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魔王子  作者: デブ猫
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     第四話 魔王、墜つ

 衝撃波が周囲の移動砲台に襲いかかる。

 突然の、予想外な攻撃に、障壁を展開する暇もない。

 爆風が全てを吹き飛ばす。

 十分に間を開けて配置されていた各砲台だが、それでは間に合わない程の威力を持った爆弾。

 近くにあった砲台がなぎ倒され、粉々に砕け、その近くにあった通常砲弾も次々と誘爆する。

 爆発が連鎖し、周囲全てへ砲弾と破片がまき散らされた。



 そして、その誘爆を起こした者も、一緒になって吹き飛ばされていた。

 矢を放つと共に泥沼から飛び出したトゥーンだが、もともとが足場の悪い沼。泥に足をとられてしまう。

 それでも弓を放り出し、必死に泥を抜け出し、点在する岩場を飛びまわって射抜いた砲弾の爆風から逃げようとした。

 もっとも、どれだけ速く走っても、衝撃波の方が速かった。

 命懸けで逃げる彼だが、やはり爆風に追いつかれた。


「うっひょおおおっっ!!?」


 一際大きく跳躍する。

 鎧の各所に付けられた黒の宝玉が輝き、光の波紋が鎧を覆う。『肉体強化』を止めて、僅かな魔力を全て鎧の防護フィールドへ振り向けたのだ。

 体を丸め足を抱え込み、破片への被弾面積を僅かでも小さくする。

 全精神力を魔力チャージに費やし、防護フィールドを維持。


 だがそれでも、爆炎全てからは防御しきれない。

 背中に抱えていた矢筒は防護フィールド外にある。そのため爆風の直撃を受けて消し飛んだ。

 全身を包むチェインメイルにも僅かな隙間がある。その隙間から細かな破片や熱風が入り込む。

 頭は両手足で必死に抱え込んでるが、それでも全てからは守りきれない。

 そのまま爆風に巻き込まれ、吹き飛んでいく。



 体のダメージを気にする余裕はない。

 自分自身がどうなっているのか、飛んでいるのか転がっているのかも分からない。

 恐らくは丸まったままで吹き飛ばされ、湿地帯のどこかに落ちるはず。

 だが、泥に埋まっていようが池に沈んでいようが、今の彼には関係なかった。

 全ては生きていればの話だから。


 ただ体を丸め、防護フィールドを維持する。








 えっと……。


 俺は……そうだ、爆発で吹っ飛ばされたんだ。



 どれくらいの時間が経ったんだ?




 一瞬だったかも知れないし、丸一日だったような気もする。



 なにか今、そう、大きな音が四つ連続で聞こえた気がする。


 僅かに目を開けると、真っ黒で泥だらけな自分の甲冑が見えた。

 膝当てだ。


 頭を起こす、ただそれだけが重労働。

 丸まったまま強ばった体を、少しずつ動かす。

 ガチガチになった指を、一本また一本と解いていく。


 少しだけ視界が明るくなる。

 手足で守られていた顔に外気が触れる。

 冷たい風と、焦臭い熱風が、交互に感じられた。


 下を見れば、なぎ倒された草。

 どうやら草地の中に丸まったままで倒れていたらしい。

 上は……雲の多い青空。オヤジが呼び寄せた雷雲が消えてる。


 体を起こす。

 信じられないほど、重い。

 自分の体だとは思えない。


 周りを見れば、そこは小さな丘の麓だ。

 広い草原だが、自分の方向に向けて草が倒れ溝が伸びている。

 どうやら、ここまで吹っ飛ばされてきて、丘のふもとで止まったらしい。

 草むらの下はぬかるんだ泥、草と泥がクッションになったんだ。おかげで地面に叩きつけられても潰れずにすんだらしい。


 鎧は各所が壊れている。

 防護フィールドを展開し続けた宝玉も、今は動いていない。

 頭の中が、というより兜の中が気持ち悪いので、震える指で兜を取り去る。

 すると、血が混じった泥がベチャッと落ちた。

 鎧の中にも泥の感触。

 やれやれ、気分最悪。


 全身の具合を確かめる……奇跡だ、大怪我とかはしてない。

 ヤケド、切り傷、擦り傷、打ち身、捻挫が全身を覆ってる。

 だが、それでも、死んでない。

 防護フィールドは機能し続けたんだ。

 生きてる。

 両手足も、指も、目も、耳も、全く欠けてない。


 ただ、なんだか口の中がジャリジャリゴリゴリする。

 ペッ、と吐き出してみれば、砂利と泥と血が混じったもの。

 そして、何本かの歯。

 あんな爆発に巻き込まれて、歯が折れただけで済んだ?

 上々だ、奇跡だ。


 すぐ近くに水たまりがあった。

 這いずりながらも飛びついて、首を突っ込む勢いで飲む。

 冷たい水が喉を流れていく。

 ようやく、一息ついた。


「ぶふぅぁ~……。

 どうやら、またリアのトコに帰れそうだ」


 大の字になってひっくり返り、空を見上げる。

 なんだ、もうすぐ夕方になりそうだ。かなり日差しが傾いてる。

 どれくらいの時間が経ったのかな……。

 いや、もしかして、丸一日くらい気絶してたかも。

 あんな激闘をしていたオヤジと勇者が、もう空にいないんだから。

 もしかして数日くらい経ってたりして……いや、それもあり得るか。

 さっき、大きな音が何回か聞こえた気がしたけど、なんだったんだろ。

 結局、戦いは、どうなったのかなぁ?


「ま、今さら慌てたって、どうしようもねーや。

 寝よっと」


 閉じようとした目の前を、鳥の影が通り過ぎた。

 気にせずそのまま寝ようとした。

 が、何か気になる。


 今の影、鳥じゃない。

 まるでコウモリみたいだった。

 なんか、えらく巨大で、しかもフラフラとしてて……?


「……オヤジ?」


 コウモリの影を追って、頭を起こす。

 すると、その影は遠く高い空を飛んでいた。

 ゆらゆらと力なく漂っているかのように見える。


 右の翼が、千切れた。

 千切れた黒い皮膜が、さらに細かく裂け、溶けて、消えていく。

 残った左翼は落ちていく。

 風に吹かれ、小さくしぼみ、ポトリと彼方に落ちていった。


「な……!?」


 慌てて体を起こす。

 起こしただけで全身を激痛が貫くが、それでも立ち上がる。

 すると、遠くから轟音が聞こえてきた。

 移動砲台の砲声だ!


「く、くそっ!?

 なんてこった、まだ戦いは終わってなかったんだ!

 いったい、どうなったんだ!?」


 足を引きずり、丘を登る。

 ずるり、ずるり、と垂れ下がった左足が泥をこする。

 登りながらも急いで魔力チャージ。

 必死で丘のてっぺんに上がり、砲声の方へ振り返った。


 オヤジの姿は見えない。

 勇者共もいない。


 最初に聞こえた四つの音、今も聞こえる砲声とは違う。

 もっと大きな、そして遠くから聞こえるような……四つ?

 そしてオヤジがボロボロになって落ちていった、ということは?

 まさか、勇者共がオヤジを巻き込んで自爆した!?


 改めて空を見上げる。

 空には確かに何も居ない。

 もし勇者がまだ生きてるなら、絶対に今のオヤジを追撃する。トドメを刺しに行く。

 それをしないのは、もう居ないからだ。

 やっぱり自爆したのか!


 オヤジが落ちていった方を見ると、戦場だった。

 戦場のど真ん中に、大穴が開いてるようにみえる。

 巨大砲弾が爆発し、誘爆が広がった場所だ。

 全てが吹き飛び、何も無くなってる。


 その周囲も凄い有様だ。

 爆発に巻き込まれなかった移動砲台も大方が爆風でひっくり返り、泥の中に埋まってる。

 もう一つのレーダー、警備が厳しくて近づけなかったが、そのやぐらも見えない。


「やたら高いやぐらだったからな。

 あんな爆風を受ければ、真っ先にひっくり返るぜ」


 爆発から離れた場所にあった砲台は生き残り、まだ砲撃を続けてる。だが数は大幅に減ってる。

 マジックアローは、もう飛んでいない。

 砲声の合間に咆哮が聞こえる。ワーウルフ族の遠吠えと、沢山の叫び声。


 見たところ、トリニティ軍は……左右に分断されてる。

 ど真ん中にいた移動砲台群と、その防御をしていた部隊が消えてしまってるからな。

 ジュネブラを包囲しようと左右に広がっていた両翼が千切れたんだ。


 その千切れた両翼を構成しているのは、歩兵と騎馬隊だったはず。

 魔王軍は右の方へ突っ込んでるらしい。

 敵を分断したところで各個撃破だ。


 数は減っても、分断されても、砲台を消し飛ばされても、持っているのは相変わらずの極悪な兵器。

 対する魔王軍は、飛び道具すらロクに無い。

 砲撃が無くなったから接近できるし、頼みの砲台をほとんど失って士気はガタ落ちだろう。

 だがこっちもオヤジが墜ちてしいまった。士気も一緒に落ちたかも。

 さて、勝てるか?


 空の向こうから、ゆっくり降りてくるものがある。

 ワイバーン便の飛空挺と、竜騎兵団だ。

 敵の直上にバラバラと何かを撒き、地上で爆発と煙が生じる。

 爆弾を投げ落としてるんだな。

 くそ、あちこちに小さな障壁が張られてる。防御も固い。


 地上から、何か小さな影が幾つか飛び上がった。

 どうやら『浮遊』で飛翔した兵士達が飛空挺団を迎撃に上がったんだ。

 奴らの宝玉加工技術は凄い、空中戦でも竜騎兵団と良い勝負をするかもしれない。


 どうやら、どっちも総崩や敗走とかはない。

 戦争、続行中だ。

 移動砲台は潰したが、相変わらず魔王軍不利。


「オヤジ……」


 さっき地上へ墜落したのは、間違いなくオヤジだ。

 勇者共もいないが、ほとんど刺し違えたのかもしれない。

 いや、無事、だとは思う。

 あのオヤジが死ぬとは思えない。

 信じたくは、ない。


「いや、俺がこうして生きてるんだ。

 だったら、あのオヤジが死ぬはずがねえ」


 頭を振り、イヤな予想を振り払う。

 もちろん、頭を振ったくらいで消える不安じゃない。

 だが今は確かめようもない。

 駆け寄ることも何も出来ない。

 遠すぎる。


 今、すべきは……?

 俺に出来ることは何だ?


 遠く見渡せば、インターラーケンの峰が続く。

 俺が自立するために選んだ、俺の領地。

 妖精達の故郷。

 なーんの価値もないド田舎で、平和と静かさしか無いと思ってたんだけどなぁ。


「世の中、ほんと、わっかんねえな」


 戦場の方に目を戻せば、何かが遠くの草むらの中を渡っていくのがチラリと見えた。

 一瞬しか見えなかったが、何がいるのかは分かる。

 その目的も予想が付いた。



 改めて体の調子を確かめる。

 ズタボロだが、相変わらず大きな怪我はない。

 そして『肉体強化』も使える。


 魔力チャージで生み出した魔力を、同時に『肉体強化』で消費する。

 おかげで外見上は魔力ゼロのまま、永遠に『肉体強化』を使い続けれる。

 もちろん極微少に魔力反応は残るが、レーダーや『魔法探知』に捉えられるほどのものじゃない。

 だから一騎駆けの時、マジックアローと人間共の追跡を振り切って突破出来たんだ。

 おかげで今回もレーダーをすり抜け、人間共の監視をかいくぐり、レーダーを破壊した。

 二つあるとは予想外だし、警備が強化されてもう一つのレーダーには近寄れなかったが、代わりに移動砲台を大方破壊し尽くした。


 そして、まだ戦える。

 いい加減に休みたいってのに、永遠に『肉体強化』が出来るもんだから、まだ戦えてしまう。

 いい加減、もういいだろ、てぇ気はするんだけど。

 はぁ……しょうがない。


「行くとすっか。

 リア、ちょっと遅れるけど、ちゃんと帰るからな。

 待ってろよ」


 一歩、重い足を出す。

 ダラダラと、丘のてっぺんから降りる。

 斜面を下るごとに、歩みは速くなる。

 さっきまで鉛のように重かった体が、羽のように軽くなっていく。

 そして、再び風を切って草原を駆け抜ける。


戦いは、いまだ終わっていなかった。


魔物と人間はどちらかが、いや、双方が滅びるまで果てしなく殺し合う。


だがそれでも、この不毛な戦いを終わらせんがため、何かが動き出していた。


この戦いは、彼らをどこへ導くのか。



次回、第二十二部第一話。


『話』


2010年11月11日01:00投稿予定

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