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魔王子  作者: デブ猫
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     第四話 捕虜

 俺達の前に、旗艦が悠々と巨体を着地させた。

 最初に俺達を出迎えたのは、人間の少女達だった。


「どうだいっ!

 あたい達の演奏、魂まで痺れたろ!

 Metallo di morte(死の鋼)ってんだぜ」


 着陸した旗艦、大きく開け放たれた貨物庫の扉から、イラーリアの得意満面な姿が見えた。


「これが私達、従軍聖歌隊の戦い方なのです。

 術者の集中力を下げるだけでなく、魔力の流れも乱し、魔法効果を著しく低下させるのです。

 魔族との戦争以外では禁じられた、祭壇奥に封印されし呪怨曲ですよ」


 さっきまで世界を呪い殺す勢いで絶叫を上げていたとは思えない上品な笑顔で、素早く乗り込む兵達を迎えるヴィヴィアナ。

 玉の様に輝く汗が、さっきまでの刺激的過ぎる姿と合わさり、なんだか色っぽくも怖い。

 隣でハープを抱えるサーラまで、あの気弱そうな姿からは想像できないドギツイ演奏をしてたのかと思うと……本当に女って分からない。


「さ、さあ、と、とにかくみなさん、速く乗り込んで、逃げましょう」


 サーラに言われるまでもなく、回収した品を両手に抱えたワーキャット達は、飛び込むように貨物室へ入ってく。

 そして銃を構えた姉貴と拾い物の剣を握る俺が最後に乗り込む。

 パオラが泣きながら俺に抱きつくのと、旗艦が上昇し始めるのは同時だった。





 夕暮れの空へ、急速に速度と高度を上げる旗艦。

 眼下に見えるアッバード隊は、相変わらず泥の中で苦闘する姿を小さくしていく。

 そして、体を貨物室に固定していたロープを外す聖歌隊の横を、捕虜二名が連行される。


「あ、あたしの階級は少将よ!

 捕虜とはいえ、士官としての待遇を要求するわ!

 丁重に扱わないと、後で酷いことに……」


 震えながら必死で虚勢を張るバルトロメイとやらが、縄でグルグル巻きにされたまま運ばれていった。

 武装解除され、宝玉が装着されていた衣服もはぎ取られ、見苦しい下着姿のまま鑑の奥へ消えていく。

 あまりの事態に放心状態のまま引きずられる女性士官の方も、身ぐるみ剥がされて下着だけにされたうえに縄で縛られいる。

 と思ったら、修道院から来た四人を見るなり、いきなり目尻をつり上げてわめき始めた。


「まさか、本当に修道女が裏切っていたのね!?」


 どうやら第三陣から事態の連絡が来ていたらしい。牙をむく勢いで少女達に怒声と罵声を浴びせ始めた。


「こ、この恥知らず! 背教徒め! 地獄に堕ちろ!

 多くの同胞を、信徒を魔族に売り渡し、のうのうと魔界で怠惰と悦楽にふける気!?

 同じ皇国の臣民を、同じ人間を死に追いやって、魂に何の呵責も感じないの!?

 修道院で何を学んできたのよ!!? 神を畏れないの!?

 人間として恥ずかしくないの!?」


 彼女を連行していたワーキャットが、頭を床に押しつけて強引に黙らせる。

 さすがに良心の呵責が無いわけではない聖歌隊の三人は、気まずそうに目を逸らす。

 けどパオラだけは、彼女の頭の横に膝を付いた。


「すまねっす。

 でんもぉ、オルタの村と街を焼いたのは、軍の人達だべ」


 グッと言葉に詰まる女。

 どうやらこいつもオルタ襲撃の真相を知っているようだな。

 司令官の側にいるヤツなら、当然か。


「わだすの両親も、弟や妹も、村のみんなも、勇者に殺されたべ。

 修道院のみんなは、魔族がホントは気の良い方々だって真実を知ってしもうたから、司教様達に殺されてしもうただ。

 軍の人達は、全部魔族のせいとかいって、大嘘ついたべよ。

 これ、どうしてくれんだ?」

「た、大義と、神のためよ!」


 床に押しつけられながらも、呻く様に叫ぶ女。

 自分からしゃべってくれるなら、尋問の手間が省ける。俺はクイッと顎を動かし、頭を押さえつけてる近衛兵へ指示。

 女は頭が自由になる、と同時に一気に喚き始めた。


「人間の繁栄、皇国の躍進のために、魔族と戦い討ち滅ぼさねばならないわ!

 そのためには殉教が、聖なる行いに身を捧げる殉教者が必要なの!

 僅かな犠牲で大きな対価を得ることが出来る、素晴らしいことじゃないの!?

 あんた達だって教会で学び、信徒に教えてきたでしょうが!」

「わだす、信仰捨てたべ。

 ここのみんなも捨てたべ。

 だから殉教しねーだよ」


 普段のパオラからは想像できない、見たことないほど、冷たい目。

 朗らかな彼女のものとは思えない、冷たい口調。

 対する名も知らぬ女士官は熱くなる。

 激しく、滑らかに正当性を訴える。


「か、神のために死した者は天国へ召されるわ。

 神の御許で永遠の安息を得るのよ。

 だから臣民達は皆、何も畏れることなく神と皇国のために、全てを捧げることができるのよ。

 いえ、捧げるべきなの!

 なのに、なのにあなた達と来たら! 自分のことばっかり考えて、なんて利己的な、自分勝手な連中なの!?」

「……何が神の教えだぁよ!

 自分勝手なのは国の偉い人達でねえか!?

 エミリアや、ロレダーナや、アブラーモも、父ちゃんも母ちゃんも、村長さんも、みんな騙されてたんでねーか!

 騙されて殺されて、どこの天国に行けるってんだよお!?」


 のほほんとした普段のパオラからは想像も出来ない、怒りを込めた叫び。

 いつも笑顔だった彼女が、憎しみに顔を歪めてる。


「福音も天国も、神様まで、ぜーんぶ国の偉い人達がでっち上げた、嘘っぱちだべ!

 一体今まで、どんだけの人を殺してまわってただよ?

 魔族の皆さんが、どんだけ迷惑してると思ってンだあ?

 ここの皆さんは、そんな迷惑かけてきた人間のわだすにすら、すんげー優しくしてくれたぞ!

 魔王様なんか、わだすの村や家族の話を楽しそうに聞いてくれただよお。

 それに比べて、それに比べて……皇国と教会の偉い人達と来たら……」

「か、懐柔に決まってるわよ!

 あんたに、あんた達に便宜を図るのは、敵に間者を紛れ込ますための懐柔策に決まってるじゃないの!

 それにまんまとひっかかるなんて、馬鹿だわっ!

 政治も軍事も全く分からない田舎者め!」

「そったらこと聞いてねえっ!

 父ちゃんを返せっ!

 母ちゃんを返してくんろっ!

 エミリアもロレダーナもアブラーモも……みんなを返せ、返せッてんだあっ!!」


 泣きながら喚き散らすパオラ。

 細腕を振り回し、女を殴りつけようとして、近衛兵達に止められ後ろへ下げられた。

 怒りの収まらない彼女は、まだ嗚咽と共に罵り続けもがいてる。


 パオラの弟妹達には、ほんの数日会っただけだった。

 生意気で元気でうるさくて……。

 もし俺が死んだら、兄姉達はこんな風に悲しんだり怒ったりするのかな?

 兄姉達の誰かが死んだら、俺はどうするんだろう。


 分からないな。

 もちろん不老不死じゃないけど、魔王の一族は桁外れに強い。

 それが本当に死ぬなんて、皇国に行くまでは想像したこともなかった。

 いや、考えたことが無いワケじゃない。ただ、本当に起きるなんて信じられなかったんだ。

 そう、そんなことはその時にならないと分からない。

 今、目の前で泣き叫ぶパオラのように、その時にならないと分からないんだ。


 そして、そんな彼女に詫びるどころか、逆にパオラを馬鹿だと罵る女。

 パオラ達を受け入れるのは敵を仲間に引き込むための懐柔策だと断じる高級士官。


 それを横で聞いてる俺はといえば、全く100%それを否定できる、というほどの自信はない。

 いや、考えなかったわけじゃないんだ。

 俺だって支配者の端くれ、考えないワケにはいかない。

 醜いのはお互い様か。


 だが、罵られる娘達の方が自信を持って否定してくれた。

 ロープを外した聖歌隊の三人も、床に放り出されている女性士官の横に立つ。

 さらに一歩前に出たのはイラーリアだ。


「確かに、あたい達は田舎者だ。

 政だの軍だの、難しいことはわかんねーよ。

 でもな、これだけは間違いねえ。

 あたい達を騙したのも殺そうとするのも軍と教会とアンクで、死にそうだったところを命懸けで助けてくれたのは、トゥーン様達だ」


 ヴィヴィアナも前に出て、皇国を糾弾し魔族を擁護してくれる。


「オルタの街は、人間の謀略によって滅ぼされかけていたんです。

 街を襲っていた勇者を倒したのは、トゥーン様なのですよ。

 トゥーン様は、同じ人間に襲われていたオルタを救って下さいました。

 そして司教に襲われていた私達を救って下さったのも、トゥーン様です。

 これだけで、魔界と皇国のどちらに正義があるか、明白と思います」


 認められて褒められるのは嬉しいが、ちょっと恥ずかしい。

 それに、あれって結構、成り行きってとこもあったからなぁ。

 サーラは泣きそうな目から本当に大粒の涙を流し、軍と教会の罪を問う。


「わ、私達の信仰は、いったい、何だったんですか?

 朝な夕なに、祈ってきた神って、全て偽物、だったんです、か?

 皇帝や、教皇は、な、何にも知らない人達を、騙すのが、楽しいんですか?」

「楽しくてやってるわけ、ないでしょうがっ!!」


 全く言い訳も謝罪もせず、むしろ皇国の正義を力強く主張する女。

 下着姿のまま縄で縛り上げられ、床に転がされているというのに、凄まじい迫力で反論してくる。


「人間というのは、立派でも賢くもないのよ!

 愚かで、怠け者で、傲慢で、疑り深くて、嘘つきで、強欲で、短気な、欠点だらけの存在なの!

 そして死ぬのが怖くて怖くて仕方ない臆病者なの!

 だから教会を設立したのよ!」


 人間世界の裏事情を叫ぶ女。

 周囲の近衛兵達も、姉貴も、俺も、エルフやドワーフも、今は黙って女の話を聞いている。

 着々と高度を上げ飛行する飛空挺の中、女性士官の演説が続く。


「よーっく思い出しなさい。

 教会の訓戒に、人としての生き方に、誤ったものがあった?

 人を信じること、日々を勤勉に過ごすこと、信じ合うこと、欲張らないこと、何か腹の立つことがあっても落ち着いて話し合うこと。

 何より、法を守って真面目に生き、心安らかに死を迎えること。

 どれも、人として大事なことでしょう!?」


 問われる少女達は、少し困った様な顔で視線を交わらせてる。

 俺は教会の教典は知らないが、まぁ、どこの宗教でも言ってる程度の内容らしい。

 少々の差はあっても、結局はそこに行き着くのかな。


「でもね、それが正しいからって、そうは生きられないのよ!

 だって人間は愚かなんだもの、目先の利益とか無しに、みんながみんな、そんな正しい生き方は出来ないの!

 法で罰を与えるっても限界があるの。全ての咎人を捕らえ裁くなんて無理。すぐ捕まるとしても後先考えずカッとなる人なんて珍しくない。

 全てがどうでもいい、ただ暴れたい、刺し違えてでも殺したい……そう思ったことがない人なんて、いるの?

 分かってたって正しく出来ないのよ! それが人間なの!

 だから、統一された倫理が必要なのよ!」


 その理屈は分かる。

 ま、多くの魔族も程度の差はあれ、似た様なものだ。

 少女達は、あまりの勢いに反論の隙を見いだせない。

 取り調べの手間が省けるし、興味深い人間の裏事情なので、他の魔族も取り敢えずは話を聞いている。


「国を律するための法とは別に、人々の生き方の羅針盤が必要だった。心を律するための法。

 死への恐怖、死後への不安に対する安らぎを与えることが必要なの。

 だから教会を設立したの。昔、片田舎の小さな宗教団体を利用したそうよ。

 当たり障りのない、まともな教義を教えてたから、奇跡っぽいことが出来るアンクを与えて、国教という地位に就けそうだわ」


 ほほう、そいつは興味深い。

 人間達の、恐らくは国家機密に類する重要情報。

 苦労して捕虜を捕まえた甲斐があったぜ。

 このまま色々聞くとしようか。


次回、第二十二部第五話


『殉教の痛み』


2010年11月19日01:00投稿予定

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