表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王子  作者: デブ猫
13/120

     第五話  不死身

「……あ?」


 マヌケな俺の声。

 リアの背中から、血が流れ出る。

 刺されたリア、その腕がさらに強く、俺の首に巻き付く。


 俺の首を狙ったハズのナイフが、リアの背中に刺さる?

 狙いが逸れた?ありえない、例え死にかけでも、上半身を起こしていただけだとしても、ヤツの手元が狂うはずはない。

 なんでリアは逃げない?

 刺されたまま、どうして更に強く抱きついてくる?


 俺を、かばった?

 かばったのか。

 代わりに、刺されたのかよ



「……お……おぁ」



 声が漏れる。

 視界が歪む。

 血が逆流する、沸騰する。

 ラインが青く輝く、荒れ狂う。



「ぉおおぉあああっっっ!!!」



 上半身を起こしていたヤツの頭に、俺の爪が突き立つ。

 力任せに振り回した右手、全ての爪がヤツの顔を引き裂く。

 引き裂かれたヤツの頭部に引きずられ、腹に剣を刺したままの体も吹き飛ぶ。


 入り口の、落とし穴近くに転がったヤツの体。

 逃がさない、逃がすか!


 跳躍。

 落下する勢いを右手の爪に乗せて打ち込む。

 ヤツの首へ。

 鈍い、何かがへし折れる音がした。

 そのまま首を鷲づかみ、ただの肉塊と化しつつある勇者の体を振り上げる。


 落とし穴の中に、投げ落とした。

 今度は胸も、腕も、足も、首も貫かれる。

 落とし穴の底で突き立ったままの鉄針。それら全ては滴り落ちる血で赤く染まった。

 底で再び磔になった勇者へ向けて、両の掌を向ける。


「燃えろっ!!」


 両手から高熱を放つ。

 一瞬で落とし穴の底は、ヤツの体から吹き上がる炎で埋まる。

 天井へ向けて高熱の柱が立ち上る。


「トゥーン殿!」 


 クレメンタインの叫びで我に返った。

 振り返れば、リアに魔法をかけている最中だ。

 リアは、リアは……動いてる。

 僅かに目が開いてる、こっちを見てる。

 生きてるっ!


「リア……リアッ!」


 駆け寄る、名前を叫ぶ。

 リアは、生きていた。血も止まってる。

 手首を取ってみる……脈もしっかりしてる。


「大丈夫ですぞ。

 ヤツが半死半生で助かりました。ナイフに力がこもっていなかったのです。

 傷は深くありませぬ。血も止めましたし、命に別状はありませぬ」

「そ、そうか、そうか……よかったぜ、よかった」


 何度も何度も頷く。

 全身から力が抜ける。

 それでもリアの手首を離せない。


「ち、ちょっとぉ……トゥーン……」


 弱々しいが、確かにしゃべった。

 俺の名を呼んだ。意識もしっかりしてる。

 どうやら大丈夫だ。本当に大丈夫だ。

 よかった、大丈夫だ。


「お、おう、あんだよ」

「まぁったくぅ……、あんたは、情けないんだからぁ……」


 信じられねえ。

 こんなときまで説教かよ。

 あー、なんか心配したのがアホらしくなってきた。


「う、うるせえ!

 余計なマネしやがって。だからすっこんでろっつったんだ!」

「な、に言ってんのよぉ……、アタシが助けなかったら、首チョンパで、しょぉ」

「へっ! ふざけんな。あの程度、軽くかわせてたぜ」


 そんな減らず口をたたきながらも、俺はリアの手を離さないでいた。

 リアも俺の手を握り返す。

 クレメンタインは、オッホンとわざとらしく咳払いした。


「と、ともかく、この妖精は大丈夫です。私の『治癒』でしっかり治せますぞ。

 それより、ヤツの死体なのですが」

「あ、ああ。ヤツなら、あの中で黒コゲだぜ」


 振り返れば、穴から吹き上がる熱風はかなり収まってた。

 クレメンが立ち上がり、恐る恐る穴に近寄る。

 そして、そぉ~っと底を覗き込んだ。


「……やはり……」


 呟きが聞こえる。落胆の声だ。

 何かと思い、俺も穴の中を覗く。


「なっ!?」


 こんなはず、ない。

 そんなバカなっ!


「記録、通りです……」

「まさか、記録って、毎回こうだって、言うのかよ!?」

「ええ、その通りですぞ……いつも、こうらしいです。

 ですが、まさか、本当に起きるとは……この目で見ても、信じられませぬ」


 そこには、焼け焦げた鉄針があった。

 真っ黒になった鎧も、バラバラになって落ちていた。

 腹に刺さっていた剣だって、ちゃんとある。

 全て落とし穴の底に落ちている。



 勇者は、いなかった。



 俺の魔法で焼かれた人間の死体が、無い。

 いくら高熱で焼かれたからって、燃えカスくらい残っていい。

 少なくとも、一瞬で死体が蒸発するほどの熱じゃなかった。


 にもかかわらず、何も残っていない。

 ヤツがいた痕跡はちゃんとある。鎧も剣も黒コゲで残ってる。

 なのに、ヤツの肉体がない。


「消えた……まさか、逃げたのか?

 あの状態で生きていたっていうのかよ!?」

「いいえ、違いますぞ」


 隣でエルフがツバを飲み込む。

 頬を汗が流れてるが、それは穴から吹き上がる熱風のせいだけじゃないだろう。


「勇者といえど人間です、人間のはずなのです。

 事実、過去の戦闘において何度も勇者は討たれました。

 当然です。いくら強くとも、常に最前線に立っていれば、死を免れうるハズもありますまい。

 しかし、死体が確認できないのです」

「死体を、確認、出来ない?」

「ええ……。

 魔法で焼かれようと、全身に鉄の矢を浴びようと、鉄槌で頭を砕かれようと、ヤツの死体はありませぬ。

 消えて、しまうのです」

「消えるって、まさか、今みたいに、か?

 死体だけがかよ!?」


 そんなはずがない。

 だが、確かに目の前で起きている。

 ヤツの残した武具は残ってるのに、確かにヤツは死んだのに、死体だけが忽然と消えてしまった。


 振り返る。ヤツを縫いつけたカベの辺りを。

 だが、何もなかった。

 剣を突き立てたカベの穴はあるに、吹き出た血が消えている。

 慌てて自分の体をみれば、血糊がない。

 ヤツの腹から吹き出た血飛沫、口からはいた鮮血、爪を突き立てた首の傷だって結構な血を出した。

 なのに、ない。

 何も残ってない。

 ヤツの体は、血は、肉の一片まで、消えちまったっ!?

 ありえない、あり得るはずがないっ!


「まさか、不死身の化け物って、こういう意味だったのか……?」

「そうですぞ……。そしてまた、別の戦場でヤツは現れるのです。

 これは、士気の低下を防ぐため、魔王軍でもトップシークレットです」

「王子の俺にまで……」

「申し訳御座いませぬ」

「いや、それより、どうしてこんなことが出来るんだ?

 勇者ってのは、よっぽどの大魔法で作り出した兵器なのか?」


 質問に、首は横へ振られる。

 いや、当然だろう。

 こんなもの、もし謎が解けているなら秘密にしない。魔王軍でも使う。

 それが出来ないから、全く謎が解けないから、秘密なんだ。


「謎を解き明かしたいのですが、ヤツの死体が消えてしまうため調べられぬのです。

 残される武具や荷物も、何の変哲もないものばかり」


 俺達は、もう一度穴の底を見る。

 そこには黒コゲのゴミしか残っていなかった。

ここで第四部終了です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ