頬に傷もつ私の一生 8
それは最後のお茶会で、妹が席を離れたあとだった。とびきりの素敵なお菓子を予約していたらしく、サプライズでそれを持ってこようとしていた時だった。あなたがモチーフにしていた、三色すみれと同じ色のお菓子なの、そう言いながら入ってきたその子の顔は、一瞬で凍りついた。それでその後、隣のおばさんメイドが叫び声をあげた。何をしているの! 部屋にいるメイドが叫ぶ。この女が、お嬢様のブローチを盗ろうとしていたのです! ポケットから出てきました! 盗人です! そう叫んだのは私を叱っていたメイドだった。盗ってない。ポケットに押し込まれそうになったから抵抗したら、もみ合いになったのだ。タイミングが悪かった。妹が入ってきたとき、ブローチの針が私の頬を刺した。そのまま深く、そして下に。
上じゃなくてよかった。だって目が見えなくなってしまう。
服を作れなくなってしまう。
私は顔に傷を負った。深い深い傷。治癒師をすぐ派遣して! と妹が大きな声で叫ぶ。あの女が悪いと口々に言われる。酔うように世界が回る。もしかして。朦朧としてその場に倒れた。――おそらくお茶にでも睡眠薬が入っていたのだろう。眠っている間にポケットに入れたかったんだろうな。それなら待てばよかったのにね。
起きたら、見知らぬ一室のベットに寝かされていた。そばに妹がいた。泣きつかれて寝てしまったらしい。くしゃくしゃになった髪を見ているとなでたくて手を伸ばしたけど、入ってきた男に弾かれた。男は妹を抱き上げた。母の今の夫だった。
自作自演は楽しいか。
心臓をつかまれたように、体が硬直した。疑われている。私は被害者だ。でもそんな事言えない――下手なことは言えない。何が糸口になるかわからない。
男が続ける。抱き上げた妹を守るように、遠のいて、従えていただろう男たちがその分私に近づく。
お前の身元を探ろうにも、まだわからない、一体何者だ、とその男は言った。私の娘にも妻にも近づかせない。顔に傷を負ったのは想定外だったか。心優しきメイドに取り入ったのは計画のうちか。甘い汁を吸いたいだけのただの平民なのか。それとも。
お前はチグハグだ。でたらめだ。ティーマナーは完璧なのに背を屈ませ、小声で分別のつかない会話だというのに指の動きはしなやかで美しくすらあるという。繊細な刺繍に無駄な知識を蓄えているくせに、私達の家系図に目もくれない。私とすれ違ったのもわからなかっただろう。私の娘を翻弄し、メイドたちを軽視し、我が家に目隠しをする。
自分の歪みを、至らなさを、異常さを、不勉強を、逃避を、叩きつけるように指摘して、その男は妹を撫でていた。慈しむ眼差しと同じく、その仕草がいう。この子が大事だって、この上ない幸せだって。
だから、幸せを壊してはいけないと思った。辛い、うるさい、ふざけるな、お前に何が、私の心の中にはいろんな不満が、憤りが言葉になったけれど、目の前の妹を見ると治まった。このまま帰らないといけない。誰とも会わずに消えないといけない。万が一でも、母に会うようなことがないようにしないといけない。思えばあの、妹と一緒に来たおばさんメイドに覚えがある。まずい。あの人は――たぶん、お母様のメイドだ。