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魔王子  作者: デブ猫
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     第二話 茶番

 小競り合い、という名の茶番。

 ルヴァンの要求は、両世界の政治状況をインターラーケン侵攻前まで戻すこと。

 なんら建設的でも開明的でも独創的ない、保守的な発想。

 だが当たり障りのない妥協点とも言える。


 くっくっく……。

 ペーサロのくぐもった笑いが響く。

 今度は楽しげに口の端を歪めている。

 上級大将は、当たり障りのない妥協点の申し出を、笑った。


「やはり魔物は愚かだな」


 返答は、侮辱。

 通信機は、しばし沈黙する。

 ほどなくして再び聞こえてきたルヴァンの声は、相変わらず冷静極まりないものだった。


《こちらとしては現実的妥協案を提示したつもりです。

 考慮しては頂けませんか?》

「受け入れられるはずがない。あまりにも論外だ」

《ほう、どのような点が、でしょうか?》

「説明せねば分からないか?」

《第二王子という肩書きこそあれ、いまだ若輩たる私の思慮が浅はかであることは認めます。

 できるのであれば、上級大将閣下の英知をご教授願いたいものです》


 あくまで丁寧で敬意を払った言葉。

 だがあまりにも、不自然なほどに丁寧すぎる。悠長すぎる。

 この点にペーサロも不信感を抱かずにはいられない。


 だが現状において、トリニティ軍はオルタからの援軍を待つ身だ。

 トンネルの補修が終わるまでは時間を稼ぐ必要もある。

少なくとも勇者が再起動出来れば、再び魔王軍に切り込める。

 そしてアッバース隊と合流すれば、現状のままでも戦闘継続は可能。

 対する魔族側には、どれほど時間を稼いだとしても、皇国側ほどに戦力が急激に回復する要素はないはず。

 即ち、交渉継続という時間稼ぎによって利益を得るのは自分達。


 ふと視線を上げると、目の前には、不安げな視線を向けるノエミが立っている。

 上級大将は小声で囁いた。


「命じた品は運んできたか?」


 小さく頷いた彼女は視線を横へずらす。

 そこには後方から運ばれてきた木箱が置かれるところだった。


「あちらに揃えているところです」

「よし、箱から出せ。

 後は導師の指示に従って並べるんだ」


 鉄の棒で木箱が開けられ、中の物が取り出される。

 それは、鎧兜や武器など。

 勇者四人が装備していた物に似ているが、宝玉の数が劣る。

 兵達のリレーで速やかに礼拝車両の上に上げられ、パネルの操作に忙しい導師の怒鳴り声に従って巨大ガラス瓶の中に収められていく。

 それは、勇者達が武器を取り出したガラス瓶。

 部下達の任務遂行を確認してから、ペーサロは再び通信機へ口を寄せる。


「まぁ、良い。教えてやろう。

 だが一つ条件がある」

《なんでしょうか?》

「一時休戦だ。この交渉が済むまでは」

《承知しました》

「では、一旦通信を切る。

 こちらから後で通信を繋げるので、それまで待て」


 通信機の向こう側から、何かの指示が飛ぶ声が聞こえる。

 ペーサロは宝玉を操作し、少しのノイズの後、再びクリアな声が響いてくる。

 クリアといっても、ほとんど悲鳴に近いような怒号と絶叫だったのだが。

 別の通信機に繋がったらしい。


「こちらペーサロ上級大将。

 アッバース隊、応答せよ」


 その呼びかけに対し、即座に返答が帰ってきた。


《こ、こちらアッバース隊! 自分はサカラ少尉であります!》

「現状を報告せよ」

《は、はい!

 我らは無念にも魔物共に包囲され、神の御名を叫びながら鋼の意志で徹底抗戦を》

「脚色はいらん! 手短に報告せよ!」


 信仰心高き皇国兵士だったが、ペーサロの心には響かなかった。

 慌てて兵士は報告から宗教関連の装飾語を取り除く。


《し、承知しました!

 アッバース隊は泥中で行軍不能。我らの武器を鹵獲ろかくした魔物共に包囲されていました。

 ですが先ほど、何故か突然に奴らは攻撃を停止、足も止めています》

「よし。お前達も攻撃を停止せよ。

 指示あるか、再度の攻撃を受けるまで待機だ。

 こちらで時間を稼ぐ。その間に再編成を進めろ」


 それだけ命じると返事も聞かず、再び宝玉を操作する。

 同時に目の前のノエミへ命令を発する。


「セドルントンネル守備隊から三個中隊を割いて、アッバース隊救出に向かわせろ」

「了解です」


 ノエミは弾かれる様に走り出し、近くにいた兵達へ指示を飛ばす。

 命令を伝えられた兵はトンネル出口へ向かうべく、掘り抜かれた穴をくぐっていく。

 部下達の動きを確認してから、ペーサロは再び交渉に入った。


「お前達の攻撃停止を確認した」

《こちらでも皇国軍の攻撃停止を確認しました。

 交渉を続けましょう》

「良かろう。

 では、さっきの話の続きだ」

《はい。

 是非にご教授願いたい》


 上級大将はもったいぶった咳払いをする。

 そして、ゆったりと丁寧に語り始めた。


「撤退し、今まで通りの小競り合いを演じろ……だったな?」

《そうです。

 それが両者のためになるでしょう》

「その前提として、魔王討伐の達成が必要、ではなかったか?」

《はい。

 事実、魔王陛下は勇者達に倒されました》

「やはり愚かだな。

 それとも私を馬鹿にしているつもりか?」


 ふん、と鼻で笑う。


「お前の、その余裕。いまだ敗走しない魔物共。

 実は魔王は、死んでいないのだろう?」

《大方の魔力を失い、退きました。

 皇国にとっては、かつてない戦果ですね》

「まず一つ。

 魔王を殺せていないなら、また殺しにいかねばならん」


 魔王を殺す。

 その言葉に迷いも何もない。

 ペーサロは事実として魔王を殺す気であり、殺せると確信していることが明確な言葉だ。

 対するルヴァンの言葉は、父である魔王を殺す、と明言されても言葉に何ら感情を表さない。


《戦闘を継続するつもりですか?

 今のままでは双方全滅すら有り得ます。

 あまりに損害が大きすぎるとは思いませんか?》

「二つめだ。

 我らは魔物と戦い死して神の御許へ召されるのだ。

 ゆえに皇国の民は殉教を恐れはしない。

 最後の一人まで勇ましく戦う」

《長引く戦乱で臣民が減り、治安は悪化し、増大する戦費で財政が破綻しますよ。

 戦争継続不能な程になれば、我らが攻め入らずとも国は乱れ滅びます。

 僅かな領土を延々と奪い合っても、互いの利益になりません》

「三つめだな。

 お前等は悪魔の使いとして、この世の全てを闇に染めるのが使命だ」


 ルヴァンは沈黙する。否定も肯定もしない。

 ペーサロは言葉を続ける。

 自分自身が信じていない、軍と国がでっちあげた神の言葉を。


「我ら神の子は、世に神の光を満たさねばならん。

 朝になれば日の光が夜の闇を溶かす、それが自然の理なのだ。

 ゆえに我らは神がもたらした朝日として、魔物という夜の闇を追い払う。

 これは光が闇を追い払う、聖なる神事だ。

 いや、自然現象に過ぎない

 領土的野心? そんな下らぬ欲望は我らにはない」


 領土的野心が無い、その言葉にもルヴァンは異議も反論も唱えない。

 ヴィヴィアナ達から、将官達が士官専用食堂で領土分配の話をしていたことは知っている。

 そして、信仰など統治のための手段に過ぎないことも。

 だが、第二王子はそのことに触れず話を聞き続けた。


《人間達が魔物を残らず滅ぼすのは、自然の摂理と言われますか?》

「そうだ。

 それが皇国の正義であり、大義だ」

《以上の三つの理由により撤退はできない、と?》

「いや、撤退できないのは、実はそれ以前の問題だ」


 当たり前の様に、撤退できないという司令官。

 ルヴァンの返答に、一瞬の間が開く。


《それ以前、ですか。

 まさか、撤退するくらいなら自害せよ、と命じられていますか》

「そんなことは命じられていない。

 何故なら、それは命じるまでもない当然のことだからだ。

 神の御子として討ち滅ぼすべき悪鬼を前に、おめおめと逃げ出すなど、有り得ない。

 もし逃げ帰れば、改めて背教の咎で処刑される」

《そうですか。

 では、それ以前の理由とはなんでしょうか?》


 ペーサロは息を吸う。

 そして、ハッキリと言いはなった。

 撤退できない理由を。


「このツェルマット浄化作戦、我らの勝利に揺るぎないからだ」


 勝利に揺るぎない。

 その言葉を発するペーサロの目は礼拝車両へと向けられていた。

 正しくは、そこに積まれたガラス瓶の一つへと。


 ガラス瓶から流れ出す白い煙の中、一人の男が姿を現していた。


次回、第二十三部第三話


『問と答』


2010年11月27日01:00投稿予定



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