる末っ子を見つめた。


「その、意見とかじゃ、ないんですけど……言いたいことがあります」

「うん。言ってみなさい」


 父の低い、でも穏やかな声にうながされ、彼女はトゥーンに向き直る。

 そして優しく微笑んだ。


「トゥーン。あなたが無事でいてくれて、本当に嬉しいわ」

「お、おう、任せな」


 その言葉に、末弟は頬を染めてしまう。

 照れ隠しにそっぽを向くが、かえって真っ赤な耳が目立ってしまっているのには気付いていない。


「でも、もう無茶はしちゃダメよ。時には逃げる勇気も必要と思うわ」


 続いて出てきた言葉には、言われた方は渋い顔。


「バカ言ってンじゃねー。

 インターラーケンで戦えるのは俺だけだ。俺が逃げてどーすんだよ」


 とたんに、右に並ぶ鏡から弟の蛮勇をたしなめる声が起きる。


《逃げるのは決して恥じゃないよ》

《情報を持ち帰る方が重要です》

《あなたは血の気が多すぎるのですわ》

《死んだらタダのバカだニャー》

《みんなを、しんぱいさせたら、いけない》

《指揮官が前線に出るなど、愚行》

《怖いのイヤだわよ、楽しくいきたいわ》

《ま、オメーなら大丈夫だろうけど》

《葬式代も安くねえんだぞ》

《キャハハハッ! 満場一致でトゥーンはバカ決定!》


「よさないか、お前達」


 今度は怒りで真っ赤になった末弟の怒声、より先に魔王が子供達をたしなめた。

 トゥーン含め全員が口を閉ざす。


「トゥーンは魔王十二子として恥ずかしくない勝利を手にしたと思う。

 なにより、立派に部下達を守り、命懸けで守られたね。

 そのことには皆、素直に賞賛と敬意を払うべきだよ」


 まぁ、それは確かに……他の魔族にも示しがつきますしね……等の言葉が漏れてくる。

 それを聞いてトゥーンもエッヘンという感じで胸を張った。

 そして魔王の言葉が続く。


「さて、それでは今後の事だけど」


 青黒い影の一部が僅かに動く。瞬時に全ての鏡が別の映像に切り替わる。

 それは、インターラーケン城ホールにおけるトゥーン対勇者の戦闘場面。監視装置に記録された映像が早送りで再生されている。

 再生が終わったところで再び画像が子供達に戻った。


「ラーグン、この後はどうすべきかな?」


 尋ねられた長兄は淀みなく回答した。


《ルヴァン、この記録映像は貴重だよ。キュリア・レジスで解析してくれないか》

《既に主席研究員を集めています》


 次兄もクイッと眼鏡を直しながら即答する。

 長兄は、次は狼頭の弟へ声をかけた。


《ベウル、インターラーケンに今後も人間の侵入があると思うかい?》

《ありますまい。

 勇者は不死、故に迷い無く強行単独偵察が可能。

 そして人間の範疇を超えた肉体を持つからこそ、あの山脈を無事に越え得た……。

 彼の地の情報を得た今、戦略的価値が無きことも確認したのです。

 ゆえに、人間の大群が危険を冒してまで侵入する恐れはありませぬ》

《そうだね。

 でも、念のため何人か派遣すべきと思う。推薦してくれないか》

《承知致した。

 再び末弟が前線に立たねばならぬなど、あってはならぬこと》


 兄達の言葉にトゥーンは不満げな表情。でも腕組みして頬を膨らませただけで、抗議まではしなかった。

 その後も長兄から幾つかの指示が出され、会議は終了となった。


「……では、忙しい中ご苦労様。

 それぞれの仕事に戻ってくれ。でも、無理しすぎないようにね」


 承知致した、はいはーい、父様こそねー、等の言葉と共に、全ての映像が消える。

 11枚の通信回線は魔力を断たれ、ただの鏡へと戻った。

 同時に明かりが灯され、部屋に光が満ちる。


 そこは広くて天井も高い球形の部屋。鏡が掛かる壁は見事なレリーフや金銀の装飾で埋め尽くされている。ドーム状の天井は、その全面を使って海と山と青空の絵が描かれてる。

 でも、その中央にいる主は、やっぱり青黒い塊のままだった。

 天井のシャンデリア含めて全ての照明が灯されている。なのに、青黒い塊のまま。

 扉が開けられ、燕尾服やメイド服の妖精達が入ってくる。うち何人かが窓のブラインドを開けて部屋に夕日を導く。

 部屋を橙色の光が満たしていく。


 揺らぎ、脈打ち、渦を巻くような青黒い塊が椅子から立ち上がり、歩き出す。

 同時に進行方向にある扉が開け放たれ、左右に並んだ妖精達が左右に整列した。

 魔王は後ろにミュウを連れて、部屋を後にする。


「皆さんもお疲れ様。それじゃ、また明日」


 燕尾服の執事達は胸に手を当てて、メイド服の侍従達はスカートの端をちょっぴりつまみ上げて、全員揃って主へ礼をする。

 そして青黒い塊と侍従長が去ったのを確認すると、すぐにホウキやチリトリや雑巾を片手に掃除を始めた。

 ワイワイキャーキャーとオシャベリしながら。

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