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魔王子  作者: デブ猫
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Epilogo

魔王子、エピローグ&プロローグ


1.Epilogo

 神聖フォルノーヴォ皇国。

 その首都である皇都ナプレは、南北に長いアベニン半島の中央より少し南方にある。

 その歴史は古く、神話の時代までさかのぼると言われる。

 皇国内では古くより「Vedi Naple poi mu ori(ナプレを見てから死ね)」と言う言葉があるほど風光明媚な街として知られる。ちなみにこの言葉、現在では教会の教典くらいでしか使用されない神聖言語なので、その古さが知れよう。

 実際、明るい太陽と美しい海、そして穏やかな風に包まれたその街は、人々の心を陽気にさせると評判だ。山の斜面から見下ろすナプレの町並みを見れば、先に示した言葉も納得出来るだろう。

 それは夏の日差しが過ぎ去った今でも変わりない。


 街は海沿いの一般市街と、山沿いの邸宅街に別れ、その間には皇国を南北に貫く街道が走っている。

 海沿いにも古い街道が走っている。が、今の皇国にとっては狭いし整備も行き届いていない、単なる田舎道になってしまった。

 また、皇国の一大事業である鉄道も、新街道沿いに敷設されている。

 街道と鉄道によって二つに分けられた皇都は、国土の南北から運び込まれる数々の特産品や財宝によって繁栄の頂点にあると言って良いかもしれない。

 特に実りの秋となった今は、各地からの収穫が滝のように流れ込んでいた。


 が、それと同時に貧民街も拡大の一途を辿っている。

 皇国の繁栄は貧富の差の拡大を生み、流民と化した人々が皇都の富に引きつけられて全土から流れ込んでいた。

 彼らはナプレの東にある、かつて大規模な火山活動によって火山灰に埋もれ放棄された廃都の上に掘っ立て小屋を立て、陰鬱な空気を醸し出していた。

 だからといって皇都の治安が悪化したりとか、伝染病が流行ったりとか、不平不満を溜め込んだ社会最下層の人々が暴動反乱を起こしたり、ということもなかった。

 なぜなら、皇都と教会による救済策に滞りが無かったから。


 教会は貧民街に幾つもの教会を建てた。

 貴族や豪商達から布施を集め、それを教会にて惜しみなく貧者達に施した。

 また、孤児院や救貧院を建て、社会の片隅に打ち捨てられた者達にも慈愛と救済の手を伸ばした。

 皇国も多くの病院と学校を建てた。特に一般の学校を卒業した者が受験資格を得る神学校と士官学校は人気が高い。どちらも学費無料で、最下層の者が社会上層へ上がれる早道といわれるからだ。

 貧民街にも街道を延ばし、水道を整備し、植林して土砂崩れを防ぎ、低利少額融資策を充実させ、住民達自身に街を運営させる組織化を進めていた。

 何より、魔法のライトを道の各所に置き、人々を夜の闇から守った。

 山の斜面に無秩序に広がる貧民街だが、人々の顔には希望があった。神と皇国は自分達を見捨てない、いずれは皇都の人々のように豊かな生活が出来る、と。

 少なくとも、彼らは皇都に来たことで飢えや病からは逃れることが出来た。


 だから、彼らは知らなかった。

 いや、気付こうとしなかった。

 どうして貧民街では、道ばたで死にかけている浮浪者や、スリ・かっぱらいを働く浮浪児が少ないのか。

 無秩序に膨れあがっているはずの、皇都に流れ込む流民達の人口が、それほど爆発的に増えていないのは何故か。

 皇国を南北に走る力強き魔道車や、あっと言う間に街道や上下水道を整備する作業用魔道機械や、街を明るく照らすライトの魔力は、何から生まれているのか。

 彼らには、興味なかった。

 身寄りのない子供達は孤児院に引き取られたんだろう、魔道車はピエトロの丘におわす三位一体の顕現せし福音様からの授けものだろう、自分達が豊かな生活をしているのは皇国の魔法技術が発展したおかげだろう……。

 漠然とそう考え、そう教えられ、その事に疑問は挟まなかった。

 疑問を挟む必要は無いし、神と皇国へ疑問を差し挟むなど恐れ多いことだから。

 黙って言われた通りにしていれば、穏やかで豊かな、と言わないまでも十分に希望のある生活が約束されるのだから。



 富める者も同じく疑問を挟まなかった。

 彼らは皇都ナプレの豪奢な邸宅で享楽と悦楽にふけった。

 毎日を酒池肉林の中で過ごした。

 食うために吐き、吐くために食う、そんな堕落しきった生活を過ごしていた。

 もちろん彼らが信仰する神は清貧や貞潔を教えていたが、教会への寄付を怠らない彼らは「汝らの喜捨を以て神は救いの手を差し伸べるであろう」と司祭達に祝福された。

 それは「神の救いも金で買える」という意味ではあったが、そんな皮肉は酒と一緒に流れていった。

 そしてそれは、皇国民と信徒の頂点に立つ者も変わりなかった。



 皇都ナプレ、その三万ヤード北にあるカゼルタ宮殿。

 海からの攻撃を防ぐため、また都市の喧噪を避けるため、宮殿はかなり内陸の山中に建築された。

 極めて広大な敷地を庭園として有し、それは森に等しい。また、宮殿のためだけにナプレから立派な街道が敷かれている。

 街道に面した正門前広場には、巨大で重々しい鉄柵の門扉があり、その向こうには大通りより広い道が引かれ、幾つもの大きな人工の泉が見える。

 各泉には噴水や人工の滝、様々な聖人や神話をかたどった彫像が飾られ、まさに地上に天界が降ってきたかのような神々しさを演出していた。

 そしてその彼方には、巨大な宮殿が壮麗優美な姿を現している。


 ただ、巨大な宮殿の巨大なガラス窓越しに見える人々は、神々しさに縁がなかった。

 広い部屋、幾つも置かれた巨大なテーブルの上に並べられた皿には、焼き上げられたばかりの肉の塊が乗せられている。

 酒瓶と酒樽が床に転がり、酒がなみなみと注がれた杯がサイドテーブルにズラリと並べられている。

 お盆に料理を乗せて宴会場を歩き回る侍女らしき女達は、等しく見目麗しく、薄く白い衣を一枚まとっただけの官能的な姿だ。

 宴の列席者達は、それぞれに豪華な衣服を身にまとっていた。だがその服を惜しげもなく肉の脂と酒と自分の涎で汚している。

 酒を浴びるように飲む彼らの腹は、料理を口の中に放り込む前から脂肪で前に突き出ていた。


 そんな堕落した宮殿の人々の中でも、最も堕落した姿を見せる者は、その上座で酒瓶を片手に下手な歌を歌っていた。

 部屋の隅にいる楽団の奏でる曲に合わせて歌っているようなのだが、既に酔いつぶれる寸前のその人物は、耳障りなだみ声を張り上げているだけでしかない。

 上座には巨大かつ豪華な、フカフカの椅子が二つ並べられている。酔いつぶれる寸前のその人物は、右側に座る白ヒゲの長い老人だ。

 その老人は白い法衣の上に金糸で編まれた袈裟を被っている。頭は後ろと横に白髪の名残が張り付いていて、頭頂部は綺麗に抜け落ちて頭皮をさらしていた。

 頭皮を隠すべき帽子は、老人の後ろに落ちていた。それは無駄に高さのある白い帽子だが、非常に目立つのにも関わらず、椅子の後ろへ落ちていることに本人含め誰も気を止めない。

 老人が気を向けているのは、自分の杯に酒を注ぐ侍女の尻だった。


 白ヒゲの老人の横に座るのは、同じく上座に鎮座し酒をあおる同年代くらいの老人。

 彼も赤ら顔ではあったが、それほど酔ってはおらず、列席者に比べると控えめに酒と食事を口にしていた。

 だから羽根飾りが付いた赤いマントも汚れておらず、長い白髪の上に乗せた冠もずれたり落ちたりしていなかった。

 そしてその黒い瞳は酒に濁ったりもしていなかった。


 侍女の尻を撫でていた白ヒゲの老人が、さらに反対側にいた侍女の腰を抱き寄せる。

 年の割に精力に満ちているらしい法衣の老人の勢いで、侍女が持っていた酒瓶が傾き、酒が隣の王冠を被った老人の肩にかかってしまう。

 赤いマントを濡らし、流れ落ちて上座の床に溜まる琥珀色。

 酒の色は透き通るように鮮やかだったが、それをこぼした侍女は色を失った。 

 一瞬で抱き寄せられた女が蒼白になり、冠を被る老人に、頭を床に擦り付けて土下座する。

 あれほど騒がしかった宴会場が静まりかえり、楽団の音楽もピタリと止まる。


「も、申し訳ありません!

 皇帝陛下、どうぞお許しを!」

「ああ、構わんよ。気にするな。

 これ、教皇よ。ちょっとはしゃぎ過ぎだぞ」


 皇帝陛下と呼ばれた老人は、全く顔色も表情も変えていない。

 本当になんでも無いこととして、侍女の不手際を気にとめなかった。

 平伏した侍女を咎めることなく、代わりに皇帝陛下と呼ばれた老人は酔っぱらいの隣人を戒める。

 だが、教皇と呼ばれた老人の方は、既に正常な思考を残してはいなかった。

 濁りきった目を皇帝に向ける。


「ああ~?

 貴様ぁ、このぉ~、教ぅ皇ぅ猊下にぃい、対してええ、なんという口の利き方じゃあ!

 わわ、わしより、この女の方が、偉いとでもぉ、いうのかあぁ?

 神罰が下るぞぉ!」

「そんな事は言っとらんよ。

 宴の席とはいえ、羽目を外し過ぎだというだけじゃ。

 ほれ、お前も行った行った」


 皇帝は粗相を働いた侍女に部屋を出るよう促す。

 女は素早く一礼し、他の侍女に左右を付き添われて部屋を後にした。

 列席者達もホッと一息。再び酒と料理に舌鼓を打ち、陽気な音楽に乗って踊り出す。

 怒りの収まらぬ、というか悪酔いが醒めぬ教皇だったが、皇帝直々に酒瓶の口を向けられ、どうにか矛を収める。

 まだ半分残っていた杯の酒を一気に飲み込んで空にし、改めて皇帝の酒を受けた。

 人々はそんな皇帝を見て、「さすが、皇帝陛下は懐が大きいですな」「なんとも慈悲深く気品に満ちあふれてるわ」「陛下さえいれば、皇国も安泰だ」「それに比べて、あの生臭坊主と来たら……」などとささやき合った。

 その隣で飲んだくれる教皇には、誰も敬意を向けていなかった。


 そんな宴会場の上座の隅、上座なのに目立たない席に座る二人の男がいる。

 一人は教皇や皇帝と同年代の老人、もう一人はその息子くらいの年の男。

 皇国の支配者層が列席する豪華な宴会の席にあって、二人は地味な服を着て静かにしていた。

 酒も食事も大して口にせず、上座へ次から次へとやってくる他の酔っぱらった男女の話の聞き役に徹していた。

 上座とはいえ目立たない席で目立たないよう振る舞っている二人。だが、彼らの耳は何も聞き逃すまいとさえ渡り、何も見逃すまいと鋭い視線を放っていた。


 その時、宴会場の入り口から軍服姿の者達が早足で入ってきた。

 皇帝と教皇の前に恭しくひざまずいて簡易な礼をしたのち、一番年上で一番多くの勲章を着けた人物が、上座の二人の背後へとまわる。

 それは中年の女性。

 だが引き締まった足のラインはタイトなスカートに強調され、くびれたウエストは軍服の上からでも分かる。

 酒と食事を供していた侍女達を遠ざける。

 少しためらい、呼吸を整え、二人の老人にちょっとハスキーな声で耳打ちした。


「報告致します。

 ツェルマット浄化作戦、失敗。

 トリニティ軍は全滅、セドルントンネルも入り口から少なくとも数千ヤードに渡り破壊され崩落」


 その報告に皇帝は目を見張り息を呑んだ。

 上座の隅にいる二人も、少しだけ目を見開いた。

 だが教皇にだけは、もう酔いつぶれたらしい老人の脳には、その報告の意味が届かなかった。


「ああ~?

 それが、どうしたんじゃぁあ~……ヒック!

 あんな、ちょっと小銭を稼いだくらいで調子に乗った下っ端共、どうでもええわい!

 まったく、少し甘い顔をすればつけあがって、やれ貴族にしろだの、年金を上げろだなんだと、デカイ顔しおってっ!

 まぁ、軍の跳ねっ返り連中をまとめて始末出来て、丁度ええわいなあ」


 そして、老人は再び侍女達を呼び寄せ、尻と胸をもみながら美酒を飲み、ほどなくしていびきをあげて寝入ってしまった。

 宴に興じる者達も、そんな教皇の姿に気を止めることなく、ちょうど後ろから入ってきた劇団の歌と踊りに酔いしれた。

 ただ皇帝と、上座の隅で目立たないようにしていた二人だけは静かに席を立ち、報告者と共に謁見室という名の宴会場を後にした。


次回、『Prologo』


2011年1月29日01:00投稿予定

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