表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王子  作者: デブ猫
102/120

     第二話 駆除

「それが通信装置か、もちろん本陣の第三陣と繋がってるだろうな。

 もしそうなら話は早い、ペーサロ将軍へ降伏勧告を伝えろ。

 それを拒むなら、それでいい。

 遠慮無くお前等を殺す」


 今度は全ての視線が少将へ集中する。

 その少将の目は油断無く周囲を見まわす。


 現在、周囲に集まっている兵士で戦えそうなのは三百人ほど。

 他にも、その周囲にも兵はいる。生死不明のまま倒れているのがほとんどだが。

 レーダーは破壊された。

 移動砲台の残数は1割以下。

 勇者は全て自爆。

 空からの支援は『浮遊』で兵が自力で飛ぶしかない。


 だが、魔王は墜ちた。

 移動砲台以外の兵力は五千以上、しかも完全武装で魔力はいまだ十分。

 対する魔王軍はロクな装備を持っていない。

 砲撃でかなり潰され、残数は四千もないだろう。

 気になるのは唯一、飛空挺のみ。それも大方が非武装。『浮遊』で対応出来ないことはない。

 士気は確かに低下したが、通信は回復し指揮も健在。戦闘継続は十分可能。

 魔王墜落で魔王軍の士気も同じく低下している。

 時間が経てば第三陣も来る。


 少将は、いまだトリニティ軍優勢という事実に変わりがないことを確認した。

 口の端を醜く歪め、まさに下らぬ虫けらを見るように見下す。


「やっぱり、あんた達は醜い下等生物だわね!

 降伏勧告はね、戦争において優勢な方が言うのよ」

「ああ、降伏という言葉がマズイなら、講和や一時停戦、休戦って言い換えてもいい。

 要は、余計な戦闘を続ける必要はないって話だ」

「だーかーら、頭の悪い魔物にもわかるよう、ちゃんと説明してあげるわ。

 これはね、戦争なんかじゃないの。

 戦争っていうのはね、国家間とか対等な勢力同士で争うことをいうのよ」

「魔族と人間、れっきとした国家・種族・文明同士の争いだ」

「違うわ。

 これはね、聖戦……いえ、害虫駆除よ」


 害虫駆除。

 堂々と、迷い無く、明言した。

 この戦いは害虫駆除、魔族という虫を駆除している、と。

 トゥーンの眼光に鋭さが増す。


「害虫、だと?」

「おほほほおっほほほっ!

 その通り、あんたたちは単なる害虫なの!

 虫ケラ相手に降伏だの休戦だの、あるわけないでしょ。

 あんた達は、黙って駆除されてればいいのよっ!」


 中年男の甲高い笑い声が響く。

 部下達の嘲笑もあとに続く。

 トゥーンの口の端が釣り上がり歯を剥く。


「分かった。

 なら、話はここまでだな」

「そうね……あ、でもねえ」


 何かを思いついたかの様子で女性士官を手招きで呼び寄せる。

 耳を寄せて指示を受ける女は数回頷く。

 そして、二人でトゥーンに向き直った。


「けど、せっかく使者として来たんだし。

 なんなら通信機で、ペーサロ将軍と直接、話をしてみる?」


 意外な申し出に、トゥーンは一瞬呆気に取られた。

 だがすぐ眼光に鋭さを戻し、少将を睨み付ける。

 相変わらず下卑た薄ら笑いを浮かべる肥満体は軽く手を振り、パネルを持つ女性士官を彼の方へ歩ませようとした。


「待てっ!」


 張りのある少年の声が響き渡る。

 女性の足が止まる。


「女を前に立たせる気か?」


 今度は少将が呆気にとられ、次に鼻で笑った。


「あらあら、下等生物のクセに紳士のフリ?

 それじゃ、そうね……ペトラルカ大佐、代わりに行って。

 あんたも文句ないわね」


 軽く頷くトゥーン。

 大佐は銃を腰の革製ホルスターに戻す。

 女性からパネルを受け取り、ぬかるんだ地面を力強い足取りで前に進む。

 そしてトゥーンから少し離れた場所で足を止めた。


「では、使うがいい」

「分かった。ペーサロへ繋げ」


 大きな左手で割れたガラスパネルの横にある宝玉を操作する。

 すると、耳障りな雑音の後に人間の声らしき音声が響いてきた。

 大佐は軽く視線を上げ、目の前の使者を見る。


「繋がったぞ」

「よし、そこに置いて離れろ」


 ゆっくりとパネルを地面の上に置く。

 大佐は背を見せず、トゥーンを油断無く睨み付けながら後退していく。

 同じくトゥーンもゆっくりと歩く。

 パネルの前に立つが、すぐには拾おうとはしない。

 目の前の大佐と、視線が交わる。

 両者とも、腕はダラリと下げたまま。


 傷だらけの黒い金属板で覆われた足がスイッと動く。

 パネルの端に足を引っかけ、つま先を軽く跳ね上げる。

 ピョコッと起きあがったパネルは、今度は脛当ての上に乗せられた。

 そのまま真上に軽々と蹴り上げた。


 ガラスパネルが宙に舞う。

 黒い胸当ての前でクルクル回る。

 トゥーンの視線が大佐から外れ、回転するパネルへ向かう。

 両手が通信機を掴もうと動く。


 大佐が動く。

 訓練による元々の無駄のない動きが、魔力で強化された肉体と合わさる。

 まさに目にも止まらぬ動きで、右手が右腰のホルスターに収められた銃のグリップを掴む。

 一瞬で抜きはなち、腰の横で構えた銃をトゥーンへ向けた。


 光。


 銃口から放たれた光線がトゥーンの体を撃ち抜いた。

 その場の全員の目に、黒い甲冑に光が吸い込まれる光景が映った。

 少将も、やはり頭の悪い魔族の王子も愚劣極まりない、と笑う。


 だが、消えた。


 光に貫かれたはずのトゥーンの姿が消えていた。

 少将も、周囲の兵達も、彼を撃ち抜いたはずの大佐本人すらも、死体になっているはずの魔界の王子を見失った。

 大佐は最大限に肉体強化し、最小限の動作で発砲したし、彼の視力も肉体と同じく強化されていた。

 にもかかわらず大佐は、目の前にいた魔族を、魔力の欠片も持たない少年を撃ち損じた。

 目の前には夕日に赤く染まる泥の荒野。

 魔族の死体も、跳ね上げられたパネルもない。


 ただ、微かにではあるが、その影を目に止めていた。

 銃を抜く指では追えなかったが、代わりに眼球が黒い影を追う。


 右へ走る王子の影。

 光の刃は、その右脇腹をかすめる。

 僅かな一瞬で跳躍。

 刹那のうちに彼は大佐から大きく飛び離れた。


 眼球の次に首が動く。

 同時に銃のグリップを握る右手も、足も動く。

 王子を切り裂かんとする光が走る。


 追撃する光も、彼はかわした。

 瞬時に身を伏せた上を光が貫く。

 その左手には通信機がしっかりと握られている。

 右手は伏せると同時に地面の泥へ突き立てる。


 銃撃の返答は、泥。

 右手でえぐった泥が大佐へ、思いっきり投げつけられた。

 即座に身をかわすが、散乱した泥と小石のつぶてが顔にかかる。

 本能的に目を閉じるが、そのままの勢いで泥の中を前転する。


 泥にまみれながらも前転の勢いを利用して身を起こし、片膝立ちで銃を構える。

 だが既に、トゥーンの姿はさっきまでの場所になかった。

 顔に付いた泥を跳ね飛ばす勢いで、大佐が顔を左右にめぐらす。

 バルトロメイ少将も、女性士官も、他の兵士達もキョロキョロと敵の姿を探す。


「ありがとよ!」


 トゥーンの大声、感謝の言葉。

 全員が声の方を向く。

 するとそこにはトゥーンの遠い姿があった。

 皆が彼の姿を見失った僅かな時間で、既に大きく離れてしまったのだ。

 その彼は悠々と、右手に高く掲げたガラスパネルの通信機を左右に振る。

 大きく息を吸い、楽しげな声を熱い風に乗せた。


「良い土産だぜ!

 通信機、確かに頂いた!」


 人間達は、全員が呆気に取られた。

 魔力もない、武器もない、頭も悪いと信じていた魔族に、まんまと一杯喰わされた。

 通信機を奪われ、逃げられた。


「おのれっ!」


 叫んだ大佐が続けざまに引き金を引く。

 だが彼は慌てもせず、軽やかに避けた。


「う、撃てぇっ! 撃ち殺しなさいいっ!!」


 少将のヒステリックな叫びに、全員が我に返った。

 銃を持つ者達が即座に構え、引き金を引く。

 だが身を伏せて泥の小山に隠れた彼の大笑いが帰ってくるばかり。

 そして、悠々と走り去る影が見える。


「何をしてるの!?

 追うのよ、通信機を奪い返すのよ!」


 立ち上がった大佐が、慌てて数十人の兵達を引き連れて駆けだした。

 他の者達も、少将の警護を担当する部隊を残し、その場にいた半分ほどがトゥーンの後を追う。

 走り去る彼らの姿が見えなくなったころ、遠くで銃撃の光が空に上がるのが見えた。

 幾筋もの光が輝き、何かが爆発する振動も響き、金属同士がぶつかる音がする。

 それらはすぐに消えた。遠くから響く断末魔と共に。

 そして静寂が戻ってきた。


 遠くから散発的に聞こえていた砲台の砲声も、いつの間にか消えていた。

 風に乗って僅かに、遠くの戦場からの爆発音が届いてくる。

 空も、周囲に広がる泥の荒野も、何も変化はない。


「しょ、障壁を展開させなさい! 援軍の合流まで持ちこたえるのよっ!」


 叫ぶバルトロメイ少将の粘着質な目が大きく見開かれている。

 冷や汗をだらだらと流しながら、銃を握りしめる。

 数人が宝玉の装着された盾の様なものを掲げると、大きめの障壁が展開される。

 他の者達も障壁の中で、少将を中心に円陣を描き、手に汗を握りながら周囲を警戒する。

 いまだ熱く熱せられた砲身が生む熱気が、秋の山を下る冷気と混じり合い、青ざめた女性士官の頬を撫でる。


「ぐわっ!」


 悲鳴。

 突然、一人の兵士が胸を押さえて倒れた。

 近くにいた兵士が駆け寄るが、既にその兵士は絶命している。

 その胸には、焼け焦げた小さな穴が開けられていた。


「ぎゃあっ!」「ひいぃっ!!」


 悲鳴が続く。

 今度は数名の兵士が連続して倒れた。

 彼らを倒したのは、光の筋。

 人間達が、トリニティ軍が装備している銃の光。

 それが障壁を通過して、彼らを襲ったのだ。


「て、敵襲っ!?」「な、なぜ銃撃がっ!」「同士討ち……違う、違うぞっ!」

「まさか、銃を奪われたのか!?」


 さらに光が人間達を襲う。

 少将の警護兵達も応戦。銃撃の光が交錯する。

 だが彼らの不利は明白だった。

 何故なら、少将を中心に円陣を組んでいた彼らに対し、全方向から銃撃が加えられていたからだ。


「ひいいぃっ!!」


 バルトロメイ少将は、指揮官としての職務を放棄し、無様にうずくまった。

 頭を抱えて縮こまる彼の視界の端に、敵の姿が僅かに映る。


 遠くから接近してくるのは、ワーキャット達。

 いつの間にか彼らは、銃を装備したル・グラン・トリアノン警備隊所属のワーキャット近衛兵団に包囲されていたのだ。


次回、第二十二部第三話


『絶叫』


2010年11月15日01:00投稿予定

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ