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魔王子  作者: デブ猫
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     第三話 絶叫

「トゥーン君、お使いご苦労様だニャ」

「おうよ。ちゃんと土産ももらってきたぜ」


 通信機を手にした弟を褒めるのは、ネフェルティ。

 薄茶色と焦げ茶色、黒などで迷彩塗装した服に身を包む姉を、得意げにトゥーンは見上げる。


「姉貴も、よくこれだけの銃をかき集めてこれたな」

「にゃっはっは! みんにゃには頑張ってもらったよ。

 にゃにしろトゥーン君のおかげで、そこら中で拾えるんだもん」


 得意満面で収穫を誇る彼女の背中にも、立派な銃が背負われている。

 腰には立派な装飾が付けられた小刀が装備されているが、銃の前に存在が霞んでしまいそうだ。



 トゥーンは丘の上で、草原に身を伏せながら生き残った移動砲台の方へ接近するワーキャット部隊を見つけた。

 すぐに彼は合流。現状を報告確認。

 ネフェルティとトゥーンは部下達に、残存する砲台の奪取と、壊滅した移動砲台の周囲から使える銃をかき集めるように命じた。

 魔力差も障壁も無視し、通常の『魔法探知』が届かないような遠距離から攻撃できる武器を得るために。

 それをもってトリニティ軍の指揮連絡を速やかに断ち、瓦解させるために。


 人間達が、特に軍や教会が魔族の話を聞かないのは周知の事実。

 にもかかわらずトゥーンが使者となったのは、そのための時間稼ぎ。逃がさないための足止め。

 そして敵司令官と兵数兵装の確認、出来れば通信機等の装備品奪取。

 このまま襲撃しても殲滅と各種装備の破壊自体は可能だが、無事に奪取できれば、装備で劣る魔王軍としてはありがたい。


 結果、見事に奪取成功。

 さらに慌ててトゥーンを追ってきた部隊を、待ち伏せていたワーキャット達が奇襲し全滅させた。

 今や指揮官のバルトロメイ少将を守るのは、さっきの半分ほどの150人ほど。

 おまけにトゥーンへの銃撃で魔力を大幅に消費している。


 今や人間達は完全に包囲され、次々と倒れていく。

 付近に倒れたままだった馬車の影に隠れたり、泥の小山に身を伏せたりしたが、あらゆる方向から向けられる銃口からは逃れられなかった。

 泥の中に身を伏せて必死に撃ち返そうにも、瓦礫と泥が山になった場所の天辺から一人ずつ狙い撃ちにされる。

 障壁は意味を成さないどころか、障壁を展開する術者が狙撃されて消されてしまう。

 魔法が届く距離ではない。そもそも印を組もうとした者、銃を構える者、宝玉を使おうとした者から真っ先に撃ち殺される。

 さらには素早くしなやかな動きで銃撃の間を縫い、高速で接近される。

 あっと言う間に築かれる死体と負傷者の山。

 生存者は少将を囲む十数人にまで減らされた。


「少将……もはや、ここまでです!」


 女性の、覚悟を決めた叫びが上がる。

 同時に包囲と円陣の中心から、カチン、という音がした。

 前進していたワーキャットの近衛兵団は銃撃を止め、一気に後退する。

 遠くで眺めていた王子王女も身を伏せる。


「ぃいやああぁあぁっっ!!」


 微妙に甲高い悲鳴が、中年男の聞くに堪えない悲鳴が、上がった。

 ぽーいっ……と、何かが人間達の中から放り投げられる。

 どうやら死にものぐるいで放り投げられたらしいそれは、高く遠く飛んでいく。

 放物線を描いて落下するそれの近くにいたワーキャット達が、大慌てで逃げていく。


 空中で派手に爆発した。


 爆発に巻き込まれた者はいなかった。

 ワーキャット達は優れた瞬発力により、あっと言う間に爆弾から離れていた。

 虚しく破片と煙をまき散らし、風に吹かれ泥に埋もれて消えた。

 あとには呆然とした人間と魔族が残される。

 いや、ただ一人、女性士官が点火した自決用爆弾を奪い取って放り投げたバルトロメイ少将だけが、必死な形相で呼吸を荒くしている。


 人間達で一番最初に我に返ったのは、爆弾を奪い取られた女性士官。

 怒髪天を衝く様相で、少将の不覚悟を怒鳴りつける。


「い、いい、一体、何の真似ですかっ!?

 神の子たる我らが、こともあろうに魔族に屈せよというんですか!

 生きて虜囚の辱めを受けるくらいなら自決せよ、と命じていたのは、少将自身でしょうがっ!!

 教会の、神の教えを忘れたのですか!?」

「う、うるさいわねえっ!」


 バルトロメイ少将は、恥じ入るとか詫びるとか全くない。

 それどころか、ふんぞり返って逆に説教をし始めた。


「じ、自決して何になるのよっ!

 あたし達がこの場で死んで、得をするのは誰よ!?

 神の敵である魔族でしょっ!!

 だったら、自決なんかしてる暇があるなら、突撃なさいっ!

 一匹でも多く魔族を地獄に送り返してこそ、神は我らに天界への門を大きく開いて下さるんじゃなくって!?」


 その言葉に、周囲の一般兵達も我に返る。

 口々に勇ましく気勢を上げた。


「おお、まさにその通りっ!」

「神の加護は魔族に屈した者には得られぬぞ!」

「もはや死を免れぬなら、せめて一矢報いて神と皇国のために」


 話の途中だが、光が走った。

 あいにく一矢報いる暇を与えるほど、我に返った近衛兵達は物好きではなかった。

 刺し違える覚悟で突撃する者に、わざわざ自分から近寄る必要も感じなかった。

 篤き信仰心や揺るがぬ愛国心、感動的な団結心など欠片ほども気にせず、遠慮無く遠距離から一斉に銃撃を加えた。

 結局、彼らは自決も突撃も出来ず、あっさり全滅した。


 いや、全滅していない。

 死体に囲まれてガタガタ震えるバルトロメイ少将と、その部下である女性士官を、器用に撃ち残していた。

 銃と弓矢を構えたまま、ゆっくり近づいてくるワーキャット達。

 毛むくじゃらな大ネコっぽい近衛兵団の後ろから、人間にネコ耳ネコ尻尾だけをくっつけたような女性が姿を現した。

 大きく息を吸った彼女は、死体が転がる戦場に相応しくない、朗らかな声を上げる。


「もっしもーし!

 こちらは魔王第五子、昼寝とご飯が大好きにゃ、ネフェルティ=エストレマドゥーラでっすにょー!

 バルトロイさんだっけ? 無駄な抵抗は止めて降参しにゃいと、殺っちゃうよー」


 呼ばれた肥満体には、名前を間違えられたことに気付く余裕もない。

 無様に、転がる様に泥の中をのたうって逃げようとする少将。

 だが完全に包囲され、逃げ道もない。

 女性士官の方は、周りを軽く確認。そして左手に握られたままの銃を素早くこめかみに当てた。


  カキンッ!


 女性の握る銃が飛んでいく。

 背後からトゥーンが、銃を弾き飛ばしていた。

 ことごとく自決を上司と敵から阻まれた女は、呪詛を込めた目で魔王の末子を睨み上げる。


「殺せ」

「やだね」

「辱めるか! 卑怯者めっ!」

「お前の上司は違う意見らしいぞ」


 指摘された少将の方は、自分から銃を放り出してひざまずき両手を上げていた。

 涙と鼻水を垂れ流しながら絶叫するかの様に命乞いをする真っ最中。


「お、お願い、助けてちょうだいっ!

 わ、わた、私は、命令されただけなの。命令に従っただけなのよ!

 故郷には妻も子も、父も、母も居るの! みんな、私の帰りを待ってるのっ!!

 何でも、言うことをき、聞くから、何でもするから、たた、助けてえっ!!」


 無様な、あまりに見苦しい姿。

 降参するよう促したネフェルティ自身が、たるんだ腹を揺らして懇願する姿に引いてしまってる。

 王女の胸に光る記録用宝玉が、こんな記録を入れたら腐るんじゃないかという程だ。

 でも一番引いてるのは、絶望と憤怒を抱いているのは、女性士官の方だった。


「な、何をしてるのよ!? 突撃するんじゃっ!?」

「降参よ! 決まってるでしょっ!」


 恥も外聞もなく、開き直る少将。

 軍人として、人間としての誇りを投げ捨てた上司に掴みかかろうとする。

 だが彼女の体はワーキャット達に捕まれ取り押さえられた。

 それでも彼女の口は、無様な罵り合いだけは止まらない。


「自分が何を言ってるか分かってるの!?

 戦友達を裏切るつもりですか!? 信徒としての教えを忘れたんですか!?

 あなたは、誰よりも部下達を大事に思い、信仰心が篤いからこそ少将になれたって、評判だったじゃないですかっ!!」

「仕事よっ!」

「……え?」

「仕事だから、命令だから、給料のためにやってただけよっ!

 あたしは職務に忠実なの! 効率的な職務遂行が一番大事なの!

 仕事ッぷりが認められたから出世しただけよ。信仰も気配りも仕事のウチ!

 何が福音よ、どこが神の顕現よ!

 アンクなんて、あんなオモチャ、今じゃ皇都の工場で幾らでも作れるのよ!」


 あまりにも、あまりにも身も蓋もない言葉。

 聞かされる部下の女性も、周りで聞いてる魔族達も、二の句が継げない。

 そんな周囲の空気など読まず、少将の吐露が続く。


「だいたい、あたしが悪いんじゃないわよ!

 さっさと救援に来ないヤツが悪いんじゃないの!

 アッバード隊はどうしたの!? あいつらは何でさっさと来ないのよっ!」


 責任転嫁を叫んだバルトロメイの視線の先は、トリニティ軍の左翼。

 分断されたジュネブラ包囲網左側の部隊。それは歩兵と騎馬隊で構成されている。

 いくら足場の悪い泥沼とはいえ、確かにいつまで経っても援軍が来る様子はない。


 いや、何かが見える。

 ただそれは、騎馬や歩兵ではない。

 遠い空、夕日に赤く光る雲を背景に、黒い点が浮いていた。

 点は徐々に大きくなり、飛空挺のシルエットを描く。

 それは武装飛空挺。それも、旗艦。ルヴァンが旗艦として乗船する大型武装飛空挺。


 多少あちこちが焼けたり穴が空いたりしてはいるし、煙もあげている。

 いや、煙で機体を覆いながら飛行していたようだ。

 近寄ってくるごとに、何かの音も聞こえてくる。

 ひどく耳障りな、聞いているだけで吐き気を催す様な、神経を逆撫でする雑音。

 そしてその音には王子も王女も聞き覚えがあった。


「あいつら……無事だったんだな」

「にゃーっ!

 この音、だいっ嫌いだよお!」


 王女はじめ、ワーキャットの近衛兵団も耳を押さえながら顔をしかめる。

 それはハープ・リュート・ピアノをかき鳴らす音。

 ただ、トンネルの時の様な無秩序な雑音ではない。

 何かこう、とんでもなく速いリズムで、力任せに楽器を打ち鳴らし、心の闇を全て叩きつける様な叫び声の歌らしきものも混じってる。

 どうやらそれは、ある種の音楽らしい。ただし、人を心安らかにする成果や賛美歌とは正反対の音楽。

 いずれにせよ、トンネルで馬や犬を追い払った音と同種の、音波攻撃。

 ならば、それを真上から浴びせられた動物たちの反応も同じ。


 トゥーンは少将が首から下げていた双眼鏡をひったくり、近衛兵が狙撃に使っていた瓦礫と泥の小山へ上がる。

 双眼鏡を目にあて、遙か彼方を眺めた。

 するとそこには、パニックを起こして湿地帯を無秩序に走り回る馬の群れがあった。

 他にも目を回しひっくり返る大きなイヌ、動物たちに吹っ飛ばされたり泥の中に振り落とされて動けなくなった騎士達がいた。


 人間の兵達は必死に上空の飛空挺を撃墜しようとするが、銃の光は地上へ撃ち込まれる発煙筒の煙などに阻まれ、魔法は上空高くまで届かない。

 幾人かが『浮遊』で飛び上がっても、近寄るごとに大きくなる殺人的大音量の呪詛的音楽に、集中力を保てず近寄れない。

 たとえ耳栓と『浮遊』の宝玉を装備して飛び上がったとしても、同じく耳栓をしたエルフ魔導師の放つ突風に阻まれてしまう。

 音から障壁で身を守る者もいる。が、いくら優れた加工技術で造られた宝玉であっても、魔力消費の大きい障壁展開を続けていれば、援軍に駆けつける前に魔力が尽きてしまう。

 結局は障壁を解除し、音に苦しみつつ、暴れ回る動物たちの間を、泥に半分埋まりながら歩かなくてはならない。


 魔王軍に襲撃される右翼部隊や指揮官の救援に駆けつけるべきアッバード隊。

 彼らは魔王軍旗艦からの音波攻撃を受け、泥の中で行動不能になっていた。

 別にうるさいだけで、誰か殺されるとかいうこともない、単なる足止め。地上への砲撃もせず、嫌がらせのように悠々と飛行する。

 しかし、一刻を争う現状で足止めを喰らうことは、まさに敗北に直結する。


 空をよく見ると、数人の兵士が近くの上空に滞空していた。

 どうやら『浮遊』の宝玉を持った何人かが、旗艦を無視して援軍に飛んできていたらしい。

 が、大量の銃を奪ったワーキャット達には簡単に手出しできなかったか。

 と思ってたら、離れていった。諦めて報告に戻るのか。



 旗艦に双眼鏡のレンズを戻せば、徐々に高度を落とし接近して来るのが見える。

 鑑の下、開け放たれた大きな貨物搬入扉の中には、黒の修道服を着た四人がいた。

 燃える様に赤い夕日に照らされ、ヴィヴィアナとサーラとイラーリアは、各自の楽器を激しくかき鳴らす。

 どこが貞潔かという勢いで体をくねらせ、頭を揺すり、腰を振り、床や壁を激しく蹴りつける。

 あちこちが裂けて汚れた黒の修道服をひるがえし、破れた穴からお腹や足の白い素肌をさらし、地上へ向けて耳をつんざく絶叫を叩きつけていた。

 歌詞をよく聴いてみると、「地獄」とか「死ね」とか連発してる。貞淑とは縁遠すぎるにも程がある内容らしい。

 その横では扉にしがみつくパオラが、地上へ手を振っていた。


次回、第二十二部第四話


『捕虜』


2010年11月17日01:00投稿予定

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