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魔王子  作者: デブ猫
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     第四話  血染めのナイフ

 勇者。

 化け物。

 不死身の怪物。

 目の前のヤツを表す言葉は幾つもある。

 だが、俺にとっては、どれも当てはまらない。

 ヤツを表す言葉は、最も相応しい言葉は。


 人形。


 コイツは人形だ。

 無表情なのも、恐怖を知らないのも、話を聞かないのも当然だ。

 心を持ってないんだから。

 ただ戦うためだけに生み出された木偶人形。


「これが、勇者の正体ってワケか」


 交渉は不可能、マジで話が通じる相手じゃない。

 今、ヤツの武器は投げナイフだけ……か? 他にも暗器を持ってて不思議はない。

 疲れもダメージも見えない、剣を奪ったくらいで油断はできねえ。


 こっちの右手には黒塗りの剣。

 肉体強化と、宝玉の『吸収』に魔力を供給するため、魔法は付与していない。

 左手には勇者の剣、二刀流も出来ないことはない。

 鎧の宝玉は正常に稼働してる。俺の魔力が尽きない限り、宝玉は自動で動き続ける。


 素早く周囲を見る。

 ヤツはホールに仁王立ち、いや、俺に飛びかかる好機を窺っている。

 投げナイフが裂いた頬の傷は、既に出血が止まっている。だが防護フィールドが鎧を媒体に展開しているのは気付かれたな。

 次は鎧の隙間を狙ってくるか。


 こちらはホール正面の踊り場。

 後ろはフクロウの絵、を普段は映し出している監視装置。

 ホールの扉は大きく開けっ放し、天井にはシャンデリア、絨毯は相変わらず燃えているが延焼とか気にする余裕はない。 

 クレメンタインはリアの『治癒』を受け、立ち上がろうとしている。リアの魔法じゃ血止め程度の効果だろうが、とりあえず心配ない。

 クレメンタインは口が細かく動いてる。呪文を唱え、意識を集中させ、魔力をチャージしてるか。


 さて、どうする……と考えるヒマはなかった。

 来たっ!

 ヤツが無表情なまま、一気に階段を駆け上ってくる!

 手に何かを握って……投げナイフだ。

 だが投げない。

 そのままで俺の剣の間合いに突っ込んできやがった。

  シュパッ!

 右手の黒剣を振り下ろす。

 だが左に半身を引くだけで避けられた。

 瞬時に左の剣を薙ぎ払う。

  ガツンッ!

 これも空を切り、階段の手すりに剣が食い込む。

 シャンデリアをバックに、ヤツは宙を舞う。

 いくら化け物でも翼が無い以上、空中では身動きが出来ないはずだ。


 もらった!


 手すりに食い込んだ勇者の剣を離し、黒剣を両手持ち。

 ヤツの落下にタイミングを合わせ、刃を上に向けて持ち直し、渾身の力を込めて振り上げた。


 う、ウソ……。

 ウソだろ?



 剣の、刃の上に立つって……冗談だろ!?



 でも間違いなく、切っ先の上に靴の先を置いてる。

 剣の上でしゃがんだ状態に、靴先で切っ先を挟んだ状態になってる。

 そしてヤツの目が俺を……マズイ!


 剣から手を離し、後ろに跳んだ。

 刹那、ナイフの切っ先が眼前で止まる。

 フクロウの絵に背中がぶつかる。


 勇者は兜の隙間、スリットから眼球を狙ってきやがった。

 鎧の防護フィールドが展開してない隙間狙って……なんて言ってるヒマはねえ。

 着地したヤツが、右手に俺の剣を握りしめた。そして左手には細いナイフ。


 くそ、ヤベエ!


 鎧の防護フィールドは完璧だが、ヤツなら確実に鎧の隙間を狙ってくる。

 こちらは素手。爪の鋭さは自信あるが、剣とじゃ間合いで負けちまう。

 後ろはカベ、フクロウの絵だ。これ以上は下がれねえ。

 フクロウの絵……?


 剣を構えたヤツが、踏み込む。

 俺は手探りで額縁の宝玉を探す……あった!

 宝玉を操作、魔力を一気に流し込む。



  カッ!



 白い光。

 フクロウの絵は強力な閃光を放つ。

 映像を投影する宝玉を操作、一瞬で大量の魔力をぶち込み、光度を一気に上げてやった。

 絵に背を向けていた俺は無事だが、ヤツはまともに光を目に受けた。

 いかに心を持たない人形だろうと、基本は人間という生物。

 目がくらんでまぶたを開けれねえ。

 視力を失いやがったぜ!


  ガツッ!


 俺の右前蹴りがヤツのアゴを跳ね上げる。

 人間の身体が宙に浮く。黒塗りの剣がクルクル回転して跳んでいく。

 瞬時に右足を一歩前に下ろして踏み込み、軸足にする。

 身体を左回転。

 遠心力と脚力と全身の魔力を足に込めて、後ろ左蹴り!


  バキャアッ!


 勇者の身体が吹っ飛ぶ。

 踊り場からホール中央まで放物線を描く。


「風よっ!」

  ドゥンッ!


 クレメンタインが右手を突き出していた。

 空気の塊が空中にいた勇者に直撃、そのまま城の壁に叩きつける。

 カーテンも絨毯も、何もかもが舞い上がる。城中を、ホールで爆発した風の副産物が吹き荒れる。


 カベに叩きつけられたヤツの身体が落ちてくる。

 今しかない!

 手すりに食い込んだままだった勇者の剣を引き抜く。

 そしてヤツの落下地点へダッシュ!

 力なく落下してるだけだ、体勢が崩れて、さっきみたく避けたりできねえぞっ!


 四肢に描かれる魔力のラインが最高に輝く。

 地を駆る足を、剣を握りしめる腕を、魔王の証したるラインが強化する。

 体内の全エネルギーが切っ先に乗せられる。



  ガキィンッッ!!



 剣はド派手な鎧を貫いた。

 勇者の腹を貫き、背中から飛び出す。

 そのままカベに打ち込み、突き立てる。



 や……やった。



 勇者の腹をヤツ自身の剣が貫通し、カベに縫いつけられた。

 口から鮮血を吐き、俺の黒い鎧が赤く染まる。

 人間の足は力なく垂れ、足先が僅かに床につくだけ。

 剣は石のカベに食い込み、柄から手を離しても、そのまま勇者の身体を支えてる。


「へ……へへっ、ザマぁみやがれ」


 ヤツは無表情なまま、目は生気の欠片もないまま、だが確かに動かない。

 全身の力が抜け、腹に刺さった剣にダラリとぶら下がる。


「トゥーン様ぁ!」「トゥーン殿!」


 リアが二階から飛んできて、俺の首に飛びついた。

 右手で肩を押さえるクレメンも階段を駆け下りてくる。


「どうだ、リア。ちゃんと勝ったぜ」

「すっごぉいっ! 凄いよぉっ!

 勇者を倒すなんて、見直しちゃったわよぉっ!」


 首にすがりついてはしゃぐリアもそのままに、俺は階段の方へ向いてへたり込む。

 階段を下りてきたエルフのヤツも、俺の前にしゃがむ。


「お見事で御座いましたぞっ!

 さすがは魔界の王子。末子といえど侮れぬ実力ですな」

「当然だろーが。このトゥーン様を」


  ドサッ

 背後で音がした。

 リアが力一杯しがみつく。

 クレメンが「ひぃっ!」と悲鳴を上げて飛び退く。

 瞬時に腰を浮かして振り向いた俺の目に、勇者の身体が映る。


 剣が抜けて、ヤツの身体が床に落ちていた。


「なぁ、なによぉ、脅かさないでよ」

「まったく、死んでも迷惑なヤツだ」


 ビビッてたクレメンも胸をなで下ろし、こっちへ四つん這いで寄ってくる。


「本当ですな。

 しかし、これで取り敢えずは一安心ですぞ」

「そうねぇ、それじゃアタシはみんなを呼び戻すとするわぁ。

 ところで、クレメンタインさん?」

「何ですかな?」


 普段のタカビーな態度も忘れ、クレメンタインはリアに答える。

 なんだかニヤッと笑うリアへ。


「なんでぇ、立たないのぉ?」


 その質問に、エルフの女は頬を赤く染めた。

 まぁ、無理もねーわな。


「こ、これは、ですな。傷が痛むから、それと、魔法を使いすぎて疲れたからですぞ」

「腰が、抜けたんでしょぉ」

「そ! そのようなことはありませぬ!」

「んじゃぁ、立ってみせなよぉ」

「で、ですからっ! 私は疲れているからっ!」


 と、強がってみたところで、腰に力が入ってないのはミエミエ。足も小刻みに震えてる。

 俺もついついつ笑ってしまう。


 ふと、背後で何か気配がした。


 何の気無しに振り返ってみた。

 窓をバックに黒い棒のようなものが立ってる。

 腕が一本、突き立っているんだ。

 その先には血染めのナイフが握られ――



 決して速い動きじゃないのに

 腹に刺さった剣もそのままに、上半身を起こしただけの死に損ないなのに

 振り下ろされる腕が、しっかり見えてるのに


 避けれない。

 身体が固まって動けない。

 ヤツの血で染まった刃が、振り返った俺の喉元を狙って、落ちてくる。


 ナイフが、突き刺さった。

 情けなく硬直していた俺の首に、じゃない。



 俺の首に抱きついていた、リアの背中に。

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