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魔王子  作者: デブ猫
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     第六話 ティータン

「父上は大丈夫、命に別状はありません。

 ですが、あまりに魔力と体力を消費しすぎました。

 今はジュネブラに後退して頂いてます」

「そうか、よかったぜ……」

「はにゃあ~、一安心だよ~」


 俺とネフェルティ姉貴は干し肉と水をガブガブ飲み込みながら、ルヴァン兄貴に連れられて船の奥へ進む。

 あー腹減った。血が足りねえ。

 旗艦の司令室へ向かう間、オヤジの様態を聞いた。どうやら無事らしいが、前線には立てないか。

 となると、残った俺達でどうにかしないとな。

 さて、パオラ達は一旦部屋に戻ってもらったが、いい加減に脱出させないと。


「兄貴、パオラ達だけどよ」

「分かってます。

 竜騎兵達にジュネブラへ送らせましょう。

 これ以上の協力を求めるのは、彼女達にも酷でしょう」

「分かってるなら、早くしてくれ」


 兄貴は近くにいた部下を呼び、手短に命令を出す。

 命じられたヤツは敬礼をして走っていった。

 これで大丈夫。あいつらはすぐに戦場を離れる。


 あいつらには、これ以上この戦場にいさせられない。

 ここからの戦いは、さらに残酷なものになるからだ。

 さっきのは地上の人間達へ大音響を聞かせるだけ。ただの足止めで、誰も死にはしない。だから彼女らも協力出来た。

 兄貴が旗艦から地上へ砲撃していなかった理由、それはパオラ達に同じ人間が殺されていく姿を見せないためだ。

 もちろんルヴァン兄貴は『パオラ達を懐柔するため、最大限の協力を得るため。足止めだけしてくれれば十分』という打算と計算をした結果だったろうけど。

 俺としても、あいつらが苦しんだり嫌がったりするのは見たくない。


 目の前にある小さな窓から、赤い光が差し込んでる。

 もう夕方か、いや、これだけのことがあったのに、まだ夕方なんだな。

 ふと窓をのぞけば、早速だ。

 二騎のワイバーンが貨物室に飛び込んだかと思うと、背に黒い修道服の四人を乗せて即座に飛び出した。

 ワイバーンの鞍にしがみつく四人は、それでも振り向いて小さく手を振る。

 俺もつい手を振り返す。


 小さな窓だったので気付くとは思わなかった。

 けど、四人とも俺の方を指さして、思いっきり手を振り替えしてくれた。

 女の子達を乗せて、あっと言う間に遠く小さくなっていく二騎の竜騎兵。

 なんか脇腹をツンツン突かれて我に返れば、姉貴がニヤニヤしてやがる。


「にょほほお~。

 トゥーン君ったら、一気にモテ期到来だねえ~」

「ば、馬鹿いってんじゃねえ!」


 こ、こんな時に、姉貴と来たら、まったくふざけやがって。


「全く、そんなことをしている場合ではありませんよ。

 早く来なさい」


 兄貴は気にせず先に進んでいた。

 俺もさっさと窓を離れる。

 あーくそ、やっぱこういうのは恥ずかしくて苦手だ。



 旗艦として使用される武装飛空挺は、ちゃんと司令室もある。

 中央には指揮官席、正面には操縦席やらモニターやらが並び、壁には『無限の窓』。

 もちろん特大の飛空挺とはいえ、飛空挺なんだから広さに限界がある。

 その狭い部屋を多くの魔族が出入りし、矢継ぎ早に報告と指示が飛び交う。

 各所に取り付けられた宝玉や鏡やガラスの板が光を放ち、様々な文字と数字と映像を表示してる。


 兄貴姉貴と俺が司令室に入ると、一瞬ほぼ全員がズザッと音を立てて敬礼した。

 三人で軽く敬礼を返すと、即座に各自の作業を継続する。

 数名の白ローブをまとったエルフ魔導師が寄ってきて、現状を報告し出した。


「報告致します。

 現在、両軍残存兵力数は、魔王軍三千五百、トリニティ軍四千。

 トリニティ軍は左右に分断されたままです。

 敵軍左翼二千五百は行軍不能となり戦闘不能状態ですが、速やかに回復しています。

 残る右翼千五百への攻撃は継続中」


 んなことは、見れば分かるっつーの。

 相変わらずエルフは前フリとか無駄に詳しい数字が多すぎる。

 時間もないし、さっさと結論を言ってもらうか。


「んで、肝心の戦況はどうなんだよ?」

「魔王軍三千五百に対し敵右翼千五百、この兵数差でありながら、拮抗していました。

 砲台による支援砲火を無くした今ですら、やはり装備の数と性能差はいかんともしがたく。

 竜騎兵団による空対地支援があって、ようやく五分です」

「くそ!」


 思わず舌打ちしてしまう。

 のんきな姉貴も珍しくイライラしてきてる。


「それじゃ急がにゃいと、魔王軍が負けちゃうよ!

 早く、速くあたしたちも行かないと!」

「いえ、大丈夫です」


 報告してるエルフが、いきなり大丈夫とか言い出した。

 さっきの報告の、どこが大丈夫ってんだよ。


「つい先ほど、ティータン様率いる巨人族の方々が到着、参戦致しました」

「それを最初に言え!」


 前フリが長すぎるエルフを無視し、地上の戦況の映像を探す。

 司令室の沢山ある鏡の中、姉貴も一緒になって目的の映像を探し回る。


「これですね」


 すぐに見つけた兄貴が一つの映像を指さす。

 そこには、戦場が映っていた。

 爆発で巻き上がる土煙、燃え上がる林の木々、折り重なる様々な種族の死体。

 夕暮れの赤い光に、炭化していく樹木の炎に、魔族と人間の血肉が照らされる。

 映像は臭いを伝えない。なのに、焼けていく肉と毛の臭いが感じられてしまう。


 吐き気がする。

 冷や汗が出る。


 だが、目は逸らせない。

 顔を背けるわけにはいかない。

 背中に走る悪寒を強引にねじ伏せ、画面を食い入る様に睨み付ける。

 死と破壊に覆われた戦場、その向こうにある丘の斜面に、確かに巨人がいた。


 頭に角を生やした、他の種族を圧倒する巨体。

 膨れあがった筋肉で覆われた、力の具現化のような姿。

 魔力はほとんどないけど、そんなものは不要とばかりに力任せで戦う連中。

 巨人族。


 そんな巨人達を率いるのは、巨人族としては小柄な、そして場違いな服装と雰囲気をまとった者。

 俺としては別に嫌いじゃないんだが、とっても苦手なヤツ。

 鬼神のごとき戦いぶりを見せる魔王第六子、ティータンの気持ち悪い勇姿――





――寄せ集めの魔王軍と、トリニティ軍右翼は、まばらに木が生える林の中で剣を交えていた。

 燃える木々の煙、飛空挺から撃ち込まれた煙幕弾の煙により、人間達の持つ銃の光は効果を半減させている。

 飛空挺と竜騎兵団から矢と砲撃と爆弾と魔法の炎が撃ち込まれる。

 だが、それですら人間達の戦力は侮れなかった。


 展開する障壁は魔族のそれより広く長時間にわたり維持される。

 投げつけてくる爆薬と矢の数も威力も圧倒的。

 戦士達の甲冑は軽く動きやすく、丈夫で熱にも強い。

 魔導師達の魔法は技量も魔力量も、魔王軍の素人と比較にならない。

 馬と大イヌ、『浮遊』の宝玉も十分に所持していたため、機動力も圧倒的。

 何より兵達の連携は、寄せ集めの魔王軍とは雲泥の差。

 あまりの戦死者数に、魔物達が怖じ気づく。

 対する人間達は着実に勢いを増す。


 そのとき、いきなり両軍の頭上を岩が飛んだ。


 弧を描いて落下する岩は、人間の魔導師が展開する障壁に当たる。

 エルフの炎もワーキャットの矢もワーウルフの剣も止めた障壁が、貫かれた。

 岩の重量と速度が生み出した質量に、運動エネルギーの吸収が間に合わず、岩は光の波を撃ち抜いた。

 そして、障壁を展開していた魔導師の頭が吹き飛んだ。


 次々と放り投げられるのは、そこらへんに転がっている岩。

 それが人間達の側へ雨あられと降り注ぐ。

 大慌てで逃げ回る兵達が隊列と連携を乱す。


 それは、巨人族の参戦。


 街道敷設工事にあたっていた巨人族は、山を必死で登ってきた。

 工事現場からジュネブラまで駆け上がってくるのは、やはり無理があったらしい。戦いに間に合ったのは、ほんの十数名だけだった。

 おかげで参戦したばかりだというのに、既に疲れが見える。息が上がり、汗を滝の様に流している。

 だが、それでもなお圧倒的パワーを示していた。


 林の外、丘の上のあちこちに立つのは、毛皮の服をまとい頭に角を生やした巨体。

 その周りには望遠鏡や双眼鏡を手にした、数名のゴブリン・ドワーフがいる。

 グラスを覗き込む彼らは、敵軍の位置を確かめ、目標地点を巨人に伝える。

 巨人が手にしているのは、頑丈な皮布の両端から極太の縄が伸びたもの――スリングと呼ばれる投石器。

 やはり巨大な手が足下の岩を拾い、分厚い皮布でくるんで、縄の端を掴む。

 そして、丸太より太い腕が、大質量の肉体が回転しだす。

 遠心力で、うなりを上げて振り回される岩。


 縄の一方が手から離れる。

 皮布が広がり、岩が中空へ放り投げられる。

 大気の壁をものともせず、それは指示された目標地点、即ち地上の人間達へと飛来した。


 燃える梢を、炭化した幹をへし折りながら岩が飛ぶ。

 力任せになげられただけあって狙いはいい加減だし、兵達も必死で避けるため直撃は少ない。だが確実に隊列は乱れ、攻撃に隙が出来る

 岩が落ちるたびに地面がえぐれ土砂が飛散する。その土砂をも殺傷力を持つ。

 砲台の支援砲撃を失ったトリニティ軍は、今度は自分達が投石による支援砲撃を受ける立場になってしまった。


 そして岩をぶん投げる巨人達の中でも、特にポイポイという勢いで岩を投げつけている巨人がいる。

 それは、巨人族としては小柄な体で、角も生やしていない。ただ角があるべき場所に青黒い斑点のような魔力ラインがあるだけ。

 他の巨人達が皮を繋ぎ合わせただけの簡単な服を着ているのに対し、その巨人はキチンと縫い合わされた服を着ている。

 作業用らしい丈夫な布でできた青いズボンは、胸当てと肩にひっかけられたサスペンダーがついている。

 胸当ての下には、汗に濡れる白いTシャツ。可愛いウサギのアップリケ付き。

 ブーツの靴ひもはキレイにちょうちょ結び。

 角のない頭からは金色の髪が、二本のお下げに編まれて肩まで下がる。髪飾りは黄色い花のカチューシャ。


「ふぅんぬぅうああぁぁーーーーっ!」


 バルトロメイ少将とは違った方向で甲高い、力のこもった雄叫びが上がる。

 ゴツゴツとした大きな手でスリングを振り回すごとに、特に大きな放物線を描いて岩が飛んでいく。

 一投ごとに内股になり、大きく膨らんだ胸の前で手を組んでいる。


「にんげんのみんな、ごめん。

 うまれかわったら、ともだちになってね」


 小柄な方とはいえ巨人、とは思えない高い声。

 優しい別れの言葉を紡ぎ終えると、ふくよかというには大きすぎる胸を揺らしながら岩を掴む。

 いや、大きさの割りにあまり揺れない胸。おそらく膨れあがった大胸筋がバストアップし過ぎているせいだろう。

 歯が砕けるんじゃなかろうかというくらい、思いっきり食いしばり、顔面の筋肉が見事に盛り上がる。

 その形相、まさに鬼。

 鍛え抜かれた筋肉で覆われた巨体が回転し、轟音を響かせる。


「うおぉおおりゃあああーーーーっ!」


 そして、再び雄叫び。

 岩は遠く果てしなく飛んでいく。

 しばらくして、林の彼方から土煙が上がった。

 ついでに何か人や馬の形をしたものも宙へ舞い上がってる。


「いやん、やりすぎた。

 こぶたさんが、けがしちゃう」


 そういってゴツゴツした手が大きな尻へ伸ばされる。

 青いズボンのお尻部分には子ブタのアップリケがあった。サイズは大イノシシだが。

 どうやら、力を入れすぎて破れた部分に縫いつけたらしい。


 ティータン=パンプローナ。

 魔王第六子であり、第四王女。

 ネフェルティの領地エストレマドゥーラ半島、その付け根に存在するパンプローナ山脈を領地とし、そこで暮らす巨人族を支配する。

 配下たる巨人族に「美の化身」「慈愛に満ちる女神」「愛らしき我らの妹」と称され、絶大な支持を得ていた。

 あくまでも巨人族限定で、そう呼ばれていた――





――画面の中、筋肉ダルマなティータン姉ちゃんの乙女チックな仕草が映ってる。

 だがその攻撃力は、極悪。

 そして渾身の力を込める形相は、恐い。

 可愛い子供向けな服装を、あんなごつい姿で着られると……さっきとは違った意味で目を背けたくなる。


 いや、優しい姉ちゃんなんだよ、ホント。

 ミュウ姉ちゃんと同じくらい、その、好きではあるんだ。

 ちょっと頭が悪くて字もろくに書けないけど、代わりに芸術的才能はピカイチ。

 特に立体構造へのセンスが凄くて、力持ちだから、建築とかの土木工事に引っ張りだこ。

 真面目で誠実な性格もあって、どの種族からでも、とても評判が良い。

 よくオヤジと一緒に巨人族を引き連れて、各地の工事現場を巡ってる。


 ただ、その、あの格好とか仕草は……。

 巨人族以外の魔族の美的センスからは、なあ。

 でもティータン姉ちゃんは、ああ見えてデリケートで傷つきやすい。昔から優しくしてくれたし。

 だから、とても、その、正直な感想を、言えない。

 あの口の悪いひねくれたゴブリン達ですら、気をつかってる。

 そして巨人族にとっては、あの姉ちゃんの巨体すら小柄で愛らしいのだ。角の生えた強面連中から見れば、顔も小顔で超絶可愛いらしい。


 そんなわけで、ティータン姉ちゃんはいい年コイた今でも乙女心全開。

 人間達へ容赦ない投擲を加える今ですら、鬼の様な形相で岩をぶん投げてるのに、筋肉ダルマだってのに。

 可愛いアップリケだって自分で縫いつけたお気に入り。


「どうやら大丈夫ですね」

「あたし達にょ手に入れた銃もあるから、勝てるよ!」


 第二王子のルヴァン兄貴と、第三王女のネフェルティ姉貴は、画面から目を逸らしながら勝利を確信していた。

 その勝利をもたらしてくれる第四王女の姿には、見て見ぬふりをしている。


地上の戦いが激しさを増す頃、地下でもうごめく者達がいる。


アンクを操るペーサロ将軍へ語りかける者、近寄る者達もいる。


今、彼らは真実へとたどり着こうとしていた。



次回、第二十三部第一話


『地の底で』


2010年11月23日01:00投稿予定

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