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魔王子  作者: デブ猫
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第二十三部 第一話 地の底で

 地上で魔王軍とトリニティ軍が衝突していたころ、地下深くでも各自の奮戦が続いていた。

 特にトリニティ軍第三陣は、暗闇の中で粉塵にまみれながら、必死に線路とトンネルの復旧を続けている。


 アンクによって復旧された車列は、車列最後尾にある予備魔道車によって崩落箇所の前まで進んでいた。

 兵士達が必死に土砂を掘り、魔導師が地面を凍り付かせて崩落を防ぐ。

 歪んだレールは取り除く。だが代わりのレールは持ってきていないので、列車が通過した後方のレールを外して前方へ移し替えている。

 換気用配管も破壊されたうえに火災が生じたため、トンネル内の空気も汚れ淀んでいる。このため風を送るためにも魔導師を割いている。

 死傷者も多数発生。負傷者の治療看護にも多くの兵士があたっている。


 だがそれでも、地上への道は空けられていた。

 崩落した土砂と瓦礫の壁に、ぽっかりと人一人が通れるほどの穴が開けられている。

 それは勇者達が掘り進んだ穴。

 この穴を使い、トンネル出口側で工事にあたっている第一陣工兵隊やジュネブラを包囲する第二陣と連絡が取られている。

 また、行動可能な兵達が列をなし、穴を通って地上へ向かっていた。


 穴の出口側でも第一陣による火災消火・瓦礫の除去・負傷者の救助が進んでいる。

 もともとがトンネル掘削を任務とする第一陣。その作業は手際良く、そのための機材も揃っている。

 だが、それでもトゥーン達による魔道車衝突と爆発は被害が大きかった。

 いまだ再度の線路開通はなしえず、第三陣の多くはトンネル崩落箇所から進めていない。


 トンネル出口付近の地上では、警備にあたる兵士達が周囲への警戒を怠らない。

 地上のみならず、日が沈み暗くなっていく空へも目を向けている。

 第二陣のようなレーダーは無いため、広範囲への魔力探知は出来ない。それでも各自の目と双眼鏡と手持ちの宝玉による『暗視』『魔法探知』を使い、接近する魔族がいないことを確認していた。

 また、伝令として走ってくる仲間の兵に対しては、魔族の潜入を阻むため、ごく狭い範囲を物理的に調べる『探査』を用いた検査も行われていた。


 そして、それらの情報はトンネル奥にいるペーサロ将軍へと伝えられている。

 崩落した土砂の壁を前にし、礼拝車両に鎮座するアンクの光に照らされて、彼はトリニティ軍各部隊からの報告を受けていた。

 大声で指示を出す下士官と走り回る兵士達の間を走って、トンネル出口から兵達が次々と伝令に来る。

 敬礼をしながら大声を張り上げる。

 だが彼らが流す大汗は、走ってきたせいではなく、極度の緊張による冷や汗らしい。

 なぜなら、その報告内容は将軍の激怒を呼ぶに十分なものだったから。


「ロベルタ隊、マルティーニ隊、壊滅!」

「魔王軍は我らの銃を鹵獲ろかく

 このままでは、残存する自走砲まで奪われます!」

「アッバース隊が魔物共に包囲され、援軍要請中!」


 鹵獲ろかくとは、戦場などで敵軍の装備・補給物資を奪うこと。

 地上に出た部隊は壊滅間近、今回の作戦のために極秘開発した新兵器を奪われ、自分達は暗い地の底で身動きが取れない。

 礼拝車両の横で起立し報告を聞くペーサロの禿頭が真っ赤に染まっている。

 だが、それでも彼は怒りを無分別に爆発させたりしなかった。

 焼け付く様な眼光を、背後の女性へと向ける。


 トンネルの隅に座り込み、手には大きな四角いガラスパネルを持った女性。

 黒いローブはボロボロに破れ、黒髪は乱れてはいるが、黒い瞳が放つ光は闇の中にもしっかり輝いている。

 彼女の持つガラスは、バルトロメイ少将達が使っていた物と同型。宝玉も装着され、今も光を放ってる。


「ノエミ君! 通信は回復したか!?」


 呼ばれたのは、駐屯地でヴィヴィアナ達を案内し、女性専用車両にいたはずの第四魔導師隊隊長、ノエミ。

 どうやら無事だったらしい彼女は、将軍の問いに即答する。


「ダメです!

 先ほどの連絡以来、一瞬繋がっただけで、再び途切れたままです。

 やはりバルトロメイ少将も……」

「クソッ!」


 毒づいた将軍は、今度は礼拝車両の中を見上げる。

 そこには光差さぬはずのトンネル内を明るく照らし出すアンクがあった。

 車両中央で輝き続ける巨大宝玉の横には、何かの操作に忙しい導師の姿がある。

 そして礼拝車両前方の巨大なガラス瓶は、白い靄の様なものが充満し、淡い光を放ち続けている。


「導師! 『システマ-アッツェラメント』はどうだ。

 まだ再起動出来ないのか?」

「焦らすでないわいっ!」


 怒鳴り返す導師は、どう見ても焦っている。

 汗を滝の様に流しながら、アンク横のパネルや操作盤から目と手を離せない。

 それでも必死に現状を報告する。


「アンクの演算能力を全部、再起動に振り向けとる。

 じゃがそれでも『可能性の再定義』は簡単ではないんじゃ。

 因果律への干渉が、そんな簡単なわけがなかろう!?」

「そんなことは分かってる!

 一体だけで良い、あとどれくらいで勇者を起こせるんだ?」

「だから、焦らすなっつーとろうが!

 まったく、皇都のヤツなら十日はかかる再起動を、四体同時に一日で出来るってだけでも凄いというのに、それをさらにワシ一人で、こんなに急がせるなんて……無茶にもほどがあるわ!

 お前達軍人は、わしらを不思議道具が詰まった便利袋だとでも思っとるんじゃろうが!?」

「出来ないなら、我らは全滅する。

 お前も私も死ぬ」

「けっ! それで脅したつもりかね?」

「単なる事実だ」


 さらに何か言い返そうとした導師だが、舌打ちだけして再び操作盤に向き合った。

 将軍も導師から視線を外し、周囲で怒鳴りながら指示を飛ばす部下へ向き直る。


「駐屯地への伝令は?」


 尋ねられた下士官は慌てて敬礼し報告する。


「先ほど、これまでの全ての情報を持って馬にて皇国へ向かいました!

 ですが距離があるため、恐らく到着は明後日になります!」

「通信の回復が最優先だ。

 断線箇所の修復も急がせろ」

「はっ!」


 他にも一通りの指示を飛ばし、一息つく将軍。

 その横にノエミが歩み寄る。

 彼女の黒い瞳には、僅かな動揺が見て取れた。


「将軍、このままでは……」

「大丈夫だ。全体としては問題ない。

 結局、我らの勝利に変わりはないのだ」


 鍛え抜かれた体から、年齢を感じさせない張りのある声を発する。

 忙しく走り回る下士官と一般兵士達も、しばし手を止めて将軍の話を聞く。


「確かに第一・第二の戦闘部隊は壊滅寸前だ。

 だが、同時に魔王軍も大損害を被っている。

 そして我らは、魔王をたおしたのだ。対してこちらの勇者は、何度でも復活する。

 武器を鹵獲ろかくされたとはいえ、兵数も装備もいまだに我ら第三陣が上。

 そしてトンネルは各所が崩落したとはいえ、健在。すぐ本国から増援も駆けつける。

 結論として、皇国の勝利になんら変わりはない」


 何ら迷いも恐れも見せずに現状を悠々と語る将軍。

 その姿に兵達も動揺と混乱を沈め、勇気を取り戻す。

 ペーサロは周囲に並ぶ部下達へ強く語りかける。


「諸君等は安心してトンネルの補修と防衛に尽力すればよい。

 そうすれば、多少の遅れはあっても今回のツェルマット浄化作戦は遂行出来る。

 胸を張って故郷に帰り、家族に神への献身と皇国への奉公を話せるぞ」


 その言葉に兵達は歓声を上げ、皇国万歳と叫ぶ。

 将軍は勇気と結束を回復させる兵達に満足げな顔を示した。

 だがその時、ノエミの悲鳴に近い声が上がった。


「しょ、将軍! つ……通信機が、通信機から、声がっ!」


 将軍含めた全員の視線が集中する。

 ペーサロは部下達に任務へ戻るよう指示を出し、ノエミを呼び寄せる。

 素早く周囲を確かめてから、彼女に顔を寄せた。


「少将からか?」

「い、いえ、違います……それが……」


 彼女の表情は、明らかに尋常ではない。

 動揺、というより混乱と恐怖に塗りつぶされている。

 将軍は声を潜める。


「誰から……いや、『何』からだ?」


 言い直したペーサロに、血色を失った唇を震わせてノエミが答える。

 その声は、蚊が鳴くよりも小さかった。


「ま、魔王だ、第二子……」

「何!?」

「第二王子、ルヴァン=ダルリアダ……と、名乗って、います」


 瞬間、将軍の顔が強ばる。

 礼拝車両襲撃時ですら間髪入れず行動し続けたペーサロが、通信機を凝視したまま動かない。

 まるで時が止まった様に二人が凍り付く。

 動いたのは礼拝車両から見下ろしてくる導師。


「……将軍よ、どうしたんじゃ?」

「な、なんでもない。全員、作業に戻れ!」


 慌てて首を引っ込めた導師には目もくれず、将軍は通信機を睨み付ける。

 他の者達も各自の任務へと戻る。

 ノエミが怖々と口を開いた。


「き、切りますか?」


 ほっそりした、だが傷だらけで包帯が各所に巻かれた手が宝玉の上に置かれている。

 再び時が流れる。

 ペーサロ将軍は、黙って通信機に手を伸ばした。

 各所の宝玉から光を明滅させるガラスパネルを受け取り、固く結んでいた唇を動かした。


「……通信を、代わったぞ」


 通信機からは、少しの間を開けて返答が帰ってきた。

 極めて冷静な男の声が響く。


《こちらは魔王第二子、第二王子ルヴァン=ダルリアダです。

 暫定ながら、インターラーケン守備軍司令の任にあります。

 そちらはペーサロ将軍ですか?》

「……そうだ。

 こちらは神聖フォルノーヴォ皇国トリニティ軍総司令、ジュニオ・アルベルト・シピオーネ・ペーサロ上級大将だ」


 長い名前だが、事務的な自己紹介。

 だが、ただそれだけの事に、ペーサロは一筋の汗を流す。

 次の言葉はルヴァンから発せられた。


《嬉しいですね》

「……何がだ?」


 予想外の言葉に、少し面食らう上級大将。

 第二王子は構わず話を続ける。


《今まで、魔界からの使者は殺され、文は黙殺され続けていましたから。

 ようやく返答を得たのが嬉しいのですよ》

「ふん……」


 嬉しい、と言うわりに嬉しそうには聞こえない、冷徹そうな口調。

 対するペーサロも嬉しそうな声を返したりしない。

 あくまで冷徹に徹している。


「その通信機はバルトロメイ少将が所有していたはずだ。

 彼はどうなった?」

《部下の身が心配ですか?》

「当然だ。

 部下の身を案じぬ者に、上に立つ資格はない」

《同意します。

 どうやら異なる種族であっても同じく出来る意見があって、喜ばしい》

「下らぬ問答はいらん。

 それで、バルトロメイ少将はどうなった?」

《ですが、意外な質問でもありますね》

「うむ?」

《魔王軍に破れた人間の末路は、過去には自害と特攻以外に有り得なかった。

 生きて我ら悪鬼の虜囚になるなど、まして背を向けて逃げるなど、言語道断なのでは?》


 質問に質問で返されたペーサロは、一瞬言葉に詰まる。


「……当然だ。

 では質問を変えよう。

 彼は皇国軍将官として恥ずかしくない死であったか?」

《もちろんです。

 我らに包囲され、死を免れぬと見るや、生き残った部下達に突撃を命じました。

 自決しようとする女性士官を制止し、彼女が起動させた爆弾も我らへ投げつけ、最後まで奮戦しましたよ。

 さすがは皇国軍を率いる将校です。

 軍人の鏡ですね。

 私の様な臆病者としては、彼の遺体にすら首を垂れてしまいます》


 ルヴァンは全く冷静に、平然と嘘を付いた。

 部下には突撃を指示しておいて、自分だけ命乞いをして捕虜になったバルトロメイについて、彼の皇国での名誉を守った。

 即ちペーサロ上級大将率いるトリニティ軍と、皇国の名誉を守った。

 彼の上司であるペーサロ自身の名誉も。

 そして、バルトロメイが部下を見捨てて一人で逃げたり、捕虜になり皇国の情報を垂れ流しているのでは……と疑った言葉だという事はペーサロも自覚していた。


 もっとも、本当は捕虜となっていることは、地の底で動けない彼に分かることではなかった。

 実はルヴァンの視界の隅では、彼が司令室の端でペラペラと機密情報を垂れ流してるのだが、そんなことは知るよしもない。

 今の彼に分かるのは、討ち滅ぼすべき魔族に、今も砲火を交えている敵に気を遣われたこと。

 その事実に、苦々しげに口の端を歪める。


「そして、少将から通信機を奪って、お前達は私に何の用だ?」

《無論、この争いに終止符を打つべく、ペーサロ上級大将閣下にもご協力をお願いしたく》

「ほう? 降伏か?」

《我らの降伏、という形式が必要であれば、そのように整えましょう。

 魔族は無意味な戦乱を望みません。

 これ以上、大地を血で汚すことは、本意でないのですよ》

「ふん、では貴様等の望み、本意とは何だ?」

《我らの要求は単純です。

 皇国の方々には帰国して頂きたい》

「撤退しろ、というわけか」

《そうです。

 インターラーケン、あなた方がツェルマットと呼ぶ地域を獲得できなくとも、魔王討伐は成し遂げたのです。

 臣民の方々に示す戦果としては十分でしょう》

「……魔王の首を獲ったから、それで満足しろと?

 それで、その後はどうしようというのだ?」

《今まで通り、小競り合いという茶番を演じて下さればいいのです。

 それで両世界とも繁栄を享受できますよ》


次回、第二十三部第二話


『茶番』


2010年11月25日01:00投稿予定

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