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14 エリアボス攻略と予測射ち

 PKパーティーを壊滅させたツインスターズギルドの面々は、草原エリアの最北端へ来ていた。

 そこは草原エリアのボスモンスター、賢狼と呼ばれる《ロートケプヒェンヴォルフ》が出現する。

 頭から血を浴びたような毛並みをした二足歩行の賢狼は、前脚が大きく発達しているパンチスタイルのモンスターだ。

 大きな体でゆらりと佇むその様は、さながらボクサーのよう。


 ちなみにエリアボスというのは、DoFのメインストーリーを進行させるためのキーモンスターであり、攻略することでプレイヤーが行けるエリアが開放されたり別の街へ行くことが出来るようになる。

 そのため、エリアボスもダンジョンボス並に強敵だ。


 そんな強敵を前にして、戦闘態勢を取る……が。

 一瞬、賢狼が大きく横へ揺れたかと思えば後ろ脚で地面を蹴り、リリキルスが瞬きをした時には拳が腹の前にあった。


「――はやっ!?」


 防御する間もなく直撃をくらう。

 不意打ちによる補正でクリティカルヒットを引いてしまい、リリキルスのHPが四分の一ほど削れた。

 攻撃力はさほど高くない。だが、恐ろしく速い。

 リリキルスへ一発お見舞いした賢狼は既に、軽やかなステップでアルタイルに接近していた。


「速いですね。ですがその代わりに防御力はなさそうです」

「あ、アルタイル!? 早く避けなよ!」


 しかしアルタイルは動こうとしない。

 アルタイルが動かない理由は、パッシブスキル【不動覇王(ふどうはおう)】の恩恵を得るためだ。

 このスキルは戦闘開始から動かずにいると攻撃力と防御力が上昇していき、直径1mの範囲から出ると減少を始める効果がある。

 ということは、戦闘開始直後である今なら、その場から離れてもすぐに立て直すことが出来るはずだった。

 だが、アルタイルは動かない。

 なぜなら、彼女か避ける選択をする前にノスタがスキルを発動していたからだ。


「【アルケミー】――!」


 ノスタは両手を地面に叩き付けるように押し当て、錬金術による物質変形で土を盛り上がらせてアルタイルの前に壁を作り出した。

 突如現れた土壁に拳が命中するが、賢狼は上手く力を入れることが出来ず壁がパラパラと崩れていくだけに終わる。

 その一瞬の隙だ。

 シュバルツは大剣を大きく振りかぶって、賢狼の胴体目掛けて薙ぎ払う。


「ヴオオオオオッッ!!!」

「っ、これじゃダメか!」


 確実に当たると思われた斬撃だったが、賢狼は跳躍して避けてしまった。

 さらに、空中で一蹴り。地面に帰ってくるとまた蹴って、木の幹へ体を移す。

 またもや、反対側にあった木へ飛び移る。

 目で追うことを許さない、跳躍による撹乱(かくらん)は攻撃をしなければ止まらない。

 だが当たるはずがなかった。

 現実の獣ですら銃で狙撃するのには技術がいるというのに、現実以上に動き回る賢狼に対して人は無力なのだ。


「サクラ、頼みます。【パワー・マキシマイズ】」

「そうなるわよね……やるわよ、やりますよ。やればいいんでしょ!」


 この状況下に置いても、アルタイルは冷静だった。

 さらに攻撃力とクリティカルのバフを盛られたサクラは冷や汗を垂らしながら弓を引いた。


「まさか狙撃するつもりなの?!」

「まあまあ見てろよリリキルス」

「そ、そんな余裕でいいの? 攻撃チャンスは一度きり……外せばあの狼は私達を全員、一瞬で殴り飛ばしてくるよ」


 ほぼ確実に失敗する。だからこそリリキルスはその言葉をシュバルツに投げた。


「いいや、アイツは俺達を殴れない。サクラが射抜く。いいかリリ、アルタイルが出来ないことを俺達がやる。俺に出来ないことはサクラやノスタが出来るし、サクラが出来ないことは俺がやる。ノスタに出来ないことはリリがやる。パーティーメンバー……ギルドメンバーってそういうもんだぜ」


 信頼関係、と言うのだろうか。

 リリキルスが知らないサクラへの信頼が、三人の冷静さを取り戻している。


「――――ッ」


 放たれた一射、一筋の光が木々の隙間を抜けていく。

 その矢はリリキルスがかろうじて追えた賢狼の動きとはほぼ真逆で、あらぬ方向へ飛んでいた。

 だが、突如として賢狼は跳躍角度を変える。

 ランダムに思えた超回避、跳躍だが、賢狼は特定の木にしか着地していない。

 即ち、まるで賢狼の方が矢に吸い寄せられるかのように跳び、直後その眉間にドンピシャで貫かれた。


「ふっ、あぁぁっ……あ、当たったぁ……」


 サクラは緊張の糸が切れたように脱力する。

 対人銃撃戦を行うFPSというジャンルのゲームでは、偏差撃ちというプレイヤースキルがある。

 簡単に言えば相手との距離、動きを予想して撃つ技だが、サクラのそれは誰から見ても卓越していた。

 アルゴリズムで制御されたモンスターであるとはいえ、未来予測射撃じみたことをしてのけたのだ。

 こんなもの、スキルでないと出来ないだろう。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 賢狼・ロートケプヒェンヴォルフを討伐したあと、リリキルスはサクラに詰め寄る。


「サクラ! さっきのスゴいね! パッシブで補正してたの?」

「あ~……えっと、あたしのはそういうのじゃないわ。攻撃力バフは盛ったけど」

「つ、つまりプレイヤースキル……」

「そういうことになるけど、ここはゲームだからリアルより多少当たりやすいのよ」


 そう言うとサクラは弓を構え、流れるような動作を経てギリリッと強く引いた。

 その構え方は戦闘中のサクラが見せることはなかった、射法八節(しゃほうはっせつ)のそれである。

 ズバリ弓道と言えば、の構え方だ。

 引分けを完成させ、発射のタイミングを待つ『(かい)』の状態を維持したまま、数メートル先の豚型モンスターを狙い――。


「あ、当たった……」


 リリキルスは思わずそう呟く。

 まるでそれが当然と言うかのように、額の真ん中を貫かれた豚は倒れて新鮮な肉をドロップした。


「スゲーだろ? こいつリアルじゃ弓道部だからな」

「へぇ、上手いわけだ」


 リアルでは友人同士なのかな。などと考察してみるリリキルス。

 これだけ信頼関係が築かれているのだ。ありえない話ではない。


「ほ、褒めても何も出ないわよ。それにリアルだとゲームより当たらないし」

「当たらないって、ド真ん中にだろ? お前、必ず的に当てる天才だって言われてるじゃねぇか」

「なにそれ初耳なんだけど」

「傍若無人というか、灯台もと暗しだな」

「ことわざ使ったって頭良くは見えないわよ」


 いつものようにシュバルツと軽めの言い合いをしていたサクラは、表情がどこか曇っていた。

 明らかにではない。本人は至って普通で、笑っている。

 それがどこか寂しくて、春の中で僅かに残る冬のような冷たさだと、リリキルスは思うのだった。

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