第三話 問と答
勝利を確信し、宣言するペーサロ。
彼の前では再起動した勇者の一人が起立している。
周囲の一般兵達は、勇者という最高軍事機密を目にし、驚きと興奮を隠せない。
ただ、最初に勇者がガラス瓶から出てきたときとは、幾つか異なる点がある。
一つ、短い赤毛の大柄な青年ただ一人ということ。
二つ、彼は裸だった。鎧も武器も全く装備していない。
三つ、最初に発した言葉が違った。
「ただいまもどりました、ぺーさろしょうぐん。
われらかみのせんしはまおうをいまいっぽまでおいつめましたが、あとすこしのところでちからつきました。
ですがおおいなるきせきにより、わたしはここにふっかついたしました。
おお、これぞうちゅうのさだめ。
ひかりをせかいにみたすべく、いまいちどけがれたまぞくをうちほろぼしにしゅつじんいたします」
全く魂のこもらない棒読みなのは同じ。
ペーサロが勇者の言葉を聞き流したのも同様だった。
彼は勇者復活を目にすると同時に通信を切り、素早く導師へ指示を飛ばしている。
「すぐに装備を装着させろ」
「だから、慌てるなっつーのに。
今、装備の宝玉に魔力を充填しとる最中じゃ」
「時間はかかるか?」
「なあに、安心せい。
前回の対魔王用装備ではない、通常戦闘用装備じゃ。
それほどの時間はかからん」
「よし、それが終われば、すぐにアッバース隊援護へ向かわせろ。
アンクは継続して残りの勇者の再起動に集中だ」
次に周囲の部下達全員へ向けて指示を飛ばす。
「声と音を可能な限り抑えろ」
即座に怒号怒声のような叫びが収まる。
会話は囁き声とハンドサインで行われ、軍靴の音だけが響き渡る。
そして、再び通信回線が開かれた。
「おい、まだ通信機の向こうにいるか?」
《いますよ。
いきなり、どうしました?》
「話の途中に済まない。
ちょっとトラブルがあってね」
《安心しました。
あそこで話を切られるような軽率な方ではないと思ってましたよ》
「もちろんだ。
それでは話を続けよう」
《分かりました。
それで、皇国の勝利が確実なため、撤退する必要がない……ということでしたね?》
「そうだ。
愚かな魔物でも理解できたようだな」
《いえ、まだ理解できませんね。
この状況でも皇国勝利を確信する根拠が》
くくく……、と楽しげに笑うペーサロ。
その態度は先ほどまでの怒気が消え、余裕に満ちている。
「全く愚かだな。
それは、ポーカーをする相手に手の内を明かせと言うに等しい」
《おっと、確かに。
下らぬ事を聞いてしまい、お恥ずかしい限りです》
「まぁいいさ、気にするな。
さて、我らが撤退しないと理解したようなので、そちらの用は済んだろう。
そろそろこちらの用事に入ろう」
《そちらの用事……なんでしょうか?》
「降伏勧告だ」
沈黙。
トンネル内の冷気と火災で熱せられた空気が入り交じり、流れていく。
可能な限り静かに走り回る兵達の足音が響く。
《おやおや、話が最初に戻ってしまったようですね。
こちらは別に降伏してもよい……と、最初から言ってますよ》
「だが違う点もある。
撤退するのは皇国軍ではなく、お前達だ」
《なるほど。
インターラーケン、あなた方の言葉ではツェルマットと呼ぶこの地を明け渡せ、ということですね》
「そうだ」
再びの沈黙。
鷹の様に鋭い視線を上げると、礼拝車両の上に武具を身につける勇者の姿がある。
ただ、全身をプレートで覆った前回の重装備とは異なり、必要な部位のみを軽くプレートで覆っただけの簡単な物だ。
武器防具に装着されている宝玉の数も、最初の装備に比べれば少ない。
今度はペーサロの方から口を開いた。
「愚かで呪われた魔族とはいえ、第二王子だと名乗るお前に一応の敬意を払って、無駄なおしゃべりに付き合ってやったわけだ」
《そうですか》
交渉自体を無駄と断じられた第二王子。
だがそれでも王子の冷静な口調に変化はない。
上級大将も構わず話を続ける。
「しかし、皇国軍としても、これ以上の無駄な争いは望まない。
もしお前達が降伏し撤退するというなら、それを認めよう。
明日の一日だけ戦闘行動を停止する」
《ほう……》
始めてルヴァンが表した感情。
僅かな驚き、感嘆。
《珍しいですね。
私の知る限り、初めてですよ。
あなた達人間が、例え降伏勧告だとしても、我らとの交渉に応じたのは》
「勘違いするな。
別に害虫共へ情けをかけたわけではない。
無駄な手間を省いて、さっさと任務を終わらせたいだけだ。
こちらとて無意味に戦死者を出すのは本意ではない」
《なるほど》
再び視線を礼拝車両へ向けると、導師と目があった。
親指をグッと突きだしてくる。どうやら全ての準備が完了したらしい。
ペーサロは腕をトンネル出口へ腕を向ける。
勇者は軽やかに礼拝車両を飛び降り、崩落したトンネルに穿たれた穴へと疾走する。
ちょうど出口側からやってきたばかりの兵士を横へ突き飛ばし、再起動する前の自分達が掘り抜いた穴へと飛び込んだ。
突き飛ばされた兵士は、ロングコートを土まみれにして無様に転がるが、彼には目もくれなかった。
対魔王装備を失い、一人しか再起動が間に合わなかったとはいえ、その戦闘力に疑いはない。
さらに時間が経てば、勇者全員の再起動が完了する。
ペーサロは勝利を確信した。
通信機へ向ける言葉も自信と優越感に満ちている。
「お前達に与えられる猶予は少ない。早く返答することだ。
逃げるか、死ぬか」
通信機は、少しの間だけ沈黙する。
代わりに音を出したのは、さっき勇者に突き飛ばされた兵士だった。
頭に被るフードもロングコートも土まみれにした兵士は、ドタドタと音を立てて肩を上下させながら、必死で走ってきた。
ひぃひぃと息を切らせ、頭をすっぽり覆うフードもそのままに敬礼する。
「ぺ、ペーサロ将軍っ!
ほ、ほほ、報告いたします!」
呼ばれたペーサロは人差し指を口に当てる。
沈黙を命じられた兵士は、慌てて口を押さえた。
報告を遮って、通信を続ける。
「さて、返答は?」
撤退か、死。
二択を要求する将軍。
その返答は、あくまで冷静で、そして遠回りだった。
《伝令が来ているようですが、そちらの話を聞いた方が良いのでは?》
話を逸らされたペーサロが、釣られて兵士を横目に見る。
アンクの光に照らされた中、まだゼーゼーと息を乱している兵士が直立不動の姿勢で立っている。
だがすぐに視線を通信機へ戻した。
「気にするな。
お前の返答の方が重要だ」
《そうですか》
ほんの少し、考え込む様な静けさが続く。
そして彼は再び遠回りな会話を続ける。
《では、私達に与えられた僅かな猶予を、一つの質問に使わせて下さい》
「質問だと?」
《はい。
その回答をもとに、選択をしたいと思います》
今度は将軍が少し考えこむ。
だがすぐに答えは出た。
「良いだろう。
質問とは、何だ?」
ルヴァンの口から出た質問は、今までとは異なり短かった。
簡潔な、だが難しい抽象的な質問。
《魔族と人間、戦い続けた先に何がありますか?》
簡潔だが、難しいはずの抽象的な質問。
だが回答も簡潔だった。
「魔族滅亡」
通信機を挟んだ両者の間に、沈黙が広がる。
次回、第二十三部第四話
『来訪者』
2010年11月29日01:00投稿予定