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魔王子  作者: デブ猫
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第二十二部 第一話 話

 夕暮れになろうとも、まだ戦いは終わらない。

 吹き飛んだ移動砲台列。

 積み重なる土砂と瓦礫の小山。

 泥に埋まり水に沈んだ人間の死体が平野に散らばる。

 どこからか聞こえてくるうめき声を頼りに、戦友達の救助を急ぐ。

 必死に『治癒』の魔法をかけ、傷口の泥を少しでも綺麗な水で洗い流し、包帯などで応急処置をしていく。

 さっきまで魔王軍を死の淵に追いやっていた彼らは、今度は自分達が死の淵に立たされていた。


 移動砲台列の最後方。

 爆心地から遠く離れていたおかげで大きな被害が無かった場所では、ヒステリックなわめき声が響いている。


「後退なんて論外だわ!

 総員、突撃しなさいっ!

 砲台なんて要らないわよ!!」


 泥の中に立つバルトロメイ少将がツバをまき散らしながら、部下を叱咤する。

 その周囲には多くの兵達もいる。

 どうやら付近にいる生存者の中で、戦闘可能な者全てが少将の周囲に集まっているようだ。

 が、爆発前までの余裕は全く見えない。

 多くの者は銃と剣と弓、色とりどりの宝玉が装着された武器を手にする。

 ひっくり返って泥に埋まった移動砲台や、バラバラになった副レーダーのやぐらの間を走り回っている。

 副官もこめかみに血管を浮かべながら、野太い怒声を上げていた。


「者ども、落ちつけぃっ!

 確かに我らは移動砲台もレーダーも失った。

 だが、それでも数と装備で魔物共を圧倒していることに変わりない!

 そして時間が経てば、第三陣も救援に駆けつけるぞ!

 何より、既に魔王は倒れた!

 我らに恐れるべきは、もはや何もない!

 全軍、抜刀!

 突撃せよ!」


 彼らが乗っていた馬車は、やはり爆風を受けてひっくり返っていた。

 それでも無事だったのは幸運と言えた。

 同じく幸運を得た女性士官も、頭から血を流しながらも、彼らから少し離れた場所で彼女の戦いを続けている。

 左手には小型の銃を握りしめ、ひび割れ何も表示しなくなったガラスパネルの周囲に装着された宝玉へ叫んでいる。


「そ、そうです!

 レーダーが破壊され、マジックアローも全砲台を失いました。移動砲台も、目視での確認ですが、9割が沈黙。

 残り1割も目測で撃っているため、命中率が著しく低下しています!

 はい、少将は突撃を指示されました。分断された部隊の合流も急いで……?」


 いずこかへの報告を続けていた女性士官の言葉が止まった。

 顔を上げた彼女の視界は、白く霞んでいる。

 どこからか、風と共に白い煙が流れて来ていた。


「煙……煙幕?

 まさか、敵襲!?」

「た、探知を!」


 誰かが叫び、呪文が組まれる。

 そして出来うる限りの広範囲に渡って『魔法探知』が放たれた。

 しかし、術者の誰も魔力の反応を感じられない。


「反応、何もないぞ!?」

「だが近くにいるはずだ!」

「魔法も使えない雑魚なんか、さっさと仕留めろ!」


 彼女の周囲にいた全員が銃と弓矢と剣を抜き、宝玉を握りしめる。

 バルトロメイ少将も腰から小型の銃を引き抜き、震えて汗に濡れる手で握りしめる。

 全員が目を光らせ、耳を澄ませ、姿無き襲撃者に備える。

 沈黙の中、煙だけが濃くなっていく。


「み、見えないわよ!?

 煙をなんとかしなさい!」


 少将が頬を震わせて命じ、部下の一人が宝玉を掲げた。

 同時に風が生じ、煙が一気に流されていく。

 軍靴と車列に踏みにじられた草原と湿地帯が晴れ渡る。

 すると、煙の向こうに影が浮かび上がる。


 少年がいた。


 赤い夕日に浮かび上がる、漆黒の鎧と兜をまとった少年。

 兜で覆われていない下半分の顔は、アザと傷だらけ。

 その口元に不敵な笑みを浮かべながら、石の上に立っている。

 銃と弓矢を向ける兵士達を前に、全く動じる気配がない。

 恐れも見えない。


 だらりと下げられた両腕。

 その両手には、何も持っていない。

 鎧には黒い宝玉が装着されているが、稼働している風もない。

 少なくとも、攻撃する様子がない。


 予想外な姿。

 油断無く武器を向ける兵士達。

 多くの者が短い呪文を唱える。すると、髪が逆立ち血色が良くなり、目つき鋭く、肉体が一回りふくれたかのように見える。『肉体強化』で心臓も肺も筋肉も、五感も強化されたのだ。

 何人かは改めて印を組み、『魔法探知』を放った。だが全員が「魔力反応、無しです」「後ろも横も、付近に敵はいません」と報告する。


 人間にしか見えない存在、鎧は着ているが魔力も武器も無し。

 正体不明だが、危険性は低いと判断される。

 それでも油断せず、全員は武器を下ろさない。

 銃を握りしめるバルトロメイ少将が代表して叫んだ。


「な、なんなのよ、あんたっ!」

「使者だ」


 使者、という言葉に一瞬全員が視線を左右させ、互いを見る。

 僅かな驚きが広がる。

 だが少将の方は、フンッ、と鼻で笑った。


「使者ぁ? あんたが? 誰からの、よ」

「魔王軍」

「あっそう」


 光が走る。

 少将の持つ銃から光線が放たれた。

 その見た目に反して精確かつ素早い、そして迷いのない銃撃。


 だが当たらなかった。

 間違いなく一瞬前まで彼が立っていた空間を貫いたが、彼はいなかった。

 魔法で肉体を強化した兵達の目には、僅かに見えていた。

 銃撃より、引き金が引かれるより速く彼が横へ跳躍したことを。

 跳躍した先へ兵士達の銃口が向く。


 さらに銃撃。

 虚空を貫く光。

 肉体を強化した兵達は、疾走する影を追い続ける。

 光は泥の山を、岩を、がれきを切り裂く。


 しかし当たらない。


 小柄な体を生かして軽やかに走り、身を捻らせる。

 重力など無視するかのように跳ね、慣性の法則など知らないかのように切り返し、コマのように回転する。

 少将を警護する精兵達の強化された目をもってしても、皇国の技術で作られた銃だというのに、彼の影しか捉えられない。

 彼らの周囲を走る彼の動きが、あまりに早過ぎる。身軽すぎるのだ。


「撃ち方、止め! 止めろっ!」


 副官の命令に銃撃が止む。

 周囲の泥や木片から焦げ臭い煙が立ち上っている。

 だが、少年はさっきと変わらぬ姿で立っていた。

 泥に埋まった砲身の上に悠々と立っている。

 少将の口から歯ぎしりの音が漏れてくる。


「ちぃっ、すばしっこいわね」


 軽く息を弾ませる少年が口を開く。


「相変わらず、人間は話を聞かねえな」

「当然だわ、呪われたケダモノめ」


 少将の罵声と共に、再び銃が光を放つ。

 今度は軽く左へステップするだけで避けられた。

 あとに続こうとする兵士達だが、右手を横に伸ばした副官に止められる。

 銃撃を止める代わりに、小声で周囲の者に指示を飛ばした。


「無駄弾を撃つな、あのすばしっこさでは当てられない。

 引きつけてから殺す」

「囮でしょう。周囲への警戒も続けます」

「援軍も急がせろ」


 部下は小さく頷き、他の者へも指示を伝える。

 そして副官は少将へ目配せ。

 視線を受けたバルトロメイ少将は、苦々しげに口を歪ませてから、クイッと顎を前へ振る。

 副官は銃口を下げ、改めて唇を開いた。


「汚れた下等生物とはいえ、命懸けで使者の任を帯びてきたのだ。

 なら、話くらいは聞こう。

 何の用だ?」

「まず、名乗るぜ。

 俺はトゥーン。

 魔王第十二子、トゥーン=インターラーケンだ」

「ほう、お前が……」


 ざわめきが広がる。

 魔界の王子としての名乗りに、兵達の顔色も変わる。

 副官も名乗りに応じた。


「小官は神聖フォルノーヴォ皇国トリニティ軍所属、ダミアーノ=ペトラルカ大佐だ。

 後ろにおられるは、第二陣司令官たるバルトロメイ少将」


 紹介された少将は、フン、と鼻で笑う。

 チラリと視線を横にずらしたトゥーンは、すぐに大佐へ目を戻す。

 大佐は話を続ける。


「魔王第十二子の名は知っているが、本物か?」

「騙ってはいないぜ。

 魔力は無いけど、さっきまでの戦いで使い果たしただけだ。

 兜をとるから確認しな」


 そういって、ゆっくりと両手を上げ、兜を脱ぎ去る。

 傷だらけだが眼光鋭い黒の瞳が露わになる。

 無造作に黒の兜を泥の中に投げ捨て、泥に汚れた黒髪をかき上げる。

 その場にいる全ての人間の目が集中する。


「俺の手配書くらいは出回ってるだろう。

 本物だと納得しろ」

「良いだろう。それで、何の用だ?」

「もちろんトリニティ軍への、降伏勧告だ」


 おほほほほ……。

 中年男の甲高い笑い声が響く。

 バルトロメイ少将が口に手を当てて高笑いをしていた。


「おほっ! おほほっ!

 何を言うかと思えば、何が降伏よ!

 なーんであたしたち神の子が、おまえら地獄の悪魔共に命乞いするとか考えるわけ?

 やっぱり魔族は頭が悪いわねえ!!」


 周囲の兵士達にも笑いが広がる。

 彼らの教義上、絶対に有り得ない常識外れの選択なのだから。

 笑い飛ばされたトゥーンだが、彼は気にした様子がない。

 当然のこととして受け流した。


「もちろん受け入れるとは思っていない。

 これは単に形式的なものだ。

 それでも、もし受け入れてくれれば戦いは終わる。これ以上の無駄な争いをせずに済む。

 追撃はしない。このまま皇国へ帰ってくれて良い。

 だがお前達が降伏勧告の受け入れを判断する立場にない、ただの下っ端に過ぎないのは知ってる」


 下っ端と呼ばれた副官と少将の眉が歪み、眉間にシワが寄る。

 だがそれもさらりと受け流し、話を続けた。


「だから使者として、危険を冒して会いに来た。

 お前達の持っている通信装置で、総司令官ペーサロ将軍に伝えてもらうためだ」


 通信装置、その言葉に副官の視線が横へ動く。

 その他の者の視線も、一点に集中した。

 女性士官が持つ、ガラスパネルの方へ。

 トゥーンの黒い目も彼らの視線の先、突然全員に注目されてうろたえる女性へ向く。


次回、第二十二部第二話


『駆除』


2010年11月13日01:00投稿予定

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