―青と黒のコントラスト―
僕は満月の夜に泣いているあのおじさんが嫌いだった―――。
僕は弱い奴が嫌いだ。
泣いてもどうにもならないことなんて沢山ある。
泣いて誰かが助けてくれる、そんなことは絶対にない。
だから、僕はあのおじさんが嫌いだ。
僕は今年十六歳になった。
僕は知らなかったけど両親は金持ちだったらしく、
僕にはたくさんのお金があった。
僕は一五歳までは隣町にある施設で育った。
一六歳になってからは施設の決まりで、
三歳頃まで住んでいた昔の家に戻ってきている。
十三年前に住んでいた家。
住んでいなかった期間が長いにも関わらず、家は昔のままに綺麗だった。
僕の家は山を切り開いて造られた住宅街の一番上にあった。
その街では山の上の豪邸と呼ばれているらしい。
門には頑丈な鉄作の扉が二重にあり、白い分厚い壁が家を囲っている。
門から、家の扉までは十メートルぐらい離れていて、
その間には綺麗に整備された庭がある。
家は3階建てで、1階にはキッチンと大きな客間と部屋が数個あった。
僕の部屋は二階の端で、正面の窓からは山の下の家々の光がよく見えた。
温かなオレンジ色の光が溢れる家々。
僕の家は夜になると僕の部屋しか電気が灯らない。
その他の部屋は真っ暗なまま、誰の声も聞こえない。
僕が部屋の電気を消すと、静寂だけが横たわる。
真っ黒な天井を見ながら、僕はいつもひとり眠りに落ちた。
少し騒がしかった昔が少し懐かしい…。
僕がそのおじさんを見つけたのはある満月の夜だった。
僕の家の横には切り立てたような険しい崖があった。
危ないし、人の足ではとうてい行けないような場所だから、
そこに近寄るひとは誰もいない。
その崖は僕の寝室の側面にある窓からよく見えた。
電気を消して、いつものように眠りに落ちようとしていたとき、
窓から満月の光が差し込んできた。
その淡い光が好きで、僕はその窓にはカーテンをつけていなかった。
だから、そのおじさんを見つけたのだと思う。
いつもは誰もいない崖の上に人影がある。
黒い服に黒い靴を履いた、黒い髪の四〇代ぐらいのおじさんだった。
満月の光がなかったら闇に溶けていたと思う。
服のせいか、そのおじさんは日本人ではないようにも見えた。
なんで、こんな夜も遅い時間に崖に立っているんだ…。
僕は軽くため息をついて、窓の近くへと歩いていく。
そして、窓のすぐそばに立って、もう一度おじさんを見る。
その時、僕はそのおじさんから目をそらすことができなくなった。
おじさんはなぜか泣いていた。
満月が浮かぶ空にジッと視線を投げて、切なそうに歯を食いしばって泣いていた。
なんで泣いているのかわからない。でも、なぜか僕の目を捉えて離さない。
おじさんは本当にずっと泣いていた。
時に苦しそうに、時に悔しそうに、そして悲しそうに顔を歪ませて、ずっと涙を流す。
僕はそこから目をそらせなくて気がついたら、夜が明けてしまっていた…。
満月が沈んで太陽が顔を出し、朝日が差し込むと、
おじさんは涙を拭ってすぐに崖の上から居なくなった。
おかげで僕は寝不足で、そしてさらに風邪をひいた。
全部あのおじさんのせいだ…。
「かぜ、大丈夫?」
僕が咳をしているのを聞いて、
普段は話しかけてこないクラスメイトが話しかけてきた。
人が弱っている時にだけ話しかけてくる。
僕はそういった見え透いた心配は嫌いだった。
「キミに関係ないだろ。」
僕が冷たく言い放つと、クラスメイトはムッとした顔をして僕を睨んだ。
僕はそれを無視して、教室を出る。
僕には友達がいない。
友達が欲しいと思ったこともない。馴れ合うだけの関係には辟易する。
僕の容姿や境遇はどうしても人を引き寄せる。
そして、自分たちと違うと言って虐げる。
言いたいことを言われ、噂は僕の知らないところで広がり、
気がついたときには僕は周りから弾かれている。僕の言葉はいつも誰にも届かない。
でも、そんな僕にも心から慕う人はいる。
僕はその人に会うために1ヶ月に1回、その場所を訪れる。
そこは親が育てられない子供や孤児を預ける場所。僕が昔いた施設だ。
「こんにちは。」
僕は挨拶をして、その施設の玄関から建物の中へと入った。
「はーいっ!!」
すぐに慌てた声の女性の声が聞こえて、パタパタと廊下を走ってくる音が聞こえる。
そして、その人はいつものように僕の前に笑顔で現れた。
「おまたせし、あっ!青くん!!」
僕だとわかるとさらに笑顔になるその人。
「こんにちわ、旭さん。」
僕もつられて笑顔になる。僕が笑顔を向けれるのは旭さんぐらいだ。
旭さんはただ一人、僕の声が届く人。
旭さんは僕よりも5つ年上で、僕がここに来た時にすでに旭さんはこの施設にいた。
小さい頃から見た目や言葉でいじめられていた僕を
旭さんはいつも庇ってくれて、助けてくれた。
「青くん、元気してた?!一人暮らしどう?ちゃんとご飯食べてる?」
笑顔の次には僕の心配。
「大丈夫。全部一人で出来てるよ。」
「本当?青くんは一人でなんでもできるけど、
我慢もしすぎちゃうから、困ったときはなんでも言うんだよ!
今日はご飯食べていってね!」
相変わらず旭さんは面倒見がいい。僕は思わず笑ってしまった。
「いいよ。旭さんも忙しいだろうし。」
「大丈夫!すぐに用意するからこっちきて!」
そう言って僕は旭さんに引っ張られるまま食卓へと通された。
この時間にはいつも誰もいない食卓。
でも今日は先客がいた。
僕はそこにいたその人を見て言葉を失った。
「黒明さん、食事中でしたか?!あ、この子青くんです。
この施設で一緒に育ってきた子なんです。
今は十六歳になって一人暮らしをしてるんですが、今日は遊びに来てくれたんです。」
旭さんは嬉しそうに、そのおじさんに僕のことを説明する。
するとおじさんは僕をじーっと見た。
また何か言われるのか…うんざりした顔を浮かべると、
それとは逆におじさんはニカッと笑って一言。
「あー、どうも。黒明です。二週間前ぐらいからここで住み込みで働いてます。よろしく。」
そのおじさんの言葉に僕は顔をしかめる。
住み込み?働く?旭さんと一緒に?こんな変なおじさんが?
僕が怪訝な顔をして睨むと、おじさんはビビったようで少し後ろにたじろいた。
「あ・・・っと、俺なんかした?」
「邪魔なんだけど。」
僕がはっきりとそう言うと、おじさんはとても面食らった顔をして、
そして困った顔して笑った。
「青くん、それはいいすぎだよ。」
旭さんがそう言うから、僕はおじさんから目をそらして、
少し離れた椅子に座った。
「黒明さん、すみません。青くん、人見知りで。
でも言葉がきつくても根はすごく優しい子なんですよ。」
「あぁ。わかりますよ。」
おじさんはそう言って旭さんに笑いかける。
それがまたとてもムカついた。
初めて会ったばかりのおじさんに僕の何がわかるって言うんだ!
「料理手伝いますよ。」
僕がふてくされているうちに、
おじさんはちゃっかり旭さんの傍で料理の手伝いをしようとする。
「その人が作るなら、僕帰ります。」
僕はそう言うと同時に立ち上がって、食堂をさっさと出ていった。
「ちょ、おいっ!待てよ!!」
すかさずおじさんが追いかけてきて、僕の肩を掴んで僕を強引に自分の方へ引き寄せようとする。
ばしっ…!!
僕はその手を力の限り払いのけた。
「触るなっ」
僕はおじさんをめいっぱいに睨んで、
呆然とするおじさんを残して施設から飛び出した。
せっかく、旭さんとの大切な時間だったのに、
あのおじさんがいたせいで台無しになった。
--------------------続く




