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魔王子  作者: デブ猫
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     第五話 殉教の痛み

 女の舌は止まらない。

 あふれる様に人間達の、皇国における教会の意義を語ってくれる。

 尋問も無しに自分から喋ってくれるとはありがたいぜ。

 周りの連中も空気を読んで、女の話を黙って聞く。


「傲慢な人間もアンクのご利益欲しさに頭を下げる。

 短気な人も出世したいから教会の教えを守る。

 悪人だって、地獄に堕ちるのが恐いからって、真面目に働くわ。

 臆病な者も死への恐怖から解放される。

 頭が悪くても大丈夫。教会の教えは極めて簡単な内容だから、馬鹿でも守れるの。だから馬鹿な人でも正しい生き方が分かり、ちゃんと生活できるようになった。

 おかげで国は豊かになり、治安も安定し、多額の布施と奉仕で学校も病院も、孤児院や救貧院も設立できたわ。

 人々は日々を安らかに過ごせるようになったの。

 皇国の臣民に正しく生きる道を示すこと、それが教会の存在意義なのよ!

 そんな大義も分からず、あなた達は!」


 思わず、うーむ……と、うなってしまった。

 教会とか宗教って、そういう一面が確かにあるよなー、と考えてしまう。

 と、こっちが納得させられてどうする。

 ヴィヴィアナ達もタジタジになってきてるぞ。


「嘘も方便、ですね」


 船の奥からすかした声がした。

 見れば、黒メガネをクイっと直しながらルヴァン兄貴が歩いてきてた。

 その言葉は、嘘も方便。

 修道院の神父も、それを認めていた。

 女が語った話に相応しい結論だろうな。


「さて、まずは拍手です。

 見事に帰還した者達を賞賛せねばなりません。

 ネフェルティとトゥーンの両者とも、そして近衛兵の皆さんも、素晴らしい働きでした。

 残存する移動砲台を全て沈黙させ、皇国軍の兵装を獲得し、指揮官を捕虜とする……見事です」


 そういってパチパチパチ……と手を叩く。

 拍手するんだったら、もう少し楽しそうに熱を込めて叩けよ、と言いたくなる叩き方だ。

 とはいえ、後に続く飛空挺乗組員の拍手喝采と口笛は熱気に満ちていた。


「それと、移動砲台群を破壊し尽くした爆発、あれはトゥーン君ですか?」

「おうよ!

 ちょっと連中の中まで行って来たぜ。

 最初はレーダー破壊だけのつもりだったけど、他にも持ってやがったからな。

 めんどくさいから砲台まとめて潰しといた」


 胸を張って戦果を誇る俺に、珍しく素直に頷く兄貴。

 口調は気に入らないが、今回は嫌味が無かった。


「驚嘆です。

 全く驚きました。

 私の思考範囲外の事態でしたよ。

 あなたは他者の予想もつかないことを、誰にも出来ないであろう事を、見事に成し遂げたのです」


 ふっふっふ、とうとうルヴァン兄貴にまで認めさせたぜ。

 魔力を失って白銀の長髪になった兄貴は、ふんぞり返る俺の横を通り過ぎ、ツカツカと歩きながら女に話しかける。


「まずは名乗りましょう。

 私は魔王第二子、第二王子、ルヴァン=ダルリアダ。

 初めまして」

「……魔物に名乗る名など持ち合わさないっ!」


 この状況で、まだ強がれるとは、凄い女だ。

 兄貴の方は呪い殺さんばかりの女の眼光を、涼しく受け流してる。

 そして話を続ける。


「皇国民の生きる道を示しながら、皇国民たるオルタの民に死を与える。

 随分と矛盾した行動ですね」

「大事の前の小事、それは魔界を統べる魔王一族なら分かる事でしょう!?

 それが政治の常道でなくって?」

「無論、その点は否定しません。

 しかし皇国としては、魔族襲撃偽装なんて小細工は不要でしたでしょうに。

 人間達の間では、そんな偽装が必要なほどに、魔界との和平を望む者が増えていたのですか?」


 この質問は、かなり核心を突くものだったらしい。

 あれほど滑らかにしゃべっていた女が言葉に詰まった。

 代わりに兄貴の尋問が、つか嫌味が続く。


「やれやれ。

 せっかく父上が、人間界も含めての平和を目指して下さったというのに。

 安定した膠着こうちゃく状態を構築することで、人間達も平和を謳歌おうかする……かと思ったら、こんな下らないことに国力を浪費するとは」

「そ、そんな平和は偽りよ。

 仮初めの平穏など、砂上の楼閣に過ぎないわ。

 だって、支配者の気まぐれで築かれた平和なんて、同じく気まぐれで崩れるもの。支配者が変われば方針も変わるし。

 なのに人間は愚かだから、一時の安定が永遠に続くなどと、勘違いする者が増えてしまった。

 そんな人々の目を覚まさせる必要があったのよ」


 それは、まぁ、確かに。

 オヤジだって永遠不滅の魔王じゃないんだ。

 気が変わることだってあるだろうし、時が経てば魔界の事情も変わる。

 実際、兄貴達の中には人間界への侵攻を唱えるヤツもいる。


 あらゆる事態を想定し、事前に対応策を練る。

 大所高所に立ち、目先の不利益も一時の非難も受け入れる。

 それが政治だ。

 パオラの様な普通の国民から恨まれるのも呪われるのも覚悟しないと、政治は出来ない。


 いや、そうは思ってきたが、近衛兵達に後ろへ引っ張って行かれる彼女を見ると、違う考えも出る。

 魔王を目指すってのは、こんな矛盾にも直面するってことだ。

 少なくとも今の俺には、まだ涙を流し女を睨むパオラに、政治の常道なんて語る気にはなれない。

 そんなに非情には、なれそうにない。

 だが非情になれそうな、つか既になってそうな兄貴の話は平然と続く。


「随分と痛みを伴う目覚めですね」

「人は、いえ、全ての生物は痛みから学ぶの」

「確かに。

 痛みから学ぶ、それは我ら魔族も同じです」

「その通りよ!

 痛みが無くなったら、人はどんな過去の失敗も忘れてしまうの。

 だから定期的に痛みが必要なの。

 殉教という痛みが、ね」

「なるほど。

 定期的な東西要塞への死兵投入、オルタ襲撃偽装。

 全ては痛みを忘れないためですか」

「そうよ。

 人間として生きる道を忘れないために、殉教者が必要になるの。

 殉教の悲しみが、怒りが、感動が、教会の教えと皇国の結束を新たにしてくれる」

「なるほど……」


 問答の後、すこし顎に手を当て首を傾けて考えてる。

 いや、あれは考えるフリをしてる。

 演技だ。何かきついことを言う前の、もったいぶった嫌みったらしい演技。

 そして、俺の予想通り、きついことを嫌みったらしく言ってくれた。


「殉教するのが自分でないなら、どんなきれい事も言えるでしょうね。

 先ほどのバルトロメイ少将のように」


 瞬間、女の顔が真っ赤になる。

 怒りで醜く歪む。


 まったくもって正論で、身も蓋もない結論。

 結局は、国の偉い連中が富と権力を貪るために、一般の民を騙して殺してたというだけ。

 教会の教えは一般臣民向けだから、支配者層は教えに無関係なワケだ。

 こんなものは政治じゃない。

 ただの詐欺。


 同じく話を聞いていた魔族達の顔も赤くなる。大きく歪む。

 ただし怒りじゃなくて、笑いで。嘲笑で。

 兵達で一杯だった貨物室は、各魔族ごとの様々な笑い声が反響する。

 エルフが腹を抱え、ドワーフが大口を開け、ワーキャットが転げ回り、ワーウルフが吠える様な声を出す。

 表情が無いからよくわからないが、リザードマン達も笑ってるらしい。

 寄せ集めの魔王軍が、心一つに大爆笑。


 女の顔が、さらに歪んだ。

 憤怒、恥辱、憎悪、絶望……あらゆる負の感情があふれんばかりだ。

 目に暗い光が宿り、乱れ汚れた髪が逆巻く。

 そして、青黒い霧のようなものが肌から染み出した。


「あ……マジィ。暴走だ」


 呟く間にも、あふれだした女の魔力が貨物室の床を這う。

 俺が修道院でやったのと同じく、怒りのあまり魔力が溜まりすぎたんだ。

 見る間に女は純粋な魔力の霧に包まれていく。


 術式を与えられず暴走する魔力が、女を縛る縄を引きちぎる。

 残されていた下着を引き裂く。

 貨物室の床を腐食させる。

 少女四人と、彼女を抑えるため近くにいた近衛兵が、慌てて飛び退く。

 さっきまで怒りに我を忘れて泣いてたパオラまで後ずさってく。

 青黒い光を目に宿した女が、ゆらりと立ち上がる。


「ふんっ」


 兄貴の、力を込めてんだか込めてないんだか分からない気合いが響いた。

 見れば、後ろのエルフ魔導師も一緒になって、女に向けて右手を向けている。

 瞬間、女の意識が途切れた。糸の切れた操り人形みたいに倒れ込む。

 魔法で気絶させたんだな。


 姉貴が慎重に、ゆっくりと近寄って女の状態を確かめる。

 そしてすぐに部下へ指示を出し、改めて縛り上げてから、今度はタンカで丁重に運んでいった。

 運ばれる女の有様は、酷いもんだ。

 僅かな下着も破れて全裸。肌は各所が黒ずみ、あちこちに傷が出来て出血してる。息も絶え絶え。

 ま、医術に長けた魔導師も連れてきてるだろうから、ちゃんと助かるだろう。


「ど、どうなったんだべ?」


 泣きはらして赤くなったパオラの目が、運ばれていく士官を見送る。


「暴走だよ」

「暴走って……あ、修道院で、トゥーン様が?」


 思い出したらしい少女達が大きく頷く。

 でもパオラは、まだ少し納得できない点があった。


「だども、なんであんな傷だらけになって、死にそうになるんだべ?」

「暴走し、自分自身を傷つけてしまったのさ。

 身に余る魔力に肉体が耐えられなかったんだ」

「へえ!? そ、そったら恐ろしいことになるんだか~。

 あれ? だども、あん時トゥーン様は、なんとも無かったでねーか?」

「ああ。

 あの時は、必死で理性を保って魔力を制御した。咄嗟に『念動』にして、修道院の教会へぶつけたんだ。

 正直、やばかったぜ。あんな魔力が暴走したら、島ごと吹き飛んでたろうよ」

「ふはー、やっぱトゥーン様は、すっげえお方だなや」

「たまたま、だ。

 怒りとか感情の暴走で魔力を溜めるのは、大方が制御不能になって自滅しちまう」

「その通り」


 兄貴のスカした声の偉そうな同意。

 そして黒メガネをクイッと直しながらの講釈が続く。


「魔法も日々の鍛錬によって身につけるもの。

 魔力は穏やかな心による瞑想によってこそ正しく得られるのです

 その点で、『肉体強化』と魔力チャージを同時に行うトゥーン君は、邪道の極みといえるでしょう」


 だから、嫌味ばっか言ってんじゃねーよ。


次回、第二十二部第六話


『ティータン』


2010年11月21日01:00投稿予定

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