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魔王子  作者: デブ猫
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     第五話 宴

ほぼ一年に渡り書き続けた『魔王子』も、とうとう最終話となりました。


読者の皆様も長くお付き合いいただき、感謝感激です。


それでは最終話『宴』、最後のお付き合いをよろしくお願い致します

 夕日が沈み、星が広がり始める。

 遙か彼方からキッチリ敷かれた石の道が続く先、掘っ立て小屋が並ぶ小さな街が闇に包まれる。

 その隣の草原には、着陸した武装飛空挺と竜騎兵達のワイバーンが翼を休めている。

 飛空挺に囲まれた広場では、大きな火がたかれ、沢山の者達が人間魔族の分け隔て無く酒を酌み交わす。

 宴の端では楽団が曲を奏でている。

 そして音楽に合わせてワーキャット達が軽やかに、かつ愛嬌タップリに踊っている。

 仮設の厨房も並び、妖精達とバルトロメイとミュウが沢山の釜で次々とパイが焼いていく。


「はーい、焼き上がりましたよー」

「おお、これはミュウ様が御自ら、かたじけない」


 王女たるミュウの手で焼かれたアップルパイを受け取るワーウルフ達は、恐縮しながらも凄い勢いでかぶりつく。

 バルトロメイの方は各魔族に会わせた特製料理を振る舞っている。


「はいはーい、こちらの鍋はマタタビ入りのワーキャットさん達向けね。

 こちらの串焼きはタマネギを抜いておいたから、ワーウルフさん達も美味しく食べれるわよ。

 リザードマンの方々は生の食べ物が大好物だそうだから、釣ったばかりの生魚を桶に入れておいたわ。食べるときには捌いてあげるわよー」


 料理の腕で魔王城に確たる地位を築いただけあり、彼の手料理は大人気。押すな押すなの大盛況だ。

 そこから少し離れた場所では、エルフ達が酒について語り合っている。


「これは、なんとまろやかにして香り高きワインですか!

 しかもブドウの爽やかな酸味を損なうことなく、ほのかな甘みを極限まで引き立てている……。

 恐らくこれは、シャブリのグラン・クリュ(特級畑)産ですな」

「白ワインが主と聞いていたが、この赤ワインも絶品。

 加えて驚くべきは、この透き通った色ですね。

 ただ赤いだけではない、まるで至宝のルビーがごとき輝きをたたえている。

 これほどの逸品は我が人生において幾度の」

「なーんでお前等はゴチャゴチャとしゃべくるかねー」


 横からエルフのワイン解説を遮ったのは、ドワーフの石工達。

 隣の彼らは黙々とワインをヒゲ面に隠れた口の中に流し込んでいる。


「酒なんてもんは、黙って味わうもんだろが。

 全くエルフは相変わらず口数ばかりが多い」

「そしてドワーフは頑固でへそ曲がりですな」


 エルフとドワーフが赤ら顔で睨み合う

 その横には、オーク達とゴブリン達がいた。

 彼らは朗らかに焼き肉へかぶりついている。


「いやー、全く三人とも生き残れるだなんて、オラ達は運がえーだなぁ」

「ほんとだな。借金も返したし、給金もたんまり貯まったし、これで胸張って帰れるんだな」

「んじゃ、借金完済祝いだべよ。おめーらも飲め飲め」


 酒を木の杯に注がれたゴブリンの金貸しも、楽しそうに酒をあおる。


「ふん……まったく。

 ゴーチェよお、オーバンもボドワンも、これ以上借金すんじゃねーぞ」

「金貸しの俺達がいうのもなんだけど、な。

 酒代なんかじゃなくて、商売とかで金を借りてくれッてんだ。

 相談に乗ってやっからよ」

「おー、わかったぞー!

 国に帰ったら、畑を広げるつもりだぞ。そのための資金、よろしくお願いしたいんだぞ!」

「それなら話ははえーや。

 各地の農作物の相場とか税率とか法律とか、じっくり教えてやるぜ」


 こうして、どうにか運良く生き残った彼らも宴を楽しみ、明るい未来を描いていた。



 そんな宴の端では、楽団が陽気な音楽を奏でている。

 オークが力強くホルンを吹き、サキュバスが体をくねらせながらフィドル(ヴァイオリンの原型)を弾き、妖精がクルクル飛び回りながらタンバリンを打ち鳴らす。

 他にもドワーフが太鼓を叩き、ゴブリンがハーディガーディ(手回し風琴)のハンドルを回している。

 そしてイラーリアがリュートをかき鳴らす。

 ヴィヴィアナが携帯オルガンの鍵盤上で指を軽やかに走らせる。

 サーラが小型ハーブで体を溶かす様な旋律を響かせる。

 亡命した聖歌隊の面々は楽団に入り、立派に日々を楽しく忙しく過ごしていた。


 彼女ら楽団の演奏を近くで聴ける特等席には、テーブルと椅子も並べられている。

 そしてその最前列にいるのは、トゥーンとベウル。トゥーンの足下にはカルヴァが真っ白な体を丸めて寝転がっている。

 彼らは楽団の、特に少女三人の演奏に聴き入っている。


「話には聞いていたが、確かに彼女らの演奏は見事なものだ。

 うむ……やはりミュウ姉上のパイも絶品であるな」

「だろ? あいつらの演奏には何度も助けられたぜ。

 んぐんぐ……ちっ、悔しいけどバルトロメイの作った牛乳プディングも美味いな、くそ」


 聞き入りつつも、彼らは休まず料理を口に放り込み続けていた。

 丸飲みするかの様にパイを飲み込んだベウルは、恐らくは最高級であるはずの赤ワインを一気に飲み干す。

 ぶはっ、と豪快に息を吐いてから、グググ……と弟に顔を寄せた。


「それで、どの娘を妻とするのだ?」


 ぶぼっ! と派手な音を立てて、トゥーンの口から食べ物が飛ぶ。

 ゲホゲホと派手に咳き込んで、いきなり話を振ってきた兄に食ってかかった。


「い、いきなり何を言いやがる!」

「何を言うか、家族の婚姻は重要なことであろうが?

 あれだけ多くの娘達と決死の脱出行をしておいて、まだ誰にも触れておらぬ、など信じられるはずもなかろう」

「そ、それは、その……」


 気の強い弟が、ソワソワして目を逸らす。

 そしてその視線がチラチラと、給仕をしている妖精と人間の少女達に向いているのを気付かれないはずもない。

 口の端をニヤリとつり上げ、ワインで赤く染まった牙を見せつける兄。


「おい! そこな娘達よ、こちらへ来られよ!」

「う、うわっ! バカ、よせって!」


 慌てたトゥーンだが、もう遅い。

 白エプロンにヒラヒラのフリルが付いた黒のメイド服をまとったリアとパオラが、満面の笑みでテーブルに来てしまった。

 必死に彼が「いーって! 来なくていーってば!」と小声で叫んでたのだが、生憎と彼女たちはベウルの命令の方を聞いてしまった。

 二人とも狼頭の王子へ、スカートの端をちょっとつまんで礼をする。


「お前達、名は何という?」

「はぁい。私はトゥーン様の侍従長をしていますぅ、リアと申しますぅ」

「わだすは、あ、いえ、私はリアさんの下でメイド見習いしとります、パオラです、だよ」

「そうか。

 で、弟の夜伽よとぎはどちらがしておる? 二人ともか?」


 あまりに突然、それも直接的すぎる、根っからの武人らしく細かな気遣いの全くない質問。

 リアもパオラもトゥーンも、顔を真っ赤にして絶句してしまう。

 その純な様に、ベウルは大口を開けて笑い出した。


「くははははっ!

 恥ずかしがることはなかろう。

 トゥーンは魔王一族として恥ずかしくない、立派な王子だ。

 なおかつ、兄として言うのも何だが、見目麗しく男気に溢れていると思っている。

 その弟と幾つもの死線を乗り越えて、にも関わらず好き合うことなくば、かえって不自然であろう?」

「それは聞き捨てなりません! ですが当然でもありますな!」


 いきなり横から女の声がしたかと思えば、どこから来たのかクレメンタインだ。

 しかも大きな杯に酒をなみなみと注ぎ、顔を真っ赤にしている。

 明らかに酔っぱらってる。


「世継ぎをなすは王族の務め!

 魔王一族の真相には魔界に動揺も走りましたが、やはり魔界を統べるは魔王一族以外に無しと、皆が認めております。

 そして、よりよき跡継ぎを得るために、多くの妻や側室を置くは当然。

 そもそも魔王一族は婚姻に関する家族法を定めておらず、何人の妻や側室を取るかは定まっておりませぬ。

 ゆえに! 私もようやく傷が癒えて殿のお側に戻れたことですし、私も殿と死線を越えた女として、夜伽を致しましょう!」


 目が点になるトゥーン。

 真っ赤になってうつむいて、何も言えないパオラ。

 リアは髪を逆立てて肩を震わせ、飛び上がってクレメンタインに詰め寄る。


「なーにいってんのよぉ!?

 トゥーンはあたしと愛し合ってるのぉ!

 あんたなんかが入る隙間はないんだからねぇっ!」

「しかし、いまだ殿の子を授かってはおらぬご様子。

 世継ぎを得るに正室だけで足らぬなら、側室を迎えるしかありますまい」

「ん、んだべよぉ!」


 いきなり顔を上げて賛成するパオラ。

 可愛い小さな手を握りしめながら、思いっきり生臭いことを口にし出す。


「わだすだって、トゥーン様のお側にお仕えして、身も心も捧げるって決めただよ。

 それにトゥーン様は黒目黒髪だから多分、元はパラティーノの人間だと思うだ。

 だからして、同じ人間のわだすとなら、すぐに子供が作れると思うべ。

 んだで、その、今夜はわだすが、あの、お相手すんべ」

「勝手言ってンじゃないわぁっ!

 みてなさいぃ、すぐに可愛い子供を作って見せるわよぉ」

「やれやれ、若さに任せて無闇に回数を増やせばいいというものではありませんぞ。

 その点、私はぬかりありませぬ。ちゃんとチェック済みです。

 今宵、そろそろ排卵日にてございます」

「ちょ、ちょっと待ておまえら!

 兄貴もなんか言ってくれよ!」


 兄に助けを求めた弟だが、それは無理だった。

 三人の美女と美少女に迫られる弟の姿に、兄は爆笑してしまっていたから。


「くはははははっ!

 まったく、我が弟ながら大したものではないか。世に言う『英雄、色を好む』だな。

 俺は正妻は迎えていないが、だからとて夜を共にする伴侶がいないわけでもない。

 お前も、ようやく大人になったということだ。

 なので、頑張るがいい!」

「そ、そうです、わ!」


 いきなり全然違う方向から、また別の少女の声がした。

 それはハーブを抱えたままのサーラ。

 その後ろにはイラーリアとヴィヴィアナも、楽器を持ったままやってきていた。


「わ、私も、トゥーン様なら、その……」

「やっぱトゥーン様くらいの良い男となると、逃がすわけにいかねーし」

「約束通り、この身に代えて恩を返そうかと思います。

 なので、私達も側室にお迎え下さいませんか?」

「どわーっ!

 ちょちょちょっと待て待てっ!

 からかうんじゃねーっ!」


 確かに三人は、どちらかというとからかってるような意地悪な笑みを浮かべている。

 だが、果たして本気じゃないかと聞かれたら、「本気です」と答えそうでもある。

 もうどうしていいか分からず、逃げようと背を向ける。

 だが、その手をガッチリと兄が捕まえた。


「敵前逃亡は死刑だ。

 男なら、ダンスの一つも誘ってやらぬか!」


 そういって、弟を軽々と娘達の方へ放り投げる。

 さすがに体術が得意だけあって、クルクルと身をひるがえして華麗に着地。

 ただし、リアとパオラとクレメンタインのど真ん中に。


「う、え、えと、お前等……その……」


 リアクションに困り、固まってしまうトゥーン。

 だがニッコリ笑ったパオラは、手を握った。

 彼女の右手はトゥーンの左手を、彼女の左手は隣に浮いているリアの右手を。

 いきなりの行動に、リアは驚いて目をパチクリ。


「踊るべっ!」


 朗らかな踊りの誘いに、ついリアも笑ってしまう。

 そしてリアはクレメンタインの手を取る。

 エルフの女は笑いながらも溜め息一つ、そしてトゥーンの右手を握った。


「殿……今宵は、皆で踊りましょうぞ!」

「え? お、おい、お前等……」


 彼の答えは聞いてもらえず、妖精と人間とエルフの女に手を引かれ、炎の側にまで連れてこられた。

 楽団と、そして笑顔をかわしたヴィヴィアナ達が、一際早く陽気なリズムの曲を奏でる。

 そしてさらに美しい歌声も響かせた。


 それを合図にして、他の魔族達も手を取り合い、曲に合わせて踊り始めた。

 酒の飲み方で睨み合っていたエルフとドワーフも、最前線で殺し合う両種族たるワーウルフとノエミも、愚かな下等生物と見下すことを教えていたノーノ神父もゴブリンと手を取り合う。

 そしてベウルは近くにいたワーキャットの女兵士と手を取り、実に息のあったステップでクルクルと踊り出す。



 戦争が終わり、冬が過ぎた。

 インターラーケンに、トゥーンが来てから二度目の春。

 新たな命が芽吹く草原の夜、新たな時代の声が重なる。

 かつては憎しみあい殺し合っていた様々な種族が、手を取り合って踊り続ける。

 人間の娘達が歌い、魔族の楽団が奏でる音楽で、全ての者達が酒を酌み交わす。



 偶然と必然が混じり、策略と人情が重なり、生と死が衝突した山。

 今、山脈に囲まれた大地は、新しい時代のゆりかごとなりつつある。



 でも、そのことに彼らが気付くのは、随分と時が過ぎてからのこと。



                         魔王子  完

 


『魔王子』、これにて終了です。


読者の皆様、お疲れ様でした。


お付き合いして下さいまして、本当にありがとうございました。


貴重な時間を割いてまで読んで下さった方々にはとても感謝しております。



さて、今後のことなんですが、見ての通り人間界と魔界の戦乱は終結していません。


が、この辺が区切りとして丁度良いかと思います。


ここから先を書くのが面倒とかネタ切れとかじゃないですよ。マジで。


戦乱の結末とか、勇者の正体とか、伏線だけ張ったのにまだ回収していないところはあります。が、今すぐに全てを回収する必要もないでしょう


というのも、今後の話は大きく変化が生じ、さらに複雑なものになると思われるからです。


ただでさえ50万文字を越えて118話にもなっているというのに、この上さらに長くややこしくしては、誰も読みたくなくなります。


なので一旦区切りとして、新たに新規読者の方も手に取りやすいように、次の話は新たな物語として開始しようと思います。


時期については、少し間が開くと思います。なにせ長編を書き上げたことだし、まずはしばらくお休みしますね




いやはやしかし、一年間50万文字を越えるシロモノになるなんて、自分でも思ってもみませんでした。


読者の皆様、長きにわたるお付き合い、誠にありがとうございました


それでは、また機会がありましたら、いずれどこかで……


m(_ _)m

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