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魔王子  作者: デブ猫
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     第五話 魔王

 魔王。

 男は名乗った、魔王だと。

 人間達で一杯の狭いトンネル内、兵士達に前後を挟まれて、平然としている。

 銃撃を雨のごとく受け、爆弾を投げつけられ、なお悠然と立っている。

 むしろ、交戦中の敵であるトリニティ軍司令官ペーサロ上級大将へ向けて、笑顔を向けていた。

 しかも礼儀正しく向き直り、頭を下げている。


「まず最初に言っておきます」


 頭を上げた魔王は、トンネルの壁に声を反響させる。

 絶対的魔力に圧倒され驚愕と沈黙した兵達に、落ち着いた声が届く。


「皆さんを意味もなく殺す気はありません。

 でなければ、既に全滅してましたよ。

 先ほどの銃撃と爆弾、そのまま皆さんに跳ね返すこともできたんですから」


 全員が、それは事実と認めざるを得なかった。

 兵達に負傷者が出ているが、それは同士討ちによるもの。

 だからといって眼前の魔王に向けた銃を下ろすことも出来ない。

 動きの取れない兵達が、司令官に新たな指示を求めて視線を向ける。

 向けられた司令官は、憎々しげに魔王を睨み付けながら、一歩前に出た。


「き……貴様、本当に、魔王だというのか!?」

「はい」


 変わらず微笑む魔王。

 だがペーサロは笑えない。


「バカな、そんなバカなことがあるか!

 入り口の兵達が、『探査』までやってるのに、人間以外の存在を気付かないはずがなかろうが!?」

「おや、知らないんですね?」

「な、何をだ!?」

「僕は人間ですよ」


 人間。

 魔王は、自分が人間だと言う。

 その言葉にペーサロ以下、兵達全員が目を丸くする。

 言葉を失う。


 だが、どこからか悲鳴ともうめき声ともつかない声が生じた。

 魔王が視線を向けた先は、礼拝車両の上。アンクの横。

 青ざめたじろぐ導師。


「どうやら、あなたは知ってるんですね」

「ひいぃっ!?」


 今度は明確な悲鳴を上げた導師。

 顔面蒼白で、汗を飛び散らせながら、高速でパネルを叩き宝玉を操作しようとする。

 だが、何度も同じ操作をしているはずなのに、段々とやけくそ気味に力を込めて操作しているのに、パネルにも宝玉にもアンクにも変化は起きなかった。


「ば、バカなっ!? 何故、何故に反応しないんじゃあっ!?」

「魔力の霧と言いませんでした?

 そのパネルも僕の魔力が覆ってるんです。

 もう動きません」


 その言葉通りパネルは、そして他の器具も全て、極めておぼろげだが青黒い霧に包まれていた。

 導師は、今度は銃を向ける。

 震える手で引き金を引き、魔王に光の矢を射る。

 だが幾ら引き金を引こうと、同じく光は分解され散乱する。

 それどころか震える手では狙いも定まらない。ほとんどは魔王に当たらず地面や壁を焼くばかり。

 そして魔力は切れ、光は出なくなった。

 カチッカチッ、と虚しく引き金を引く音が響く。


「く、こ、この……失敗作のクセにっ!」


 魔力が切れた導師は、最後に銃を魔王へ投げつけた。

 投げつけられた銃は魔王に触れることが出来た。

 正しくは、彼がスイッと伸ばした手の中に、吸い込まれる様に収まった。

 その銃口は、真っ直ぐに導師へ向いている。


「ひいっ!」


 恐怖で腰が抜けたらしい導師は、尻餅をつきつつも、必死に四つん這いで逃げようとする。

 だが、その眼前に男の足。

 ふわりと体を浮かせた魔王は軽やかに宙を舞い、導師の眼前へ降り立ったのだ。

 右手に握る銃を、真っ直ぐに導師へ向けている。


「殺す気は無いけど、逃げるなら撃つよ」

「た、助けてくれっ!

 あれは、あれは事故じゃったんじゃ! 全くの事故なんじゃよ! つか、責任者はワシじゃない!

 ワシはそのころ駆け出しの下っ端で、計画全体も最高機密で、事の次第を知ったのは、つい最近なんじゃっ!」

「分かってますよ。

 それに、随分昔のことです。

 当時の上層部、導師達は、ほとんど生きていないでしょうね」

「そそ、その通りじゃ!

 わ、分かってくれるか!?」

「ええ。

 だから、別にあなたや今の皇国を恨んでるワケではないんです。

 それ以前に、僕は例の事故のショックで、自分の顔や名前まで忘れた有様なんです。

 僅かに覚えてることも、みんなおぼろげでね。

 体を失って苦労もしたけど、結構楽しくやってました」

「そ、そうか、そうだったか……。

 すまん、ワシらの力が至らず、申し訳なかった」

「いえ、気にしないで下さい」


 必死に頭を下げて謝罪する導師。

 批難も怒りもせず、穏やかに謝罪を受け入れる魔王。

 周囲の者には何が何だか分からず、ただ言葉を失い呆然としている。

 だが、次の魔王の言葉には、導師も言葉を失った。


「でもあなたは、現在は計画の主導的地位にあるのでしょう?

 なら、あなたがしているのは、今のことですね」


 その質問に、導師は答えられなかった。

 青ざめた顔色は、もはや死人の様に青白い。

 小刻みに震える唇からは、うめき声しか漏れてこない。

 代わりにペーサロが叫んだ。絶叫するように命令を下した。


「こ、殺せっ! こいつを撃ち殺せえっ!!」

「無駄だよ」


 魔王が足を軽く、コンッ……と踏みならす。

 刹那、衝撃が円を描いて広がった。


 力の波はトンネルの壁面に跳ね返り、干渉し合い、増幅しながら疾走する。

 改めて引き金を引こうとした兵達だが、衝撃波に吹き飛ばされる。

 照準が魔王からずれる。

 巻き上がる粉塵に目を開けることもできない。


 衝撃波が通過し、粉塵も流れ去って薄くなる。

 そして兵達は、ペーサロもノエミも、アンク横でひっくり返っている導師も見た。

 魔王の起立する姿を。


 青黒い霧が高速で回転し、濃淡の模様を描く。

 黒髪黒目が、顎髭まで青黒く染まり、鮮やかな青い光を放つ。

 青く輝く魔力のスーツをまとっている。


 魔力が全身に満ちている。

 それら青く輝くスーツも、周囲を回転する青黒い霧も、全てが体に収まりきらなかった魔力。

 勇者との戦いで魔力の大半を失ってすら、絶対的魔力を示している。

 圧倒的な存在感に、畏怖すべき魔力に、誰も銃口を向けることが出来ない。

 兵達は、その優しげな目を向けられただけで、無様に這いつくばって逃げようとしてしまう。

 魔王の、独り言とも語りかけてるともつかない言葉を止めることが出来ない。


「トゥーンの話を聞いて、本当にビックリした。

 アンク……昔は『自立型術式形成人工宝玉』って名前だったね。うん、どんどん思い出してきたよ。

 こりゃヤバイって思ってて、隙を見てこっそりベッド抜け出して忍び込んだんだ。

 でも、さっきの通信で声を聞かれたから、ルヴァンにばれちゃったな。

 困ったな、どうやって説明しようかな」


 困ったといってる魔王だが、困っているようには見えない。

 どちらかというと、昔を懐かしげに思い出話をしているかのようだ。

 その目はアンクを見つめている。


「アンクを開発したはいいけど、これを動かすにはとんでもない魔力が要る。

 最初は魔道師をかき集めてたけど、魔力供給が安定しないし、それだけの魔道師を集めるのも大変だ。

 だから魔力炉を研究していんだっけ。

 ああ、若かったなあ……全部思い出してきた。

 まったく、僕もバカだったよ。

 おかげで酷い目にあったね」


 目はアンクを見つめているが、手には銃が握られたままだ。

 そしてその銃口は、相変わらず導師へ向けている。

 真っ直ぐに眉間を狙っている。


「魔力は意志から生まれる。

 生物の、それも知能の高い者にしか生み出せない。

 だけど生物であるがゆえに、安定した魔力供給は困難を極める」

「な、何の話だっ!?」


 ペーサロは叫ぶ。

 だが魔王の耳には届かない、言葉は止まらない。

 段々と笑顔が薄れ、代わりに悲しげな、苦々しげな表情になる。


「最初は心を静め集中力を、瞑想を高めるアイテムを造ろうとしてたっけ。

 で、僕が無理矢理に実験台にされて。

 ワケわかんないものを体中に付けられて。

 結果は、そこのお爺さんも知っての通り、大失敗」

「まさか、そんな……導師、本当なのかっ!?」


 再びペーサロが叫ぶが、言葉を失った導師は答えられなかった。

 魔王の視線も司令官ではなく、導師へ向けられた。

 逃げることも出来ず、命乞いすら出来ず、ただカクカクと頭を上下させる老人。


「極めて不自然に穏やかな心、高まりすぎた集中力、予想外に発生した大魔力。

 研究所をぜーんぶ吹っ飛ばすほどの暴走!

 おかげで僕は肉体を無くしちゃったよ。しかも生まれた魔力の塊に意識が移っちゃった。

 しょうがなく、近くで頭を打って死にかけてた人の体に乗り移って、大慌てでダルリアダ大陸へ逃げたんだ。

 事故のショックで記憶を大方無くして、元が人間だったことも秘密にして、魔王に就任してたワケだよ」

「くっくそ……そんなことが、まさか、おのれ……」


 悔しげに呻くペーサロ。

 上級大将である自分にすら秘匿された事実に、決して公にされてはならない事実に、打ちのめされる。

 その姿に、ようやく魔王は司令官へと向き直った。


「そりゃあ、厳重な情報操作もしたくなるよ。

 魔王を生み出したのは皇国の魔導師です、自分達をアベニン半島に閉じこめてるのは同じ人間です、神の敵を自分で造っちゃいました、なんてねえ。

 言えないよね?」


 魔王は、笑った。

 ただし先ほどまでの穏やかな笑顔ではない。

 軽蔑を、嘲笑を含んだ笑いだ。

 そして導師は反論できない。


「だけど、ペーサロ君。

 君が隠したいのは、これじゃないかな?」

「なに、貴様……何を!?」


 魔王の銃口が、導師からずれた。

 それは司令官に向けられはしない。人間へ向けられはしなかった。

 銃口は礼拝車両、自分の足下へ向けられている。


「まさか、貴様っ!?

 やめ、止めろおっっ!!」


 司令官は絶叫と共に、立て続けに引き金を引く。

 だが、全ての光は分解散乱し、魔王には当たらない。

 対する魔王の銃は、その極大魔力を変換された激しい輝きは、当たった。

 礼拝車両の床に。


 縦横無尽に走り回る光が、車両の床を切り裂いた。


 魔力に耐えきれず宝玉が砕ける音。

 鈍い金属音。

 切り裂かれた車両が鉄の塊となって落下、トンネルの床と激突する。

 もうもうと砂埃が巻き上がる。


 同時にガラスが割れる音もする。

 水が流れ出す音も。

 事実、切り裂かれた車両付近は地面が水浸しになっていた。


 そしてアンクは、光を失った。


 風が吹く。

 ホコリが流され、人間達の視界が明らかになる。

 アンクの光に代わって、魔王の青い輝きがトンネルに満ちる。

 切り裂かれた礼拝車両があらわになる。

 礼拝車両の床下に収められていたものも。



 それは、人間。



 床下の狭い空間に、幾つもの割れたビンが収められている。

 流れ出す水は、ビンに入っていたものだ。

 だがビンに詰められていたのは、水だけではなかった。

 人間が、入っていた。

 ビンから投げ出され、冷たい石の地面に倒れている。


 小柄な人。

 いや、子供。

 狭い床下の狭いビンに押し込まれた、子供達。

 男の子も、女の子も、裸で。

 体の各所に何かの器具や紐のようなものを付けられて。


 その子供達の肌は、青黒く染まっていた。

 染まっているだけでなく、青い光も放っている。

 それは魔王と同じ、全身に満ちあふれた魔力の証。

 魔王十二子と同じ魔力ライン。


 ただ、違っている点もあった。

 それは、表情であり、体の様子。

 魔王は悲しげな表情。

 だが床下の子供達は一様に、苦悶の表情。

 手足を苦しげにばたつかせ、のたうち回り、喉を掻きむしり、この世の全てを呪うかのようなうめき声を上げている。


 子供達の怨嗟の声が、トンネルに満ちる。

 あまりの、地獄の様相に言葉を失った兵達にのしかかる。

 ノエミが声にならない悲鳴を上げ、必死に言葉を吐き出す。


「……こっ! ここ、これ、これは、一体っ!?」

「新型の、魔力炉。

 そうだね? 導師、そしてペーサロ君」


 導師と、ペーサロは、答えない。

 今やペーサロ上級大将までが顔面蒼白になっていた。


次回、第二十三部第六話


『神の御許へ』


2010年12月3日01:00投稿予定

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