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魔王子  作者: デブ猫
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     第六話 神の御許へ

 兵達は、言葉を無くしていた。

 魔王に聞かされた真実に驚愕して。

 目の前の地獄に嘔吐して。

 信じてきたものが崩れ去ることに耐えられず。

 誰も動けず、声を出せない。

 静寂の、いや、子供達の憎悪と恐怖と絶望に満ちた悲鳴のなか、ただ魔王だけが動いている。

 のたうち回って苦しむ子供達から慎重に器具と紐を外しながら、話を続ける。


「瞑想と集中力を高めて大魔力を生むと、穏やかな魔力の塊に被験者の意思が乗り移ってしまう。

 純粋な魔力の塊のはずが、確固たる意志をもって抵抗すらしうる。

 その事実に気付いた君達は、別の方法で魔力を生み出し、吸い上げる方法を考えたんだね。

 つまり、人間に憎悪・恐怖・絶望を満たし、暴走させ漏れだした魔力を吸い上げる。

 そして小柄な方が効率よく魔力炉に収めれる……素材は、救貧院や孤児院に預けられた子供達かな?

 身寄りのない捨てられた子供達、他から文句は出ないので使い放題ってわけだ」


 淡々と、おぞましい事実を解説する魔王。

 だがその手は、そして魔力の霧は、不器用ながらも慎重に子供達から器具を外していく。

 外された子供達は、徐々に苦悶から解放され、穏やかな表情へと変わっていく。


「僕は、戦いに来たんじゃない。

 人間も皇国も、今となってはどうでもいいんだよ。

 でっちあげの宗教なんて、どの種族でも珍しくない。泡の様に現れて消える新興宗教が統治を乱すのを防ぐため、国が管理する宗教を最初から用意する……政治の常道さ。

 各種族がいがみあうのも当たり前、無理解と誤解が争いの種なのはいつものこと。

 僕の、魔王の仕事は、無意味な戦乱を減らすこと。

 みんなの協力が必要なら、その旗振り役になること。

 もちろん人間達を、皇国も含めての話だよ」


 ずぶ濡れの少女を抱き上げて立ち上がる魔王は、軽く腕を振る。

 すると、子供達の体がフワリと浮いた。


「僕は真実を伝えに来た。

 ついでに、同じ魔力炉の犠牲者を、この子達を助けに来たんだ。

 でも今の僕の魔力じゃ、君達が持ってきた魔道車全てから力ずくで、というのは無理だ。

 皇国内の魔力炉は、どうしようもない。

 今ここにいる子供達を連れて逃げるくらいなら、出来るかもしれない。

 それでも、助かるかどうか分からない有様なんだけどね……」


 魔王となった人間の、優しくも悲しげな瞳は、胸に抱く少女の顔を見つめる。

 確かに呼吸している少女は、全身に満ちる魔力が徐々に蒸発し、本来の肌の色へと戻っていく。

 だが、呼吸は浅く速い。時折苦しげに体をのけぞらせる。

 魔力を失った肌の色は、余りにも痛々しいほどに青ざめていた。内出血で変色し過ぎていた。

 暴走した魔力に肉体が耐えられなかったせいだ。


「だから、後は君達に任せるよ。

 この事実を知って、まだ僕らと戦うというなら、もう容赦はしない。全魔族を結集して君達を、皇国を潰す。

 だけど、もし真実を知って気が変わったなら、君達が知らずに連れてきた魔道車内の人達を助けて欲しい。

 このまま帰って戦争を、君達の言う浄化という名の侵略を止めさせて欲しい。

 お願いするよ」


 魔王は、礼儀正しく兵達へ頭を下げた。

 同時に、宙に浮いていた子供達の体がふわりと移動する。

 近くにいた兵達の中へ。

 我に返った男達が慌てて抱きあげる。


 頭を上げた彼は、ノエミの前に歩み、抱き上げる少女の体を差し出す。

 彼女は手にしていた通信機を放り出し、急いで抱き上げて『治癒』をかけた。


 そして、魔力の霧が一際激しく渦を巻く。

 風が巻き起こる。


 突風と、砂塵。


 塵が静まり地面に落ちたとき、そこに魔王はいなかった。

 薄暗いトンネルの中、兵達の胸の中で苦しむ子供達のうめき声が反響する。


 将軍も、導師も、ノエミも、兵達も、立ち尽くしていた。

 言葉を失い、何をすればよいのか分からず、ただ立ち尽くしていた。

 魔力炉を失ったアンクも光を失って動かない。


 ただ、静かだった――









――その頃、魔王軍旗艦内、司令室。

 慌ただしく報告と命令が飛び交う中、魔界の王子王女は戦況を見つめている。

 刻一刻と劇的に変化する状況。

 すでに日は暮れて夜になっているが、それでも戦いは終わらない。


 銀色の満月が照らす大地の上、決して楽観は出来ない攻防。

 固唾を呑んで見守り、自分達の次の一手を考え、打って出る一瞬を見極めようとしている。


 移動砲台群を消し飛ばされ、レーダーを失って、ズタズタに分断されて、なおも精強なトリニティ軍。

 装備も練度も数も劣る魔王軍は、巨人族の参戦を得てすら苦戦を強いられていた。

 中でも最大の人間側戦力に、次々と竜騎兵を撃墜していく存在に、魔王軍は手も足も出ない。

 大方の魔力を失ったルヴァンもネフェルティも、魔力を失ってすら戦う力を持つトゥーンすら、ただ指をくわえてワイバーンとリザードマン達が墜落していくのを見ているしかない。


 それは、強すぎる。

 あまりにも速過ぎる。

 自在に高き空を飛び、剣で風を切る勇者。

 月明かりを反射して煌めいた剣は、すぐに魔族の血で染まり輝きを失った。


 輝く鎧をまとい、大量の宝玉を光らせる木偶人形には、誰も歯が立たない。

 飛空挺はおろか、ワイバーンも『浮遊』の宝玉を握るエルフにも追いつけない。

 王子王女達にも、翼を持たず『浮遊』の宝玉を使う魔力も失った彼らでは、太刀打ちできなかった。


 だがそんな中でも、悔しさのあまり唇を噛む彼らだが、希望を捨ててはいなかった。

 何故なら先ほどの通信で、魔王がペーサロ将軍へ接触していることに気付いたから。

 慌てて確認したら、ジュネブラへ後退したはずの魔王が、ベッドからこっそり抜け出していたとの報告を受けた。

 その真意は分からないが、敵軍のど真ん中へ魔力の大半を失った身で突っ込むなど自殺行為だが、それでも司令室内は安堵が広がっていた。

 魔力の大半を失ってすら、十二子に匹敵する魔力を残していたから。

 そして漠然とした安心感は、すぐに明確な現実となった。


「ゆ、勇者が!

 勇者が墜落しましたっ!」


 その報告、というより歓喜の叫びから始まり、徐々に魔王軍の優勢とトリニティ軍の混乱を伝える報告が増加していた。


「トンネル出口より飛来した勇者が、竜騎兵団との交戦の最中、突如墜落!

 地上部隊からの連絡では、既に死体は消失!

 残っているのは武具だけです!」

「トリニティ軍右翼、ほぼ壊滅しました。

 現在は残存兵力を掃討中。

 ですが抵抗激しく、降伏後退する人間はいません」

「魔王軍地上部隊、被害は甚大なれどワーウルフをはじめ各魔族は奮戦中。

 戦闘継続は可能」

鹵獲ろかくした敵軍兵器の配布は進んでいます。

 移動砲台も移動中。現在、使用方法の解析を併せて実行中です」

「巨人族、トリニティ軍左翼へ投擲準備中。

 飛空挺団も移動、目標へ向けて照明弾を射出します。

 ほどなく地上部隊も戦端を切ります」

「偵察の竜騎兵達より緊急報告。

 トンネル出口を占拠する人間達に異変あり。

 隊列が乱れ、指揮に混乱が生じている模様。

 なお、鳥人達は鳥目のため斥候を竜騎兵と交代」

「魔王陛下、確認!

 トンネルから脱出し、こちらへ向けて飛行しています!」


 その報告にトゥーン達は、司令室の全員が一つの画面へ視線を集中させる。

 そこには、いつもの青黒い魔力の霧こそないが、青い光をまとってノンビリと飛ぶ魔王の姿があった。





 青黒い塊となるほどの魔力は大方失い、穏やかな笑顔を外気にさらす魔王は司令室へスタスタと入ってくる。

 入室と同時に部下達は、席を離れられる者は起立して敬礼する。立てない者も顔を向けて敬礼。

 魔王も敬礼をもって返礼する。


 と同時に、魔王は崩れ落ちた。

 床に膝も両手も付き、全身に脂汗を流しながら肩で息をする。

 体を覆っていた青黒いスーツは光を失い、散り散りに破れて蒸発し、人間の兵士の服があらわになる。

 王子王女はじめ、席を離れられる全ての者が魔王へと駆け寄った。


「オヤジっ!

 何を無茶苦茶やってんだよ!?

 まったく、どうなることかと思ったぜ」

「あは、あはは……すまなかったよ。

 いやあ、今回は本当にやばかった。

 もう魔力はスッカラカンだね」


 怒りつつも父の無事を喜ぶトゥーンなど、何名もの部下達が肩を支え、手を貸す。

 ふらふらとした足取りの魔王は両脇を支えられて、ようやく司令官席に腰を下ろすことができた。

 今や絶対的ではなくなってしまった魔王へ、ルヴァンとネフェルティも安堵と賞賛と批判と疑問の言葉をかける。


「でも、さすがだニャ!

 ニャんだか分かんにゃいけど、人間達を仲間割れさせるにゃんて」

「軽率な行動を取らないで頂きたい。

 父上は魔王として皆を率いる地位にあることをお忘れ無く。

 それで、一体何をしてきたのですか?」

「まぁまぁ、そんなに怒らないで。

 何の用だったかは、後で説明するよ。

 それより、戦況はどうかな?」


 誤魔化す様に早足で、司令室中央へ歩いていく魔王。

 話の長いエルフが、やっぱり長々と状況を報告する。

 こいつら、簡潔って言葉を知らないのか……なんてイライラし始めた頃、ようやく結論が出た。


「……というわけでして、勇者は墜落しました。

 なおトリニティ軍の中で、特にトンネル周辺にいる部隊に混乱が見られます。

 斥候が遠目に見ただけですが、仲間割れを起こしているようだ、との報告です」

「ん……ご苦労様」


 長い報告を気長に聞き終えた魔王は、満足げに頷く。

 その時、ある器具を調べていたドワーフの老技術者が声を上げた。


「魔王様!

 通信機から声だよ。

 女の声で、魔王様をだせって叫んでらあ」


 その報告にルヴァンとネフェルティは顔を見合わせる。ルヴァンは魔王を見る。

 魔王はドワーフから通信機を受け取った。


「お待たせしました、こちら魔王です。

 どなたですか?」


 礼儀正しく通信を受け取った彼だが、返事はすぐには帰ってこなかった。

 代わりになにやら騒がしい雑音が聞こえてくる。

 いや、それは怒鳴り声や打撃音だ。

 通信機の近くで乱闘が起きているらしい。

 そんな騒乱の様子を背景に、女の声が響いてきた。


《……お呼びだてして申し訳ありませんわね。

 こちらはトリニティ軍第三陣、第四魔導師隊隊長、ノエミ大尉よ》

「いえ、気にしないで下さい。

 えっと、ノエミさん。急にどうしました?

 なにやらそちらは騒がしいようですが。

 それに、ペーサロ将軍はどうされましたか?」


 相変わらずの騒乱が響いてくる。

 そしてそれは収まるどころか、どんどん激しさを増しているようだ。

 金属がぶつかる音まで響いてきた。

 人間同士で剣を向け合ったらしい。


《ペーサロ上級大将は、いないわ。

 今この場で一番地位が高いのは、大尉の私になってしまったの。

 だから魔王への通信も、下士官に過ぎない私がしなければならなくなったわ》

「おや、そうでしたか。

 でもペーサロ君は、それに魔導師のお爺さんもどこへ行かれましたか?」

《……神の御許へ》





 暗いトンネルの中。

 アンクは光を失い、ただの置物となっている。

 騒乱は後方へ、第三陣を崩落箇所前まで押してきた予備魔道車の方へ移動している。

 今、礼拝車両の横には、瓦礫の上に腰を下ろす彼女達しかいない。

 人間は彼女と、胸に抱く瀕死の少女しか残っていない。


 死体は残っていた。

 彼女の目の前に、割れたガラス瓶から流れ出した水で濡れる地面に、二つの死体がある。

 撃ち殺されたペーサロ将軍と導師の死体が。


次回、第二十三部第七話


『その名は』


2010年12月5日01:00投稿予定



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